|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年4月23日01時15分(日本標準時、以下同じ。) 南インド洋マダガスカル島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第六十五瑞寶丸 総トン数 409トン 全長 55.45メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,176キロワット(定格出力) 回転数
毎分345(定格回転数) 3 事実の経過 第六十五瑞寶丸は、遠洋まぐろ延縄(はえなわ)漁業に従事する、平成元年3月に進水した鋼製漁船で、主機として、株式会社新潟鉄工所が同年に製造した6M31AFTE型ディーゼル機関を装備し、クラッチ式逆転減速機を介して可変ピッチプロペラを駆動しており、船橋から遠隔操縦装置によって主機、クラッチ及びプロペラ翼角のすべての運転操作ができるようになっていた。 主機は、株式会社新潟鉄工所製のNHP30AH型排気タービン式過給機を備え、船首側からの順番号が付された各シリンダのシリンダヘッドには、いずれも弁箱方式の吸気弁及び排気弁がそれぞれ1個ずつ組み込まれていた。また、前後2組の排気マニホルドが同ヘッドの右舷側に取り付けられ、1ないし3番シリンダの排気が船首側マニホルドを通って過給機排気ケーシング上側入口に、4ないし6番シリンダの排気が船尾側マニホルドから同下側入口に、それぞれ導かれていた。 本船は、南アフリカ共和国ケープタウン港を操業基地として、マダガスカル島周辺から南大西洋のアンゴラ共和国沖合にわたる海域で操業を繰り返したのち、1年ないし1年4箇月間隔で静岡県清水港に帰港して水揚げを行い、高知県に回航されて船体及び機関の整備を行ったうえ、出漁準備を整えて高知港から出港していた。 平成6年12月本船は、清水港に帰港して水揚げを終え、船体及び機関の整備を行うとともに中間検査を受けることとなり、入渠(にゅうきょ)工事を指定海難関係人C社(以下「C社」という。)に発注し、同工事監督をB指定海難関係人に依頼した。 C社は、年間50隻あまりの入渠船を対象とした修理及び整備事業を主たる業務としており、本船については、就航後の平成3年5月の中間検査、翌4年の合入渠及び翌々5年7月の定期検査のいずれの際にも、工事を請け負って船体及び機関の整備を行っていた。 B指定海難関係人は、約5年間外航商船に機関士として乗船したのち、昭和47年ごろA社に入社しで漁船の工務監督業務に携わるようになり、平成3年株式会社Bを設立のうえ同監督業者として独立したもので、A社時代からD株式会社の所有船数隻の監督業務を委託されていて、本船については、船体及び機関の工務監督として艤装(ぎそう)工事から前示整備工事のすべてに立ち会っていた。 A受審人は、平成5年8月高知港において一等機関士として本船に乗り組み、翌6年8月ケープタウン港で、病気下船した前任機関長に代わって昇進したもので、同年12月Cに入渠後、B指定海難関係人と機関部工事の打合せを行い、主機については、それまでの入渠工事と同様に、全ピストンを抜き出し、過給機を開放整備するほか、予備を含めて全吸排気弁の開放整備を行うこと等を取り決め、その後のC社との打合せ、工事監督、受検立会い、試運転等をすべて同指定海難関係人に任せて帰郷した。 ところで、主機の吸排気弁を整備する際、弁傘部の弁座との当たり面は、一般的に旋盤で規定の角度に薄く切削したうえ、弁座ととも摺(ず)りの要領で摺合(すりあ)わせが行われており、C社では、同所に発生するおそれがある微小亀(き)裂については、亀裂があれば切削の際に切り子が途切れることや、鏡面状態に仕上げる当たり部分を目視点検しながら摺り合わせる際に発見できることから、多くの同業者と同様に従前から、船側の要求がない限り、染色浸透探傷法(以下「カラーチェック」という。)等の探傷検査は行っていなかった。 本船は、C社の修理ドックに上架されて工事が開始され、主機の吸排気弁については、本船側から特別な要求がなかったことから、従来どおりの方法で、旋盤及び摺合わせの専門職工により開放整備された。そして、約40日の工期で検査工事を含む入渠工事をすべて終え、B指定海難関係人立会いのもと試運転及び係留運転を済ませたのちA受審人が帰船し、同7年1月24日ごろ出渠(しゅっきょ)して高知港に回航された。 出漁準備を整えた本船は、同1月30日高知港を出港してシンガポール港経由で直接漁場に向かい、2月25日ごろマダガスカル島沖合に至って翌3月30日まで操業を繰り返したのち、食料の補給等の目的で4月4日ケープタウン港に入港した。 こうして本船は、A受審人ほか、22人が乗り組み、同月7日20時30分ケープタウン港を発し、漁場に向け航行中、主機3番シリンダの吸気弁が逆流した燃焼生成物をかみ込んだものか、燃焼ガスが吹き抜けて弁傘当たり面が吸気と排気に交互にさらされ、バルブローテータの作用で全周にわたり微小亀裂が発生した。そして、同月13日から再びマダガスカル島沖合で操業を開始したところ、同19日15時ごろ、主機の回転数を毎分260プロペラ翼角を16度に定めて投縄中、亀裂が進行して同吸気弁の弁傘部先端が欠損し、欠損片がシリンダ内部に落下して異音を発するとともに主機の回転が変動した。 機関室で当直に就いていたA受審人は、主機3番シリンダ内部からの異状音に気付いて同機を停止し、同シリンダから吸排気弁を抜き出したところ、吸気弁が欠損していたことから、弁箱挿入口からシリンダ内部を点検し、ピストン頂部数箇所に小さな打痕跡を認めたが、欠損片は発見できなかった。しかしながら、同人は、海上が荒れていたこともあって早く運転を再開したいと思い、排気管内を点検することなく、両弁を予備品と取り替えただけで主機を始動し、過給機の運転状態にも異状がないことを確認のうえ19時ごろ運転を開始した。 操業を再開した本船は、その後異状なく主機の運転を繰り返していたが、同月22日23時30分ごろから主機回転数を毎分250とし、プロペラ翼角を前進5ないし10度の間で操作しながら揚縄に取り掛かり、掛かったまぐろを船内に取り込むため、同翼角を中立から後進約16度に急激に操作したところ、船首側排気マニホルドのフランジ部に残っていた吸気弁損片が、排気ガスに運ばれて過給機タービン側に飛び込み、翌23日01時15分南緯28度30分東経50度00分の地点で、過給機がサージング音を発するようになった。 当時、天候は曇で、海上はうねりが高かった。 機関室で過給機の異音に気付いたA受審人は、操舵室と連絡をとりながら、主機回転数及びプロペラ翼角を種々変化させてみたがサージング音は止まらず、なんとが揚縄を終えたあと、過給機タービン側及びブロワー側の各軸受室カバーをそれぞれ取り外してロータ軸が軽く回ることを確認のうえ、再び運転を試みたものの状況が変わらなかったので、主機メーカーと連絡をとって状況を説明したところ、過給機の開放が必要なことが判明し、以後の操業を断念して低速でケープタウン港に向かった。 本船は、同4月27日ケープタウン港に入港し、日本から過給機専門技師1人の来援を得て、同機を開放したところ、タービン車室から吸気弁の欠損片が発見され、ノズルリング、シュラウドリング、タービン翼車にそれぞれ打痕を生じ、同翼数枚が欠損している等の損傷が判明し、過給機は、これら損傷部品のほかロータ軸、軸受等を新替えして修理された。
(原因) 本件機関損傷は、マダガスカル島南方沖合において操業中、生じた亀裂が進行して主機の吸気弁が欠損した際、排気管内の点検が不十分で、残っていた欠損片が回収されないまま運転が再開され、その後の運転中、過給機タービン側に運ばれたことによって発生したものである。
(受審人等の所為) A受審人は、主機吸気弁が欠損したことを認めて取り替えた際、欠損片がシリンダ内部に見当たらなかった場合、一部が排気管内に残っているおそれがあったから、過給機に運ばれてタービン翼車等を損傷させることのないよう、排気管内を十分点検すべき注意義務があった。ところが同人は、海上が荒れていたこともあって早く運転を再開したいと思い、排気管内を十分点検しなかった職務上の過失により、回収されないまま同管内に残されていた欠損片がその後の運転中過給機に運ばれ、同機を損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。 指定海難関係人C社の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |