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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年12月9日01時10分 大韓民国済州島西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第十一新東丸 総トン数 135トン 機関の種類 過給機及び空気冷却器付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 735キロワット 回転数
毎分570 3 事実の経過 第十一新東丸は、昭和60年9月に竣工し、大中型まき網漁業に網船として携わる鋼製漁船で、ダイハツディーゼル株式会社が同年7月に製造した6DLM-28FSL型と称する定格出力860キロワット同回転数毎分600のディーゼル機関を主機とし、平成8年の6月から7月にかけての合入渠時に主機のシリンダヘッド、空気冷却器等の整備を行い、同年9月に主機燃料噴射ポンプのラック目盛の上限値、操舵室の主機遠隔操縦ハンドルのストッパー位置及び主機ガバナーの最大回転数設定値をそれぞれ下げて主機の定格出力を変更し、機関部職員の定員を削減して1人としたのちも、従前と同様に、月夜間と称する満月の日を挟んだ5、6日を休漁日と定め、対馬沖から台湾近くまでの海域において、1航海を約25日として操業に従事していた。 ところで、主機は、船首側から順に1番から6番までのシリンダ番号を付け、前部動力取出軸に揚網機、揚錨機等の甲板機械を駆動する油圧ポンプを接続し、上部船首端に多数のフィン付冷却海水管を内蔵する空気冷却器を、上部船尾端に排ガスタービン方式の過給機を、上部左舷側に吸気マニホールドを、上部右舷側に排気マニホールドをそれぞれ配置し、両マニホールドとも直管で、枝管を介して各シリンダヘッドと接続していた。また、空気冷却器の空気出口側に隣接したドレンセパレーターの下部と、吸気マニホールドの前後両端下部に、いずれも呼び径25ミリメートル(以下「ミリ」という。)のドレンコックを取付け、各ドレンコックにはドレン排出用の銅管を接続してその先端を船底近くまで導き、各シリンダヘッドについては、吸気弁と排気弁を2個ずつ備え、排気弁のみ弁箱式とし、外径106ミリ内径88ミリ厚さ14ミリの特殊鋳鉄製の吸気弁弁座を同ヘッドの下面に冷(ひや)し嵌(ば)めしてあった。 一方、A受審人は、昭和63年6月から本船に機関長として乗組んで主機の運転管理にあたり、適時機関室当直について主機の運転状態を監視していたが、空気冷却器は定期的に整備しているし、前示ドレンコックはいずれも常時3分の1ほど開けているから、主機の吸気管系に多量のドレンがたまることはあるまいと思い、同管系のドレン排出状況を十分に点検することなく、いつしか空気冷却器の冷却海水管に経年劣化による破口を生じて吸気中に海水が混入し、吸気マニホールドの内面が著しく腐食してきたことに気付かなかった。 こうして本船は、A受審人ほか23人が乗組み、さば漁の目的で、平成8年11月29日08時00分僚船とともに長崎県上五島漁港を発し、大韓民国済州島西方沖合の漁場に至り、昼間は錨泊して夜間操業を繰返していたところ、吸気マニホールドの最後部にあたる6番シリンダにおいて、船尾側吸気弁の弁座が過大な繰返し熱応力を受けて変形するようになったのみならず、同年12月6日操業中、同弁の弁棒と弁座との間に錆(さび)を噛込(かみこ)んで同弁に吹抜けを生じ、主機が異音を発した。 異音に気付いたA受審人は、主機各部を点検し、6番シリンダの吸気入口付近が発熱しているばかりか、吸気管系の各ドレン排出用銅管を外したところ、ドレンコックから海水が噴出したので、翌7日00時00分主機を停止し、修理業者に状況を通報して指示を受け、6番シリンダのシリンダヘッドを開放したところ、同シリンダの吸気入口付近に多量の錆や塩分が付着しているとともに、船尾側の吸気弁に吹抜けを生じているのを認めたものの、操業に大幅な支障をきたしたくなかったので、次の月夜間までは何とか主機を運転しようと考え、取りあえず同弁の弁棒を新替えし、弁座については、20分ばかりかけて入念に摺(すり)合わせ、吹抜けによる傷をほとんど除去して同シリンダヘッドを復旧し、18時20分主機を始動して操業を再開した。 その後本船は、吸気マニホールド船尾側のドレン排出用銅管が錆で詰まるとともに、空気冷却器の海水漏れがひどくなって吸気中の海水量が増大し、A受審人が機関室当直にあたり、主機の回転数を毎分約570として全速力で投網中、主機6番シリンダの船尾側吸気弁の弁座が、過大な繰返し熱応力による変形とシリンダヘッド嵌合(かんごう)部の海水による腐食とにより、同嵌合部に緩みを生じてシリンダヘッドから脱落し、弁棒と同ヘッドとの間でたたかれ、破片となって過給機に侵入し、同月9日01時10分北緯33度56分東経125度00分ばかりの地点において、主機が轟(ごう)音を発した。 当時、天候は曇で風力1ないし2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、直ちに主機の回転数を毎分約450の微速力に下げたところ、音が小さくなったので、そのまま投網を続け、ついで揚網も済ませて同日01時30分主機を停止し、関係先に事態を通報して協議の結果、主機の運転を断念し、僚船に引かれて長崎港に入り、応急的に6番シリンダのシリンダヘッド交換、吸・排気弁新替え、過給機の修理、空気冷却器の修理等を行って操業を再開し、後日、全シリンダヘッド開放整備、空気冷却器新替え、ドレンセパレーター新替え等を行うとともに、各ドレンコックに接続するドレン排出用銅管を短くし、その先端にビニール管をつないでドレンの排出状況を見やすくした。
(原因) 本件機関損傷は、航行中、主機吸気管系のドレン排出状況に対する点検が不十分で、経年劣化による空気冷却器の冷却海水管からの海水漏れが放置されたため、シリンダ内に多量の海水を吸入し続け、シリンダヘッドに冷し嵌めされていた吸気弁の弁座が、過大な繰返し熱応力を受けて変形するとともに、海水によって同ヘッドとの嵌合部が腐食し、同ヘッドから脱落したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理にあたる場合、吸気中に多量の水分を含んだまま主機の運転を続けることのないよう、主機吸気管系のドレン排出状況を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、空気冷却器は定期的に整備しているし、主機吸気管系のドレンコックは常時開としているから、同管系に多量のドレンがたまることはあるまいと思い、同管系のドレン排出状況を十分に点検しなかった職務上の過失により、空気冷却器の冷却海水管からの水漏れを放置し、シリンダヘッドに冷し嵌めされた吸気弁弁座の脱落を招き、シリンダヘッド、過給機等の損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |