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1998年(平成10年)

平成9年門審第119号
    件名
漁船第八拾壱富栄丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年3月18日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

杉?忠志、川本豊、藤江哲三
    理事官
内山欽郎

    受審人
A 職名:第八拾壱富栄丸機関長 海技免状:三級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
連接棒曲損、クランクピン軸受、連接棒ボルト及び過給機ラビリンスパッキンなどが損傷、3番シリンダのシリンダヘッド排気通路の冷却壁に破孔

    原因
主機の始動準備不十分

    主文
本件機関損傷は、主機の始動準備が不十分で、冷却海水がピストン上に滞留したまま主機が始動されたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年12月29日16時20分
福岡県福岡湾
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八拾壱富栄丸
総トン数 464トン
全長 60.56メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分305
3 事実の経過
第八拾壱富栄丸(以下「富栄丸」という。)は、昭和53年1月にかつお一本釣り漁船として進水し、A株式会社が平成4年11月に購入して、専ら活魚の輸送に従事する目的で改造した鋼製漁獲物運搬船で、主機として阪神内燃機工業株式会社が製造した6LU38型ディーゼル機関を装備し、操舵室に回転計などの計器類、警報装置及び遠隔操縦装置を備え、同室から主機の遠隔操縦ができるようになっていた。
主機は、シリンダ径380ミリメートル及びピストン行程580ミリメートルで、各シリンダを船首側から順番号で呼称し、鋳鉄製のシリンダヘッドに始動弁、燃料噴射弁、安全弁、指圧器弁、吸気弁及び弁箱式排気弁をそれぞれ1個ずつ組み込み、排気弁から排出された排気ガスが同ヘッド排気通路及び排気マニホルドを経て過給機を駆動したのち煙突から大気に放出されるようになっており、同排気通路には厚さ約14ミリメートルの冷却壁を隔てて冷却室が設けられていた。また、主機のターニングは、クランク軸船尾側に取り付けられたフライホイールの歯車にターニング歯車を嵌(かん)合し、電動により同ホイールを回転させて行うようになっていた。
ところで、主機の冷却は、海水直接冷却方式で、船底の海水吸入弁から電動のシリンダジャケット用冷却海水ポンプによって吸入加圧された冷却海水が、冷却水入口主管に至り、同入口主管から分岐して各シリンダのシリンダジャケット、シリンダヘッド及び排気弁を順に冷却して冷却水出口集合管を経て水面下に位置する船外吐出弁から排出される系統と、同入口主管から過給機ケーシングを冷却して別途船外に排出される系統のほかに、電動の熱交換器用冷却海水ポンプによって吸入加圧された冷却海水が潤滑油冷却器及び空気冷却器を冷却して船外に排出される系統とからなっており、同ヘッド出口冷却海水温度の調整が同出口集合管の出口側に設けられた調整弁を介して同ジャケット用冷却海水ポンプの吸入側へ温水を戻すことにより行われるようになっていた。
A受審人は、同7年3月から機関長として乗り組み、機関の運転と整備に従事していたもので、主機の取扱いについては、全シリンダのシリンダヘッドの整備来歴が不明であったので、同年9月に入渠して行った第1種中間検査工事の際に全シリンダのピストンを抜き出し、同ヘッドの冷却水側及び排気側の腐食状況などを点検のうえ保護亜鉛を取り替え、出渠したのち、定期的に同亜鉛の点検を行い、運転中、適宜同ヘッド出口冷却海水温度を調整するなどして主機を年間3,500時間ばかり運転し、活魚の輸送に従事していた。
また、A受審人は、主機の始動準備にあたっては、入出港時に一等機関士及び機関部員が積み込んだ活魚を監視し、魚倉への海水送水量の調整を行うなどの甲板作業に従事するので、1人で機関室に赴いて同準備作業を行っていたが、ターニング装置が過給機及び空気冷却器の下方の狭い箇所に設置されていて、ターニング歯車を嵌合するのに時間がかかることや、いままでシリンダヘッドなどから冷却海水が漏洩(えい)してシリンダ内に浸入したこともなかったので、平素、始動時に冷却海水などがシリンダ内にないことを確かめるためのターニングを行わず、海水吸入弁及び船外吐出弁の冷却海水関係弁を操作し、各冷却海水ポンプ及び潤滑油ポンプを運転して同準備を終えていた。
富栄丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、活魚の養殖鯛約27トンを積み込み、船首3.80メートル船尾4.00メートルの喫水をもって、同8年12月28日11時00分鹿児島県永浜漁港を発し、主機を回転数毎分260の全速力前進にかけ、福岡県博多港に向けて航行していたところ、荷主から同港に翌29日18時ごろ入港するよう指示があったので、時間調整のため投錨して待機することとし、同日12時45分ごろから船長が操舵室で主機操縦ハンドルを操作して減速を開始し、13時15分ごろ同県福岡湾内の唐泊港第1防波堤灯台から真方位093度1.6海里の地点に投錨した。
これに先立ち、甲板作業に従事していたA受審人は、船長から間もなく主機を停止するとの連絡を受け、1人で機関当直に就き、13時20分ごろ機関終了の合図で機側の燃料調整ハンドルを操作して主機を停止したが、同当直に就くため機関室に赴いたとき、船尾甲板から煙突を見て、減速運転時の排気ガスが少し白変しているのを認めたので、主機のどこかに破孔などを生じて冷却海水が排気ガスに混入しているものと推測し、全シリンダの指圧器弁を開弁してエアランニングを行ったものの、異常が認められなかったことから、各冷却海水ポンプ及び潤滑油ポンプをそれぞれ停止した。
このとき、A受審人は、まだ入港時間が確定していなかったので、同時間が変更されても直ちに主機を始動できるよう全シリンダの指圧器弁を閉弁し、冷却海水関係弁を開弁した状態のままで機関の終了作業を終えたものの、いつしか腐食により肉厚が局部的に衰耗していた3番シリンダのシリンダヘッド排気通路の冷却壁に破孔を生じ、停止中に漏洩した冷却海水が同排気通路を経て、たまたま開弁状態となっていた同シリンダの排気弁からシリンダ内に浸入する状況となっていることに気付かなかった。
こうして、A受審人は、16時15分ごろ船長から入港のため主機を始動するよう指示されたので、1人で機関室に赴き、潤滑油ポンプを運転して主機の始動準備に取り掛かった。しかしながら、同人は、主機の停止直後に行ったエアランニングで異常が認められず、それに停止時間が短かったのでシリンダ内に冷却海水が浸入していることはないものと思い、全シリンダの指圧器弁を開弁して、ターニングを行うなどの始動準備を十分に行うことなく、16時20分前示の投錨地点において、いきなり始動空気による着火運転を行ったところ、3番シリンダのピストン上に滞留していた冷却海水がピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃され、水撃作用が生じて主機が大音を発し、同シリンダの連接棒が曲損するとともにクランクピン軸受、連接棒ボルト及び過給機ラビリンスパッキンなどが損傷した。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、主機が大音を発して停止すると同時に3番シリンダの排気弁から冷却海水が噴出したのを認め、機側の燃料調整ハンドルを停止位置に戻し、同シリンダの排気弁及び動弁装置が損傷しているのを発見し、運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
富栄丸は、救助を求め、来援したタグボートで博多港に引き付けられ、主機各部を精査した結果、3番シリンダのシリンダヘッド排気通路の冷却壁に破孔を生じて冷却海水が漏洩したことが判明し、のち損傷部品を取り替えた。

(原因)
本件機関損傷は、主機の始動準備が不十分で、シリンダヘッド排気通路の冷却壁に生じた破孔から漏洩した冷却海水が、開弁状態となっていた排気弁からシリンダ内に浸入し、ピストン上に滞留したまま主機が始動され、ピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機の減速運転時に煙突からの排気ガスが少し白変しているのを認め、投錨して待機したのち、福岡県博多港に入港するため主機を始動する場合、排気側に冷却海水が漏洩しているおそれがあったから、冷却海水がピストン上に滞留したまま主機を始動することのないよう、ターニングを行うなどの始動準備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、主機の停止直後に行ったエアランニングで異常が認められず、それに停止時間が短かったのでシリンダ内に冷却海水が侵入していることはないものと思い、ターニングを行うなどの始動準備を十分に行わなかった職務上の過失により、シリンダヘッド排気通路の冷却壁に生じた破孔から漏洩した冷却海水がピストン上に滞留していることに気付かず、主機の始動時に冷却海水がピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃されて水撃作用の発生を招き、連接棒に曲損、クランクピン軸受、連接棒ボルト、排気弁、動弁装置及び過給機ラビリンスパッキンなどに損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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