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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年6月10日19時10分 遠州灘 2 船舶の要目 船種船名
貨物船翔龍丸 総トン数 499トン 全長 71.30メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
956キロワット 回転数 毎分350 3 事実の経過 翔龍丸は、昭和57年3月に進水した専ら鉄鋼製品の輸送に従事する鋼製貨物船で、主機として阪神内燃機工業株式会社が同年1月に製造した6LUN28A型と称するディーゼル機関を備え、可変ピッチプロペラを装備し、各シリンダに船首側から順に1番から6番の番号が付けられ、操舵室に主機回転数及びプロペラ翼角の遠隔操縦装置が設けられていた。 主機の連接棒は、組立式で、その連接棒ボルトは、幹部の直径24ミリメートル(以下「ミリ」という。)ねじの呼び径27ミリのクロムモリブデン鋼(SCM3)製で、1シリンダにつき左右2本ずつあり、全長150ミリのうち先端から30ミリの間がねじとなっていてクランクピン軸受上側キャップにねじ込んだのち、左、右の各ボルト頭に8の字に針金を通して回り止めが施されていた。 ところで、取扱説明書では、連接棒ボルトの締付けについて、ねじ部が滑らかであることを確認し肌付きまで締め付けたのち、締付けトルクを38キログラム・メートル(以下、トルクの単位をキロという。)、または肌付き後の増締め角度を20度として、左右交互に締付けを均等に行うよう記載し、注意を喚起していた。 A受審人は、平成4年1月から同年6月まで機関長として乗り組み、同7年1月再び乗船し、同年3月広島県因島市に所在する株式会社A(以下「A社」という。)に合入渠した際、主機連接捧ボルトが耐用時間の20,000時間を超えたので全部新替えし、同年4月下船し、更に同年5月から翌8年2月まで乗り組み、機関の運転に従事した。 同年4月A受審人は、再び乗船し、一等機関士を指揮して機関の運転に当たり、翌5月第一種中間検査受検の目的で、A社に入渠した際、主機については、燃料弁の整備等を一等機関士とともに行わなければならなかったので、全ピストンの抽出を含む主機の整備工事をA社に全面的に依頼し、その打合せの際、機関部工事の作業責任者であるB指定海難関係人にその要請により主機取扱説明書を貸し渡し、連接捧ボルトの締付けについては、同説明書に記載のとおり、間違いなく施行してくれるものと思ったところから、同締付け作業を任せた。 ところで、B指定海難関係人は、数年前から何回か本船の入渠に際し、機関部関係工事を担当し、前示合入渠で連接俸ボルトを新替えした際には、あらかじめメーカーから連接捧締付けボルトの締付け要領を、ねじ部にモリコートと称する減摩材を塗ったのち、トルクレンチにより30キロのトルクで締付ければよい旨変更したとの連絡を受けていたので、同要領に従って同ボルトの締付けを行って作業を済ませていた。 同8年5月本船が入渠した際にも、B指定海難関係人は、作業責任者として部下作業員を指揮して、主機全ピストンの抽出を含む整備工事を全面的に担当し、本船から借用の取扱説明書、メーカーから渡されている「機関呼称の説明」及び「機関部主要部締付け基準」を確認の上、連接棒ボルト締付けについては、連接俸ボルトを30キロのトルクで締め付け、合いマークまで締まらないときには、残りの角度を見て追込みで締め付けるよう部下作業員に対して指示した。 しかしながら、B指定海難関係人は、作業員が、ピストンの抽出作業に慣れているので一々指示するまでもあるまいと思い、連接棒ボルトが片締めとならないよう、ねじの固さとか連接棒下面とクランクピン軸受キャップの接合面に異物や返りがないか確かめるなどして、肌付き、本締めともクランク室の両側から左右均等に適切に締め付けることなどの具体的な指示を行わなかった。 その後主機は、作業員により外見では容易に識別できない程度に1番シリンダの右舷側連接棒ボルト2本が片締めされた状態のまま復旧されたため、同年5月13日から運転を続けているうち、同ボルト2本は、ねじ部に過大な引張り応力を繰り返し受けて疲労するに至った。 こうして本船は、A受審人ほか5人が乗り組み、空倉のまま、船首1.51メートル船尾3.76メートルの喫水をもって、同年6月10日13時愛知県三河港を発し、千葉県木更津港に向け、主機回転数を毎分322プロペラ翼角を17.5度と定め、機関室を無人にして航行中、1番シリンダの右舷側連接棒ボルト2本が破断し、次いで同シリンダの左舷側ボルト2本も過大な引張り及び曲げ応力を受けて折損し、連接捧の大端部がクランクピン軸受の上側キャップから外れて連接棒がクランク室及び台板等を突き破り、19時10分掛塚灯台から真方位173度6.7海里の地点において主機が異音を発した。 当時、天候は雨で風力3の東風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、自室で休息中異音に気付き、操舵室に急行し、非常停止ボタンを押して主機を止め、機関室に赴いて前示の損傷を認め、主機の運転を断念し、本船は救助を求め、来援した引船にえい航されて広島県因島に入航し、のちA社により損傷部品を新替えして修理された。
(原因) 本件機関損傷は、造船所によって主機の開放整備が行われた際、主機連接俸の組立作業が不適切で、1番シリンダの連接俸ボルトが、左右均等に締め付けられず、右舷側ボルトが片締めとなったまま運転され、同ボルトに過大な引張り応力を繰返し受けて疲労したことによって発生したものである。
(受審人等の所為) B指定海難関係人が、主機の開放整備に際し、部下作業員に連接捧の組立作業を行わせるに当たり、連接俸ボルトが片締めとならないよう、肌付き、本締めともクランク室の両側から連接棒ボルトを左右均等に適切に締め付けるなどの具体的な指示を行わなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、その後部下作業員に対し、肌付き、本締めとも左右均等に締め付け、トルクと角度を必ず確認するなどして、同ボルトを適切に締め付けさせている点に徴し、勧告しない。 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |