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1998年(平成10年)

平成9年仙審第2号
    件名
旅客船ほくと機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年7月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

安藤周二、?橋昭雄、供田仁男
    理事官
小野寺哲郎

    受審人
A 職名:ほくと機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
B 職名:ほくと機関員兼機関長(機関長休暇時) 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
左列1番シリンダのピストン及びシリンダライナの破損並びに連接棒の損傷等が判明

    原因
入渠時の主機整備の点検不十分(連接棒ボルトの締付け)

    主文
本件機関損傷は、主機整備において連接棒ボルトの締付け復旧の際、同ボルトの締付け状態の点検が十分でなかったことと、整備業者の班長が、同ボルトを適正に締め付けなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年7月21日13時15分
青森県下北半島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ほくと
総トン数 90トン
全長 29.98メートル
機関の種類 過給機付4サイクル12シリンダ・V形ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分1,850
3 事実の経過
ほくとは、昭和62年4月に進水した最大搭載人員130人の軽合金製旅客船で、2基2軸の推進装置を有し、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した連続最大出力735.5キロワット同回転数毎分1,850の12LAAK-UT1型ディーゼル機関各1基を機関室に備え、右舷側主機(以下「右舷機」という。)及び左舷側主機(以下「左舷機」という。)には、それぞれシリンダが6個ずつV形左右列に配置され、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付けられていた。
主機の連接棒は、大端部と軸受キャップとが斜め割りセレーション合わせの構造になっていて、1シリンダにつき上下2本の連接捧ボルトが軸受キャップの各リーマ穴に下方から通されて大端部セレーション面のねじ穴に締め込まれ、クランクピン軸受には薄肉完成メタルが大端部及び軸受キャップの各メタルハウジングに装着されていた。連接棒ボルトは、全長121ミリメートル(以下「ミリ」という。)リーマ部の径21.5ミリのニッケルクロムモリブデン鋼製(種類SNCM630)リーマボルトで、先端から35ミリにわたりねじの呼び径21ミリ、ピッチ1.5ミリの1級ねじが加工されており、回り止めがない構造のものであった。
ところで、連接棒を組み立てる際の連接棒ボルトの締付け要領は、締付けトルクを計測してボルト軸力の管理を行うトルク法と称し、ねじ部及び座面に潤滑油を塗布して仮締めしたのち、トルクレンチを使用のうえ最終段階の45キログラムメートル(以下、力のモーメントの単位を「キロ」という。)の締め付けトルクまで3回以上に分けて上下2本の同ボルトを交互に締め付ける手順が整備マニュアルで指示されており、適正な締付け状態を示す目安として、合いマークが同ボルト頭部と連接棒の大端部とに刻印されていた。そして、当該型機関の連接棒ボルトは、トルク法による締付けの際、ねじ部及び座面に潤滑油を塗布することが重要であり、二硫化モリブデン等を含有する固体潤滑剤が塗布されると、最初の締付けのときだけは、摩擦係数が著しく増大し、塗布量が多ければ更にその増大が顕著となり、所定の締付けトルクで締め付けても、ボルト軸力が低下するので、合いマークが適正な締付け状態に一致しないまま、締め不足となるばかりか、片締めの状態になるおそれがあった。
A受審人は、平成3年8月以降ほくとの機関長として乗り組み、休暇が付与されることにより、1箇月に約22日の割合で乗船し、主機の運転及び保守管理にあたっていた。
B受審人は、平成4年5月にほくとの甲板員として乗り組み、同7年10月以降A受審人の休暇時に機関長の職務に就き、同人から指示を受けて主機の運転保守等に従事していたが、入渠時の受検整備には携わっていなかった。
ほくとは、北海道函館市に所在するA株式会社(以下「A社」という。)に毎年入渠し、同社による船体及び機関等の整備が行われ、同7年4月の整備の際に右舷機の左列1番シリンダの上側及び下側連接棒ボルトが交換されており、翌8年3月下旬には第1種中間検査の受検準備のため、機関の整備が行われることになり、前年の整備を経験していた同社機関課仕上部班長のC指定海難関係人が主機作業に従事し、A受審人がこれに立ち会った。
同月25日C指定海難関係人は、右舷機の全シリンダのピストンを抜き出したのち、連接棒の組立復旧にあたり、トルクレンチを使用して左列1番シリンダの連接棒ボルトを締め付ける際、手元に潤滑油がなかったことから、固体潤滑剤を塗布しても特に差し支えがないものと思い、ねじ部及び座面に所定の同油を塗布しないで、そこに同潤滑剤を塗布した。その後C指定海難関係人は、固体潤滑剤を塗布した状態ではトルク法による適正な締付けができなくなったのに、45キロの締付けトルクまで3回に分け、同シリンダの上側及び下側連接棒ボルトを交互に締め付けたところ、その合いマークがいずれも一致していなかったのを認めたが、十分に締め付けたつもりで、上側連接棒ボルトが締め不足による片締め状態となっていることに気付かなかった。
一方、A受審人は、右舷機の左列1番シリンダの上側及び下側連接棒ボルトが締付け復旧された際、その合いマークがいずれも一致していなかったのを認めたが、締付けにトルクレンチを使用していたから大丈夫と思い、合いマークを目安として両ボルトの締付け状態を十分に点検しなかったので、上側連接棒ボルトが締め不足による片締め状態となっていることに気付かず、両連接棒ボルトを適正に締め付ける措置をとらなかった。
こうして、ほくとは、出渠後に青森県下北半島の佐井港を始発港とし、福浦漁港、牛滝漁港し、九艘泊(くそうどまり)漁港及び脇野沢港を経由して青森港に至る定期航路に就き、1日に2往復の運航を繰り返した。
ほくとは、B受審人ほか2人が乗り組み、旅客39人を乗せ、貨物1個を積載し、船首0.6メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、平成8年7月21日13時07分牛滝漁港を発し、九艘泊漁港に向け、右舷機及び左舷機をそれぞれ回転数毎分約1,700にかけて24.0ノットの対地速力で航行した。主機は、運航の合間に定期的な連接棒ボルトの締付け点検が行われないままに約900時間の運転を経過しており、右舷機の左列1番シリンダの上側連接棒ボルトの締付けが徐々に緩むようになった。やがて、右舷機は、同ボルトが抜け落ち、連接棒大端部と軸受キャップとの合わせ面が開き、同シリンダの下側連接棒ボルトが過大な曲げ応力により疲労折損し、脱落した連接棒が激突してシリンダブロック下部及びクランク室底部の油受が破損し、13時15分平館灯台から真方位047度8海里の地点において、異音を発して停止した。
当時、天候は曇で風力3の東風が吹き、海上には白波があった。
船尾の貨物室にいたB受審人は、異音に気付いて機関室に急行し、右舷機の油受から潤滑油が流れ出していたうえに左列1番シリンダの連接棒が脱落しているのを認め、同機が運転不能と判断し、その旨を船長に報告した。
ほくとは、左舷機を低速で運転し、脇野沢港を経て青森港に到着したが、のち函館港に回航し、右舷機が精査された結果、更に左列1番シリンダのピストン及びシリンダライナの破損並びに連接棒の損傷等が判明し、各損傷部品の交換修理が行われ、就航再開後には、毎月定期的にメーカー側による右舷機及び左舷機の連接棒ボルトの締付け点検が行われることとなった。
また、A社は、機関組立事故防止対策として、品質管理係員を新規に配置し、主要箇所チェックリストに基づいて主機の連接棒ボルトの締付けを二重に点検する改善措置をとった。

(原因)
本件機関損傷は、入渠時の主機整備において連接棒ボルトの締付け復旧の際、同ボルトの締付け状態の点検が不十分で、同ボルトが締め不足による片締め状態となったまま運転されたことと、整備業者の班長がトルク法で締め付けるにあたり、同ボルトのねじ部及び座面に所定の潤滑油を塗布しないで固体潤滑剤を塗布し、同ボルトを適正に締め付けなかったこととによって発生したものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、入渠時の主機整備において右舷機の連接棒ボルトの締付け復旧に立ち会う場合、同ボルトの適正な締付け状態を示す合いマークが一致していなかったから、締め不足とならないよう、合いマークを目安として同ボルトの締付け状態を十分に点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、締付けにトルクレンチを使用していたから大丈夫と思い、同ボルトの締付け状態を十分に点検しなかった職務上の過失により、左列1番シリンダ上側連接棒ボルトが締め不足による片締め状態となったまま運転し、同ボルトの締付けが緩み、連接棒の大端部と軸受キャップとの合わせ面が開いて同シリンダ下側連接棒ボルトの疲労折損を招き、脱落した連接棒が激突してシリンダブロック等の破損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が、入渠時の主機整備において右舷機の左列1番シリンダの連接棒ボルトを締付け復旧する際、トルク法で締め付けるにあたり、同ボルトのねじ部及び座面に所定の潤滑油を塗布しないで固体潤滑剤を塗布し、同ボルトを適正に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、その後A社による機関組立事故防止対策の改善措置がとられた点に徴し、勧告しない。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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