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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年11月7日15時30分 高知県高知港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船英寛丸 総トン数 198トン 登録長 50.71メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
514キロワット(定格出力) 回転数
毎分385(定格回転数) 3 事実の経過 英寛丸は、昭和58年に進水した鋼製貨物船で、主機として、株式会社松井鉄工所が製造した密閉加圧清水冷却方式の6M26KGHS-3型ディーゼル機関を装備し、過給機には、株式会社新潟鉄工所製のNHP20AL型排気タービン過給機が使用され、船橋に主機の回転計及び警報装置等を組み込んだ計器盤と遠隔操縦装置とを備えていた。 主機の冷却清水は、清水冷却器から直結の冷却清水ポンプによって吸引加圧され、入口主管に送られて分岐し、各シリンダのシリンダジャケット及びシリンダヘッドと、過給機の排気ガス入口及び出口各ケーシングとをそれぞれ冷却したのち、出口集合管で合流して清水冷却器に戻るようになっていた。また、機関室上段に設置した清水膨張タンクから呼び径50ミリメートル(以下「ミリ」という。)の加圧管が同径のポンプ吸入管に接続され、出口集合管から同タンク頂部まで導かれた呼び径15ミリの空気抜き管を経由し、運転中タンク内の清水が系統を循環するようになっていた。 一方、主機冷却海水は、船底の海水吸入弁から電動の冷却海水ポンプによって吸引され、機付きの潤滑油冷却器と空気冷却器及び機関室中段に設置された清水冷却器を順に冷却し、船外排出口から排出されるようになっていた。 なお、主機冷却清水の温度上昇警報は、運転中出口集合管で通常摂氏65度前後の清水温度が同80度まで上昇すると作動するよう設定され、また、膨張タンクの水位は、減少するとフロート弁から自動給水されて500リットル前後に保たれていた。 B受審人は、五級海技士(航海)の免状を併有し、以前から妻及び二男であるA受審人と家族3人で所有船を運航しており、当初は船長及び機関長の実務を兼務しながらA受審人に機関取扱いを指導していたが、A受審人が取扱いを習得したうえ平成2年に機関免状を取得してからは、船長の職務に専念するようになった。 そして、B受審人は、同5年8月に本船を買船して自らは船長、A受審人を機関長として妻と3人で乗り組んでいたところ、同7年にA受審人が航海免状を取得し、同免状に書類上の履歴を付けるため、同8年10月に雇入れ職名を自らは機関長、A受審人を船長にそれぞれ変更した。しかし、実務はそれまでどおり、同人は専ら船長の職務に従事し、機関管理については、依頼があれば手助けをする程度で、すべてA受審人に任せていた。 ところで、本船は、水深の浅い海域を航行する機会が多く、海底の砂や泥等が冷却海水ポンプに吸引されて熱交換器類の海水側に入り込み、冷却効果が低下して主機が過熱し、冷却清水温度上昇の警報装置が2箇月に1回程度の頻度で作動した。そして、このようなとき本船は、警報が作動しない回転数まで減速して運航を続け、停泊時間等を利用してA受審人が1人で、熱交換器のうち作業が行いやすい清水冷却器の海水側を開放掃除するようにしていた。 清水冷却器は、チューブネストを内蔵する横置き円筒形本体の、上側面に清水出口及び入口管が溶接され、前後に海水入口カバー及び出口カバーが取り付けられていて、海水側の掃除を繰り返すうち、チューブネスト管板締付けボルトの緩みによるものか、カバーを取り外すと膨張タンクからの水頭圧力により清水が外部に漏洩(ろうえい)するようになった。 このため、A受審人は、同作業の際はいつも膨張タンクの出口弁を閉めて冷却清水ポンプの空気抜きコックを開け、外径8ミリ程度の空気抜き管からポンプ吸入管内の冷却水をある程度落とし、噴出する水の勢いが弱まった時点でコックを閉じたうえ、カバーの開放に取り掛かるようにしていた。 本船は、同8年11月5日岡山県水島港から高知県高知港に向け、主機回転数(以下、回転数は毎分のものとする。)を全速力と定めた、定格出力の約70パーセント負荷に相当する340回転として航行中、主機冷却清水温度上昇警報が作動したので、335回転ばかりに減速して同日16時30分目的地に入港した。そして着岸のうえ翌々7日08時から積み荷役を開始し、A受審人が荷役作業と並行して清水冷却器海水側の掃除に取り掛かった。 A受審人は、いつものようにB受審人に連絡しないまま、同日09時ごろから、船底の海水吸入弁及び膨張タンク出口弁をそれぞれ閉止し、水落としのうえ冷却清水ポンプ空気抜きコックを閉めて両海水カバーを取り外し、冷却管を掃除したのち11時ごろ両カバーの復旧を終え、海水吸入弁を開弁していたとき、甲板作業に呼ばれて膨張タンク出口弁を閉止したまま甲板上に赴き、その後このことを失念した。このため主機は、冷却清水ポンプ吸入管内の上部に負圧の空気が滞留しており、そのまま始動すると、同ポンプが空気を吸引して吐出圧力が上がらないおそれがある状態となった。 本船は、荷役が遅れて終了予定が同日15時となり、揚げ地の鹿児島県志布志港に予定の翌8日午前中に到着するため、荷役終了次第急いで出港することとなった。 A受審人は、出港予定を受けて直前まで甲板手仕舞作業に従事したのち14時50分ごろ主機の始動に取り掛かったが、忙しさに取り紛れ、始動後停止回転に落ち着くことを確かめただけで、運転状態が整定するまで待って計器盤の圧力計で冷却清水圧力に異状がないか確認することなく、同圧力の脈動に気付かないまま、依然として膨張タンク出口弁が閉止されたままであることを思い出さず、また、入航前に警報装置の電源を切っていたことまで失念して、出港配置に就くため直ちに船首甲板に赴いた。 こうして本船は、B受審人及びA受審人ほか1人が乗り組み、飼料約442トンを積載し、同7日15時00分B受審人の操船によって高知港を発して志布志港に向かい、7ないし8分後主機回転数を340回転に定め、航路に沿って港口に向け航行中、冷却清水の循環がほとんど途絶えて主機が過熱したが、警報装置が作動しないまま運転が続けられ、過給機ケーシングが著しく過熱し、排気管入口付近の防熱材が焦げて異臭を放ち始め、船尾甲板の出港配置から居住区に戻ろうとした甲板員が、これに気付いてA受審人に連絡した。 船首甲板上で機関室異状の連絡を受けたA受審人は、急いで同室に赴く途中、とっさに膨張タンク出口弁のことを思い出し、過熱運転に気付いたが、慌てるあまり主機を徐々に冷却する措置をとることなく、同弁に急行していきなり全開としたことから、主機各部が急冷され、同日15時30分高知灯台から真方位341度480メートルの地点で、特に高温となっていた過給機排気入口ケーシングの冷却壁が不同収縮して亀裂(きれつ)を生じ、排気側に冷却水が漏洩して過給機が激しく振動した。 当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、港内は穏やかであった。 A受審人は、膨張タンク出口弁を開いて機側に駆け下り、脈動していた冷却清水ポンプの吐出圧が徐々に上昇して落ち着いたことを確認後、船橋に上がってB受審人に状況を説明し、再び機関室に戻って過給機の異状に気付き、継続運転が無理であることをB受審人に報告した。 本船は、いったん港外に出たあと反転し、港口付近にある造船所の岸壁に接近して主機を停止回転としたところ、過給機から冷却清水がシリンダ内に逆流して主機が自然に停止した。そして、引船によって同岸壁に引き付けられ、主機各部を精査した結果、過給機排気入口ケーシングの冷却壁に直径約2ミリの破孔を中心とする亀裂が発生していることが判明した。しかし、主機本体は、6番シリンダのシリンダヘッド上に清水が滞留していたほかは、同水の潤滑油への混入も各部の損傷もなく、とりあえず同ケーシングを中古品と取り替えて運航を再開し、のち新替えした。
(原因) 本件機関損傷は、高知港を出港するにあたって主機を始動した際、冷却清水圧力の確認が不十分で、停泊作業で膨張タンクの出口弁が閉止されたままの冷却清水ポンプが空気を吸引し、同圧力が上昇しないまま運転が続けられたことと、過熱した主機の冷却措置が不適切で、過給機ケーシングが不同収縮したこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、機関の運転管理にあたり、主機を始動した場合、過熱運転して損傷させることのないよう、運転状態が整定するのを待って、冷却清水圧力に異状がないか確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、忙しさに取り紛れ、冷却清水圧力に異状がないか確認しなかった職務上の過失により、過熱運転を招き、慌ててしまって主機を急冷し、過給機ケーシングに亀裂を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |