2.電気処理法による海洋生物殺滅実験
電気処理法による海洋生物殺滅実験は、わが国の港湾海水中の生物(植物プランクトン,動物プランクトン,一般従属栄養細菌)と海底泥に分布する有毒プランクトン(渦鞭毛藻
Alexandrium
属)の休眠胞子(シスト)に対して行った。 以下に、電気処理法の生物殺滅原理,海水中生物実験,有毒プランクトン・休眠胞子実験の順に述べ、最後に海洋生物殺滅効果としてまとめた。
2.1 電気処理法の原理
電気処理法とは、三次元的電極(多孔質炭素電極)を装備した特殊電解槽を使用して、極めて微小な電力で水中の生物を殺滅する方法である。 この方法による生物殺滅効果は、大腸菌,酵母,ウィルスをはじめ、紫外線では効果が出にくいカビ,藻類、塩素耐性の高い原虫のシストに対しても確認されている。 海洋生物に対してもその効果が実証されつつあり、細菌の
Vibrio alginolyticus には電位 +1.2V1)2)3)(vs
飽和甘コウ電極、電位の数値は以下同じ)、珪藻4)には電位
0.8〜1.0Vでの殺滅が確認されている。
また、従来の電気処理法が処理水に高電位を印加してオキシダント(酸化物質)を生成し、その酸化力によって効果を得ているのに対し、本処理法は、電極と細胞間の直接電子移動反応効果が得られる極低電位を印加するだけであり、処理水の水質変化を伴わなず二次汚染の心配が無い方法である。
実際に、先の海洋生物に対する実験時には、塩素濃度の増加やpHの変化が見られなかったとされている。
以上のことから、本電気処理法は、多くの海洋生物に対しての効果が期待でき、効率面,経済性に優れ、自然環境に優しいリバラスト代替方策になる可能性がある方法と位置づけられる。
以下には、本処理法の主たる殺滅原理である(1)
電極−生物細胞間の直接電子移動反応、および補助的な(2)
ろ過・吸着除去効果,(3)
微量オキシダントによる酸化効果について概説する。
(1) 電極−生物細胞間の直接電子移動反応
電極と微生物間の直接電子移動反応は、一定の電位を印加した状態の電極に生物が接触すると、電極と生物細胞との直接電子移動反応により生物が殺滅するというもので、本処理法の生物殺滅効果の大部分を占める。
直接電子移動反応による殺滅原理は、次のようにまとめられる。
大腸菌,酵母,動物細胞等では、細胞の呼吸活性に必要不可欠な酵素:補酵素Aの存在が確認されている。 これら細胞を電極に接触させ、電位を印加していくと、+0.74V付近に酸化のピークが出現し、補酵素Aもこの電位で酸化のピークを向かえることが知られている。 したがって、生物細胞に補酵素Aが酸化する+0.74V程度の低電位を印加するだけで、細胞の呼吸活性に損傷を与え死滅させることができる。
この原理による生物殺滅には、電極表面に生物細胞が付着または接触することが必要となる。 そこで、電極には、表面で乱流が発生し、表面積および粒子吸着力が大きい三次元的な多孔質炭素材を使用し、電極への細胞接触機会の向上をはかっている。
(2) ろ過・吸着除去効果
水中生物の殺滅効果の大部分は、上述の電極と微生物間の直接電子移動反応によって起こる。 ろ過・吸着除去効果は、水中生物が多孔質炭素電極を積層した電解槽を通過するときに、一部が電極に付着・吸着し除去されるもので、主たる殺滅効果を補助する。
(3) 微量オキシダントによる酸化
本処理法は、前述の電極と微生物間の直接電子移動反応を発生させるために必要な低電位を印加するだけであり、水中に高電位を印加したときのような積極的なオキシダントの生成は行われない。 ただし、処理水の水質によっては、微量のオキシダントを生成し生物殺滅に寄与する可能性がある。