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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年9月9日22時00分 宮城県金華山南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第十一観音丸 総トン数 30トン 登録長 19.21メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
478キロワット 回転数 毎分1,450 3 事実の経過 第十一観音丸(以下「観音丸」という。)は、昭和51年11月に進水した沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ推進装置を有し、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6NSD-M型ディーゼル機関を備え、操舵室に主機の遠隔操縦装置及び警報装置を装備していた。 主機は、平成8年8月下旬に換装されて中古機関が据え付けられたもので、換装の際に全シリンダのシリンダライナの取替え及び潤滑油を新油と交換するなどの整備が行われ、翌9月4日に第1種中間検査を受検した。 主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油受から直結式潤滑油ポンプに吸引された油が、油冷却器、調圧弁及び油こし器を経て潤滑油主管に至り、同主管から主軸受及びクランクピン軸受の系統と、ピストン冷却噴油ノズル、カム軸受、動弁装置及び調時歯車装置などの系統に分岐し、各部の潤滑あるいば冷却を行ったのちに油受に戻っていた。 ところで、主機の潤滑油系統の調圧弁は、調節ばねを組み込んだ円筒形の弁体が油こし器の取付台に内蔵されていて、弁体側部の調節ねじの調整により潤滑油主管の油の圧力(以下「潤滑油圧力」という。)を標準5.0キログラム毎平方センチメートル以下、圧力の単位を「キロ」という。)として最高6.0キロないし最低範4.0キロの範囲で設定することが可能であり、一方、逃し油がクランク室に導かれていた。また、油こし器は、ノッチワイヤ複式で、外筒、その内側に装着のフィルタエレメント及び同エレメントを上方から押さえるばねがそれぞれの中心部を貫通する1本の固定ボルトにより本体に取り付けられ、同エレメントが合成ゴム製パッキンを介して本体の油路出入口孔との接合面に密着する構造となっていた。 A受審人は、観音丸の新造時から船長として乗り組み、平成5年9月に機関長、同8年8月1日に船長に職務がそれぞれ変更されており、主機が換装されたのち、同月31日に海上試運転を行った。 主機は、同試運転に先立って始動された際、潤滑油圧力が2キロ以上に上昇しなかったので、業者が潤滑油系統の調圧弁を開放したところ、同弁の調節ばねと弁体の底部との間に本来なかったボルトが挿入される措置がとられていて、同ばねの経年衰耗による張力低下が補われていたうえ、弁体の当たり不良の状態が判明し、応急的に補修されたものの、潤滑油圧力が上下に変動し、調節ねじの調整により同圧力を標準圧力に設定するのが難しかったので、やむを得ず同ねじが一杯に締め込まれ、潤滑油圧力がようやく8キロに保たれた。 しかし、A受審人は、翌9月1日に職務が再び観音丸の機関長に変更され、主機の運転及び保守管理にあたり、調圧弁が経年衰耗していて潤滑油圧力を標準圧力に設定するのが難しいのを認めめていたが、潤滑油圧力が8キロに保たれていたから、運転には差し支えないものと思い、同弁の調節ばね及び弁体を取り替えるなどの整備を行うことなく、同弁をそのまま使用することとした。 A受審人は、同月5日に操業を開始し、越えて8日に次の操業を行った際、主機の潤滑油消費量の節減を思いたって標準圧力に設定することを試み、調圧弁の調節ねじの締め加減による調整を繰り返しているうち、潤骨油圧力がたまたま6.2キロとなったので、同圧力をその数値に設定した。また、同人は、同日の操業を終えたのち、潤滑油系統の油こし器の掃除を行ってフィルタエレメントを復旧した際、油路出入口孔の接合面からパッキンの取付けがずれていたのに気付かなかった。そして、主機の潤滑油は、同エレメントを通過しないまま、油中に混入したさびやごみ等の硬質異物が除去されない状態になった。 こうして、観音丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、操業の目的で、船首0.9メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、翌9日12時00分宮城県石巻港を発して金華山南方沖合の漁場に至り、操業を開始して主機の運転を続けているうち、潤滑油中の異物が最も船首側に位置する1番シリンダのクランクピン軸受に侵人し、19時30分主機を回転数毎分1,450にかけ、プロペラ翼角9度として2.7ノットの対地速力で進行しながら2回目の曳網中、調圧弁の作動が安定しなくなり、潤滑油圧力低下警報装置が作動するに至らないものの、潤滑油圧力が変動して最低圧力以下に低下し、同シリンダのクランクピン軸受が潤滑不良となって焼き付き、22時00分金華山灯台から真方位171度9.0海里の地点において、主機の回転数が低下し、異音を発した。 当時、天候は曇で風力2の東風が吹き、海上にはうねりがあった。 A受審人は、操舵室で主機の回転数の低下に気付き、減速して揚網を終えたのちに主機を停止し、クランク室を点検したが、各軸受部の温度が著しく上昇しているのを認め、運転の継続を断念した。 観音丸は、僚船により石巻港に曳航され、主機を精査した結果、各シリンダのクランクピン軸受、クランクピン、主軸受、ピストン及び連接棒等の損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因) 本件機関損傷は、主機潤滑油系統の調圧弁の整備が不十分で、潤滑油圧力が低下したまま運転が続けられ、クランクピン軸受が潤滑不良となったことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機潤滑油系統の調圧弁の経年衰耗により潤滑油圧力を標準圧力に設定するのが難しいのを認めた場合、同弁の調節ねじの締め加減による調整を行うと運転中に潤滑油圧力が変動して最低圧力以下に低下するおそれがあったから、同弁の調節ばね及び弁体を取り替えるなどの整備を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油圧力が8キロに保たれていたから、運転には差し支えないものと思い、同弁の調節ばね及び弁体を取り替えるなどの整備を行わなかった職務上の過失により、潤滑油圧力が低下してクランクピン軸受の潤滑不良を招き、同軸受、クランクピン、主軸受、ピストン及び連接棒等の損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |