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1998年(平成10年)

平成9年神審第59号
    件名
旅客船みやざきエキスプレス機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年11月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、工藤民雄、西林眞
    理事官
岸良彬

    受審人
    指定海難関係人

    損害
A1シリンダのピストン割損、吸排気弁棒曲員、シリンダライナ、Aバンク過給機のタービン翼車損傷、Bバンク1番シリンダのピストン、ライナ及び連接棒に破損や打傷

    原因
主機製造者の組立てピストンのクラウン締付けナット締付け状態点検不良

    主文
本件機関損傷は、主機製造者が組立てピストンのクラウン締付けナットの締付け状態を十分に点検していなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年1月28日03時55分
紀伊水道
2 船舶の要目
船種船名 旅客船みやざきエキスプレス
総トン数 11,931トン
全長 170.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル12シリンダ・ディーゼル機関
出力 29,125キロワット
回転数 毎分400
3 事実の経過
みやざきエキスプレスは、宮崎県宮崎港と大阪港間の定期航路に就航する、平成8年8月に進水した鋼製旅客船兼自動車渡船で、主機として、指定海難関係人A社(以下「A社」という。)が同年に製造した、NKK-S.E.M.T.-ピールスティック12PC4-2V型と称する連続最大出力14,562.9キロワットのV形ディーゼル機関を、機関室の左右両舷に各1基搭載していた。
両舷主機は、それぞれ弾性継手及び減速機を介して可変ピッチプロペラを駆動しており、V形に配列されたシリンダ列の左舷側がAバンク、右舷側が、Bパンクと呼ばれ、両パンクとも各シリンダに船尾側から1番から6番までの順番号が付されていた。
主機のピストンは、クロムモリプデン鋼(日本工業規格SCM440相当)製クラウンとアルミニウム合金(同AC8A相当)製スカートとの組立て型で、クラウンとスカートのいんろう部にば潤滑油の流路となる同心円状の空間が設けられ、クラウン下面とスカート頂面との合わせ面がドーナツ形状となっていて、クラウン側同面に4本のスタッドボルトが等間隔で植え込まれ、クラウンとスカートを合わせてノックピンで位置決めしたうえ、スカート側の各座ぐり穴に挿入された同ボルトにクラウン締付けナット(以下「締付ナット」という。)を掛け、筒形のスペーサを介して締め付けてあった。
締付ナットの締付け方法は、ねじ部及びナット着座面にモリコートを塗布してなじみをつけたのち、ナット4個を順に、4キログラムメートルのトルクで締め付け、同肌付き状態から更に180度締め付ける角度締め方式が採用されていた。
また、ピストンは組立て時の寸法が直径570ミリメートル(以下「ミリ」という。)高さ797ミリで、いずれもクロムモリブデン鋼製のスタッドボルト及び締付ナットは、ねじの呼び径が各24ミリ、ボルト全長が370ミリあり、やはりクロムモリブデン鋼製で細長い鼓形のスペーサは、全長148ミリ内径26ミリ胴部外径38ミリで、両端部が外径55ミリ前後にそれぞれ太くなっており、ナット側端面は平面に、クラウン側端面は座ぐり穴頂部の形伏に合わせて凸面になっていた。
A社は、昭和39年にフランス共和国B社(以下「B社」という。)とライセンス契約を結んでPC型機関を製造するようになり、その後の社内編成で設けられた総合エンジニアリング事業部が機械製造部門を管轄し、同部のうち原動機プラント技術部ディーゼル技術室が同機関の製造を統括管理していた。そして、PC4-2型機関に関しては、昭和58年に1番機を完成させ、以来製造を続けていたところ、平成7年に31及び32番機にあたる本船の両舷主機を受注し、各部品の購入あるいは製作に取り掛かった。
ところで、主機の製造に際してA社は、同ライセンス契約により、B社が部品別に指定する専門メーカーから主要部品を購入することを義務付けられており、日本国内あるいは国外の指定メーカーから各部品を購入し、承認を受けている部品については自社で製作したうえ、横浜市の鶴見事業所工場で組み立てて製造していた。そして、本船主機のピストンについては、納期等を考慮して指定メーカー2社のうちからドイツ連邦共和国C社(以下「C社」という。)を選定し、同7年6月に予備1個を含むピストン25個を発注した。
同ピストンの発注に際してA社は、従来どおりB社の設計図面に基づき、締付ナットの締付け手順など組立て方法を具体的に記載したピストン製作図面を作成してC社に送付し、これに対して返送されるC社の同図面て組立て方法が指示に従ったものとなっているか確認していたほか、発注契約書に組立て確認はC社の自主検査とする旨明記していたので、完成品として納入されるピストンに間違いはないものと思い、同ナット締付け状態の点検を行っていなかった。
このためA社は、同年12月に納入されたピストン25個の中に、締付ナットの締付けが4個とも不足したピストンが1個含まれていることに気付かないまま、他社に発注していたピストンピン及びピストンリングと、自社で製作した連接棒をこれらピストンに組み込み、締付ナットの締付けが不足したピストンを、右舷主機Aバンク1番シリンダ(以下「A1シリンダ」という。)に使用して主機を組み立て、同8年6月ごろ下関市の造船所で建造中の本船に据え付けた。
本船は、同年11月から定期航路に就航し、運航を続けていたところ、同ピストンの締付ナットが緩み始め、大きな応力が作用するナットではなかったことから、緩みは比較的徐々に進行したが、翌9年1月中旬には、同ピストンのスペーサ4個のうち左舷船首側のスペーサが、締付ナットが緩んだためピストンの動きに伴って座ぐり穴の中で激しく上下動するようになり、同穴頂部に繰り返し衝撃力が作用してアルミニウム合金材が金属疲労し、スカート内部に組織破壊による亀裂(きれつ)が生じて進行し始めた。
こうして本船は、船長及び機関長ほか34人が乗り組み、旅客435人及び車両175台を載せ、同1月27日19時20分宮崎港を発し、両舷機の回転数を毎分386、翼角を28度に定め、大阪港に向けて全速力で航行中、前示亀裂が船首尾方向にほぼ45度の角度で進行し、翌28日03時55分伊島灯台から真方位165度9.7海里の地点において、A1シリンダのピストンがピンボス部で上下に割損し、上側ピストンがシリンダヘッドを突き上げて吸排気弁棒を曲損させるとともに、下側ピストンが更に前後に分断し、ピストンピンが抜け落ち、連接棒が振れ回ってシリンダライナと激突し、大きな異音を発した。
当時、天候は晴で風力5の北東風が吹き、海上は波が高かった。
自室で休息していた機関長は、当直機関士から右舷主機に異常が発生したので停止した旨の連絡を受け、機関室に急行して同機を点検したところ、クランク室内にピストンやシリンダライナの破損片が散乱し、A1シリンダのロッカーアームが変形して移動していることなどから、運転不能と判断して工務監督に連絡し、修理の手配を依頼した。
本船は、左舷主機のみの運転で続航し、同28日08時30分予定より1時間遅れで大阪港に入港し、同地でA社の手により、右舷主機各部を精査したところ、前示損傷のほか、Aバンク過給機のタービン翼車が損傷し、Bバンク1番シリンダのピストン、ライナ及び連接棒にも、A1シリンダの連接棒や破損片による破損や打傷が発生していることが判明し、のち損傷箇所はいずれも修理された。
A社は、運転時間800時間足らずの新造主機にピストン割損という重大事故が発生したことから、ディーゼル技術室が中心となって徹底した事故原因の究明にあたり、運転取扱い面で不備がなかったか検討するとともに、損傷ピストンを持ち帰り、自社で検査ののちC社に送付し、採取した試験片を走査顕微鏡で組織観察する等、共同で調査を行った結果、ピストンが割損したのは締付ナットが規定どおり締め付けられていなかったことによるものとの一致した結論に達した。
そこでA社は、従来の書類確認に加え、ヒューマンエラーによる不具合を見逃さないよう、ピストン組立て時C社においては締付ナットに合マークを付け、締付け作業者とは別の作業者が締付けを目視確認したうえ出荷し、自社においては受取り時にトルクレンチで同ナットの締付けを確認する等同種事故再発防止のための対策を取り決めた。

(原因)
本件機関損傷は、主機製造者が、主機の製造にあたり、輸入した組立てピストンの締付ナットが規定どおり締め付けられているか、締付け状態を十分に点検していなかったことから、同ナット締付け不足のままピストンが主機に組込まれ、運転中、ナットの緩みに伴って同ピストンに生じた亀裂が進行したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
A社が、主機の製造にあたり、輸入した組立てピストンの締付ナットが規定どおり締め付けられているか、締付け状態を十分に点検していなかったことは、本件発生の原因となる。
A社に対しては、事故原因を究明して同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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