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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年4月8日18時10分 京浜港川崎区扇島沖 2 船舶の要目 船種船名
プレジャーボートコマンチ 全長 11.9メートル 幅 3.68メートル 深さ
2.05メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力 340キロワット 3 事実の経過 (1) 構造及び設備の概要 コマンチは、平成5年末ごろに英国サンシーカー社が製造し、同7年に輸入されたCOMANCHE40型と称する、航行区域が沿岸区域(限定)、定員12名のFRP製プレジャーボートで、船体前半部の船室には、両舷にギャレーなどの生活設備や配電盤を納めた戸棚が設置され、同室後壁の昇降口を上がった、オープンデッキの右舷側に操縦席、左舷側に補助席があり、その船尾方がベンチなどを備えたラウンジで、最後部が通路スペースよりも高くなりサンデッキになっていた。 操縦席の下は、船室から出入りする寝室で、その後部隔壁から船尾部が潜水用具などのレジャー用品や、ライフブイを収納した倉庫及び両舷側に開口のある壁で仕切られた機関室となり、同室床の船尾寄り両舷に、主機と3翼2重反転プロペラのドライブ装置を直結した、いずれもスウェーデン王国ボルボ・ペンタ社製造のKAD42B/DP型と称する船内外機が据え付けられ、倉庫との仕切壁と接する前側に容量約560リットルの燃料(軽油)タンク、その右舷側に原動機直結の補助発電機、左舷側沿いに主機始動用バッテリーなどが設置されていた。 機関室は、デッキ下の両舷側に、穴10個の空気取り入れ口が並んで開口し、ダクトをトランサムに接続した排気ファンにより換気され、トランサムハッチになった室天井の裏と、サンデッキとの間がジェットスキー格納庫になり、通常機関室には、操縦席後ろラウンジデッキに設けた、62センチメートル角のハッチから倉庫に降り、補助発電機が右舷側にあるので、仕切壁の左舷側開口から入るようになっていた。また操縦席の椅子や付近の収納箱に救命胴衣や発煙筒などが納められ、昇降口付近に持ち運び式消火器、機関室天井部分にボンペットと称する自動消火器がそれぞれ取り付けられていた。 操縦席前面の計器盤には、航行中の針路と速力及び水深、両舷主機それぞれの回転数と潤滑油圧力及び冷却清水温度、燃料タンク油量のほか、積算の主機運転時間が表示され、計器盤の右側に、潤滑油圧力低下など主機の警報装置パネルや操縦レバーが、左側に照明や排気ファンなど機器発停用のスイッチ盤、その下にGPS装置が装備されていた。 (2) 主機とその整備について 主機は、定格出力170キロワット同回転数毎分3,800、各シリンダに船首側から順番号が付され、回転方向が船尾側から見ていずれも反時計回りの、過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、湿式シリンダライナを装備し、6シリンダ一体のシリンダヘッド、シリンダブロック及びオイルパンで構成され、同ヘッドがバルブカバーで覆われ、排気タービン過給機のほか、補機として、機関前側のプーリーでベルト駆動される、機械式過給機のルーツ型コンプレッサ、オルターネータ及び冷却清水ポンプ、ギヤー駆動の燃料、潤滑油及び冷却海水の各直結ポンプを備えていた。 燃料油系統は、軽油がフィルターを経て、直結の燃料噴射ポンプにより各シリンダ内に噴射され、同ポンプに至る管系には電磁遮断弁が取り付けられていた。 潤滑油系統は、オイルパンの同油約11リットルが、冷却器を通ったあと、圧力調整弁付きのディストリビュータで、軸受油とピストン冷却油に分岐され、軸受油がプリーツ型ペーパーフィルタの2次こし器から、シリンダブロックと一体になったオイルチャンネルを経て、主ジャーナルとクランクピンを順に潤滑し、ピストン冷却油が油圧開閉の入口弁を経て、ピストン裏側にノズルで噴射されていた。 また冷却水系統は、冷却清水約20リットルを、透明プラスチック製エキスパンションタンクなどに保有する、密閉型の間接冷却方式で、シリンダブロック、過給機、排気管の各ジャケットをそれぞれ冷却したあと、温度調整弁から清水冷却器を通って冷却水ポンプヘ戻り、一方ドライブ装置から吸入された冷却海水が、潤滑油冷却器、空気冷却器、清水冷却器を順に冷却して排気管内に注入され、各ドライブ装置プロペラ上部水面付近の排気口より、排気とともに船外に排出されていた。 主機の運転は、セルモータ始動で、定格出力の全力運転が12時間運転中1時間とされ、巡航の際、回転数をそれより200ないし600下げるよう推奨されており、全力時のシリンダ内最高圧力が約160キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)、排気温度はシリンダ出口が摂氏600ないし700度、過給機出口が同420度で、取扱説明書などには、ディストリビュータの潤滑油圧を、4.2ないし5.0キロ、シリンダ出口の冷却水温度を摂氏80度ないし90度に、それぞれ維持するよう記載されていた。 コンプレッサは、電子制御の電磁クラッチを介してベルト駆動され、アイドリングの毎分約650回転以上、同2,500ないし3,000回転の範囲で作動するようになっており、主機は、コンプレッサの機械式過給と排気タービン過給併用のため、回転が下がると排気温度がやや高くなる傾向があった。油圧が異常低下したときの危急停止装置はなく、油圧が0.7キロ以下になると、警報装置が作動して操縦席のブザーが吹鳴され、これらは主機上部に備えられた、ターミナルボックスを経由し電気的に制御されていた。 主機の整備基準は、運転100時間毎にオイルパンの潤滑油を取り替え、同200時間で2次こし器のエレメントを取り替えるよう、取扱説明書に明記されており、同2,000時間で開放整備を行い、オイルパンの潤滑油は、前側の上から中に挿入している、検油棒で油量を確かめ、その挿入口から補給するようになっていた。 (3) 運航及び主機整備の状況 A受審人は、平成5年8月に海技免状取得後、購入したプレジャーボート2隻を静岡県下田市の下田ボートサービス株式会社のマリーナに、1隻を千葉県浦安市の財団法人千葉県都市公社の浦安マリーナにそれぞれ係留し、レジャーに使用していたところ、同8年3月本船を運転時間が20時間以内のほぼ新艇の状態で購入し、主機オイルパンの潤滑油などを取り替えて引き渡され、6月中旬以降浦安マリーナに係留した。 本船は、マリーナに出・帰港届を提出して運航され、両舷主機の2連になった、それぞれの操縦レバーを常時連結のうえ、毎分2,800ないし3,200回転、潤滑油圧力を5.5ないし6キロ、冷却水温度を摂氏約90度として運転され、速力27ないし30ノットで航行し、燃料消費量が1時間当たり約70リットルで、主に東京湾内での3ないし4時間の巡航のほか、同年7月から9月にかけては下田市に赴き、伊豆半島周辺でやや長期間の巡航を行った。 A受審人は、出港前に各主機海水こし器の点検と掃除、潤滑油量の点検と補給などを行い、倉庫と機関室には、主機のほかドライブ装置のチルト機構、トランサムハッチ開閉装置の各油圧ポンプや、生活設備に付属の各ポンプなど、機器が各種設置されていて、内部のスペースの余裕は少なかったが、点検するのが困難な状態ではなかった。 A受審人は、数回乗船したころ、操縦レバーを操作しても、他の艇のように直ぐ加速しないことから、主機に装備されているコンプレッサの駆動ベルトがスリップすることを知り、機器の整備を浦安マリーナ指定の整備業者、セントラル株式会社の浦安マリーナ店に依頼し、担当者に要領を教えてもらい、駆動ベルトを調節したこともあった。 また、同年7月に外国製バッテリーを日本製と取り替え、8月に主機の運転が約150時間に達したころ、加速が鈍くなったと感じ、主機潤滑油全量とベルト全部、航行中に曲損したプロペラを取り替えるなど整備し、10月中旬に東京湾内を巡航後、翌9年3月まで運航しなかった。 同月18日本船は、新たに自動操舵装置を装備し、同装置の油圧サーボポンプが右舷主機に取り付けられ、同月20日A受審人が乗船し、東京湾で横浜の八景島沖合まで5時間ほど試運転を行った。 (4) 事故発生の経緯 A受審人は、事後措置に当たり、仕切壁の開口部から機関室内を懐中電灯で照らし、一べつして特に煙や異臭を認めず、十分に点検すれば、主機の周囲に漏油しているなど、損傷しているのを認めうる状況であったが、左舷主機の油量を確認しただけで、右舷主機の状態に気付かず、何かをプロペラに巻き込んだのかと思い、今度はウエットスーツに着替えて海中に入り、ドライプ装置や船底部を点検したものの異常を認めず、右舷主機の損傷に気付かないまま、続航することとした。 17時10分ごろ本船は、両舷主機を始動のうえ航行を再開し、油圧や冷却水温度に特に変化がなかったが、連接棒の振れ回りなどのため前示5番シリンダの燃焼不良が甚だしくなり、排気が白煙となってもやのように排出され、回転数が毎分2,600ないし2,800以上に上昇せず、運転状態が停止前と明らかに異なり、速力も低下した。 17時15分ごろA受審人は、不安を感じて携帯電話で浦安マリーナ店に連絡し、剱埼沖からの運転状況を伝え、どうすればよいか問い合わせたものの、主機や機関室内を十分に点検しておらず、気が動転していたこともあって状況が適切に伝えられず、また確認のための具体的な問いかけや指示もなく、その後同店からは、財団法人日本海上レジャー安全・振興協会のBAN(ボート・アシスタンス・ネットワーク)に救助が依頼された。 A受審人は、取りあえず主機の回転を下げ、そのまま続航することとしたが、いざとなればどこかのマリーナヘ避難すれば良いと思い、その後も、浦安マリーナ店など各所との電話連絡を続けて、主機などの点検を行わず、クランクに叩(たた)かれた潤滑油の飛まつやミストが、右舷主機の破口から漏油していることに、依然として気付かなかった。 17時30分を過ぎたころ、右舷主機5番シリンダは、クランクピンの油孔(こう)が、溶損した軸受メタルの地金で詰まり、金属接触ため連接棒大端部が極度に過熱され、そこへ潤滑油が触れてくすぶるようになり、一方オイルパンの油量も次第に減少した。 17時45分ごろA受審人は、右舷主機の油圧が3キロに低下していることや、開放のままになっていたハッチから煙が出ているのを認め、初めて状況が切迫していることに気付き、あわてて浦安マリーナ店に再度電語連絡し、18時前ごろになって救助の手配が伝えられ、その後BANの指示を受けたROC(レスキュー・オペレーション・センター)からの電話連絡を受け、状況を報告するようになった。 こうして本船は、主機を毎分約2,000回転とし、油圧がさらに低下しながら航行中、右舷主機の6番シリンダにもピストンの焼き付きを生じ、それがブローバイしたのか、くすぶっていた潤滑油が発火したかして、オイルミストが着火して漏油などに引火し、周囲に燃え広がって機関室が火災になるとともに、油圧低下警報が吹鳴し、18時10分ごろ京浜港川崎区川崎南防波堤灯台から真方位139度1.4海里の地点において、5番シリンダのクランクボルトが切断され、離脱した連接棒大端部が、クランクケース右舷側に激突して右舷主機が停止し、間もなく左舷主機も、ターミナルボックスが燃えたため燃料系統の電磁弁が作動し、燃料が遮断されて停止した。 当時、天候は曇で風力2の南風が吹き、海上にはさざ波があり、日没が18時08分であった。 A受審人は、ROCと電話連絡中、主機停止のあと、機関室周辺の空気取り入れ口など、各所から黒煙が一斉に吹き出したのを認め、消火活動をあきらめて救助を待つこととし、やがて炎が燃え上がるようになったので、操縦席付近にいては危険と思い、救命胴衣を着用し同乗者とともに船首に避難した。 機関室では燃料が漏れて引火し、ハッチから火柱が吹き出すなど、火勢が一層強くなり、18時30分ごろA受審人と同乗者は、避難する旨を電話連絡して海中に飛込み、ほぼ同時に燃料タンクが引火して爆発した。 A受審人と同乗者は、18時49分付近を通航中の旅客船に漂流しているところを救助され、同時57分来援の巡視船に移乗し、他の巡視船などの消火活動により、19時22分火災は鎮火したが、本船ば浸水して水船となり、その後引き揚げられ、廃船となった
(原因に対する考察) 本件は、右舷主機が損傷したあと、運転中に火災を発生したもので、その間の経緯と措置について以下検討する。 1 火災に至るまでの機関室状況と着火源 本件は、燃焼不良となった主機の運転を続けるうち、クランクケースの破口から漏油して油圧が次第に低下し、漏油などがくすぶるようになり、機関停止とともに黒煙が噴き出して炎が上がるという、可燃物が着火して次第に燃え広がる状況で発生した。 航行再開後の本船は、主機の回転数が毎分2,000のとき、ボルボ・ペンタ・ジャパン株式会社の回答書によれば、潤滑油ポンプ吐出量が毎分32リットルで、右舷主機のクランクケース破口からは、クランクなどに叩かれた潤滑油が、飛まつやミストになって漏油しており、それが排気ファンの通風や機関の給気にあおられて天井などに付着し、機関室内が次第にオイルミストなどの充満した、着火すれば火災のおそれがある雰囲気になったと考えられる。 実況見分調書写中の記載によれば、当時のコンプレッサには固着が認められず、右舷主機は回転が欠第に低下する傾向で、コンプレッサが駆動クラッチの嵌脱を繰り返す、回転変動の状態ではなかった。また、引火点が摂氏200度以上の潤滑油ミストの雰囲気では、クラッチがスリップしたとしても、その火花で着火することには疑問が残る。当時は補助発電機が停止中で、主機のほかに高温部があったとは認められず、従って、着火源の可能牲としては、機関内部の軸受の油切れによる著しい過熱、またはプローバイガスを火源と判断するのが妥当である。 2 航行中の措置模様 本件は、運転の異常を認めた時点で、右舷主機を停止しておれば防止できたと思われるが、その指示がなかった点について考察する。 A受審人は、異常を認識した運航再開後の比較的早い時期に、すぐ浦安マリーナ店へ電話しており、事故経緯調査報告書写では「右の回転が上がらないと言った。 右がだめになっても左だけで帰って来れると言われ、右を止めろとは言われなかった」」旨述べている。しかし、本船からの最初の連絡に対しては「油(潤滑油圧力)と水(冷却水温度)を見るよう言われた。」とあり、当時、補機には異常がないので、計器の指示だけでは、状況を正確に把握するのは困難である。 衝撃を感じても船底には異常がなく、主機の運転状態が異常となれば、機関室内、特に主機を改めて十分に点検するのが当然とされるところ、それを行わないまま電話連絡や運転を続けたことが、措置の遅れにつながったと思料される。 もし最初から、主機の状態についてより詳細な問い合わせがあり、機関室で右舷主機の漏油などが分かっておれば、結果は違っていたと思われ、整備業者の当時の対応も、すべて適切であったとは言えないが、止めるよう言われなかったのは、同受審人が明らかに異常を認めながら、機関室などを点検せず、状況を十分に把握しなかったためである。 ともあれ、破口を生じた右舷主機の運転と火災の因果関係は明白であり、本件は、運転不調の主機を点検しないまま運転を継続したことが原因である。 なお、プレジャーボートなどの事故防止には、航行中の船側あるいは連絡を受けた陸側のいずれにおいても、早期の的確な状況把握がその要件である。A受審人は、BANには加入していなかったが、ちなみにBANでは、救助を要請した船の状況に配慮して、ROCからの問い合わせ要領がマニュアル化されている。本件では、いずれの側においても確認め十分であったとは言えないことから、対応の仕方について、整備業者を含めたマリーナ側にも、今後の検討が望まれるところである。
(原因) 本件火災は、主機が損傷し、その後の運転状態に異常を認めた際、主機などの点検が不十分で、クランクケースから漏油する状況のまま運転が続けられ、機関内部の著しい高熱のため、同油が着火したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転に異常を認めた場合、主機を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、いざとなればどこかへ避難すればよいと思い、十分に点検しないまま運転を続けた職務上の過失により、漏油に着火して機関室が火災となり、船体を全損させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。 |