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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年8月3日18時45分 千葉港第2区 2 船舶の要目 船種船名
プレジャーボートビックマーリン 総トン数 15トン 全長 15.50メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
441キロワット 回転数 毎分2,300 3 事実の経過 ビックマーリンは、平成2年4月に進水した、ヤマハ蒲郡製造株式会社の製造者型式がSF51と称するFRP製プレジャーボートで、A受審人が船長としてほか1人が乗り組み、友人など13人を乗せ、花火大会見物の目的で、同8年8月3日18時30分千葉港第2区にある、A株式会社(平成9年7月株式会社Bに社名変更。)所有の、Cと称するマリーナを発し、花火大会場のある千葉港第1区に向かった。 これに先立ち、平成8年7月28日A受審人は、本船の船体整備などを行うためCに回航し、翌8月2日本船を上架して乗組員とともに船底塗装の仕上げにかかり、主機の潤滑油取替え及び同油こし器の掃除をCに依頼した。 Cは、プレジャーボートの保管、機関整備などを業務とし、数年前から本船の整備を行っており、B指定海難関係人を責任者としてA受審人から依頼を受けた整備作業を行うことになった。 ところで、本船は、主機として、ヤマハ発動機株式会社が製造したSX858KM型と称する、連続最大出力220キロワットのディーゼル機関2基が船体中央部サロン下の機関室に据え付けられていた。 B指定海難関係人は、同整備作業を行うにあたり右舷主機を自分で行い、左舷主機を同僚に指示して行わせたが、左舷主機の潤滑油を取り替えるとき、潤滑油バイパスフィルターの潤滑油入口管取り付けボルトが取り外されたあと同ボルトが手で軽く締められただけとなっていたことを知らず、両舷主機の整備作業を終えたのち、本船を下架してから試運転を行って潤滑油の漏れの有無を確認するつもりでいたところ、A受審人ほか1人が下架した本船に乗り込んで主機を始動し、C内の桟橋に向かったので、本船に乗り込むことができず、桟橋でその確認をすることとした。 A受審人は、主機始動と同時に同入口管から潤滑油が噴き出し、潤滑油圧力低下警報が作動したとき、本船は既に岸壁を離れており、付近を航行する船がいることもあって、80メートルほど北方の桟橋に係留してから主機を点検することにした。 本船は、桟橋まで航走する間に左舷主機から約20リットルの潤滑油が飛散して同機周辺が油まみれになり、過給機の排気管ラギングにも同油が浸透し、係留後、潤滑油の漏れが確認され、機関室内が洗剤で拭(ふ)き掃除されたが、主機無負荷運転では摂氏約200度(以下温度については「摂氏」を省略する。)の過給機入口排気温度が、全速力まで負荷を上昇させると500度以上となり、排気管ラギングに浸透した潤滑油の発火温度が250度であるので、発火するおそれがあったから、同油中の可燃分が蒸発して排出されるまで、主機負荷上昇に伴い機関室を十分に点検する必要があった。 B指定海難関係人は、左舷主機に潤滑油を補給して潤滑油管取り付けボルトを正規に締めたうえ無負荷で試運転し、軸受などに異常がないのを確認したが、機関室内に大量に飛散した潤滑油を拭き掃除後最初の航海であるから、異常が生じたとき早期に対処できるよう、主機負荷上昇に伴い機関室を十分に点検することをA受審人に助言しないまま本船を引き渡した。 A受審人は、試運転終了後いったん帰宅し、翌3日18時主機を始動し、機関室内をいちべつして漏油などの異常を認めなかったので、無負荷の中立運転としたまま、サロン床の機関室出入口ハッチを閉め、発航準備にかかった。 発航後A受審人は、主機の負荷を上昇させると排気管ラギングに浸透した潤滑油が発火するおそれがあったが、漏油などの異常がなかったので負荷を上昇させても大丈夫と思い、負荷上昇に伴い機関室を点検することなく、排気温度の上昇に伴って左舷主機排気管ラギングに浸透した潤滑油が過熱されるままとなり、一部が気化したりくすぶりだしたりしたことに気付かなかった。 こうして、本船は、主機を回転数毎分約2,300にかけ、全速力の約23ノットとして千葉港第2区を北上中、18時45分千葉港丸紅シーバース灯から真方位211度800メートルの地点において、左舷主機排気管ラギングに浸透した潤滑油が発火して周囲に燃え広がり、火災となった。 当時、天候は曇で風力1の東風が吹き、海上は穏やかであった。 ちょうどそのころ操縦席からサロンに戻ったA受審人は、ハッチから煙が出ているのに気付いてハッチを持ち上げた途端、炎と煙が吹き出したので火災を知り、急いでハッチを元に戻して同乗者の避難と消火に当たった。 本船は、A受審人らが備え付けの消火器などで消火に当たったが果たせず、全員が花火大会見物に向かう他船に移乗し、来援した巡視船の放水により鎮火ののち発航地に引き付けられた。 火災の結果、本船は機関室が焼損し、未修理のまま売却された。
(原因) 本件火災は、機関室内に大量に飛散した潤滑油を拭き掃除後、最初の航海に当たる際、機関室点検が不十分で、主機排気管ラギングに浸透していた潤滑油が主機排気温度の上昇とともに過熱されるままとなり、同油が発火したことによって発生したものである。 整備業者が、機関室内に大量に飛散した潤滑油を拭き掃除後本船を引き渡す際、最初の航海に当たり、主機負荷上昇に伴い機関室を十分に点検するよう船長に助言しなかったことは原因となる。
(受審人等の所為) A受審人は、機関室内に大量に飛散した潤滑油を拭き掃除後、最初の航海に当たる場合、排気管ラギングなどに浸透した油が、排気温度の上昇とともに過熱されて発火するおそれがあったから、同油中の可燃分が蒸発して排出されるまで、主機負荷上昇に伴い機関室を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機始動時点検して漏油などの異常がなかったので負荷を上昇させても大丈夫と思い、機関室を十分に点検しなかった職務上の過失により、機関室火災を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、機関室内に大量に飛散した潤滑油を拭き掃除後本船を引き渡す際、最初の航海に当たり、主機負荷上昇に伴い機関室を十分に点検するよう船長に助言しなかったことは本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、整備作業後の確認に万全を期すこと及び船舶所有者との打ち合わせを密にすることに努めていることに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。 |