第2に、階層別の穀物消費に相当の格差があるということは、経済成長過程での所得分配の変化の如何により、穀物需要は大きく変動することになる。第3に、穀物消費の支出弾力性が大きいのは、米を主食とする地域である。すなわち、今後に穀物需要の増加が予測されるのは、他の事情が等しければ、小麦ではなく米である。
穀物の支出弾力性が全国平均で0.4として、1人当たり実質所得の成長率が年率で5%で続くとすれば、穀物需要は年率2%ほどで増加する。これは人口増加(1.9%)による穀物需要の伸びとほぼ同じとなり、併せて4%程度の穀物需要の増加が見込まれることになる。これは、約18年で需要が倍増する率である。もちろん所得が向上していけば、弾力性は低下するであろう。しかし食肉需要の増加の派生需要として飼料穀物需要が増加すれば、弾力性の低下にそれほどは期待できないであろう。インドの食料問題というとき、一般には人口増加が問題とされてきたが、もし今後ともにインドの経済成長が続けば、所得効果による穀物需要の増加がより問題となろう。
では、経済発展過程での穀物需要を賄うだけの増産がなされうるのであろうか。農業先進州では既に高収量品種の普及がほぼ完了しており、また北西部のみならずインドでは作付け面積の外延的拡大にも多くは期待できない。従って、インドの食料需要を賄うためには農業後進州での農業生産(土地生産性)の増加が必要となる。またそれが実現されないと州間における穀物需給の不均衡が拡大して地域間の利害対立が先鋭化することになり、政策上の選択肢の自由度がさらに狭められる。
ここしばらくガンジス河下流域の諸州(西ベンガル州・ビハール州そしてオリッサ州)で米の増産がなされていることは、歓迎すべき傾向である。この増産は、基本的には管井戸の導入により達成されている。しかし、この動向がインド北西部と同様の穀倉地帯をガンジス河下流域にも形成するかについては、懐疑的にならざるをえない。
こうした事情を考慮すれば、もし食料事情が逼迫する事態に至ったとき、インドは灌漑や土地の交換分合を含めた農業インフラが未整備な地域での食料増産を余儀なくされることになる。
すなわちそのときには、英領インド時代のインフラという過去の遺産にたよった60年代半ばの食料増産とは質的に異なる環境で食料増産を図るという困難な現実に直面することになる。この意味において、農業インフラの整備が外部効果の薄い民間投資を中心になされて、逆に用水路建設といった外部効果のある公的投資が逓減傾向にある現状は、長期的な食料安全保障の観点からは憂慮すべき事態である。