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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年4月22日07時00分 愛媛県長浜港西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船佳丸 総トン数 2.43トン 登録長 8.80メートル 機関の種類
4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関 出力
51キロワット 回転数 毎分2,500 3 事実の経過 佳丸は、昭和57年5月に進水し、主にはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した4CHS型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の回転計、潤滑油圧力計などの計器類及び潤滑油圧力低下、冷却水温度上昇などの警報装置がそれぞれ設けられた主機操縦スタンドを備え、同室から主機の発停及び遠隔操縦ができるようになっていた。 主機の潤滑油系統は、クランク室底部に設けられた容量15リットルのオイルパンから直結の潤滑油ポンプによって吸引された潤滑油が、4.0ないし4.5キログラム毎平方センチメートルに加圧され、潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を順に経て入口主管に至り、同主管から主軸受、クランクピン軸受、ピストンピン軸受などを潤滑したのち、オイルパンに戻るようになっており、オイルパンの左舷側中央部に高位油面及び低位油面を示す各刻印が施された検油棒が、同棒の船尾側に補油口がそれぞれ設けられていて、高位刻印と低位刻印間の油量が4.5リットルであった。 また、主機潤滑油の油量は、運転中、ピストンのかき上げなどにより減少するので、船体が動揺した際に潤滑油ポンプが空気を吸引するなどして主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、始動前などに検油棒で点検のうえ同油の消費量に対して適宜補給し、検油棒の高位刻印と低位刻印との間に保持されなけれまならないものであった。 主機の警報装置は、操舵室の主機操縦スタンドに設けられた主機始動用セルモータスイッチと直流電源が共通となっていて、同電源から停止スイッチ及び3アンペアのヒューズなどを介して同装置の警報回路に給電されるようになっており、特に主機を始動する際、潤滑油圧力が上昇するまでの約3秒間警報ブザーが鳴り、潤滑油圧力低下、冷却水温度上昇などの警報ランプが点灯することにより同装置の作動確認ができるようになっていた。 A受審人は、平成4年10月に中古の佳丸を購入して船長として乗り組み、機関の運転と保守にもあたり、愛媛県長浜港を基地として、主に朝出港して同港沖合の伊予灘の漁場に至り、午後に帰港する操業形態をとって月間20日ばかりの操業に従事しており、主機潤滑油の取扱いについては、定期的に同油の新替え及び潤滑油こし器エレメントの取替えなどを行い、1箇月に2回ばかり、帰港して主機を停止したときに油量点検を行い、油量が検油棒の各刻印間の80パーセント程度になるよう新油を補給していた。 ところで、A受審人は、同8年3月20日ごろ操業を終え、長浜港に帰港したのち検油棒で主機潤滑油の油量点検を行ったところ、油量が低位刻印よりわずかに多い程度であったので、新油を2リットルばかり補給した。その後、同人は、それまで漏油する箇所などなく、同油の消費量が月間5ないし6リットルでほぼ一定していたので、当分は大丈夫と思い、次回の油量点検及び補給を翌4月になってからしようと思っていたものの、同月上旬ごろふぐ漁からあじ一本釣り漁に変更したばかりで忙しく、そのうえ時化がしばらく続いて出漁できない日もあったことから、いつしかこれを失念し、油量点検などを行わないまま操業を続けた。 また、A受審人は、翌4月19日ごろ操舵室で主機の発停を行ったとき、主機警報装置の警報ブザーが作動せず、警報ランプも、点灯しないことに気付いたが、潤滑油圧力計の示度が正常値の範囲内にあったので、速やかに同装置を整備することなく、故障原因不明のまま主機の運転を続けたため、潤滑油圧力が低下しても同装置が作動しない状態となっていた。 越えて22日朝、A受審人は、いつものように出漁に備えて操舵室で主機を始動することとした。しかしながら、同人は、4月上旬に主機潤滑油の油量点検を行って補給したものと思い込んでいたことから、油量が不足していることはないものと思い、主機を始動する前に機関室に赴いて油量点検を行うことなく、油量が検油棒の低位刻印より著しく減少していることに気付かず、船体の動揺などで潤滑油ポンプが空気を吸引するおそれのある状況のまま主機を始動した。 こうして、佳丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、あじ一本釣り漁の目的で、同日06時00分長浜港を発し、主機を全速力前進にかけて同港西方沖合の漁場に向け航行中、折からの船体の動揺で潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力が低下するようになったが、同圧力低下警報装置が作動せず、操船中のA受審人がこれに気付かないまま運転するうち、主機各部の潤滑が阻害された状態となり、やがて各シリンダのピストンなどが焼き付き、07時00分襖鼻灯台から真方位344度6.2海里の地点において、主機が自停した。 当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、海上には少しうねりがあった。 A受審人は、急ぎ機関室に赴き、ターニングを試みたものの果たせず、検油捧に潤滑油が付着しないことを認め、運転不能と判断して付近を航行していた油送船に救助を求めた。 佳丸は、油送船の通報により来援した巡視船に曳航(えいこう)されて長浜港に入港し、同地において主機各部を精査した結果、各シリンダのシリンダライナ及びピストンが損傷していたほか、各軸受メタル及びクランク軸が焼損し、主機警報装置の警報回路のヒューズなども損傷していることが判明し、のち中古の機関に換装した。
(原因) 本件機関損傷は、主機潤滑油の油量点検が不十分で、同油が補給されないまま運転が続けられ、油量の不足により潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力が低下したことと、主機警報装置の整備が不十分で、同圧力が低下しても同装置が作動しない状態のまま運転され、主機各部の潤滑が阻害されたこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理に従事する場合、ピストンのかき上げなどにより主機潤滑油の油量が減少するから、油量が不足して主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、主機を始動する前に油量点検を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、4月上旬に油量点検を行って補給したものと思い込んでいたことから、油量が不足していることはないものと思い、主機を始動する前に油量点検を行わなかった職務上の過失により、油量が著しく不足していることに気付かないまま始動し、潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力低下を招き、各シリンダのシリンダライナ、ピストン、各軸受メタル及びクランク軸などを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |