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1998年(平成10年)

平成9年横審第44号
    件名
旅客船びくとり機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年9月1日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

河本和夫、猪俣貞稔、川原田豊
    理事官
花原敏朗

    受審人
A 職名:びくとり機関長 海技免状:一級海技士(機関)
    指定海難関係人

    損害
右舷主機6番シリンダの軸ピンが折損、燃料カム損傷

    原因
機器製造者の作業管理不十分(焼き入れ工程)

    主文
本件機関損傷は、主機燃料噴射ポンプ駆動装置の軸ピンの焼き入れ工程管理が不十分であったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年1月6日06時00分
金華山北東沖合
2 船舶の要目
船種船名 旅客船びくとり
総トン数 17,113トン
全長 187.13メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 21,182キロワット(計画出力)
回転数 毎分428
3 事実の経過
びくとりは、平成元年3月に進水した、専ら茨城県大洗港と室蘭港間の旅客及び自動車の輸送に従事する旅客船で、主機として、三菱重工業株式会社横浜製作所(以下「三菱重工業」という。)が製造した計画出力10,591キロワットの三菱-MANB&W8L58/64型ディーゼル機関2基を据え付け、それぞれ右舷主機及び左舷主機と呼称し、各シリンダを船首側から順番号で呼び、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
主機は、燃料噴射ポンプがボッシュ式のもので、同ポンプの駆動装置は燃料カムと接するローラー、軸ピンと称する同ローラー軸、軸ピンが嵌(かん)合される滑筒などから構成されるが、同駆動装置が強制注油されるしゅう動部であることから、取扱説明書では定期点検間隔を20,000時間運転ごとと定められていた。また、同駆動装置の部品のうち軸ピンは三菱重工業がA株式会社に外注したものが組み込まれていた。
軸ピンは、長さ240ミリメートル(以下「ミリ」という。)、中央部の滑筒との嵌合部の外径75ミリ、両端部の駆動ケースとの嵌合部の外径50ミリのクロムモリブデン焼入性保証鋼(SCM420H)製で、中央半径方向に直径6ミリの油穴が貫通しており、対摩耗性及び疲れ強さ向上のため浸炭処理されるが、浸炭処理後の表面硬度が三菱重工業の製造図面でビッカース硬度換算で674ないし800と定められており、この範囲内であれば設計疲労安全率が2.0以上であり、亀裂が生じることはないが、中心部油穴付近の表面硬度が不足すると、運転中軸ピンが回転して油穴が最も高応力になる位置になったとき安全率が約1.0となり、亀裂が生じる可能性があった。
指定海難関係人Bは、同社の業務のうちの一般熱処理部門で、軸ピンの製造にあたり、浸炭処理及び同処理後の硬度計測などの検査を行っていた。
ところで、浸炭処理は、浸炭、焼準、焼き入れ及び焼き戻しの各工程で行われ、軸ピンの焼き入れ工程では1ロットを7ないし8個として1つのケースに入れ、摂氏約790度の炉内で2時間30分保持したのち、水槽に入れて急冷するのであるが、Bでは均等に冷却するための方法として、水槽の下方から冷却水を噴出させ、水槽の中でケースを天井クレーンにて上下させていたが、この方法では天井クレーンでの搬送中などに軸ピン同士が接触したりして部分的に焼き入れが不十分となる可能性があり、硬度にむらが生じるおそれがあった。
Bは、昭和63年11月三菱重工業から受注した軸ピンの浸炭処理を行ったとき、1ロット中1軸ピンの油穴付近が部分的に焼き入れ不十分となり、油穴付近の表面硬度がビッカース硬度343ないし348と仕様で定められた硬度に対して著しく低くなったが、硬度計測は、軸中央のしゅう動部に傷が付くことを避けるため、軸端部を計測しており、同軸ピンは浸炭処理後の計測で仕様に定められた範囲内であったため合格品とし、油穴付近の表面硬度が不足していることに気付かないまま三菱重工業に出荷した。
びくとりは、同軸ピンが右舷主機の6番シリンダに組み込まれて平成元年7月に就航し、以降主機が年間約6,000時間運転され、毎年三菱重工業に入渠し、船体及び機関の整備が行われたが、燃料噴射ポンプ駆動装置については、運転上異常が認められなかったことから開放点検されることがなかった。
A受審人は、平成6年9月機関長として乗り組み、翌7年2月第1種中間検査の際、主機運転時間が30,000時間を超えていたものの、主機の運転状態は正常であり、2週間ごとに燃料カムを点検していることなどから、燃料噴射ポンプ駆動装置は無開放のまま検査を受け、検査の結果何らの指定事項も受けずにその後も通常どおりの運転を続け、右舷主機6番シリンダに組み込まれた軸ピンは主機が正常に運転されていても亀裂が生じる可能性があることを知る由もなかった。
こうして、びくとりは、いつしか同軸ピンの油穴表面に亀裂が生じ、これが進行したが、運転状態に異常が現れることも無く、同軸ピン点検の機会が無いまま運航が続けられ、同8年1月5日23時30分A受審人ほか29人が乗り組み、旅客65人、車両72台を積載し、船首5.60メートル船尾6.00メートルの喫水で、大洗港を発して室蘭港に向かい、主機回転数毎分約410、プロペラ翼角30度、速力23ノットで進行中、翌6日06時00分金華山灯台から真方位051度12海里の地点において、右舷主機6番シリンダの軸ピンが折損し、燃料カムも損傷して同シリンダの排気温度が低下した。
当時、天候は晴で風力5の西風が吹き、海上にはかなり波があった。
A受審人は、当直機関士から連絡を受けて機関室に赴き、各部を点検して同軸ピンの折損を発見した。
右舷主機損傷の結果、びくとりは、損傷状況確認などで約30分間漂流したのち左舷主機の単独運転にて室蘭港に向かい、定刻より7時間ばかり遅れて同港に入港し、損傷軸ピンを取り替えて右舷主機が仮修理され、のち三菱重工業に入渠して残りの全軸ピンを交換した。

(原因)
本件機関損傷は、機器製造者が、主燃料噴射ポンプ駆動装置の軸ピンを浸炭処理する際、焼き入れ工程管理が不十分で、軸ピンの油穴付近の表面硬度が仕様で定められた硬度以下となって疲れ強度が不足し、軸ピンに作用する繰り返しの曲げ応力により、いつしか油穴付近の表面に亀裂が生じ、これが進行したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
B指定海難関係人が、軸ピンを浸炭処理する際、焼き入れ工程管理が不十分で、部分的に焼き入れ不十分となったことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、品質管理全般について見直しを行い、浸炭処理する際の焼き入れ工程の改善対策がなされている点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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