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1998年(平成10年)

平成9年第二審第26号
    件名
漁船第二十五興富丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年2月25日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審仙台

鈴木孝、須貝壽榮、松井武、根岸秀幸、田邉行夫
    理事官
降幡泰夫

    受審人
A 職名:興富丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
3番シリンダのクランクピン軸受メタル焼損、クランク軸、3番シリンダの連接棒クランクピン軸受メタルを新替え

    原因
機関メーカー技術員の機関整備上の指導・助言不適切

    二審請求者
理事官里憲

    主文
本件機関損傷は、定期検査に立ち会った機関メーカー技術員が、機関整備上の適切な指導・助言を整備業者に対して行わず、主機クランクピンの段付摩耗が研磨・修正されなかったこと及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルが取り替えられなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成6年7月15日05時30分ごろ
青森県八戸港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十五興富丸
総トン数 125トン
全長 36.61メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 713キロワット
回転数 毎分810
3 事実の経過
第二十五興富丸(以下「興富丸」という。)は、昭和61年6月に進水した沖合底びき綱漁業に従事する船首尾楼付1層甲板型の鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所(以下「新潟鉄工所」という。)が製造した6PA5L型ディーゼル機関を据え付け、各シリンダを船首側から順番号で呼称し、推進器として可変ピッチプロペラを装備していた。
ところで、興富丸の主機は、定格出力1,323キロワット及び同回転数毎分1,000(以下、回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設してA鉄工所から出荷され、計画出力713キロワット及び同回転数810として受検・登録したものであるが、就航後に制限装置が取り外され、航海中の全速力前進の回転数を980までとして運転されていた。
主機のクランク軸は、ジャーナル部及びピン部ともに径が195ミリメートル以下「ミリ」という。)で、表面に高周波焼入れを施した一体型の鍛造品であった。一方、同クランクピン軸受メタルは、軟鋼の裏金にケルメットを鋳込み、表面のオーバーレイとの間にニッケルダムと称する、厚さ1ないし2ミクロンのニッケル層を設けた4層メタルが使用されていて、上メタルの油穴から回転方向へ半周及び下メタルの全周に渡って油溝が設けられ、斜め割りのセレーション合わせとなっている連接棒大端部に組み込まれていた。
ところで、興富丸の主機のような、いわゆる中・高速機関のクランクピン軸受部には、ピストン及び連接捧等の慣性力の影響で、ピストンの上死点ではクランクピンの下側が下メタルに強く当たり、油溝に相対する同ピンの位置に凸部を生じる段付摩耗が発生し、ピストンの下死点では同凸部が上メタルの油溝のない部分に当たるため、上メタルのオーバーレイなどが早い時期に剥離(はくり)する傾向にあった。また、クランクピンの段付摩耗は、専用の工具を使用して計測を行わなくても、クランクピンの表面を触手点検することで容易に確認できるものであった。
そこで、A鉄工所は、定期的検査時にはクランクピンの段付摩耗量を必ず計測し、摩耗量が0.015ミリを超えているときには、ダイヤモンド砥石(といし)及びオイルストンなどで同ピンの表面を研磨し、摩耗量を許容値の0.01ミリ以内に修正するよう、「クランク軸段付摩耗の整備時の点検・修正要領の件」と題する技術情報を作成し、同鉄工所の出張所など関係先に配付して機関開放整備時の注意を喚起していた。
A受審人は、興富丸の就航以来機関長として乗り組んでいたもので、平成6年5月28日からの青森県八戸市の造船所における第3回定期検査工事に先立ち、船舶所有者と打ち合わせして機関部の整備項目を決め、整備・修理工事一式を株式会社B(以下「B社」という。)にいつものとおり請け負わせることとした。
一方、B指定海難関係人は、八戸内燃機工業株式会社で約6年間船舶の沖修理業に従事したのちB社に移籍したもので、同検査工事に際して機関部の現場責任者に指名された。そして、同指定海難関係人は、自社の社長から、今回の検査工事には主機の開放整備箇所が多いので、機関メーカーであるA鉄工所に立ち会いを依頼して技術的な指導・助言を受けるようにとの指示があったので、同鉄工所東北支店八戸出張所に技術員の立ち会いを要請したのち、部下の作業員5人とともに興富丸に赴いて主機の開放整備作業に従事した。
また、C指定海難関係人は、昭和58年3月ニイガタディーゼルサービス株式会社に入社したのち、同63年4月にA鉄工所に移り、平成4年4月から同鉄工所東北支店八戸出張所の技術員となったもので、地元漁船の定期的検査工事の立ち会いの要請に応じたり、機関整備上の技術的な相談に乗るなど、いわゆる機関メーカーとしてのアフターサービス業務に従事していた。
ところが、C指定海難関係人は、興富丸の前述した第3回定期検査工事に要請を受けて立ち会った際、主機3番シリンダを含む各クランクピンに段付摩耗が生じていること及び多数のクランクピン軸受メタルにケルメットが露出していることを認めたものの、段付摩耗とケルメットの露出の現象とを関連付けて考慮せず、段付摩耗については、計測しないまま微細な摩耗なので大丈夫であろうと軽く判断し、かつ、ケルメットの露出については、中間層のニッケルダムの影響を受けてケルメットの露出量を過小評価したことなどから、露出程度の大きな2番及び4番両シリンダの同軸受メタルの新替えをB指定海難関係人に指示しただけで、クランクピンの段付摩耗を研磨・修正すること及びケルメットが露出しているその他のメタルを新替えすることなど整備上の適切な指導・助言を行わなかった。
一方、B指定海難関係人は、A鉄工所が発行した「クランク軸段付摩耗の整備時の点検・修正要領の件」と題する技術情報を当時はまだ受け取っていなかったうえ、同検査工事に立ち会ったC指定海難関係人から、段付摩耗の研磨・修正についての適切な指導・助言を受けなかったので、クランクピンに段付摩耗が生じている状況に気付かなかった。また、B指定海難関係人は、多数のクランクピン軸受メタルにケルメットが露出していることを認めたものの、C指定海難関係人の指示どおり2番及び4番両シリンダの同軸受メタルを取り替えれば大丈夫と思い、ケルメットが露出しているその他のクランクピン軸受メタルを取り替えないまま、旧品のメタルを使用しで復旧した。
ところで、A受審人は、同検査工事期間中、整備業者によって全クランクピン軸受メタルが開放されたことを認めたとき、同メタルの表面を一瞥(いちべつ)したものの、ケルメットが露出するなど不良メタルがあればC及びB両指定海難関係人が打ち合わせして、適宜取り替えるものと思い、いつものとおりその処置を整備業者に一任していた。
その後、定期検査工事を終了した興富丸は、平成6年7月初旬八戸港に係留したまま、主機の回転数を450ないし1,000として無負荷運転を行ったのち、引き続いてA受審人及びB指定海難関係人らが乗船し、八戸港外において海上試運転を行った。
このとき、主機の回転数1,000及びプロペラの翼角17度の全速力前進状態の運転1時間を含む約2時間の航走が行われ、主機の排気温度、冷却水出口温度、潤滑油圧力などの運転諸元に異状がなかったものの、クランクピンの段付摩耗の比較的大きかった3番クランクピン軸受メタルが、ケルメットの露出した旧品メタルをそのまま使用したので耐焼付き性能が低下していたうえ、機関整備後の始動時における潤滑油圧力上昇の遅れ及び同油中の異物の混入の影響などにより油膜厚さが局部的に減少し、クランクピンと同メタルとが金属接触し始める状況となっていた。
しかしながら、海上試運転終了後にクランク室内を点検したA受審人及びB指定海難関係人は、各クランクピン軸受を触手点検したものの、主機の運転諸元に異状を認めなかったこと及びクランクピン軸受メタルの損傷が初期で、あまり発熱していないことなどもあって、その異状に気付くことができなかった。
こうして、興富丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、B推定海難関係人を甲板機械などの調整のために同乗させ、同月15日04時ごろ八戸港を発し、操業試運転の目的で同港沖合の海域に向った。そして、興富丸は、主機の回転数及び可変ピッチプロペラの翼角を徐々に増加させ、回転数960及び翼角15度の常用出力付近にかけて航行中、3番シリンダのクランクピンと同軸受メタルとの局部的な金属接触が拡大し、同メタルにかじりを生ずるようになって焼損し、剥離した金属粉が潤滑油こし器を目詰まりさせて同油圧力が低下し、やがて同シリンダの連接棒大端部が熱変形を起こすとともにクランクピン軸受メタルが回り始め、同日05時30分ごろ鮫角灯台から真方位090度7.5海里ばかりの地点において、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、海上は穏やかであった。
機関監視室で機関の運転状況を確認していたA受審人は、潤滑油圧力計の針が大きく振れるのを認めて主機を停止し、B指定海難関係人とともに潤滑油こし器を開放してケルメットなどの多量の金属粉を発見し、次いでクランク室内を点検して3番シリンダのクランクピン軸受メタルの焼損を認め、運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
興富丸は、事故発生直後に救助を求め、来援したタグボートで八戸港に引き付けられ、のち、クランク軸、3番シリンダの連接棒及び全クランクピン軸受メタルを新替えする修理を行った。
C指定海難関係人は、その後、機関メーカーの技術員としてアフターサービス業務を遂行するにあたり、クランクピンの段付摩耗の研磨・修正及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルの取り替えなど整備上の適切な指導・助言を、整備業者など関係者に対して積極的に行うこととした。

