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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年9月1日05時 奄美群島奄美大島西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船向漁丸 総トン数 4.9トン 登録長 11.90メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
180キロワット 回転数 毎分2,500 3 事実の経過 向漁丸は、平成4年3月に進水した、主としてまぐろ延縄(はえなわ)漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会社が製造した6CH-ST型ディーゼル機関を装備し、機関室後部の蓄電池室に、12ボルト145アンペア時の蓄電池4個を備え、船橋にオートパイロット、マロール株式会社製の電子制御エンジンリモコンMSS・Rと称する主機遠隔操縦装置、レーダー、魚群探知器、配電盤等を設けていた。電気系統は、主機始動用電動機や主機遠隔操縦装置等に給電する主電気系統とオートパイロット、レーダー、魚群探知器、通信機、照明等に給電する副電気系統の2系統に分かれ、それぞれの系統には、蓄電池2個が直列に接続され、主機運転中、それぞれの系統ごとに設けた交流24ボルト35アンペアの主機駆動発電機で各蓄電池を充電するようになっていた。主電気系統の蓄電池は、主機始動時の放電電流や主機遠隔操縦装置等の総消費電力が大きかったのか、蓄電池の寿命が比較的短く、1年ごとに新替えする必要があった。 A受審人は、中古の本船を平成9年6月に購入したとき、前の船舶所有者より、主電気系統の蓄電池を毎年新替えし、同系統で使用した蓄電池を副電気系統の蓄電池として、更に約1年使用したのち、廃棄するようにしていた旨の引継ぎを受け、主電気系統の蓄電池の上部には同8年9月から使用開始したことが記載されていたので、次の新替え次期が同9年9月ごろになることを知り、副電気系統の蓄電池には同7年9月から使用開始したことが記載されていたので、主電気系統で使用された劣化した蓄電池であることが分かり、また蓄電池で始動用電動機を回す以外に主機を始動する方法がないことも認識していた。 同9年8月30日14時ごろ、A受審人は出漁するために係留中の本船に赴き、主機の始動スイッチを入れて始動しようとしたところ、始動用電動機が充分に回転せず始動できなかったことから、蓄電池が劣化したと判断したが、新替えをするなどの蓄電池の整備を行うことなく、副電気系統の蓄電池と取り替えて主機の始動を試み、始動できたので大丈夫と思い、そのまま出漁することとした。 こうして本船は、A受審人ほか、2人が乗り組み、船首1.0メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同日16時ごろ沖縄県金武湾港金武地区を発し、翌31日03時ごろ奄美大島西方約30海里に設置された浮き魚礁付近に至って操業を開始し、18時30分ごろその日の操業を終え、20時ごろ主電気系統及び副電気系統の蓄電池の電圧が十分に充電されないまま主機を停止して主機遠隔操縦装置等の主電気系統の各スイッチ、航海計器類の電源スイッチを切り、白色全周灯と旋回灯のみを点灯して漂泊を始めた。 翌々9月1日05時曽津高埼灯台から真方位260度34.5海里の地点において、潮昇りのため主機を再始動しようとして始動スイッチを入れたが、蓄電池の電圧が不足して始動用電動機が十分に回転せず、主機の始動ができなかった。 当時、天候は晴で風力1の南東風が吹き、海上は穏やかであった。 A受審人は、発航前まで主電気系統に使用していた蓄電池に戻して始動を試みたものの、主機の始動ができず、運航不能と判断したが、僚船及び陸上との連絡もできないまま漂流を続けるうち、所属漁業協同組合からの依頼で捜索が開始され、同9月4日巡視船に発見され、蓄電池の急速充電を受けて主機の始動が可能となり、航行を再開して金武湾港金武地区に帰着した。 その後、主電気系統の蓄電池を新替えし、更に予備の蓄電池を1組新設し、通信設備を改善するなどの整備を行った。
(原因) 本件運航阻害は、主電気系統の主機始動等に使用していた蓄電池の新替え時期が来て主機の始動が不能となった際、新替えするなどの蓄電池の整備が不十分で、副電気系統に使用していた劣化した古い蓄電池を使って主機を始動し、そのまま出漁して主機を運転中、主機始動に必要な電圧まで蓄電池が充電されず、漁場において主機を停止して漂泊したのち、潮昇りのため主機を再始動しようとしたとき、始動が不能となったことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主電気系統の主機始動等に使用していた蓄電池の電圧が低下して始動不能となった場合、同蓄電池の新替え時期が来ていること、副電気系統に使用していた蓄電池が劣化した蓄電池であること及び蓄電池で始動用電動機を回す以外に主機を始動する方法がないことを認識していたのであるから、主機始動等に使用していた蓄電池を新替えするなどして蓄電池の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、副電気系統に使用していた蓄電池と取り替えて主機の始動を試み、始動できたので大丈夫と思い、蓄電池の整備を行わなかった職務上の過失により、出漁して主機を運転中、主機始動に必要な電圧まで蓄電池が充電されず、漁場において主機を停止して漂泊したのち、潮昇りのため主機を再始動しようとしたとき、主機の始動不能を生ぜしめるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |