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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年3月31日08時00分 大阪港 2 船舶の要目 船種船名
引船北進丸 総トン数 197.10トン 全長 29.20メートル 機関の種類
週給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,176キロワット 回転数 毎分720 3 事実の経過 北進丸は、主として大阪港内で専ら起重機船の曳航(えいこう)に従事する昭和47年2月に進水した鋼製引船で、同63年に主機を中古機関と換装して、同48年株式会社新潟鉄工所製造の8MG25BX型ディーゼル機関を装備し、船橋に主機遠隔操縦装置を備え、冷却清水温度上昇や潤滑油圧力低下の際、船橋及び機関室の主機警報盤で警報音を発し、警報ランプが点灯するようになっていた。 主機の冷却は、間接冷却方式によるもので、主機直結の冷却清水ポンプ(以下「清水ポンプ」という。)により吸引加圧された冷却清水が、清水冷却器を経て入口主管に至り、分岐して各シリンダジャケットとシリンダヘッド及び過給機ケーシングをそれぞれ冷却し、出口集合管で合流して清水ポンプ吸引管へ還流しており、同清水系統の加圧及び水量確認等の目的で、容量500リットルの清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)が機関室右舷船尾上方に設置され、同タンクヘの清水補給は手動で行われていた。一方、冷却海水は、電動の主機冷却海水ポンプによって吸引加圧され、潤滑油冷却器、空気冷却器及び清水冷却器などを冷却して船外に排出されるようになっていた。 また、清水ポンプ又は主機冷却海水ポンプのいずれかが運転不能となった場合に、応急用としてどちらにも使用できるよう、予備冷却水兼ビルジポンプを備えていて、同ポンプの吸引側には船底弁からの海水吸引管とともに、清水ポンプの吸引側から交通管が緊急用の中間弁(以下「緊急弁」という。)を介して接続されており、主機運転中、弁操作によって清水ポンプで海水を吸引できる配管となっていた。 A受審人は、平成8年5月から機関長として北進丸に乗り組み、独りで機関の運転管理にあたり、平素の主機の取扱いにおいて、始動前に潤滑油量は毎回確認していたが、膨張タンクの水量については、乗船後しばらくして初めて点検したとき、半分近く減少しているのに気付いてから、時々確認のうえ清水の補給を行って運転を続けていた。 こうした状況のもとで運航を繰り返すうち、いつしか清水ポンプの軸封部に使用されていたメカニカルシールが、シール面に傷を生じて冷却清水が外部に漏洩(ろうえい)し始め、その漏洩量が徐々に増加したことに伴い、膨張タンクの冷却清水減少割合も増加していった。 しかし、A受審人は、膨張タンク水量の減少は、以前から認めていた過給機冷却清水出入口フランジからの漏水によるもので、時々補給しているので大丈夫と思い、始動前など定期的に同水量を点検することなく、依然として4ないし5日ごとに補給していただけであったことから、冷却清水の減少割合が増加していることに気付かなかった。 北進丸は、乗組員休養のため2日間停泊したのち、同9年3月31日、定係地としていた大阪港大阪区第3区にある株式会社大阪造船所の岸壁から、同第2区内の日立造船株式会社桜島工場へ向け、起重機船を曳航することとなった。 A受審人は、同日07時過ぎ機関室に赴いて主機の始動準備に取りかかったが、主機始動前に、膨張タンクの水量を点検しなかったので、同タンクがほとんど空になっていることに気付かないまま、同時20分ごろ主機を始動して停止回転数の毎分400とし、操縦位置を船橋に切り換えて甲板上の出港作業に取りかかった。 こうして本船は、A受審人ほか3人が乗り組み、07時40分定係地を発し、主機回転数を毎分690に徐々に増速中、冷却清水が不足してシリンダジャケット温度が上昇したが、センサーが不良となっていたものか警報が作動せず、主機が過熱してシリンダライナにかき傷が発生し始め、同時45分ごろ機関室に戻って主機の船首側で通風機の風にあたっていたA受審人が、主機船尾方の過給機付近から上がった薄煙で、シリンダヘッドが著しく過熱していることを認め、清水ポンプ空気抜きコックを開けると熱湯が噴き出てきたので、ようやく冷却清水の不足であることに気付いた。 驚いたA受審人は、冷却水を供給することが先決と思い、減速するなどして主機を徐々に冷却する措置をとることなく、清水ポンプ吸引側の緊急弁を開け、低温の海水を冷却清水系統に供給したところ、主機各部が急冷されて08時00分大阪南海岸通り船だまり波除堤南灯台から真方位135度620メートルの地点で、不同収縮の影響を強く受けた2番シリンダのシリンダヘッドに亀裂(きれつ)が生じた。 当時、天候は晴で風力2の西南西風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、08時30分ごろ目的地に着いたのち、主機の損傷に気付かないまま、膨張タンクに清水をいつもの水位まで補給し、翌4月1日午後、定係地に向け北洋の曳航を開始して間もなく、主機シリンダ内の異音に気付き、2番シリンダ指圧器弁を開けたところ、水蒸気が混じった排気ガスが噴出したので、減速して定係地に戻った。 本船は、その後対岸の修理工場に曳航されて、主機を精査した結果、2番シリンダのシリンダヘッドに弁間亀裂が生じ、5番シリンダのシリンダライナ及びピストンが焼損し、全シリンダライナのOリングが熱損して潤滑油が乳化していることなどが判明し、のち主機は、すべての損傷部品及び潤滑油を新替えして修理された。
(原因) 本件機関損傷は、清水ポンプのメカニカルシール損傷部から漏洩して主機冷却清水が減少するようになった際、主機始動前の膨張タンク冷却清水量の点検が不十分で、冷却清水が補給されず、不足したまま運転が続けられたことと、過熱した主機に対する冷却措置が不適切であったこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、2日間休業したのち主機を始動する場合、冷却清水量が減少していることを見落として運転中主機を過熱させることのないよう、始動前に膨張タンクの水量を点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、時々補給しているので大丈夫と思い、始動前に同タンクの水量を点検しなかった職務上の過失により、冷却清水が不足したまま主機を始動して過熱運転を招き、その後過熱に気付いて同機を急冷し、2番シリンダのシリンダヘッド等を損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |