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1998年(平成10年)

平成6年神審第147号
    件名
旅客船フェリーよしの機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年2月19日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、早川武彦、織戸孝治)
参審員(木村弘、定兼廣行
    理事官
小野寺哲郎

    受審人
A 職名:フェリーよしの機関長 海技免状:三級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
2段小歯車の欠損、同歯車に亀裂、歯面数箇所が剥離、2段大歯車の歯面が1箇所陥没

    原因
主機減速機の2段小歯車に非金属介在物が残留したまま製造されたこと

    主文
本件機関損傷は、主機減速機の歯車が、内部に非金属介在物が残留したまま製造され、同介在物を起点として生じた微小亀(き)裂が進行したことによって発生したものである。
機器製造業者が、歯車を製造するにあたり、1次鍛造鋼材内部の不純物について配慮が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成5年12月7日05時10分
友ケ島水道付近
2 船舶の要目
船種船名 旅客船フェリーよしの
総トン数 2,185トン
全長 94.30メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 6,619キロワット
3 事実の経過
(1) フェリーよしの
フェリーよしのは、平成3年10月に進水し、同年12月から運航を開始した旅客船兼自動車渡船で、僚船2隻とともに徳島県徳島小松島港と和歌山県和歌山下津港間を、それぞれ日に4往復しており、主機として、D株式会社(以下「D」という。)が同年に製造した、6DLM-40型と称する、連続最大出力3,309.75キロワット同回転数毎分515のディーゼル機関を2基装備し、両舷機がそれぞれ高弾性ゴム継手、減速機、中間軸及びプロペラ軸を順に介し、可変ピッチプロペラを駆動するようになっていた。
(2) 減速機
減速機は、入力軸に焼ばめされた1段大歯車、クラッチ軸に取り付けられた1段小歯車、クラッチ及び2段小歯車、並びに出力軸に焼きばめされた2段大歯車などで構成される、油圧クラッチ式減速装置のほか、ミッチェル式スラスト軸受、発電機駆動用増速装置などを、ギヤボックス内に内蔵した、同じくD製のRCAL-80FG形と称する自己潤滑式減速機で、主機出力を、減速装置を介して2.132の減速比でプロペラ軸に伝達し、発生したプロペラスラストをスラスト軸受を介して船体に伝え、また、主機運転中、発電機を駆動できるようになっていた。
減速装置各歯車は、1段両歯車が炭素鋼(JISS45C相当)製、2段両歯車がクロムモリブデン鋼(同SCM440相当)製で、いずれも、型鍛造された鋼材に、単はすばの歯すじを歯切り加工し、歯面には高周波焼入れのうえ、研磨加工が施してあり、うち2段小歯車は、歯車部分とクラッチ用スプライン軸とが一体となった前後の長さが501ミリメートル(以下「ミリ」という。)の中空構造のもので、歯車部が歯数53、歯先直径約500ミリ、基準ピッチ円直径約483ミリ及び有効歯幅280ミリ、スプライン軸の外径が360ミリ、中空部の内径が歯車部265ミリ及びスプライン部260ミリで、ギヤブッシュを介してクラッチ軸に取り付けられていた。
(3) 指定海難関係人等
Dは、ディーゼル機関や減速機等の自社製品に使用する大形歯車の製造を、従来から指定海難関係人B株式会社(以下「B社」という。)に発注しており、80F形減速装置についても歯車の製造を同社に依頼し、昭和61年から同形減速装置を内蔵した減速機の製造を開始したもので、平成3年に製造された本船搭載の両減速機は、同シリーズのうち、29及び30番機にあたるものであった。
B社は、関西製造所(平成6年6月、会社組織変更に伴い現名称となる。)において、主として、鉄道車両及び自動車の各部品、鋼管等の鉄鋼製品を、自社で製鉄した鉄鋼素材から一貫して製造しており、大型歯車については、同所輪軸鍛鋼品製造部が担当し、舶用機関の歯車は、D以外に主機ターニング歯車を大手造船所1社に納入していた。
指定海難関係人Cは、昭和38年にDに入社し、同63年に品質保証部課長に就任して以来、自社製品の品質管理の実務責任者として、事故が発生した際のクレーム処理や製品の製造過程における社内検査体制の内部監査などの業務に従事していた。
(4) 減速装置各歯車の製造過程等
減速装置各歯車は、Dの技術部設計グループが作成した設計図に基づき、B社が、鋼塊から1次鍛造、型鍛造、焼鈍及び調質を経て荒仕上げされた鋼材に、歯切り加工及び高周波焼入れを施したのち、研磨加工して製品とする主要工程、素材の成分及び材料強度、完成品の精度、歯面の硬度、探傷検査などのほか、各工程のどの時点でどのような検査を行うか詳細に記載した製作仕様書を作成し、これをC指定海難関係人及びD技術部が承認したうえ、同仕様書に従って製造されていた。
鋼塊は、銑鉄や鉄くずを溶解して鋳型の底部から鋳込み、徐々に凝固させて製造されるが、溶鋼中には大気中の酸素、窒素、水素などが含まれ、鋼塊中に残留すると種々欠陥の原因となるので、溶解凝固の工程を真空中で行う真空造塊法や、シリコンやアルミニウムなどの脱酸剤を加え、酸素及び窒素と化合させて頭部に浮上させる方法がとられている。しかしながら、鋼塊中の不純物を完全に除去するのは極めて困難で、溶鋼が底部から頭部に、また、鋳型周囲から中心部に向かって徐々に凝固する過程において、浮上しきれない脱酸生成物などの不純物が、非金属介在物として内部に残留するおそれがあり、その傾向は頭部に近いほど高く、また同部に収縮孔が発生し、これら不純物が凝縮するので、一般に、鋼塊を1次鍛造後、同部は切り捨てられていた。
同仕様書には、探傷検査について、歯切り加工の前に超音波探傷により、鋼材内部に不純物が残留していないか確認し、研磨加工の前に磁粉探傷で製品表面の微小亀裂の有無を検査し、さらに目視による完成品の外観検査を行う旨定められており、うち超音波探傷は、鋼材内部の残留介在物を発見する最も一般的かつ有効な方法であるが、標準的な装置では、音波の照射防向に対し、介在物没影面の一辺の大きさが約1ミリ以下のときは、発見が困難であり、介在物の残留位置によっては、10ミクロン単位のものでも疲労強度などに重大な影響を及ぼす歯車のような製品については、この点に留意する必要があった。
高周波焼入れは、鋼製品の周囲に配置したコイルに高周波交流を通電し、発生した誘導電流により製品表面を短時間で加熱させたうえ、冷却水を噴射して急冷し、通常、深さ2ミリ程度の表面層を、焼入れ硬化させるもので、同焼入れに伴って焼入れ部に圧縮応力が発生することから、非焼入れ部との境界層付近に引張り応力が残留する特徴があった。
(5) 2段小歯車の製造経緯
B社は、80F形減速装置の2段小歯車の製造にあたり、鋼塊中の不純物を除去する目的で、まず鋳型に鋳込む前に真空脱ガス法で溶解しているガス(酸素、窒素、水素)をほぼ除去した溶鋼に、さらに脱酸剤のアルミニウムを加え、約4.2トンの鋼塊を製造し、これを長さ3,860ミリ、一辺の長さ350ミリの角柱1次鍛造品に仕上げ、経験値によって頭部8ないし9の重量パーセント分を切り捨て、残りの鋼材を保管しておき、使用先が決まれば必要量を切り出し、同歯車のほか種々製品の製造に使用していた。
ところで、B社は、確率は低いものの、同鋼材中の切捨て端部近くには不純物が残留しているおそれがあること、及び超音波探傷装置の精度について十分承知しており、鋼材の同部分は、強度上など基本的に問題のない製品に使用することができたが、原子力関係の機材や自動車の金型素材など、鋼材内部の欠陥が大きな影響を及ぼす一部製品に、同部分を使用しないよう配慮していた以外は、鋼塊の製造過程及び検査で、不純物の除去と発見にできるだけの努力を払っており、問題になることはないと考え、歯車を含め他の製品について、同様の配慮をしていなかった。
C指定海難関係人は、B社の製鉄会社としての歴史と技術水準から、歯車の鉄鋼素材については全く問題ないものと考えており、また、歯車製作仕様書を社内で検討して承認したのちは、B社の実績を信頼し、個々の製品の途中工程は全面的に同社に任せ、提出される各種報告書を書類審査し、完成品の外観検査に自社の検査員を立ち会わせていた。
本船の両舷減速機2段小歯車は、同一の鋼塊から製造されたが、同鋼塊中には溶鋼の凝固過程で、外周から中心に向かう柱状結晶の先端に懸架して頭部まで浮上しきれなかった、一辺の長さが0.3ないし0.9ミリの脱酸生成物が、切捨て部近くに3箇所残留しており、同鋼塊を1次鍛造したのち、切捨て端部から順にそれぞれ約1,000ミリの鋼材を切り出し、歯車の軸心が鋼材の長手方向となるよう型鍛造し、うち同介在物が内在した切捨て端部の鋼材が、超音波探傷検査でも合格品とされて左舷機用歯車に使用された。
こうして左舷機用2段小歯車は、型鍛造ののち歯切り加工及び高周波焼入れが施された結果、3個の非金属介在物が、それぞれ円周方向にほぼ90度の角度で、スプライン側の歯端から30ないし95ミリ、歯底表面から深さ1.8ミリないし2.7ミリの、同焼入れ部境界層付近の位置に内在したまま製造され、減速機に組み込まれて本船に搭載された。
(6) 受審人A
A受審人は、昭和35年にE株式会社の前身であったF株式会社に機関員として入社し、平成元年に機関長に昇進したのち、本船の就航時から次席機関長として乗り組み、主席機関長と交代で、4日間乗船後2日間休日の就労体制に従い、乗船中は主として機関の運転操作及び監視に従事していたもので、両舷の主機減速機については、機関部整備計画書で、毎年入渠中に各部ピープホールから各歯車の歯面の状態を点検し、また、2年ごとに片舷機ずつ開放点検を行うよう定められていて、特に整備が必要な機器ではなかったことから、毎日潤滑油量を点検して減少していれば補給する程度であり、これまで同機の損傷が懸念される運転は一度も経験していなかった。
(7) 本件発生に至る経緯
左舷側減速機の2段小歯車に非金属介在物を内在した本船は、運航を繰り返すうち、クラッチ嵌(かん)入時等の衝撃力と焼入れによる残留応力の影響で、3箇所の同介在物を起点に微小亀裂が発生し、運転中の繰り返し応力が集中して円周方向から船尾側に向け、徐々に進行する状況となったが、平成5年10月の就航後2年目の入渠工事では、右舷側減速機が開放されてカラーチェック等により、左舷側同機はピープホールからの目視点検により、それぞれ歯面に異状はないものと判断された。
こうして本船は、A受審人ほか15人が乗り組み、旅客23人及び車両11台を載せ、同年12月7日03時40分上り2便として徳島小松島港を出港し、和歌山下津港向け、両舷主機を回転数毎分480プロペラ翼角23度として全速力で航行中、同亀裂が進行して左舷側減速機2段小歯車の隣り合う歯形3枚が、それぞれ船首側から3分の2ばかり欠け落ち、同日05時10分沼島灯台から真方位085度9.2海里の地点で、機関室点検中の一等機関士が、同減速機ギヤボックス内部から「コツコツ」という規則的な異音が発生していることに気付いた。
当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
機関制御室で機関の監視に就いていたA受審人は、一等機関士から電話連絡を受けて機関室に赴き、聴音棒で同異音を確認したが、ギヤボックスの発熱や潤滑油圧力の異状はなく、入港時間も迫っていたので、一等機関士を引き続き監視にあたらせ、音が大きくなるようであれば直ちに連絡するよう指示し、入港用意に備えて制御室に引き返した。
本船は、定刻どおり同05時40分和歌山下津港の専用岸壁に着岸し、旅客及び車両を降ろしたのち、左舷側減速機をピープホールから点検し、2段小歯車の損傷を発見したことから以後の運航を中止し、右舷機のみの運転で大阪市の造船所岸壁に着岸したうえ、同減速機を開放して精査したところ、前示歯形の欠損のほか、同歯車には歯底から深さ約10ミリの位置に、円周方向に歯形6枚分及び9枚分にわたり、船首側歯端から船尾側に向けて進行した亀裂が2箇所と、歯底に平行に深さ約10ミリの亀裂が1箇所発生しており、欠損した歯形の破片をかみ込んで同歯車の歯面数箇所が剥(はく)離し、2段大歯車の歯面が1箇所陥没していること等が判明し、のち、同減速機は損傷部品をすべて新替えして修理された。
(8) 事後の措置
D及びB社は、事故原因の究明にあたり、B社が損傷歯車を自社の工場に搬入して詳細に分析した結果、歯底の焼入れ部境界層付近に3個の脱酸生成物が介在していたことを発見し、亀裂が同不純物を起点に発生しており、歯面にピッチングの発生はなく、鉄鋼素材の機械的性質、化学成分等にも問題はないことが判明し、一方、機関取扱面から原因を調査したDが、乗組員から事情を聞くなどしてほぼ問題なかったことを確認のうえ、C指定海難関係人がこれら調査結果をまとめてE株式会社に報告書を提出した。
また、両社は、その後製造する歯車について、どのような対策をとるか数回にわたって協議を重ね、確率は低いものの、1次鍛造鋼材の切捨て端部近くには、不純物が残留しているおそれがあることを初めて知ったC指定海難関係人の注文で、歯車の素材には、端部から更に10重量パーセント分の使用は避けること、及びB社の提案で、超音波の照射方向を1方向増やして探傷効果を少しでも上げること等の対策を取り決めた。また、時期を経て焼入れ境界層の残留応力が問題にされ、B社の進言を受けて、焼入れ方法を境界層が高周波ほど顕著ではない浸炭焼入れに変更するため、2段両歯車の材質がニッケルクロムモリブデン鋼(JISSNCM420相当)に変更された。

(原因)
本件機関損傷は、左舷側主機減速機の2段小歯車が、歯底付近に非金属介在物が残留したまま製造され、同介在物を起点として生じた微小亀裂が運転中に進行したことによって発生したものである。
機器製造業者が、舶用主機の減速機用歯車を、製鉄から一貫して製造するにあたり、1次鍛造鋼材内部に残留するおそれがある不純物について、配慮が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
B社が、製鉄から製品の主機減速機歯車までを一貫して製造するにあたり、1次鍛造鋼材のうち、内部に不純物が残留しているおそれがある部分の使用を避けるなど、同不純物について十分に配慮しなかったことは、本件発生の原因となる。
B社に対しては、事故後、減速機メーカーのDと種々協議し、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
C指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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