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(事実) 第1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年3月13日07時25分 香川県高松港 第2 船舶の要目 船種船名
旅客船こんぴら丸 総トン数 699トン 全長 71.82メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 2,059キロワット 第3 事実の経過 1 こんぴら丸 こんぴら丸は、登録長67.01メートル、幅14.70メートル及び深さ4.10メートルの平水区域を航行区域とする最大搭載人員500人の2基2軸を備えた船首船橋型鋼製旅客船兼自動車渡船で、昭和63年2月に進水し、岡山県宇野港及び香川県高松港間の定期運航に就航した。 本船は、上から順に航海船橋甲板、遊歩道甲板及び車両甲板で仕切られ車両甲板下の船体中央部から後方に機関室及び軸室が配置され主機として株式会社新潟鉄工所製の6M28BET型と称する定格回転数毎分390の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を2基(以下「右舷主機」「左舷主機」という。)備え、軸室には、右舷及び左舷後方に全長が5,225ミリメートル(以下「ミリ」という。)の海水潤滑式船尾管を装備し、同管船首部に長さ725ミリ、内径234ミリのリグナムバイタ製軸受(以下「船尾管前部軸受」という。)、船尾部に長さ875ミリ内径234ミリのゴム製軸受(以下「船尾管後部軸受」という。)を装着し、同前部軸受船首側にはメカニカルシール式船尾管軸封装置を備えていた。 2 指定海難関係人A株式会社 指定海難関係人A株式会社(以下「A社」という。)は、神戸市中央区東川崎町に本社を置き、各種船舶、艦艇、海洋機器その他の設計、建造、製造、据付け、修理、解体並びに販売等に関する事業に従事し、スイス連邦のエッシャウイス社と技術提携をして川崎エッシャウイス式可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)装置を製造販売していた。 A社のCPPのこれまでにおける製作実績は、昭和33年に製造を開始してから、各船種に対応した装置を多数製作しており、CPP用プロペラ軸についても、製作した軸の数は平成8年8月までに620本を数え、そのうち、軸の長さが12メートル以上の長尺の軸は233本、スリーブ及びゴム巻き軸は338本の実績があり、これまで製造欠陥に起因する事故及び通常の使用状況における事故の発生はなかった。 こうしたなか、A社は昭和62年から平成3年までに、指定海難関係人B株式会社から、船主がC株式会社であるりつりん丸をはじめとするシリーズ船5隻について、プロペラ軸を含むCPP装置一式を受注し、合計10本のプロペラ軸を納入した。 3 指定海難関係人B株式会社 指定海難関係人B株式会社(以下「B社」という。)は、長崎市深堀町に本社を置き、各種船舶の建造修理、舶用機器の製造修理等に関する事業に従事し、平成8年4月1日にD株式会社からB株式会社に、更に平成9年4月1日に現社名に変更していた。 B社は、昭和62年から平成3年までに、C株式会社から、旅客船兼自動車渡船として、りつりん丸をはじめとするシリーズ船5隻の建造を受注したが、これらは、2基2軸で、CPP装置を装備する長尺の軸系機造で計画されており、これまでに同種船舶の建造は2隻の実績があったものの、いずれもりつりん丸の軸の長さほどはなく、今回のような長尺の軸系構造を有する船舶の建造は初めてであり、こんぴら丸をシリーズの第2船として建造した。 4 軸系装置 (1) 構成 軸系は、弾性継手、クラッチ兼推力軸受、中間軸及び同軸受、コントロール軸、プロペラ軸並びにCPP装置から成り、操舵室で主機の回転数及びプロペラ翼角を遠隔制御できるようになっていた。 CPP装置は、A社製の530CB/180RU型と称し、外径1,900ミリの4翼で、CPP部、プロペラ軸部、ピッチコントロールユニット部及び制御用各機器によって構成され、CPPの翼角を変節するための駆動ピストンはプロペラボス内に納められていた。 油圧式変節機構の作動油は、コントロー軸からプロペラ軸内に設けられた導入管を通じてプロペラボスまで導かれていた。 (2) プロペラ軸 プロペラ軸は、長さ15,715ミリ、外径205ミリ及び内径85ミリの中空炭素鋼鍛鋼品(材料記号SF45相当)製で、一端のフランジをプロペラボスにカップリングボルトで接合し、他端をコントロール軸とオーケーカップリングと称するスリーブ継手で結合しており、船尾管前部軸受部に長さ1,050ミリ、外径233ミリ、船尾管後部軸受部に長さ975ミリ、外径234ミリ、船尾船外の中間シャフトブラケット部に長さ975ミリ、外径235ミリ及び船尾端シャフトブラケット部に長さ1,140ミリ、外径237ミリのそれぞれ厚み16ミリのニッケル青銅(材料記号BC2+0.5パーセントNi)製のスリーブを焼ばめし、第1種軸とするため残余の軸身にゴム巻加工が施されていた。 同軸は、船尾管前部及び後部軸受の外、中間シャフトブラケット及び船尾端シャフトブラケットに装着した長さ875ミリで内径がそれぞれ235ミリ及び237ミリのゴム製軸受で支えられていた。 (3) プロペラ軸製造工程 プロペラ軸は、A社が同原動機事業部水力機械部作成の設計図に基づき、プロペラ軸メーカーに発注し、同メーカーが鍛造素材を求め、荒削り加工のあとに内径穴加工を外注し、その後スリーブを焼ばめ、軸身のゴム巻を外注で施工し、前示軸メーカーが仕上げ加工を行って完成品とし、A社に納入された。 同軸は、財団法人日本海事協会の検査を受けた材料を素材とし、製造過程においては、運輸省の立会い検査を受け、素材の荒削り加工、スリーブの焼ばめ前後及びゴム巻施工前後についてそれぞれ検査を受けたのち、昭和63年1月12日に完成検査に合格して第1種プロペラ軸として認定された。 5 軸系工事 (1) 軸系アラインメントの計画 B社は、軸系を船体基線に平行なストレートアラインメントとして計画し、A社がBから提出された軸系計画図に従ってプロペラ軸などの設計を行うとともに軸系のアラインメント計算を行い、各軸受の面圧及び各軸の曲げ応力に問題がないことを確認し、B社にその計算書を提出して軸系の組立て要領を示していた。その中で、A社は、進水後のアラインメントで、コントロール軸船首側フランジと中間軸フランジの変位の差(以下「サグ」という。)について0.078ミリ、プロペラ軸側が中間軸より下に位置するよう、また、面の開き(以下「ギャップ」という。)について0.015ミリ、フランジが上開きの状態になるように各軸受を設置し、これらの据付け公差を、それぞれ0.05ミリ以内とし、さらに、軸系を結合したのち、船尾側中間軸受にかかる荷重を計測し、同荷重が設計値に修正係数を乗じた値として722キログラム相当であることを確認するようにB社に対して指示していた。 (2) 軸系据付け工事 B社は、軸系の据付けにおいて、進水前の船台上での工事と進水後の浮上中での工事とに分け、前者は、船穀の溶接及び歪取り作業が車両甲板までほぼ完了した時点で、ピアノ線を張って仮心出しを行い、船尾管及びシャフトブラケット各軸受位置を決め、次に前示作業が遊歩道甲板まで完了し、船尾管及びシャフトブラケットの取付けが終わった時点で本心出しを行ってプロペラ軸心を決定する。これに従い、各シャフトブラケット並びに船尾管内の前部及び後部各ハウジングのボーリングを行って軸受材を圧入し、プロペラ軸を挿入のうえスリーブ継手によりコントロール軸と結合し、プロペラ羽根を取り付けていた。 後者は、軸系アラインメント計算書に基づき、プロペラ軸と結合されたコントロール軸を基準として船尾方から順に、進水前に仮置きされている各中間軸受、クラッチ及び主機の軸心の調整を各軸継手フランジ間のサグ及びギャップを計測して行い、各軸受台及び機関台のライナの厚みを調整して据付け公差内に据え付け、軸系を結合したのち、船尾側中間軸受にかかる荷重を計測して軸系が正しく配置されたことを検証していた。 なお、ボーリングを行う場合、船尾管には、同管後部軸受船首方、同管前部軸受船尾方及び同管中央部に直径250ミリの工事穴をそれぞれ1箇所開け(同穴は工事完了後閉塞される。)、ここからマーキング、ボーリング作業及び軸の据付け工事などを行うのであるが、同穴が狭隘(きょうあい)であったことから、精度を維持するためには、相当な熟練を必要とした。また、ボーリング後の軸心の確認においては、軸心位置を示すために張られた直径0.5ミリのピアノ線とボーリングされたハウジングの内面の距離を、マイクロメーターを使用して0.01ミリの精度で計測するが、前示工事穴から確認する際は、狭くて同メーターが使用できないことから、片パスを使用して0.1ミリ程度の精度で計測し、あとは作業員の技能の練度に頼る状況にあった。 各工事の所掌は、プロペラ軸とコントロール軸のスリーブ継手による結合、ピッチコントロールユニット及びプロペラ羽根の取付け並びに海上試運転の際にはA社が技術指導員を派遣するが、そのほかの工事は全てB社の所掌となっていた。 こうしてB社は、進水前の昭和63年1月下旬ごろ、軸据付け工事にかかり、マーキングに基づき、各シャフトブラケット及び船尾管各ハウジングのボーリングを行い、両舷軸系とも同管後部ハウジングが船首方に向かって下方傾斜を、同管前部ハウジングが船首方に向かって上方傾斜を生じていたが、ボーリング後の軸心確認が十分でなかったので、このことに気付かず、そのまま軸受材を圧入したので、同管前部及び後部各軸受の傾斜により、同管内の軸心が中だるみの状態で組み立てた。 B社は、同年2月5日に進水後、引き続き軸系の据付けにかかり、船尾管前部軸受内のプロペラ軸及びそれと結合したコントロール軸の勾配に従って、中間軸、クラッチ及び主機を船首方に向かって上方傾斜に据え付けていき、主機の一番船首側のチョックライナの厚みが計画では40ミリであったところが、それを超える厚みのものを挿入しなければならなくなった。 ところで、B社は、前示ライナは本来主機メーカーである株式会社新潟鉄工所が仕上げのための削正代を含む厚さ65ミリで供給していたもので、それが間に合わなかったが、これより先、シリーズ船の第1船建造時にも同様な状況が発生して、当時、B社とA社とで対策を検討し、進水後にコントロール軸の船首側フランジをフリーの状態から5.03ミリ、ジャッキで持ち上げて各軸受を設置するよう軸系アラインメント計算書に指示されていたところ、持ち上げ量を4ミリ程度にして施工し、別途ライナを新製し、厚みを65ないし70ミリ程度にしたことから、同計算書は参考用で、このアラインメントは公差をかなり見込んだものと思っていた。 このため、B社は、今回も同様に軸心を十分に確認することなく、右舷主機の前示箇所のライナ厚みを86ミリとし、コントロール軸船首側フランジと中間軸フランジのサグ及びギャップ値を計測し、サグ値については、右舷軸は0.09ミリ、左舷軸は0.08ミリで、両者ともプロペラ軸側が中間軸より下に位置し、A社の推奨値との誤差は前者は0.012ミリ、後者は0.002ミリ、また、ギャップ値については、右舷軸は0.01ミリ、左舷軸は0.02ミリで、両者ともフランジが上開きの状態で同誤差は両者とも0.005ミリで、いずれも据付け公差以内であることを確認し、さらに、船尾側中間軸受にかかる荷重を計測して問題がなかったことから、軸心に狂いがあることに気付かないまま、軸系装置及び主機を据え付けた。 本船は、その後、艤装工事を終え、完工前の試運転などが行われたが、特に異状は認められず、同年3月29日に竣工し、船主に引き渡された。 6 本船の運航及び整備状況 こんぴら丸は、昭和63年3月就航後、岡山県宇野港及び香川県高松港間を1日平均10往復の定期運航に就き、主機出力に余裕を持たせ、プロペラ軸平均回転数を毎分約340にかけ、プロペラ翼角を19ないし20度とし、11ないし12ノットの平均速力にて片道約1時間の所要時間で航行し、主機の運転時間は年間約8,300時間、本件発生までの総運転時間は約57,800時間に達していた。 また、同船は、運航管理規程の運航基準に従って運航され、気象、海象が悪化した場合や、悪化するおそれのある場合には運航を中止するように定められていたことから、荒天時などにおける不測の過負荷運転などはなかったものの、これまでプロペラには、流木などの浮遊物との接触による同羽根の一部に曲がりや欠損を生じたが、いずれも毎年1回の検査工事における上架の際に適切に補修され、同軸系についても外観検査を行って異状はなく、運航に支障をきたすことはなかった。 こんぴら丸は、平成4年3月、就航後初めて迎えた定期検査工事において、両舷プロペラ軸抜出しのうえ検査を予定していたが、右舷軸については、オーケーカップリング部が固着して軸の抜き出しができず、同検査が翌年に指定され、同5年3月第1種中間検査工事において実施された。これらの検査では、左舷軸は磁気探傷検査及びゴム巻部の外観検査も異状はなく、右舷軸については、船尾管前部軸受の船首方70ミリから100ミリの範囲で、同管軸封装置下部の軸スリーブに腐食が認められ、スリーブの一部を切削し、軸本体について磁気探傷検査ののち、防食のため、同部にFRPライニングを施して補修し、さらに、次回入渠時に当該箇所の開放点検をする旨を確認のうえ第1種軸として認められた。 同船は、オーケーカップリング部の前示固着が、プロペラ軸及びコントロール軸にスリーブが強固な締付け力によって密着していたことと、同部に一部錆が発生したことが原因であったことから、同スリーブを新替えののち復旧し、その後、同6年3月及び同7年2月のそれぞれ入渠の際、前示修理箇所の点検を行ったが、異状は認められなかった。 7 本件発生に至る経過 こんぴら丸は、就航後から、右舷及び左舷両プロペラ軸とも、軸心の狂いにより船尾管前部軸受後方至近のスリーブ端に、通常の予測値が0.3キログラム毎平方ミリメートル(以下「キロ」という。)であるところが、3.4キロの繰返し回転曲げ応力が作用していた。軸とスリーブのはめ合い部における微小な相対すべりにより、長期間経過のうちに同部にフレッチング摩耗によるピットが生じ、それから発生した微小亀裂(きれつ)がもとでフレッチング疲労となり、平成7年1月ないし2月頃から前示亀裂が次第に軸の内部に進展し、軸心の狂いによる前示繰返し回転曲げ応力に運転中の変動トルクによるねじり応力が重畳し、右舷プロペラ軸の亀裂は軸中心部にまで達していた。 こうして本船は、乗組員6人が乗り組み、旅客13人と車両8台を搭載し、船首2.4メートル船尾2.7メートルの喫水をもって、同年3月13日07時17分高松港の宇高国道フェリー専用岸壁を発し、同港内にて右回頭中、前示亀裂がさらに進展し、07時25分高松港東防波堤灯台から真方位163度420メートルの地点において、異音とともに右舷プロペラ軸が折損した。 当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、海上は穏やかであった。 本船は、損傷の結果、左舷主機だけで航行を続け、宇野港に入港して旅客と車両を降ろし、空船で高松港に戻ったのち、B社及びA社の立会いのもと、入渠して各部の調査が行われ、その結果、右舷プロペラ軸の折損のほか、左舷プロペラ軸についても前示折損部に相当する部分に亀裂が発生していることが判明し、両プロペラ軸の応急修理を行い、のち恒久的な対策を行った。 8 事後の措置 (1) 修理模様 C株式会社は、本件発生後、早期の運航再開を優先させるため、プロペラ軸を2分割し、船尾管の船尾側においてスリーブ継手で接続して柔軟性を持たせるような水中結合方式による応急修理の計画を立て、右舷軸については折損部分の材質をSF45で新製して2分割した軸の前部とし、後部には損傷した右舷軸の健全な後端部を再加工して新たにプロペラ軸としてスリープ継手で接合し、また左舷軸は前部の材質をSF60に変更して新製し、同時期に本船と同型船であるりつりん丸において同様な異状が発見された左舷プロペラ軸の健全な後端部を再加工して前示方式にて接合し、さらに、リグナムバイタ式軸受を新替えして平成7年4月28日から運航を再開した。 その後、同社は、A社等の助言を得て、平成8年3月6日に恒久対策として、両舷軸ともシャフトブラケット、船尾管軸受の外径、内径を偏心及びスロープボーリング加工し、極力軸系のたわみがストレートアラインメントに近くなるよう修正するとともに、船尾管前部軸受の材質をリグナムバイタからゴム軸受に、また、右舷プロペラ軸前部の材質をSF45からSF60にそれぞれ改造する措置を行った。 (2) A社のとった措置 A社は、自社納入のプロペラ軸が折損したことから、自ら折損原因の調査に努め、材質試験をはじめ、フラクトグラフィによる解析を行った。 (3) B社のとった措置 B社は、平成9年7月30日付けで、社内に軸系工事改善委員会を設置し、軸系工事の改善に取組み、翌8月22日付けで改善策をまとめ、同年9月1日から実施に移し、同種の事故の再発防止の措置がとられた。その内容は次のとおりであった。 軸系工事の管理について、同工事管理表を新たに作成し、工程毎の立会い検査または作業確認の責任体制を明確にして工程管理を行うこととし、ボーリング作業については、同作業用のボーリングバー及び同軸受などの工具の使用に際しての校正の基準を規定し、工作精度の低下を防止するよう対策を講じ、また、軸心見通しの際の船尾管内軸心マーク用治具を新たに採用し、主機船首側の見通し金具を見通し作業後も保存し、中間軸と主機の結合を行う前に、同金具の軸心を示すマークと主機前端部軸心の位置との確認を工程に規定した。さらに、長尺かつ狭隘な船尾管においては、ボーリング工事の作業性を考慮して適切な工事穴を設置し、精度向上を図るようにした上で、輸心等計測記録の保存期間について、従来は就航後3年としていたものを、10年に改め、今後同種の事故発生時の原因究明に支障をきたさないよう努めることとした。さらに、軸系工事の従来のボーリング作業自体を見直し、船尾管ハウジングと軸受用インナーケースとの隙間にエポキシ樹脂を注入して固定する新しい工法の採用をも検討し、本件を契機に軸系工事にかかる精度の向上と軸心方法の確立などに取り組んだ。
(主張に対する判断) B社側補佐人は、軸折損部にはフレッチング摩耗によるピットが若干生じていたが、スリーブと軸との間に海水が浸入して腐食が生じ、両者は同時に進展して軸折損に至った旨を主張するので、この点について検討する。 平成5年3月、第1種中間検査時の右舷プロペラ軸抜出しで、同軸スリーブの船尾管軸封装置部に亀裂が発見されて補修した際、軸部に錆が発生していたことから、軸封装置に供給されていた海水が、前示亀裂部から軸とスリーブの間を伝ってスリーブ船尾側端部に滞留し、腐食環境が整ったと主張しているが、軸折損部は前示亀裂発生部の約800ミリ後方であり、この部位に海水浸入の痕跡(こんせき)は認められず、両者に相関はない。 また、本件発生直後に折損部の破断面及び軸表面には海水腐食による錆の発生が認められたことから、同部に海水の浸入があったことの根拠としている。しかしながら、腐食疲労の場合には、それによるピットが破断面に見られたり、空気中の疲労破面に見られるようなストライエーションが明瞭には見られないのが特徴であるが、軸破断面の走査電子顕微鏡観察では海水による腐食疲労に起因するピットの痕跡は認められず、このピットは破断面の前示観察のための酸洗い洗浄では消失するものではない。 そして破断面の走査電子顕微鏡写真からは明瞭なストライエーションが認められ、A証人の当廷における供述によるとおり、当該部に腐食疲労があったとは認められない。 折損部に付着していた錆の発生については、軸の折損後に海水が浸入したことによって発生したものと認めるのが相当である。 本件発生前の平成4年に左舷プロペラ軸を、同5年に右舷同軸を抜き出した際にはゴム巻きの剥離(はくり)、浮きあがりなどの異状が認められなかったことなどを勘案したとき、軸折損前に海水の浸入によって腐食が発生したことを認めうる根拠はない。したがって、B社側補佐人の主張には理由がない。
(原因についての考察) 本件の発生要因としては、プロペラ軸の設計及び工作上の問題、運航上の問題、フレッチング疲労による損傷の問題及び軸系据付け作業上の問題などが考えられるが、以下にこれらについて考察する。 1 プロペラ軸の設計及び工作上の問題 これまでの事実認定のとおり、こんぴら丸に使用されていたプロペラ軸は、その製造検査に合格していて何ら問題はなく、そして、本件発生後に行われたプロペラ軸及び同用スリーブの材質調査結果で、いずれも化学成分及び機械的性質とも規格を満足していたことから、同軸の材質、設計及び工作の過程において、本件発生につながる欠陥はなかったものと認めるのが相当である。 2 運航上の問題 本船の軸振動については、平成7年12月に同型船のりつりん丸左舷軸系において、航海中及び出入港時の軸系の横振動、軸受振動及び軸曲げ応力を計測したところ、航海中に軸受加速度振動が変化しても、軸変位振動や軸曲げ応力は変化しなかった点、軸変位横振動は小さく、その軸応力への影響は小さかった点、大型車両などの乗船による軸応力への影響は小さかった点、出入港時にプロペラ推進力が急激に変化しても軸応力への影響が小さかった点を勘案し、通常の運航状態においてプロペラ軸損傷に影響を及ぼす要因は考えられず、このことは、こんぴら丸においても同様と見るのが相当である。 また、運航基準に従って運航していたことから、荒天時における不測の過負荷運転などもなかった。 そして、これまでの事実認定のとおり、本件発生までに軸応力に大きな影響を与えた事故はなく、浮遊物などとの接触事故による船体振動の変化は何度かあったが、それはその都度補修されていた。 これらを総合勘案して、本船のこれまでの運航において、本件発生につながる要因は認められない。 3 フレッチング疲労による損傷の問題 フレッチングとは、複数の物体がある接触面圧のもとで接触している場合に、接触面において摩擦力を伴った微小な相対すべりが繰返し起こる現象であり、これによって接触面に生じる摩耗損傷をフレッチング摩耗という。この摩耗は、相対すべり振幅が微小であることから、摩耗粉が接触面から脱落しにくく、摩耗粉が研磨粉として作用し、それによって多数のピットが形成され、これが応力集中源となって疲労亀裂が発生し破断に至る。この現象をフレッチング疲労という。亀裂の進展方向は、接触面近くでは表面に対して斜めで、亀裂が内部に進むにしたがって表面に対してほぼ直角となる。また、破断面は、亀裂が複数の起点から発生するため、同一平面にならないのが特徴である。 また、フレッチング疲労寿命には、応力の大きさと繰返し回数が大きな要素であり、ある大きさ以上の応力ではその大小が寿命に大きい影響を及ぼす。それ以下の低応力においては、応力の大小による影響は顕著に現れないが、フレッチング摩耗が生じている限りピットは形成される。この場合、長時間の使用後に疲労破壊が起こるので、最終破断面の面積が全断面積に占める割合が小さく、この割合が小さいほど破壊までに要した時間が大きいことを示すことになる。 一般に金属の疲労では、微視的組織、非金属介在物、微視的先在欠陥等が不確定要素として作用するので、疲労寿命のばらつきは応力が小さいほど大きくなる傾向にある。加えて、フレッチング疲労においてはフレッチング摩耗によって生じるピットの形状、その個数等が不確定要素となり疲労亀裂の発生、成長に影響を及ぼすので、低応力におけるフレッチング疲労寿命のばらつきはより大きくなると考えられている。 ところで、本件発生後のプロペラ軸折損部を見ると、軸表面にはピットを伴った摩耗損傷と複数の微細亀裂が存在し、破断面には同一平面上にない複数の線が軸表面にほぼ直角に走っている。また前示のように、最終破断に至った粗い面の全断面に占める割合は小さい。以上のことを総括すると、A証人の当廷における供述によるとおり、本件はフレッチング現象によって発生したものであると認めるのが相当である。 4 軸系据付け作業上の問題 本船の軸系が計画どおりストレートアラインメントに据え付けられていたときのフレッチング作用下の曲げ応力については、0.3キロ程度と予測され、この応力では、通常の耐用期間でフレッチング損傷によりプロペラ軸が折損するものではない。しかるに、今回どの程度の応力が作用していたかは、正確に推定することは困難ではあるが、A社は軸受を非線形バネ支持とした有限要素法によって4.3キロとし、また、B社は、軸系を連続梁とみなし、軸受で1点支持として2ないし3キロとそれぞれ推定している。両者の解析は計算仮定の条件が異なっていることから直ちに比較することはできない。一方、船尾管前部軸受のリグナムバイタを弾性体とみなし、プロペラ軸を弾性床上におかれた梁として軸受の全長にわたって分布反力を受けるものとして解析して検証すると、当該部の曲げ応力は別紙「こんぴら丸のプロペラ軸系の不整による拘束曲げ応力の計算結果」のとおり3.4キロと計算できる。これらの応力値は、予測された前示値を超えるものであり、ストレートアラインメントとして計画された建造時の軸系据付け工事に問題があったものと認定せざるを得ない。 それを裏付けるものとして、これまでの事実認定のとおり、主機の一番船首側のチョックライナが計画より厚くなっていたこと、本件発生後に軸心を計測した結果、船尾管のハウジング内径及び軸受内径の各中心は船尾管内で3ないし4ミリ程度下がり、中だれの状態が確認されたこと等があり、これらは、軸系据付け工事が適切でなかったことを物語るものである。 以上のことから、本件は、船尾管内の軸心が直線状になかったことによって発生したものと認めるのが相当である。
別紙
こんぴら丸のプロペラ軸系の不整による拘束曲げ応力の計算結果
プロペラおよび軸の自重、軸心のずれなどに起因して生じる軸の曲げ応力を計算した。計算においては、軸を剪断たわみを考慮した梁とみなし、軸受部分は弾性床上に置かれた梁として取り扱った。下図に示す軸受−1、軸受−2、軸受−3はゴム軸受、軸受−4はリグナムバイタ軸受である。軸受の弾性床のバネ定数の計算に用いたヤング率は、ゴムでは100kgf/mm2の値を用い、またリグナムバイタでは南洋材で最も重硬であることを考慮して2000kgf/mm2の値11を用いた。その結果、ゴム軸受のバネ定数は、52.9kgf/mm、リグナムバイタ軸受のバネ定数は980kgf/mmとなった。これらの値を用いて、軸系のたわみおよび曲げ応力の分布を求めた結果を下図に示す。これより分かるように、軸に生じる最大曲げ応力の発生点は、船尾管前端のリグナムバイタ軸受の後端となり、その値は3.4kgf/mm2となる。この最大曲げ応力の発生点で軸の折損が発生している。そして船尾管後端の軸受の前端における曲げ応力は、1.9kgf/mm2となり、折損部の曲げ応力に比べてかなり小さいことが分かる。
1) 浅野猪久夫編、木材の事典、朝倉書店、1991
図 こんぴら丸軸系のたわみおよび曲げモーメントの分布
(原因) 本件機関損傷は、建造造船所が、船尾管ボーリング後の軸心の確認を十分に行わなかったことにより、同管内で軸心が中だるみを生じ、プロペラ軸スリーブ端において回転曲げによるフレッチング疲労が発生して亀裂を生じ、同亀裂が進展したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為) B社が、船尾管ボーリング後の軸心の確認を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。 B社に対しては、その後船尾管ボーリング工事の改善策を採ったことに徴し、勧告しない。 A社の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |