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1998年(平成10年)

平成10年那審第16号
    件名
漁船東洋丸火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成10年5月21日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁那覇支部

井上卓、東晴二、小金沢重充
    理事官
寺戸和夫

    受審人
A 職名:東洋丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
操舵室が全焼、機関室後部、主機等が焼損、のち廃船

    原因
電気設備(配電盤)の点検不十分

    主文
本件火災は、配電盤の内部点検が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年11月14日09時10分
沖縄県平良市荷川取漁港
2 船舶の要目
船種船名 漁船東洋丸
総トン数 4.86トン
登録長 9.95メートル
幅 2.40メートル
深さ 0.93メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 99キロワット
3 事実の経過
東洋丸は、昭和47年11月に進水した、一本釣り及び延縄(はえなわ)漁業に従事するFRP製漁船で、甲板下には、船首から順に漁具庫、魚倉、機関室、倉庫、魚倉等を備え、甲板上には、機関室前壁から同室後壁前方約0.6メートルまでの間の上方に長さ約3.2メートル、幅約1.9メートル、高さ約0.9メートルの機関室囲壁を巡らし、同囲壁後壁から倉庫後壁までの間の上方に長さ約2.4メートル、幅約1.9メートル、高さ約2.0メートルの操舵室を設け、操舵室上方に鋼製の主マストを設置していた。
機関室は、船首側に燃料油タンク、中央部に主機及び主機駆動の発電機、後部左舷側に24ボルトの蓄電池1組等を備え、同室への出入口として、同室天井中央部に開口部を設けていた。
操舵室は、床、壁、天井ともに木製合板で、外側にFRPを塗布し、側壁及び後壁の上部に高さ約0.4メートルの引き戸式のガラス窓を備え、後壁右舷側にドアを設けて出入口とし、前壁上部に高さ約1.1メートルのガラス窓を機関室囲壁天井部後端から約0.2ないし0.5メートル弧状につき出して備え、操舵室側の棚状となった同天井の上を計器台とし、同台上に右舷側から主機始動用電源主スイッチ、主機停止レバー、主機計器盤、ロラン、無線電話機等を設置し、左舷壁後部の床面から約5センチメートル上方に配電盤を取り付け、床には藁筵(わらむしろ)を敷いていた。
電気系統は、主機駆動の発電機により蓄電池に充電する系統、同蓄電池から操舵室の配電盤に給電する系統及び同蓄電池の正極から主機始動用電源主スイッチ、主機計器盤内に組み込んだ始動スイッチを順に経て主機始動用モーターに配線し、負極から主機架構に配線して接地し、主機始動回路を形成した系統があった。
配電盤は、高さ約0.6メートル船首尾方長さ約0.5メートル、厚さ約0.1メートルの鋼板製箱の内側に合成樹脂製板を固定し、同板の下部に主電源スイッチを取り付け、蓄電池の正極及び負極から倉庫内天井部、配電盤下部の操舵室床貫通孔を経て配線された電路を同スイッチの端子に接続し、同スイッチから同板上部に備えた航海灯、操舵室内照明等の照明、航海計器、揚縄機等の各電源スイッチに配線し、ヒューズを経てそれぞれに給電するようになっていた。
ところで、本船は、操舵室後部の窓を開けて航行中、海水が操舵室に打ち込んだとき、配電盤に海水が掛かるなどしたことがあり、いつしか同盤内に海水が浸入し、電路の絶縁抵抗が低下した状況となった。
A受審人は、昭和56年12月中古の本船を購入し、船長として専ら1人で乗り組み、電気系統の整備も行い、平成3年ごろ主機始動用電源主スイッチの金属部の腐食が著しくなったことに気付いてこれを新替えし、平成6年ごろ性能の低下した蓄電池、被覆の傷んだ蓄電池から同スイッチまでの配線を新替えするなどの電路の整備を行っていたものの、同9年10月14日基地としている沖縄県平良市荷川取漁港に入港したころ、配電盤の鋼板製箱外面全体に赤錆が著しく生じているのを認めたが、照明、航海計器などが使えるので大丈夫と思い、同盤内に海水が浸入し、電路の絶縁抵抗が低下していないかどうかなどの配電盤の内部点検を行うことなく、同盤の主電原スイッチを切り、同港船だまりに係留して船を離れた。
その後本船は、1箇月間係船されるうち、配電盤の主電源スイッチの隣接した正極及び負極の端子間が短絡気味となり、同端子を取り付けた合成樹脂が過熱されてグラファイト化が進行した。
同年11月14日08時10分ごろA受審人は、本船を同港船だまりから船揚場に移動したうえ低潮を利用して外板の掃除を行う目的で、1人本船に赴いたところ、操舵室内には合成樹脂のグラファイト化に伴う異臭が漂う状況であったが、藁莚などから発する臭い等に紛れて気付かず、操舵室後部左舷側の窓を開けて換気を行い、すぐに主機始動用電源主スイッチを入れて主機を始動した。
配電盤は主電源スイッチを切ったままであったが、主機が始動されて発電機から蓄電池への充電が開始され、充電電圧がそれまでの放電電圧より高いことから、主電源スイッチの端子間を流れる短絡電流が増加して合成樹脂が更に過熱され、グラファイトが急速に進んだ。
こうしてA受審人は、船首0.2メートル船尾0.5メートルの喫水をもって、08時15分主機を微速力前進にかけて移動を開始し、同時30分ごろ船揚場の斜面に船首底部を付け、船揚場岸壁に左舷着けして移動を終え、主機を停止し、同時40分掃除要具を取りに自宅に戻るため船を離れた。
本船は、無人となったのち、著しくグラファイト化した配電盤の主電源スイッチ端子間の合成樹脂が発火し、同盤内部の電路が燃え上がって火災となり、同盤を取り付けた木製壁に燃え移り、09時10分平良港荷川取沖防波堤灯台から真方位118度510メートルばかりの地点において、操舵室全体に燃え広がり、窓等から黒煙と火炎を噴出していたところ、付近巡回中の海上保安官によって発見された。
当時、天候は晴で風力2の南風が吹き、潮候は下げ潮の初期であった。
間もなく到着した消防車により消火作業が開始され、09時49分鎮火された。
A受審人は、自宅で火災発生を知り、急ぎ係留中の岸壁に戻り、ほぼ鎮火した状態の本船を認めた。
火災の結果、本船は操舵室が全焼し、機関室後部、主機等が焼損したが、修理費用の都合で廃船となった。

(原因に対する考察)
本件火災は、本船を無人として係留中に発生したものであるが、以下火災発生の場所及び原因等について考察する。
1 機関室からの発火
(1) A受審人に対する質問調書中、「鎮火後、ゴム絶縁キャブタイヤケーブル製の主機始動用電路が主機始動用電源主スイッチ端子の取付部から外れ、その先端に短絡して溶損した跡があり、主機停止レバー付きワイヤの中央部に同様に溶損した跡があった、4年ほど前に私が同電路を新替えし機関室後壁に数箇所で固定し、本件前まで同電路の固定状況に異状はなかった、また同電路が同スイッチ端子の取付部から外れるような状況ではなかった、同ワイヤは機関室後壁に3箇所で固定されており、同電路の溶損部分と同ワイヤの溶損部分とは船横方向に約0.3メートル、高さ約0.5メートル離れており、同電路が切れて垂れ下がっても同ワイヤの溶損部分には接触しにくい。」旨の供述記載並びに同人記載の同電路及び同ワイヤの配線模様図
(2) B司法警察員作成の実況見分調書謄本中、「主機停止レバー付きワイヤが中央付近で溶損し、蓄電池から主機始動用電源主スイッチに至る電路が同スイッチ端子の取付部付近で溶損していたが他の電路は全く焼損していなかった、主機は燃え殻をかぶっていたが塗装が燃えた程度であった。」旨の記載及びこの状況を示す写真
(3) C司法警察員作成の実況見分調書謄本中、「燃料油タンク上部の燃料油取入口のビニルパイプが溶損していたがタンクに損傷はなかった、燃料油のA重油も約356リットル入ったままとなっていた。」旨の記載及びこの状況を示す写真
(4) D司法警察作成の実況見分調書謄本中、「機関室上部にある囲壁の天井部や側壁の内側は黒く焦げ、同囲壁船尾側は焼失していた、機関室内の甲板より下方はほとんど原形を保っていた。」旨の記載及びこの状況を示す写真
(5) 鑑定書謄本中、「主機停止レバー付きワイヤと主機始動用電路とが接触すれば発火の可能性が考えられる。」旨の記載
以上から、機関室から発火したとは考えられず、主機停止レバー付きワイヤと主機始動用電路との溶損は、火災が広がって操舵室天井が焼損し、上部の主マストが同室前部右舷側及び計器台上に落下し、計器台の一部が機関室後部に崩れ落ちた際に、同時に崩れ落ちた同電路の主機始動用電源主スイッチ端子取付部が同ワイヤに接触し、短絡したことによって発生したものと判断する。
2 倉庫からの発火
D司法警察員作成の実況見分調書謄本中、「操舵室の床板でもある倉庫の天井板には煤が付着している程度で、収納してあったプラスチック容器などは無傷であった。」旨の記載及びこの状況を示す写真から、倉庫から発火したとは考えられない。
3 操舵室からの発火
(1) A受審人に対する質問調書中、「本件前には船内で喫煙していない、本件前には航海計器及び甲板機械を使用していない、船を離れて無人とした後他人が操舵室に入った形跡はない。」旨の供述記載
(2) D司法警察員作成の実況見分調書謄本中、「操舵室の天井部及び側壁部はほとんどが焼失し、配電盤は金属部分のみが床上に残り、主マストは同床面に転がり、計器台の一部が機関室後部に崩れ落ち、藁筵は一部焼けずに残っていた。」旨の記載及びこの状況を示す写真
(3) 漁船保険保険金支払請求書抜粋写添付の損傷状況写真中の、操舵室全体に火が回っているものの機関室からはほとんど火炎が見られない状況を撮影した写真
以上より、操舵室から発火したと判断する。
しかしながら、本件前に操舵室に入ったものはA受審人だけで、タバコ等の火の不始末もなかったとする同人の供述記載を否定するものはなく、操舵室において発火の可能性のあるものは配電盤以外に考えられないこと及び配電盤が著しく焼損していることを併せ考え、配電盤から発火したと認める。
本件発生の1箇月以上前から配電盤は海水が掛かって赤錆が配電盤の箱外面全体に生じ、海水が同箱内部に容易に浸入する構造であったことから、浸入した海水により、電路の絶縁抵抗が低下したままとなっていたと判断できる。
このことから、配電盤は、主電源スイッチを切った状態でも、蓄電池の電圧が常に掛かった状態である同スイッチの正極及び負極の端子間に短絡電流が流れ、短絡回路を形成した合成樹脂が過熱されて徐々にグラファイト化が進行していたところ、本件前に主機を始動した後、主機駆動の発電機による充電が始まり、充電電圧がそれまでの放電電圧より高いことから、短絡電流が増加してグラファイトイ化が急速に進み、ついにはグラファイト化した合成樹脂が発火し、同盤内部の電路が燃え上がって火災となったとするのが妥当であり、A受審人が同盤の箱外面全体に赤錆が著しく生じているのを認めたとき、同盤を開放して絶縁抵抗が低下していないかなど、電路を点検すれば直ちに異状が発見できたものと認める。
また、A受審人が操舵室に入ったとき、操舵室は、合成樹脂のグラファイト化する際に発する臭気のほかに、床面に敷かれた藁莚から発する臭気などもあったと思われる。そのため、同受審人は、換気のため窓を開放したものの、配電盤の異状に気付かなかったものと思料する。

(原因)
本件火災は、操舵室に打ち込んだ海水が配電盤に掛かるなどし、同盤の鋼板製箱外面全体に赤錆が著しく生じた状態となった際、配電盤の内部点検が不十分で、同盤内に浸入した海水により、主電源スイッチの正極及び負極端子間の絶縁抵抗が低下して短絡気味になったままとなり、同端子を取り付けた合成樹脂が過熱されてグラファイト化が進行し、著しくグラファイト化の進んだ同樹脂が発火したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、操舵室に打ち込んだ海水が配電盤に掛かるなどし、同盤の鋼板製箱外面全体に赤錆が著しく生じているのを認めた場合、同盤内に海水が浸入し、電路の絶縁抵抗が低下していないかどうかなど、配電盤の内部点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、照明、航海計器などが使えるので大丈夫と思い、配電盤の内部点検を行わなかった職務上の過失により、電路の絶縁抵抗の低下に気付かず、主電源スイッチの端子を取り付けた合成樹脂の発火を招き、操舵室、機関室後部、主機等の焼損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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