(原因に対する考察)
本件は、総トン数125トンの漁船が、第3回定期検査の機関部の整備工事一式を地元の整備業者に請け負わせ、機関メーカーの技術員が立ち会って同工事を終了し、約8時間の無負荷運転を行ったのち主機の回転数1,000及びプロペラの翼角17度の全速力前進状態の運転1時間を含む約2時間の海上試運転を終え、数日後に主機の回転数960及び翼角15度の常用出力付近にかけて操業試運転を行っているとき、段付摩耗が生じていたクランクピンとケルメットが露出していた同軸受メタルとが局部的に金属接触を起こして焼損に至ったものである。
以上の状況を踏まえ、本件の原因について考察する。
1 海上試運転時の機関長の所為
定期検査工事に立ち会った機関長が、同工事終了後の海上試運転を行った際、クランクピン軸受の温度上昇の点検を十分に行わなかったことを、原裁決は本件発生の原因であると摘示している。しかしながら、以下の点を考えると、このことを本件発生の原因であると認めるまでもない。
(1) 機関長は、機関を開放整備したあとの海上試運転後にクランクピン軸受部の触手点検を行って温度上昇などの異状を認めていない点、及び海上試運転時にクランクピン軸受部の点検を行って仮りに異状を認めたとしても、そのときにはすでに軸受メタルの損傷が進行していると考えるのが相当である点
(2) クランクピンの段付摩耗を研磨・修正しなかったこと及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルを取り替えなかったことから、同軸受メタルは早期のうちにいずれは焼損する可能性があった点
2 整備業者の所為
機関部の整備工事一式を請け負った整備業者の現場責任者が、同工事終了後の海上試運転を行った際、クランクピン軸受の温度上昇の点検を十分に行わなかったことを、原裁決は本件発生の原因であると摘示している。しかしながら、海上試運転時の機関長の所為の欄で述べたと同様の理由で、このことを本件発生の原因と認めない。
また、整備業者の現場責任者が、クランクピンの段付摩耗を研磨・修正しなかったこと及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルを取り替えなかったことについては、以下の点を考慮すると、本件発生の原因と認めるまでもない。
(1) 整備業者は、機関メーカー発行の技術情報を当時はまだ受け取っておらず、当該機関のクランクピンには早期に段付磨耗が発生するという知識がなかったと認められる点
(2) 機関メーカーの技術員から、取り替えなかったその他のケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルは1年ぐらいは使用可能であるとの助言を得ていた点
(3) 機関メーカーの技術員から適切な指導・助言があれば、クランクピンの段付摩耗の研磨・修正及びケルメットの露出しているすべてのクランクピン軸受メタルの取り替えがいずれも施工可能な状況であったとするのが相当である点
なお、このことは、A鉄工所原動機事業部太田工場品質管理室技術サービス課長が、「クランクピンの研磨・修正は当時の整備業者には経験がなかったけれども、当社の八戸出張所へ相談してもらえば、適切に対処して本件は防げた。」旨の供述をしていることからも裏付けられるところである。
3 機関メーカーの技術員の機関整備上の技術的な指導・助言
機関メーカーの技術員は、興富丸の第3回定期検査工事の開始にあたり、機関部の整備工事一式を請け負った整備業者から、機関の開放箇所が多いので技術的な指導・助言を求められた際、当該機関が中・高速機関の範疇(はんちゅう)にあって比較的早い時期にクランクピンの段付摩耗が発生するという知識が当時すでにあったこと及び「クランク軸の段付摩耗の整備時の点検・修正要領の件」という自社の原動機事業部品質保証部発行の技術情報をすでに読んでいたことから、クランクピンに段付摩耗の兆候があれば整備業者に対し、クランクピンの段付摩耗を研磨・修正すること及び同軸受メタルを取り替えることなど機関整備上の適切な指導・助言を与えなければならない立場にあったものである。
このことは、「整備業者の所為」の欄で述べたとおり、A鉄工所原動機事業部太田工場品質管理室技術サービス課長の供述からも認められるところである。
しかるに、定期検査工事に立ち会った機関メーカーの技術員は、クランクピンの段付摩耗と同軸受メタルのケルメットの露出の現象とを関連付けて考慮せず、段付摩耗については、計測しないまま微細な摩耗なので大丈夫であろうと軽く判断し、かつ、クランクピン軸受メタルのケルメットの露出については、中間層のニッケルダムの影響を受けてケルメットの露出量を過小評価したことなどから、クランクピンの段付摩耗の研磨・修正及びケルメットの露出しているすべてのクランクピン軸受メタルの取り替えの機関整備上の適切な指導・助言を行わなかったものである。
したがって、技術指導の要請を受けて定期検査工事に立ち会った機関メーカーの技術員が、クランクピンの段付摩耗及びクランクピン軸受メタルのケルメットの露出を認めた際、段付摩耗を研磨・修正すること及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルを取り替えることなど機関整備上の適切な指導・助言を整備業者に対して行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(原因)
本件機関損傷は、技術指導の要請を受けて定期検査工事に立ち会った機関メーカーの技術員が、機関整備上の適切な指導・助言を整備業者に対して行わず、主機クランクピンの段付摩耗が研磨・修正されず、かつ、ケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルが取り替えられなかったことから、操業試運転を開始して徐々に負荷を増加させながら航行中、クランクピンと同軸受メタルとが金属接触を起こしたことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
C指定海難関係人が、技術指導の要請を受けて定期検査工事に立ち会い、主機クランクピンの段付摩耗及びクランクピン軸受メタルのケルメットの露出を認めた際、段付摩耗を研磨・修正すること及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルを取り替えることなど機関整備上の適切な指導・助言を、整備業者に対して行わなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、その後、クランクピンの段付摩耗の研磨・修正及びケルメットの露出しているクランクピン軸受メタルの取り替えなど整備上の適切な指導・助言を、整備業者に対して積極的に行っていることに徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成9年8月21日仙審言渡(原文縦書き)
本件機関損傷は、主機のクランクピン及びクランクピン軸受メタルの整備が不十分であったことと、海上試運転後の同軸受の点検が不十分であったこととに因って発生したものである。
受審人Aを戒告する。






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