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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年11月9日04時ごろ 長崎県北松浦郡生月島北方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船さつき 総トン数 19.96トン 登録長 16.00メートル 機関の種類
2サイクル12シリンダ・ディーゼル機関 出力
290キロワット 毎分回転数 2,170 3 事実の経過 さつきは、昭和53年8月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で、船体中央よりやや後方に操舵室を設け、同室の後方甲板上に機関室囲壁と倉庫を船縦に配置して倉庫の床面に機関室入口を設け、操舵室内に主機の遠隔操縦レバー及び計器盤を備え、同盤には回転計、潤滑油圧力計、冷却清水温度計等の計器のほか、始動キースイッチ、警報ランプ、警報ブザーなどが組み込まれていたが、いつしか、回転計以外の計器が正常に作動しなくなったばかりか、主機の警報装置が故障し、警報ランプの点灯も警報ブザーの吹鳴もしなくなっていた。 また、主機は、アメリカ合衆国のゼネラルモータース社製GM12V-65W-15型と称する、セルモータ始動・密閉清水冷却方式のV型ディーゼル機関で、軽油を燃料とし、前部上方に張込水量を約80リットルとした冷却清水タンク(以下「タンク」という。)を備え、オイルパン内の潤滑油量を約50リットルとし、内径104ミリメートルのシリンダライナのほぼ中央全周に多数の吸気口を設け、ピストンには3本の圧力リングと2本の油掻きリングを取付け、主軸受からクランクピン軸受を経て連接棒先端部に至った潤滑油がピストン頂部下面に噴出するようになっていた。また、排気弁を4個備えたシリンダヘッドの中心部には、燃料噴射弁挿入筒が嵌込(はめこ)んであって、同筒の周囲を通る冷却清水がシリンダ内に漏出しないよう、同筒の上部に合成ゴム製のシールリングを装着し、同筒の下端部をかしめてシリンダヘッドに圧着させてあったが、経年により、同下端部のシリンダヘッドへの圧着力が弱まりつつあった。 ところで、A受審人は、平成6年3月有限会社A所有の中型旋網漁業船団に所属する網船の甲板員として乗組み、基地を長崎県太郎ケ浦漁港とし、おおむね夕刻前に出港して翌朝帰港するという、いわゆる日帰り操業に従事していたところ、同8年2月同社社長の紹介で同船団の運搬船としてさつきを購入し、以後同船に単独で乗組むようになったが、購入時に前の船舶所有者から主機の調子はよいと聞かされたこともあって、主機計器盤の整備を行わず、回転計以外の計器や警報装置が故障したまま主機を運転していた。 さらに、A受審人は、出港時の主機始動前には必ずオイルパン内の油量とタンク内の水量を確認したうえ、潤滑油については、約3箇月ごとにこし器とともに取替え、冷却清水については、約1箇月に1回1リットル弱をタンク内に補水していたところ、タンク内の水量が次第に減少するとともに、主機始動時に煙突から白煙が排出されるようになったので、主機の内部に何らかの異状を生じたものと判断したが、主機が暖まるにつれて白煙の排出が止むように見えたことから大したことはあるまいと思い、修理業者に依頼してタンク内の水量減少や煙突からの白煙排出の原因調査を十分に行うことなく、燃料噴射弁挿入筒の下端部のかしめが緩み、同下端部とシリンダヘッドとの間に隙間を生じ、冷却清水がシリンダ内に漏出するようになったことに気付かないで、出港のたびにタンク内へ補水しながら操業に従事していた。 こうしてさつきは、A受審人が独りで乗組み、主機のオイルパンに約3リットル潤滑油を補給し、タンクに1ないし2リットル補水してから主機を始動したのち、同年11月8日14時ごろ僚船とともに太郎ケ浦漁港を発し、同漁港西方沖合の漁場に至って魚群探索中、冷却清水のシリンダ内への漏出量が増大し、やがてタンク内の水量が激減して冷却清水温度が異常に上昇してきたものの、冷却清水温度計や警報装置が故障していて、A受審人が同温度の異常上昇に気付かないでいるうち、主機全体が過熱してピストンとシリンダライナとが焼付き始め、右舷側4番シリンダにおいて、ピストン頂部外周を起点として下面にまで至る半径方向の亀(き)裂を3箇所生じて潤滑油がシリンダ内に噴出するとともに、シリンダライナが吸気口のところで上下に破断し、翌9日04時ごろ二神島灯台から真方位290度3.8海里ばかりの地点において、A受審人が便意を催して主機の回転数を毎分約1,700から中立運転の毎分約600とし、操舵室を離れようとしたとき、主機運転音の異状に気付き、主機回転計の指針が不規則に振れ、煙突から多量の黒煙が排出されているのを認めた。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。 A受審人は、どうしてよいか分らなくて僚船に無線電話で対処方を尋ね、オイルパン内の油量を確認するようにと言われて主機を停止し、倉庫を通って機関室に赴いたところ、同室全体に熱気が立ちこめ、オイルパン内の油量が激減しているのを認め、オイルパン内に潤滑油を15リットルばかり補給し、機関室ビルジの量が増加していないのを確かめたのち、主機が過熱していてタンクの補水用キャップを開けたら熱湯が噴出するものと思い、タンク内の水量を確かめないで操舵室に戻り、04時10分ごろ主機を始動したものの、停止中にピストン頂部に冷却清水がたまっていた左舷側2番シリンダのほか1シリンダにおいて、ピストンの水撃作用を生じて連接棒が曲損し、主機の運転状態が更に悪化したので、主機を再び停止して僚船に救助を求め、来援した僚船に引かれて太郎ケ浦漁港に戻り、後日主機を換装した。
(原因) 本件機関損傷は、主機の計器盤に対する整備が不十分で、冷却清水温度計や警報装置が故障したまま放置されていたばかりか、主機冷却清水の異常減少や煙突からの白煙排出に対する原因調査が不十分で、燃料噴射弁挿入筒の下端部からシリンダ内への冷却清水漏れが放置されていたことにより、冷却清水不足となったまま、主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、発航前の点検にあたり、主機冷却清水タンクの水量が次第に減少するようになるとともに、主機始動時に煙突から白煙が排出されるようになったのを認めた場合、主機の内部に何らかの異状を生じたのは明らかであったから、修理業者に依頼してこれらの原因調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、A受審人は、主機が暖まるにつれて白煙の排出が止むように見えたので大したことはあるまいと思い、同タンクヘの補水を繰返すだけで、原因調査を十分に行わなかった職務上の過失により、燃料噴射弁挿入筒下端部からシリンダ内への漏水を放置し、冷却清水不足による主機の過熱を招き、ピストンとシリンダライナとの焼付きを生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |