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1998年(平成10年)

平成8年神審第109号
    件名
油送船豊誠丸運航阻害事件

    事件区分
運航阻害事件
    言渡年月日
平成10年7月8日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、佐和明、西林眞
    理事官
岸良彬

    受審人
    指定海難関係人

    損害
なし

    原因
主機の設計・構造不良(ナットの回り止め対策)

    主文
本件運航阻害は、主機製造者が、逆転機構サーボモータとカム軸とを連結する取付けナットの回り止め対策を十分に行っていなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年2月14日20時55分
兵庫県津名港沖
2 船舶の要目
船種船名 油送船豊誠丸
総トン数 2,997トン
全長 101.73メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 2,942キロワット
回転数 毎分260
3 事実の経過
豊誠丸は、重油の国内輸送に従事する、平成5年9月に進水した鋼製油送船で、主機として、指定海難関係人A社(以下「A社」という。)が同年に製造したDM47M型ディーゼル機関を装備していた。
主機は、A社が自社の設計で製造した、シリンダ直径が280ミリメートル(以下「ミリ」という。)から470ミリまでの、8機種から成る自己逆転式DM型機関のうち最も高出力の機種で、昭和53年から56年にかけて22基製造されたのち、新たにAH型と称する機種が開発されて製造中止となっていた。ところが、B株式会社が本船ほか2隻の同型油送船を新造するにあたり、主機として使用実績のあったDM47M型機関の採用を強く希望したことから、平成4年、5年及び8年に各1基ずつ特別に製造された経緯があった。
主機の逆転機構は、三菱重工株式会社が自社のUE機関用に設計開発し、同社とのライセンス契約のもと、A社がDM型のうち47型機関にのみ採用したカム軸移動方式のもので、同軸の船首端に設けたシリンダ直径350ミリ作動油圧7ないし8キログラム毎平方センチメートルの油圧サーボモータにより、前進時は最船首側に位置する同軸を、後進時には船尾側に110ミリ移動させ、前後進カムが一体構造となった吸排気弁及び燃料噴射ポンプの各カムを、船首側の後進カムに切り替えるようになっていた。
なお、一般のカム軸移動式のものと同様に、各カムには、突起部の切替え方向側面にスロープが設けられ、主機回転中も円滑に切替えが行えるようになっていた。
カム軸は、船尾側に設けた調時歯車装置でクランク軸により2個の中間平歯車を介して駆動され、回転方向がクランク軸とは反対で、前進運転中は船尾側から見て左回転となり、2サイクルであるUE機関とは逆回転となるものであった。
サーボモータ油圧ピストンは、中心穴に前後両側からブッシュを装着のうえ、カム軸先端のねじ部に続く段付き部分に挿入し、ねじの呼び径52ミリ、ピッチ2ミリの座付き6角ナット(以下「ピストン取付けナット」という。)を、段付き部の肩まで締め付けてカム軸に直接連結されていた。また、主機運転中、同ピストンはサーボシリンダ内でほぼ静止し、ピストン取付けナットはカム軸とともに回転していることから、ナット底面とブッシュ側面との接触面は、前後方向に最大時0.2ミリとなる間隙(かんげき)(以下「ナット間隙」という。)がとられ、カム軸中心に開けたきり穴を経て、ブッシュ内側の段付き部分に導かれた潤滑油により、潤滑するようになっていた。
A社は、主機の逆転機構にUE方式を採用するにあたり、カム軸には前後進切替え時以外、問題となるような前後方向のスラストが生じることはなかったので、ピストン取付けナットとして、同軸が逆回転のUE機関に使用されていたねじ山が右巻きの普通ねじをそのまま採用した。この結果、同ナットには、前進運転中常に緩み方向の慣性力が作用することとなったが、同社は、抜け落ち防止の目的でナット頭部から1ミリの間隙を隔てて貫通穴を開け、径8ミリの割りピンを取り付けていただけで、ナットの回り止め対策を十分に行っていなかった。
また、A社は、同ナットの締付けを段付き部肩への肌付きから30度の角度締めと定めていたが、組立仕様書を作成せず口頭で伝承していて、製造中止から10年以上経てDM47型機関3基を組み立てるに際し、締付け基準を再確認しなかったことから、同ナットの締付けが不足していることに気付かないまま主機を組み立て、本船に据え付けた。
本船は、平成5年11月に就航して運航を続けるうち、いつしかピストン取付けナットが、潤滑油に混入した微小な金属屑(くず)をナット間隙にかみ込んで緩みを生じ、慣性力の作用で割りピンに押しつけられる状態まで約1ミリ船首方に移動し、ナット間隙が同移動分だけ広がった。
この時以降、サーボモータ油圧ピストンは、入出港などの際、主機が後進から前進に切り替えられる度に、ナット間隙分だけ船首方に急激に移動してピストン取付けナットの底面に衝撃を加え、同衝撃がナットを介して割りピンに直接作用するようになった。
そして、ナット間隙が除々に広がるとともに、繰返し衝撃荷重の作用で割りピンに亀裂(きれつ)が発生し、運転中に同割りピンが折損して遠心力で抜け落ちるおそれが生じた。また更に、カム軸位置は、後進運転時には正規位置まで移動するものの、前進に切り替えたとき、ナット間隙分だけ船尾方にずれた位置に留まることとなり、同間隙の広がりに伴い、前進運転中、各吸排気弁及び燃料噴射ポンプのタペットローラが、各後進カム突起部のスロープとそれぞれ接触するおそれがある状態となった。
こうして本船は、平成8年2月14日、船長及び機関長ほか10人が乗り組み、重油5,000トンを載せ、16時40分兵庫姫路港を発したところ、主機カム軸の前示割りピンが折損し、同軸が船尾方にずれて各シリンダの燃料噴射ポンプタペットローラが後進カムのスロープに大きく接触するようになったことから、燃料噴射圧力及び時期等の変動で燃焼不良となり、17時05分ごろ同港港外に至り、和歌山県和歌山下津港に向け、主機回転数を徐々に上げ毎分200ばかりに上昇させたとき、燃焼不良の影響で過給機にサージングが発生したが、船舶が輻輳(ふくそう)する海域で主機を停止できず、回転数を毎分190に下げて続航し、主機点検の目的で、20時20分ごろ兵庫県津名港沖に投錨した。
本船は、主機の各部を点検したが、前後進切替え表示が直接サーボモータピストンの動きによって表されるようになっていたため、外部からではカム軸の異常に気付くことができず、サージングの原因が判明しないまま、発航時から漏洩(ろうえい)していた燃料高圧管を取り替える等したうえ、主機の前後進切替え始動テストをそれぞれ数回行ったところ、割りピンが脱落してピストン取付けナットが更に移動し、前進時のカム軸位置が大きく船尾方にずれて吸排気弁開閉時期も異状となり、同14日20時55分津名港生穂東防波堤灯台から真方位146度3.6海里の投錨地点において、主機の始動が不能となった。
当時、天候は曇で風力1の北東風が吹き、海上は隠やかであった。
本船は、手配の引船に曳航(えいこう)されて和歌山下津港に着岸し、A社の手により主機各部を精査したところ、ピストン取付けナットが約30ミリ抜け出し、ナット及びカム軸の各ねじ山等が損傷していることが判明したが、いずれも修正され同ナットに回り止めが施された。
A社は、事故原因を検討したうえ、稼動年数を考慮してピストン取付けナットに緩みのおそれがある本船の姉妹船2隻について点検したところ、当時まだ稼動前であった平成8年製機関の同ナットが、締付け不足であることが判明し、両機のナットにも回り止めを施した。

(原因)
本件運航阻害は、主機製造者が、主機の製造にあたり、逆転機構のサーボモータピストンとカム軸とを連結する、ピストン取付けナットの回り止め対策を十分に行わず、運転中同ナットが徐々に緩んで同ピストンの動きにカム軸が追従しなくなり、主機の始動が不能となったことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
指定海難関係人A社が、主機の製造にあたり、前進運転中緩み方向の慣性力が作用する、逆転機構サーボモータのピストン取付けナットに対し、回り止め対策を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人A社に対しては、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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