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1998年(平成10年)

平成9年門審第106号
    件名
漁船第二明神丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年3月12日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

杉?忠志、川本豊、藤江哲三
    理事官
内山欽郎

    受審人
A 職名:第二明神丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
全クランクピン軸受、5番シリンダの吸・排気弁などに損傷

    原因
主機負荷制限調整ボルトの確認不十分

    主文
本件機関損傷は、主機負荷制限調整ボルトの確認が不十分で、これにかえて停止位置調整ボルトが締め込まれ、主機が急回転を起こしたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年7月30日01時10分ごろ
日本海西部
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二明神丸
総トン数 85トン
登録長 33.50メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 672キロワット
回転数 毎分810
3 事実の経過
第二明神丸(以下「明神丸」という。)は、昭和60年12月に進水した大中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6PA5LX型ディーゼル機関を装備し、軸系に油圧多板式の逆転減速機を備え、操舵室に回転計などの計器類及び各種警報装置を組み込んだ主機操縦装置を設け、同室から主機の回転数及び逆転減速機の遠隔操作ができるようになっていたが、主機には過速度防止装置が設けられていなかった。
主機の燃料リンク装置は、同機の左舷側前部に設けられた機側操縦台の停止ハンドルを運転位置にして、操舵室の主機操縦装置に設けられた操縦ハンドルを操作すると、同装置からの制御用圧縮空気が機側操縦台船首寄りの上方に設置された油圧式の調速機に作用して調速機レバー、緩衝ばねなどを介してレイシャフトレバー及びレイシャフトを連動させ、ボッシュ式の燃料噴射ポンプ(以下「噴射ポンプ」という。)のラックを制御して、操縦ハンドルで設定された回転数となるよう燃料油の噴射量を調整し、停止ハンドルを停止位置にすると、停止ハンドル軸に連結しているレイシャフトレバー、リンク及びレイシャフトを連動させ、同ラック目盛を6以下の燃料油無噴射位置にして主機を停止する機構となっていた。また、同リンク装置には、負荷制限調整ボルトと停止位置調整ボルトとが調速機下方の同機駆動装置ケーシングの上下にそれぞれ近接して取り付けられていた。
負荷制限調整ボルトは、ねじの呼び径12ミリメートル(以下「ミリ」という。)、ピッチ1.75ミリ、全長70ミリの頭部にねじ締め用の溝が設けられたもので、噴射ポンプの最大燃料油噴射量を制限する目的で取り付けられており、同ボルトの緩み止めとねじ部の保護のために袋ナットが装着されていた。
一方、負荷制限調整ボルトのすぐ下側に取り付けられていた停止位置調整ボルトは、ねじの呼び径12ミリ、ピッチ1.75ミリ、全長60ミリの頭部にねじ締め用の溝が設けられたもので、主機停止時の噴射ポンプのラック目盛を燃料油無噴射位置とする位置決めと、主機の停止操作時にリンクやレイシャフトレバーなどに無理な力がかかるのを防止する目的で、同ボルトの先端が同レバーの下部に当たるよう取りり付けられており、負荷制限調整ボルトと同じ形状の袋ナットが装着されていた。
ところで、操舵室の主機操縦装置は、1本の操縦ハンドルによって、前進、中立及び後進の各運転操作ができるようになっており、負荷運転から一気に中立運転に操作して逆転減速機のクラッチを脱としたとき、停止位置調整ボルトの調整位置が噴射ポンプのラック目盛の燃料油無噴射位置を大きく超えていると、負荷運転時の同ラック目盛が大きいことから、調速機が燃料油の噴射量を減少させるように作動しても、急激な無負荷に追従できず、瞬時的に中立運転時の同ラック目盛の範囲を超えて主機が、急回転を起こすおそれがあった。
A受審人は、一括公認を受けて同62年6月から一等機関士としてまき網漁業船団の網船に乗り組み、その後、平成4年2月から同船団に付属する灯船の明神丸に機関長として転船し、1人で機関の運転と保守に当たり、長崎県奈摩漁港を基地として、秋田県沖合の日本海から東シナ海にかけての漁場で1航海が約2箇月間の操業に従事し、漁場では夜間操業を終えて07時ごろ主機を停止し、15時ごろまで休息したのち主機を再び始動する操業形態を繰り返しながら、航行中には1時間ごとに、操業中には2時間ごとに機関室に赴いて機関の監視を行っており、主機の回転数については、排気温度が上昇しで排気弁などに損傷を生じることがあるので、航行中の回転数を毎分780(以下、回転数は毎分のものを示す。)までとして運転するよう船長に要請していた。
明神丸は、まき網漁業に従事する目的で、A受審人ほか5人が乗り組み、同8年7月19日15時30分奈摩漁港を発し、五島列島周辺の漁場に至り、操業を開始した。
A受審人は、同月30日深夜の魚群探索中、機関室に赴いたところ主機の回転数が約810に上昇しているのを認め、それまで回転数780を超えて主機が度々運転されることがあったので、燃料リンク装置を調整して噴射ポンプの最大燃料油噴射量のラック目盛を制限することにした。しかしながら、同人は、以前、他船に機関部員として乗り組んでいたときに機関長から指導を受けて同リンク装置のボルトを締め込み、主機の回転数が上昇しないように調整したことがあったので簡単にできるものと思い、主機取扱説明書で取付位置を調べるなどして、燃料リンク装置の調整作業に取り掛かる前に負荷制限調整ボルトを確認することなく、下側に位置する停止位置調整ボルトを負荷制限調整ボルトと取り違え、主機の回転数を低下させようと3回転近くまで締め込んだ。
このとき、A受審人は、機側の回転計に変化が認められないことに少し疑問を抱いたものの、締め込めば主機の回転数が低下する機構となっていることから締込み量が不足しているものと考え、更に停止位置調整ボルトを1回転ばかり締め込んで、しばらく同回転計を見ていたが、操業中で忙しく、そのうえ操舵室で主機が遠隔操作されて回転数が少し変化することもあったので、その状態のまま同室に赴いて主機の回転計を監視することとした。
こうして、明神丸は、主機停止時の噴射ポンプのラック目盛が燃料油無噴射位置を大きく超えた状態のまま主機を全速力前進にかけて魚群探索中、魚群を見付けたところから直ちに集魚作業に取り掛かり、船長が、操舵室で操縦ハンドルを操作して主機を減速し、続いて逆転減速機のクラッチを脱に操作したところ、同日01時10分ごろ北緯35度3分東経130度43分の地点において、主機が急回転を起こした。
当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
操舵室にいたA受審人は、主機が急回転を起こして回転計の指針を振り切ったのを認め、燃料リンク装置の停止位置調整ボルトを調整した直後であったので、機関室に急行して同ボルトを元の位置まで戻したのち、停止ハンドルを操作して主機を停止させた。
その後、A受審人は、主機各部を点検したところ、潤滑油こし器のこし筒に多量の金属粉が付着しているのを認め、運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
明神丸は、僚船により長崎県平戸港に引き付けられ、同地において主機各部を精査した結果、全クランクピン軸受、5番シリンダの吸・排気弁などに損傷が生じていることが判明し、のち損傷部品及び全連接棒ボルトを取り替えた。

(原因)
本件機関損傷は、主機を全速力前進にかけて魚群探索中、燃料リンク装置を調整して噴射ポンプの最大燃料油噴射量のラック目盛を制限する際、負荷制限調整ボルトの確認が不十分で、負荷制限調整ボルトの下側に取り付けられていた停止位置調整ボルトが締め込まれ、主機停止時の噴射ポンプのラック目盛が燃料油無噴射位置を大きく超え、負荷運転から中立運転としたときに主機が急回転を起こしたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機を全速力前進にかけて魚群探索中、燃料リンク装置を調整して噴射ポンプの最大燃料油噴射量のラック目盛を制限する場合、負荷制限調整ボルトと停止位置調整ボルトとが近接して上下に取り付けられていたのであるから、取り違えて停止位置調整ボルトを締め込んで主機停止時の噴射ポンプのラック目盛が燃料油無噴射位置を超え、負荷運転から中立運転としたときに主機が急回転を起こすことのないよう、主機取扱説明書で取付位置を調べるなどして、燃料リンク装置の調整作業に取り掛かる前に負荷制限調整ボルトを確認すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、以前、他船に機関部員として乗り組んでいたときに機関長から指導を受けて燃料リンク装置のボルトを締め込み、主機の回転数が上昇しないように調整したことがあったので簡単にできるものと思い、同調整作業に取り掛かる前に負荷制限調整ボルトを確認しなかった職務上の過失により、取り違えて停止位置調整ボルトを締め込み、負荷運転から中立運転としたときに主機の急回転を招き、全クランクピン軸受、吸・排気弁などに損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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