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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年11月5日18時30分 隠岐諸島島後北東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第三大勘丸 総トン数 95トン 登録長 29.72メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
669キロワット 回転数 毎分600 3 事実の経過 第三大勘丸(以下「大勘丸」という。)は、平成2年5月に進水した沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造したT250-ET2型と称するディーゼル機関を装備し、主機の動力取出軸に増速機を介して漁労機器用油圧ポンプを設け、操舵室に回転計及び潤滑油圧力などの計器類並びに潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇の各警報装置が組み込まれた主機操縦装置を備え、同室から主機の遠隔操作ができるようになっていた。 主機の吸排気弁は、4弁式で、船首方から順番号が付された各シリンダヘッドの船首側に2個の排気弁が、船尾側に2個の吸気弁がそれぞれ組み込まれ、各弁の弁棒がシリンダヘッドに装着された弁座及び弁棒案内を通して触火面側から挿入され、同ヘッド上面から弁棒に大小2個の弁ばね、落下防止用スナップリング、バルブローテータ及びコッタを取り付け、カム軸に装着されたカムによって上下動するプッシュロッド、ロッカーアーム及びバルブブリッジからなる動弁装置を介して開閉されるようになっていた。 主機の排気弁から排出された排気ガスは、排気マニホルドを経て、6番シリンダ船尾側の架構上に設置された石川島汎用機械株式会社が製造したVTR251-2型と称する過給機に流入したのち、煙突から大気に放出されるようになっていた。 主機の弁腕注油系統は、主機システム油系統と独立しており、主機の後部左舷側面に設置された容量12リットルの弁腕注油タンクから直結の弁腕注油ポンプの吸入管に設けられた32メッシュの金網式のこし筒を通り、同ポンプにより吸引加圧された潤滑油が、油圧調整弁によって0.5ないし1.0キログラム毎平方センチメートルの圧力に調整されたのち、外径10ミリメートルの入口主管に至り、同主管からシリンダごとの外径6ミリメートルの枝管を経てフルクラム軸に導かれ、ロッカーアームの油孔を通って吸排気弁の各弁棒頂部に達し、バルブローテータ及びコッタ装着部などを潤滑して同タンクに戻るようになっていて、同弁の作動状況により注油量を調整できるよう各シリンダの同アーム上面に注油量調整ねじが設けられていた。 また、主機のシリンダヘッドは、シリンダヘッドカバーが付設されており、吸排気弁などに注油された潤滑油が周辺に飛散しないようになっていたものの、ロッカーアームの油孔が潤滑油中のスラッジなどの異物によって詰まり、潤滑油が不足して同弁の潤滑阻害を生じることがあるので、同カバー頂部に設けられたボルト1本を緩めて同カバーを外し、同弁の注油状態を容易に点検できるようになっていた。 A受審人は、新造時から機関長として乗り組み、機関部員1人を指揮して機関の運転と保守にあたり、鳥取県鳥取港を基地として、隠岐諸島周辺の漁場に出漁し、1航海約5日間の操業を9月から翌年5月まで繰り返し行い、毎年6月から8月までの休漁期間中に入渠して機関の整備を行っていたところ、例年どおり同8年6月1日から休漁期となったので、翌7月上旬から予定していた第1種中間検査工事に立ち会い、主機の全シリンダのピストン、燃料噴射弁及び吸排気弁並びに過給機などの開放整備を行ったほか、主機システム油及び弁腕注油タンク内の潤滑油の全量をそれぞれ取り替え、弁腕注油ポンプの注油圧力などの調整を行い、主機を復旧したのちに試運転を行って同工事を同月30日に終えた。 同年9月1日から操業を開始したA受審人は、運転中及び停止中に、主機システム油量、弁腕注油タンク油量及び冷却清水量の点検とそれぞれの消費量に見合う潤滑油及び清水の補給、燃料油及び潤滑油の各こし器の開放掃除、機側計器盤の監視を適宜するなどして主機の運転管理を行っていた。しかしながら、同人は、第1種中間検査工事の際に修理業者が点検しているから大丈夫と思い、定期的にシリンダヘッドカバーを取り外して吸排気弁の注油状態を点検することなく、そのまま運転を続けていたので、同弁の弁棒と弁棒案内との間から漏洩(ろうえい)した排気ガス及び燃料噴射弁の燃料油管などから漏洩した燃料油などで弁腕注油タンク内の潤滑油が汚損され、3番シリンダのロッカーアームの油孔が生成されたスラッジなどの異物によって詰まり気味となり、いつしか同シリンダの同弁の各弁棒が潤滑油の不足により弁棒案内に固着するおそれのある状況となっていることに気付いていなかった。 こうして、大勘丸は、A受審人ほか10人が乗り組み、沖合底びき網漁を行う目的で、翌々11月5日12時00分鳥取港を発し、隠岐諸島島後北方の漁場に向けて主機の回転数を毎分580の全速力前進にかけ、依然として吸排気弁の注油状態が点検されず、3番シリンダの同弁の潤滑油が不足したまま運転が続けられているうち、同シリンダの同弁の各弁棒が潤滑阻害で弁棒案内に固着し、18時30分白島埼灯台から真方位052度12海里の地点において、各弁棒がピストンにたたかれ、吸気弁などの弁がさ部の一部が破損し、その破片が過給機に侵入して主機が異音を発した。 当時、天候は雨で風力6の南西風が吹き、海上には高さ2メートルの波があった。 機関室の後部左舷側の休憩室にいたA受審人は、主機の異音に気付いて機側操縦ハンドル前に急行し、3番シリンダのシリンダヘッドカバー辺りから白煙が出ているのを認め、同ハンドルを操作して主機を停止し、同シリンダを点検したところ、プッシュロッド2本が曲損し、吸排気弁の各弁棒が開弁状態のまま固着しているのを発見し、運転不能と判断して事態を船長に報告した。 大勘丸は、救助を求め、来援した僚船により鳥取港に引き付けられ、同港において、主機各部を精査した結果、前示損傷のほか、3番シリンダのピストン及びシリンダライナ並びに過給機のロータ軸などにも損傷が生じていることが判明し、のち損傷部品の取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機吸排気弁の注油状態の点検が不十分で、3番シリンダの同弁の潤滑油が不足したまま運転が続けられ、同弁の各弁棒が弁棒案内に固着してピストンにたたかれ、吸気弁などの弁がさ部の一部がシリンダ内に落下したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理を行う場合、吸排気弁の潤滑が阻害されることのないよう、定期的にシリンダヘッドカバーを取り外して、同弁の注油状態を点検すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、第1種中間検査工事の際に修理業者が点検しているから大丈夫と思い、同弁の注油状態を点検しなかった職務上の過失により、3番シリンダの同弁の潤滑油が不足していることに気付かないまま運転を続け、同弁の各弁棒の固着を招き、同弁、プッシュロッド、ピストン、シリンダライナ及び過給機のロータ軸などに損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |