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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年10月2日11時20分 青森県八戸港東方沖 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五十八松栄丸 総トン数 139トン 登録長 30.01メートル 機関の種類
過給機付4サイクル5シリンダ・ディーゼル機関 出力
592キロワット 回転数 毎分810 3 事実の経過 第五十八松栄丸(以下「松栄丸」という。)は、昭和59年7月に進水したさんま棒受け網漁業に従事する鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ推進装置を有し、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した5PA5L型ディーゼル機関を備え、船橋に主機遠隔操縦装置及び同プロペラ翼角遠隔変節制御装置を装備していた。 主機は、定格出力1,103キロワット及び同回転数毎分1,000(以下、回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設して計画出力592キロワット及び同回転数810とし、漁船法馬力数440としたもので、就航後に同制限装置が取り外され、燃料油にA重油を使用し、航海中の全速力前進時に定格回転数までとして運転されていた。 主機の潤滑油系統は、総油量が約1,600リットルで、クランク室底部の油受から直結歯車式の潤滑油ポンプに吸引された油が、油冷却器、調圧弁及びノッチワイヤ複式の油こし器を経て入口主管に至り、各主軸受、カム軸受、カム軸駆動歯車及び動弁注油等に分岐するとともに主軸受からクランクピン軸受、ピストンピン軸受及びピストン冷却部等に流入し、各部を潤滑あるいは冷却して油受に戻って循環する主経路と、調圧弁の余剰油が容量1,000リットルの補助潤滑油タンクに導かれて同タンクのあふれ油が油受が油受に戻る側流経路とから成り、更に油受から電動歯車式の予備潤滑油ポンプに吸引された油が油冷却器の入口側に合流する経路を付設していた。また、調圧弁は、調節ばねを組み込んだ径66ミリメートルの円筒形弁を内蔵したもので、本体上部に装着したハンドル車の操作により作動圧力を5.0ないし6.0キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位を「キロ」という。)に設定し、主経路の潤滑油圧力を維持するようになっていた。 ところで、主機は、機関室に設置された警報盤に潤滑油圧力低下及び冷却水温度上昇等の各警報装置が組み込まれており、入口主管で検出された潤滑油圧力が2.5キロに低下した際には、潤滑油圧力低下警報装置が作動し、同盤の赤色表示灯が点灯すると同時に警報ベルが鳴るように設定されていた。そして、機関当直者は、警報ベルが鳴ったとき、潤滑油圧力が著しく低下した状態で主機の運転が続けられると潤滑不良による重大な損傷を引き起こすおそれがあるので、警報盤の表示灯により警報内容を確認し、潤滑油圧力低下警報装置が作動しておれば、とりあえず主機を非常停止したのちに異常箇所を調査するなどして、適切に対処する取扱いが必要であった。 A受審人は、松栄丸の新造時に操機長として乗り組み、一時他船に乗船し、平成7年4月に復船して主機の定期整備が行われた際、油受及び補助潤滑油タンクの内部等をそれぞれ掃除のうえ潤滑油を新油と取り替える作業に従事しており、翌5月に機関長に昇進して出漁し、主機の運転及び保守管理にあたり、自ら機関当直に入直するとともに機関員を指揮しながら操業に従事していた。 B指定海難関係人は、平成7年5月に松栄丸の機関員として乗り組んでおり、漁場と水揚げ港とを往復する航行中にはA受審人の指示を受けて単独で機関当直に就いていた。 松栄丸は、A受審人及びB指定海難関係人ほか15人が乗り組み、同年10月1日06時00分岩手県久慈港を発し、北海道襟裳岬沖の漁場に至り、操業して80トンのさんまを漁獲したのち、翌2日04時00分同漁場を発し、水揚げの目的で、宮城県気仙沼港に向け、主機の回転数970及びプロペラ翼角20度として11.0ノットの対地速力で航行した。 ところが、主機の潤滑油は、出漁後運転時間の経過に伴い燃焼生成物のカーボン等の硬質異物が混入しており、油こし器のフィルタエレメントが目詰まりする事態には至らないものの、次第に油中の同異物が増加する状況となっていた。 A受審人は、発航後機関当直を自ら及び無資格のB指定海難関係人ほか機関員3人による輪番の3時間交替制とし、同日05時00分機関当直に入直したのち、08時00分次直者のB指定海難関係人に引き継ぐこととしたが、平素異状があれば報告するように言ってあったから警報発生には対処してくれるものと思い、警報ベルが鳴ったときには警報内容を確認し、潤滑油圧力低下警報装置が作動しておれば主機を非常停止するなどの警報発生に対処する取扱いを十分に指示することなく、同人と交替して船室に退いた。 一方、B指定海難関係人は、10時45分機関当直の交替前に主機各部の圧力温度を計測した際、主経路の潤滑油圧力が6.0キロであったのを認め、機関日誌の記入を終えて次直者を呼びに行くため、機関室の階段を上がりかけたところ、たまたま潤滑油系統の調圧弁が弁座に硬質異物をかみ込んで開弁したまま作動不良となり、同油圧力が急激に低下し、11時00分潤滑油圧力低下警報装置が作動して警報ベルが鳴ったが、気が動転して警報内容を確認しなかったので、警報発生に対処する取扱いをなんら行わず、そのまま主機の運転を続け、船室で休息していたA受審人に「警報が鳴っている。」旨だけを報告した。 機関室に急行したA受審人は、主機が船橋当直者により既に回転数600に減速されていて、主経路の潤滑油圧力が0キロに低下していたのを認め、直ちに予備潤滑油ポンプを運転したものの、船尾側から4番目に位置する4番シリンダのクランクピン軸受が潤滑不良となって焼損しており、同油圧力がいったん5.0キロに上昇して間もなく低下したことから、運転の継続を断念し、11時20分北緯40度44分東経143度01分の地点において、主機を停止した。 当時、天候は雨で風力5の南東風が吹き、海上は波が高かった。 松栄丸は、僚船により八戸港に曳(えい)航されたのち、主機を精査した結果、4番シリンダのクランクピンほか全シリンダのピストン及びシリンダライナ等の焼付きが判明し、各損傷部品を取り替えた。
(原因) 本件機関損傷は、主機の潤滑油系統調圧弁の作動不良により同油圧力が急激に低下して潤滑油圧力低下警報装置が作動した際の取扱いが不適切で、同油圧力が著しく低下したまま運転が続けられ、潤滑不良となったことによって発生したものである。 主機の潤滑油圧力低下警報装置が作動した際の取扱いが適切でなかったのは、機関長が、機関当直者に対して警報発生に対処する取扱いの指示が十分でなかったことと、機関当直者が警報ベルが鳴ったときに警報内容を確認しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、機関当直を無資格の次直者に引き継ぐ場合、主機の潤滑油圧力が著しく低下した状態で運転が続けられると重大な損傷を引き起こすおそれがあったから、警報ベルが鳴ったときには警報内容を確認し、潤滑油圧力低下警報装置が作動しておれば主機を非常停止するなどの警報発生に対処する取扱いを十分に指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、平素異状があれば報告するように言ってあったから警報発生には対処してくれるものと思い、警報発生に対処する取扱いを十分に指示しなかった職務上の過失により、潤滑油系統調圧弁の作動不良で同油圧力が著しく低下したまま運転が続けられ、潤滑不良となってクランクピン軸受の焼損を招き、クランクピン等の焼付きを生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、機関当直に入直中、主機の潤滑油圧力低下警報装置が作動して警報ベルが鳴ったときに警報内容を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、その後同人が主機の警報発生に対処する取扱いの指示を受けた点に徴し、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。 |