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1998年(平成10年)

平成9年那覇第52号
    件名
交通船ねくとん火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成10年12月15日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁那覇支部

井上卓、東晴二、小金沢重充
    理事官
寺戸和夫

    受審人
A 職名:ねくとん船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
両舷主機の全ての燃料高圧管の振動防止器具、左舷側主機1番シリンダの燃料高圧管、左舷側主機整備用ハッチのハッチカバー、同主機排気管のラギング材の一部等損傷

    原因
機関修理業者の燃料高圧管の振動防止器具の点検不十分

    主文
本件火災は、機関修理業者が主機のピストン新替えなどの修理工事を実施した際、燃料高圧管の振動防止器具の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年8月12日10時10分
沖縄県西表島船浮港沖合
2 船舶の要目
船種船名 交通船ねくとん
総トン数 16.00トン
全長 16.80メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 558キロワット
回転数 毎分2,300
3 事実の経過
ねくとんは、平成3年2月に進水した、沖縄県八重山列島西表島周辺海域でダイビング客の送迎等に従事するFRP製交通船で、船体中央上部に船橋を設けて主機の遠隔操縦装置を備え、船橋後部から船尾部にかけての上甲板を同客の待機場所及びダイビング器材の置場とし、上甲板下には、前部に主機用燃料油の容量800リットルのA動油タンクを備え、隔壁を隔てて後方の船尾部に、長さ4.0メートル幅7.5メートル高さ0.7メートルないし1.3メートルの機関室を設け、主機を両舷に1基ずつ据付け、その後方に推進装置としてウォータジェット式推進器をそれぞれ装備していた。
また、上甲板の後部には、機関室への出入口として両舷主機後方付近にハッチを1個ずづ備えるほか、両舷主機上方付近に主機整備用のハッチを備え、それぞれのハッチにはハッチカバーを取付けていた。
ところで、主機は、三菱重工業株式会社が製造したS6M3-MTK型ディーゼル機関で、各シリンダを船首側から船尾方へ順番号で呼称し、左舷側主機では、3番シリンダヘッドカバーの右舷上方に過給機が備えられ排気ガスが過給機後方に備えられた消音器を経て、排気管によって主機後方から、左舷側外板に開口された排気口まで導かれて排出されるようになっていた。なお、消音器及び排気管は、アスベストシート等によってラギングされていた。
左舷側主機の燃料油系統は、燃料油タンクから主機直結の燃料油移送ポンプによって同主機の左舷後部に設けられた6個のボッシュ式燃料噴射ポンプに送られ、燃料噴射時期に合わせて230キログラム毎平方センチメートルに加圧された燃料油が、燃料高圧管によっで燃料噴射弁まで導かれ、同弁からシリンダー内に噴霧するようになっていた。
燃料高圧管は、同管の燃料噴射ポンプ側端部及び燃料噴射弁側端部が、共にニップル継手となっており、それは、外径6.35ミリメートル(以下「ミリ」という。)内径2.00ミリの高圧配管用炭素鋼製の鋼管に、内径6.55ミリの一般構造用圧延鋼製のフランジ付きスリーブ及び袋ナットを燃料噴射弁側用及び噴射ポンプ側用としてそれぞれ通したのち、鋼管の両端部をプレス加工してニップルとしたもので、鋼管の長さはシリンダによって異なり、1番シリンダ用が850ミリであった。
また、燃料高圧管は、船体振動や機関振動の影響を受けるなどして振動すると、同管のニップル加工部分付近等に亀裂(きれつ)を生ずるおそれがあるので、L字型に曲げた鋼板に厚さ5ミリの防振ゴムを接着した板2枚で管を挟むようにした振動防止器具により、3箇所で固定されていた。この防振ゴムの状態は、同器貝を開放しなければ点検できないものであった。そして、燃料高圧管は長期間使用されるうち、防振ゴムが摩滅して防振効果が失われ、左舷側主機1番シリンダの同管が主機振動等と共振するようになり、鋼管の燃料噴射ポンプ側ニップル付け根部及びスリーブのフランジ付け根部に繰り返し曲げ応力が集中し、金属疲労が進行する状況になっていた。
A受審人は、昭和57年以来ダイビングのガイド等を行う有限会社Aを経営し、ねくとんには新造以来船長として乗り組み、7月及び8月はほぼ毎日20分ないし2時間の運航を行い、主機の点検については、以前に燃料高圧管に亀裂が生じて同管を新替えしたこともあったので、出港の1時間ほど前に機関の始動点検を行ったのち船橋で始動し、回転数毎分約600でアイドリング運転中の主機及び周辺を点検するようにしていた。
B指定海難関係人は、機関メーカーである三菱重工業株式会社の代理店として機関の販売業及び修理業を営む有限会社Bの技術担当職員で、ねくとん新造時に主機を納入したときから、ねくとんの主機の整備等に携わっていた。そうするうち同人は、平成9年8月1日から同月3日にかけて左舷側主機の修理工事を実施した際、1番シリンダの燃料高圧管を取り外し、シリンダヘッド及びピストンを新替えしたのち、燃料高圧管を復旧したが、振動防止器具が同管を確実に固定しているかどうかなど、燃料高圧管の振動防止器具の点検を行わなかったので、防振ゴムが摩滅するなどして防振効果が失われていることに気付かなかった。
その後、左舷側主機1番シリンダの燃料高圧管は、燃料噴射ポンプ側ニップル付け根部及びスリーブのフランジ付け根部の材質が、金属疲労限度に達し、亀裂が入り、更に亀裂が広がってスリーブに破口を生じたが、外観上点検できない場所であったことから、出港前の点検等では破口が発見されないままとなった。
こうして、ねくとんは、同年8月12日08時30分主機を始動して同時35分ごろ岸壁に係留し、A受審人が機関室を点検して主機等に異状がないと判断したのち、同人が1人で乗り組み、ダイビング・インストラクター4人とダイビング客23人を乗せ、船首0.5メートル船尾0.6メートルの喫水をもって、09時25分西表島船浦港を発し、西表島サバ埼北方のダイビング・ポイントに向かい、両舷主機を回転数毎分2,300にかけ25.0ノットの対地速力で航行中、左舷側主機1番シリンダ燃料高圧管の燃料噴射ポンプ側ニップル付け根部に生じていた亀裂が管壁を貫通し、燃料油がスリーブの亀裂破口部を経て噴出し、約80センチメートル後上方を左舷側に向かう排気管に掛かり、ラギングの隙間(すきま)から浸入して同管の高温部に触れ、10時10分船浮港灯台から真方位005度1.7海里の地点において、着火して火災となった。
当時、天候は曇で風力2の南風が吹き、海上は穏やかであった。
船橋で操縦中のA受審人は、左舷側主機が、酸素不足から燃焼不良となって回転数が急激に低下し、排気管から黒煙を噴き出したことで、主機の異状を知り、左舷側主機をアイドリング回転まで下げ、ダイビング客を前方へ移動させ、左舷側の機関室出入口のハッチカバーを開けたところ、左舷側主機から黒煙と炎が上がっているのを認め、備え付けの泡消火器2本とたまたま通りかかった灯台見回り船から粉末消火器4本を借りて消火した。
その結果、ねくとんは、灯台見回り船によって西表島白浜港に引き付けられ、後日、両舷主機の全ての燃料高圧管の振動防止器具、左舷側主機1番シリンダの燃料高圧管、焼損した左舷側主機整備用ハッチのハッチカバー、同主機俳気管のラギング材の一部等が新替えされた。

(原因に対する考察)
本件は、総トン数16トンの交通船が、左舷側主機のピストン及びシリンダヘッド等の新替えを機関修理業者に請け負わせ、修理後、12時間ないし25時間運転したところで、運航中、同主機1番シリンダ燃料高圧管の燃料噴射ポンプ側ニップル付け根部及びスリーブのフランジ付け根部に生じた金属疲労による亀裂が著しく進行し、同管の管壁を貫通した亀裂破口部から燃料油がスリーブの亀裂破口部を経て噴出し、高温の排気管に掛かって着火し、機関室内が火災となったものである。
以上の状況及び判断を踏まえ、本件の原因について考察する。
1 燃料高圧管に亀裂が生ずるに至った原因及び経緯
同管の亀裂は、破面の状況から金属疲労によるものであることは明らかで、金属疲労を生じたのは、同管の振動防止器具の防振ゴムの著しい摩滅状況から、同管が振動したことによると認める。
金属疲労限界に達するまでに要した時間は、振幅の大きさによって大きな差があり、振幅の大きさが確認できないので確定できないが、振動防止器具の防振ゴムの著しく摩滅した状況から判断して、修理業者がピストン等の新替え修理工事を行ったときには防振ゴムの摩滅が進行していたと認められ、同工事のかなり以前から同管が振動し、金属疲労が進行していたと判断するのが相当である。
同管の振動は、次の供述記載から、全速力前進若しくはそれに近い速力で運航中に生じたと認める。
(1) 「運航する日の朝には、出港前に必ずアイドリング運転状態で主機を点検したが、燃料高圧管の振動は認めなかった。」(A受審人に対する質問調書)
(2) 「修理工事終了後に海上試運転を行い回転数毎分1,800まで上げたが、各部に異状はないと判断した。」(B指定海難関係人に対する質問調書)
2 A受審人の所為
同人の所為は、以下の点を考えると、本件発生の原因とならない。
(1) 防振ゴムの状態は、振動防止器具を開放しなければ点検できない点
(2) 1航海の主機の連続した運転時間が1時間以内で、全速力前進若しくはそれに近い速力で航行中に船橋を離れて機関室に入り、主機を点検することを要求するのは無理を強いることとなる点
(3) 出港前には主機をアイドリング運転状態として同人が点検していた点
(4) 本件発生の9日前に左舷側主機の修理工事を終了し、海上試運転を行ったが、機関修理業者から各部に異状がないと報告を受けていた点
3 B指定海難関係人の所為
燃料高圧管の確実な振動防止措置をとることは機関整備上の基本的な事項のひとつである。また、防振ゴムの摩滅、変形を発見したら、同管の金属疲労が進行しているおそれがあると判断し、同管に亀裂が生じているかどうかの検査を行うなどの措置をとらなければならないことも、また機関整備上の基本的な事項のひとつである。
しかるに機関メーカーの代理店でもある機関修理業者の技術担当職員である同人が、左舷側主機の修理工事を請け負って、ピストン及びシリンダヘッドの新替え修理工事を行った際、付帯工事である1番シリンダの燃料高圧管を取外し及び復旧を行ったのだから、同管の振動防止器具が確実に同管を固定しているかどうかなど同管の振動防止器具の点検を行わなかったことは、本件発生の原因となるものである。

(原因)
本件火災は、機関修理業者が左舷側主機のピストン新替えなどの修理工事を実施した際、取り外した1番シリンダの燃料高圧管が確実に固定されているかどうかなど、燃料高圧管の振動防止器具の点検が不十分で、航行中、同シリンダの燃料高圧管が著しく振動し、振動による繰り返し曲げ応力が同管の燃料噴射ポンプ側ニップル付け根部及びスリーブのフランジ付け根部に集中し、それぞれの同部材質の金属疲労が進行して亀裂を生じ、更に進行して同管の管壁を貫通した亀裂破口部から燃料油がスリーブの亀裂破口部を経て噴出し、高温の排気管に掛かって着火したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
B指定海難関係人は、左舷側主機のピストン新替えなどの修理工事を実施した際、取り外した1番シリンダの燃料高圧管が確実に固定されているかどうかなど、燃料高圧管の振動防止器具の点検を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、その後、機関メーカーが燃料高圧管の振動防止措置の点検を整備上の重要事項として、同指定海難関係人はじめ代理店の技術者等を積極的に指導していること、同指定海難関係人も注意を払っていることに徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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