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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年9月7日19時05分 東シナ海北部 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十五海幸丸 総トン数 237トン 登録長 39.85メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
860キロワット(計画出力) 回転数 毎分560 3 事実の経過 第二十五海幸丸(以下「海幸丸」という。)は、昭和59年11月に進水し、大中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したZ280-ET2と称するディーゼル機関と油圧クラッチ付減速逆転機を装備していた。 主機は、船首側から気筒番号を付され、機関台板の上面が主軸受台となっており、主軸受として鋼製裏金にケルメットを鋳込み、その上にニッケルメッキと鉛錫(すず)合金のオーバーレイとを施して薄肉完成メタルにしたものを装着していた。 主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめの潤滑油が潤滑油ポンプで吸引・加圧され、潤滑油こし器潤滑油冷却器を経て入口主管に至り、同主管から主軸受、伝動歯車、カム装置に分配され、主軸受に入ったものが更にクランクピン軸受、ピストンに供給され、各部を潤滑、冷却して再び油だめに戻るもので、同主管付き圧力調整弁で分岐した余剰の潤滑油は、機関室左舷に配置された容量1,100リットルの潤滑油サンプタンクに送られて静置され、同タンクの高位にある弁から溢(あふ)れて再び油だめに戻るようになっていた。 潤滑油こし器は、切替コックを備えて2個のこし器を並列として構成され、こし器のそれぞれに、鋼製多孔板円筒に150メッシュの真鍮(ちゅう)製こし網を取り付けた、高さ約240ミリメートル(以下「ミリ」という。)直径約55ミリの内筒と、高さ約260ミリ直径約120ミリの外筒とを組んで収め、潤滑油が上部から内筒と外筒の間に入って一部は内筒の内側に、また残りは外筒の外へそれぞれ通過してこし網で異物を除去するもので、運転中は切替コックで片側のこし器のみを使用するようになっていた。 ところで、こし網は、円筒形を成す合わせ面を半田で接着され、内筒では多孔板円筒の外側に、また外筒では同円筒の内側にそれぞれ固定され、潤滑油圧力で円筒に押しつけられるようになっていたが、使用年数が長くなると、掃除の際にブラシで擦(こす)ることを繰り返すうちに網の素線が摩耗し、更に異物の除去のためにエアを吹きつけることでわずかな破損でも素線方向に伝線するおそれがあった。 A受審人は、平成4年から一等機関士として、同5年から機関長として機関の運転と整備に携わり、潤滑油こし器の開放掃除を行う際には、こし器から内筒及び外筒をそれぞれ取り出し、こし網をブラシで擦ったのちノズルから吹き出すエアで異物を付着面の裏側から吹き飛ばす方法を採っていた。 海幸丸は、平成8年8月10日から定期検査のために山口県下関市の造船所に入渠して主機の開放整備が行われ、ピストン及び連接棒大端部に亀(き)裂が発見されて取り替えられたほか、主軸受メタルのうち5及び6番のオーバーレイがなくなり、ニッケル層に顕著な傷が生じていたので新替えされたが、他の主軸受メタルについてもオーバーレイの面積が減少していたものの引き続き使用されたので、主軸受について微細な異物のかみ込みに注意を要する状態であった。開放整備を終えて復旧ののち、クランク室の掃除が行われ、油だめ、サンプタンクの潤滑油が全量新替えされたうえ、約6時間にわたる係留運転と約3時間の海上試運転を行ったのち、同月26日に出渠して鳥取県境港に回航された。 A受審人は、定期検査工事の終了に際して、整備作業でクランク室に落下したごみや同室を掃除した際のウエス屑が残らないよう、造船所側に係留運転前及び試運転後に潤滑油こし器の開放掃除を行わせたが、しばらくは頻繁に同こし器の掃除が必要と思い、8月27日は境港で自ら一方のこし器の開放掃除を行い、こし網に多量のウエス屑などの異物が付着しているのを確認したので、出漁後同月31日に反対側のこし器を開放してこし網の掃除をしたが、こし網に傷が生じていないか綿密に点検することなく、外筒のこし網に高さ半分ほどの縦方向の破損を生じていることに気付かないまま復旧し、9月5日に島根県浜田港に入港中、こし網に破損を生じたこし器に切り替えて使用を開始した。 こうして海幸丸は、A受審人ほか10人が乗り組み、船首2.3メートル船尾2.5メートルの喫水をもって9月6日16時00分浜田港を出港し、東シナ海の漁場に向かううち、潤滑油こし器のこし網の破口を通過した異物が主機の主軸受に入ってオーバーレイの面積が減少していたメタルにかみ込み、翌7日12時45分漁場で主機を停止して錨泊したのち、17時50分主機を再始動して魚群の探索を始め、19時05分北緯33度45分東経127度42分の地点で主機を回転数毎分400から同500に増速していたところ、2番、3番及び4番の主軸受メタルがクランクジャーナルと焼き付き、異常音と振動を生じた。 当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、機関室に入って直ちに主機を停止し、主軸受を点検してメタルがはみ出ているのを見て運転不能と判断し、海幸丸は、僚船に曵(えい)航され博多港に引きつけられた。 主機は、精査の結果、主軸受メタルが5、6番を除いていずれも焼損し、2、3番の主軸受台が過熱して変形し、同クランクジャーナルの焼入れ表面の硬度が低下しており、のちクランク軸など損傷部が取り替え修理された。
(原因) 本件機関損傷は、定期検査工事を終えて出渠した後、潤滑油こし器を掃除した際、こし網の点検が不十分で、潤滑油中の異物が、ブラシとエア吹きつけによる掃除で破損した同こし網の破口を通過し、オーバーレイの面憤が減少していた主軸受メタルにかみ込んだことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、定期検査工事を終えて出渠した後、潤滑油こし器を開放して掃除する場合、長年にわたってブラシとエア吹きつけによるこし網の掃除を行っていたのであるから、表面に傷が生じていないか確認できるよう、こし網を綿密に点検すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、作業に慣れていたので破損箇所を見逃すことはあるまいと思い、こし網を綿密に点検しなかった職務上の過失により、こし網の破口を通過した異物が主軸受に入って同メタルヘのかみ込みを招き、主軸受、クランクジャーナル及び機関台板の主軸受台に損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |