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1998年(平成10年)

平成9年広審第108号
    件名
貨物船第五太陽丸火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成10年11月18日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、黒岩貢、織戸孝治
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:第五太陽丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
船長室がほぼ全焼、操舵室の主機遠隔操縦装置及びレーダーなど損傷

    原因
溶断作業を行う際の火災防止に対する配慮不十分、居住区内の火災防止に対する配慮不十分

    主文
工務監督が、溶断作業上の適切な指示を乗組員に対して十分にしなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年1月11日11時00分
愛媛県今治港
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第五太陽丸
総トン数 697トン
全長 74.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
3 事実の経過
第五太陽丸は、平成元年2月に進水した、砕石、建設残土などの運搬及び海砂採取に従事する幅14.20メートル、深さ7.10メートルの船尾船橋型の鋼製砂利採取運搬船で、上甲板上には、船首方から順に全旋回式ジブクレーン、長さ20.15メートル幅10.50メートルの貨物倉口、選別機、船橋楼、その船尾方にムアリングウインチなどがそれぞれ備えられていた。
船橋楼は、上方からコンパス甲板、船橋甲板、船長甲板、端艇甲板及び上甲板と呼称され、船長甲板、端艇甲板及び上甲板が居住区となっており、船長甲板の前部右舷側に船長室、その左舷側に機関長室が設けられ、船橋楼前部外壁と各室前部壁との間には厚さ50ミリメートル(以下「ミリ」という。)のグラスウール製断熱材及び厚さ5.5ミリの化粧合板が内張りされていた。
また、船長室は、幅約3.5メートル、長さ約2.7メートル、天井の高さ約2.0メートルで、周囲の壁に化粧合板が張られ、右舷側壁に沿って寝台、前部壁の中央部に執務机、左舷側壁にソファ、後部壁の右舷側から順にテレビ台、洗面器具台及び出入口扉、天井中央部に照明器具及びバンカールーブルがそれぞれ備えられていた。
ところで、船長甲板の船橋楼前部外壁は、厚さ約8ミリの鋼板が使用されており、上甲板から高さ約6メートルのところにある、同外壁の両舷端からそれぞれ約80セノチメートル船体中央寄り及び船体中央よりやや右舷寄りの3箇所に、幅65ミリ、厚さ6ミリ、長さ約70センチメートルの等辺アングル鋼材の一端を同外壁に直接すみ肉溶接されたペンキ塗装足場(以下「足場用アングル」という。)が取り付けられていた。
A受審人は、平成3年1月から船長として乗り組み、砕石、建設残土などの運搬及び海砂採取従事していたもので、船舶所有者の株式会社Aから定期検査工事を同9年1月に行う旨の連絡を受けていたので、前もって機関長などと打合せをしたうえで、船体部及び機関部の各ドックオーダを作成して同社に提出しており、また、入渠時の船内作業として選別機やマストなど船体各部の錆(さび)落とし及びペンキ塗装作業、造船所がわが行う機関工事の立ち会い及び機関の開放整備作業のほか、かねてから腐食が激しく、それまで余り使用していなかった足場用アングル3個の撤去を予定していた。
本船は、A受審人ほか7人が乗り組み、同月9日14時05分高知県高知港で建設残土を揚げ切り、定期検査工事を行う目的をもって、空倉のまま同時10分同港を発し、翌10日09時30分度々入渠したことのある愛媛県今治港第3区にある株式会社新来島どっく波止浜工場1号ドック(以下「波止浜工場1号ドック」という。)に入渠し、同月18日出渠する予定で同工事及び船内作業が行われることとなった。
B指定海難関係人は、昭和59年2月愛媛県大洲市に船舶設計、新造船及び修繕船の各工務管理などの業務を行う目的で設立された有限会社Bの技師で、船舶所有者の株式会社A及びC有限会社との船舶管理委託契約により波止浜工場1号ドックに入渠した本船の工務監督として定期検査工事に立ち会うとともに、入渠中、乗組員が行う船内作業上の安全管理も担当することになっていた。
A受審人は、平成9年1月11日08時30分乗組員全員を食堂に集めて始業前ミーティングを行い同日の船内作業として、甲板部員が選別機シュータの錆落とし及びペンキ塗装を、機関部員が造船所側が行う機関工事の立ち会い及び機関整備などをそれぞれ行うことを決めたほか、足場用アングルの溶断作業も決め、09時30分ごろ本船工事の進行状況確認のため来船したB指定海難関係人に、同作業を行う旨を連絡した。
一方、B指定海難関係人は、A受審人から足場用アングル3個の溶断作業を行う旨の連絡を受けたが、船橋楼前部外壁に内張りされている断熱材や化粧合板などの可燃物を排除するよう同人から依頼されていなかったので、まさか同アングルのすみ肉溶接部から溶断することはあるまいと考え、同外壁から少し離した位置で同アングルを溶断したうえで、溶断残留部をディスクサンダで整形するなどの溶断作業上の適切な指示を同人に対して十分にしないまま、これを許可したのち造船所構内にある監督官室に赴いた。
A受審人は、10時ごろから甲板員と2人して端艇甲板右舷側のガスボンベ置場から酸素及びアセチレンガスの各ゴムホースを船橋楼前部外壁前の上甲板に引き込み、全長7メートルの伸縮型アルミニウム製はしご及びガス切断器などを準備したうえ、自らガス切断器を操作して足場用アングルを溶断することとし、安全帽、化学繊維製上着、作業ズボン、手袋及び安全靴を着用し、同外壁にはしごを立て掛けて甲板員に下部を押えさせ、同時10分ごろからガス溶接用眼鏡をかけないまま溶断作業を開始した。しかしながら、同人は、同外壁の内側に可燃物が存在することを理解していたものの、溶断する同アングルの幅が小さいので同外壁を過熱させることはあるまいと思い、同外壁から少し離した位置で同アングルを溶断するなどして、居住区内の火災防止に対する配慮を十分にすることなく、右舷側の同アングルから同作業を開始した。
ところが、A受審人は、中央部の足場用アングルを溶断しているとき、溶断部が溶着を繰り返して同アングルの山部がなかなか溶断できず、これに手間取って数回同じ箇所にガス切断器を行き来させているうち、同外壁が著しく過熱されで溶損し、直径約10ミリの穴が生じてガス切断器の火炎が侵入したものの、このことに気付かず、10時40分ごろ左舷側の同アングルを溶断し、これを撤去し終えた。
こうして、本船は、中央部の足場用アングルが取り付けられていた船橋楼前部外壁の断熱材が着火して燃え広がり、同日11時00分波止浜工場1号ドックにおいて、操舵室内で作業中の作業員が船橋甲板を貫通する電路口から立ちのぼる煙を認めた。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、外気温度は摂氏10度であった。
A受審人は、足場用アングルの撤去作業を終えて後片付けをしていたところ、作業員から船長室の火災を知らされ、直ちに同室に急行して出入口扉を開け、白煙が充満しているのを認め、駆け付けた機関長及び甲板員とともに持運び式消火器による消火に努めたが、消火できず、造船所に通報し、同所の放水消火活動により11時30分ごろ鎮火した。
火災の結果、本船は、船長室がほぼ全焼したほか、操舵室の主機遠隔操縦装置及びレーダーなどが損傷し、のち修理された。

(原因〉
本件火災は、船橋楼前部外壁に溶接された足場用アングルをガス切断器で溶断するにあたり、居住区内の火災防止に対する配慮が不十分で、ガス切断器を著しく同外壁に近づけたまま溶断作業が行われ、同アングルの溶接すみ肉部を溶断したガス切断器の火炎が同外壁を溶損して侵入し、断熱材などに着火したことによって発生したものである。
工務監督が、ガス切断器による溶断作業上の適切な指示を乗組員に対して十分にしなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、船橋楼前部外壁に溶接された足場用アングルをガス切断器で溶断する場合、同外壁に断熱材などの可燃物が内張りされていることを知っていたのであるから、同外壁を著しく過熱して可燃物に着火することのないよう、同外壁から少し離した位置で同アングルを溶断するなどして、居住区内の火災防止に対する配慮を十分にすべき注意義務があった。しかしながら、同人は、溶断する同アングルの幅が小さいので同外壁を過熱させることはあるまいと思い、居住区内の火災防止に対する配慮を十分にしなかった職務上の過失により、同外壁が溶損して穴が生じたことに気付かず、ガス切断器の火炎が侵入して断熱材などの着火を招き、船長室を全焼させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、船長から船内作業として船橋楼前部外壁に溶接された足場用アングルの溶断作業を行う旨の連絡を受けた際、同外壁には断熱材などの可燃物が内張りされているから、同外壁から少し離した位置から同アングルを溶断したうえで、溶断残留部をディスクサンダで整形するなど溶断作業上の適切な指示を船長に対して十分にしなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、その後、溶断作業上の適切な指示を乗組員に対して積極的に行っていることに徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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