応募作文の中から
中央小学校6年佐々木徳司
僕たちの通っている中央小学校には、障害を持った人のための豊成養護学校があり、障害者だけが通っています。僕たちは、障害者がどんな授業をしているのか全然知りません。もしかしたら、僕も事故や病気で障害者として、養護学校に通うことになるかもしれません。今は健康な人として、障害者が何を考えているのか、何をしているのか、知らずに生きてますがいざ自分が障害者になれば、プールに行きたいとか、あの人のように歩き回りたいなどと、思うことでしょう。今は、お互いに、別々の世界にすんでいると思います。僕は、そういう世の中ではいけないと思います。
「バリア・フリー」という言葉だけは広まっているが、依然として、障害者が【隔離】された存在であることを、この小学生は肌で捕えてます。
山畠中学校1年川原百生
車椅子の人とどうかかわればいいのか、まず私は考えた。私の知っている人の中にはそういう人はいない。そこで私は、いつも使っているキャスター付の椅子を、頭の中で車椅子だと考え、外まで持っていき、外から家の中まで行くことにした。アスファルトでつくられた平らな道は楽にとおれるけれど、草の生えた道・石ころの道はすごく大変だ。玄関の廊下をとおった。広い方が楽だと思ったけれど狭い方が両手でかべをさわることができるので楽だった。家の中入るときもマットに引っかかったりしてしまった。そしてもどったときには息が切れていた。これを毎日繰り返し、もっと長い道のりを車椅子という重い椅子に乗っていかなければならないと思うと、車椅子には乗りたくなくなってくる。今までは、車椅子は大変疲れるなんて全然知らなかったけれど、家の中のキャスター付の椅子でもすごく疲れることがわかる。これからは、車椅子に乗っている人に協力していきたい。そして、一人一人がこの大変さを知り、気づかっていくことが大切であると思う。車椅子の人にやさしい街はみんなにもやさしいと思う。道路・乗物・建物の中が車椅子の人に生活しやすくしていかなければならないと思う。
実際にキャスター付の椅子に乗って疑似体験を試みてみるという発想には驚かされた。【車椅子の人にやさしい街はみんなにもやさしい】中学一年生にも感じられる事が、実現されてない日本の街は何なのかと、考えさせられた作文である。