日本財団 図書館


若男

「若男」「若宮」などの演目に登場する仮面は気品のある若い男の顔である例が多い。その舞も優雅で格調高い。これは「能」の「若男」の影響を受けていると考えられるが、ときには、村の青年を表すような精悍な若い男の仮面もある。また、刀や弓などの採り物を持って舞う「地割」「弓将軍」など、呪力の強い舞は若者が演じるのだが、これらの舞は面をつけない「直面(ひためん)」の舞である。囃子が早調子となり、クライマックスに達すると、舞人の青年は神がかりしたような表情となるが、その顔は、「若男」そのものであり、まぎれもなく九州山地「山人」の顔である。

 

道化

神楽には歪んだ顔の面を付けた演目が組み込まれている例が多い。それらは、猿面であったり、ヒョットコやおどけた顔の鬼であったり、あるいは額にこぶを付けた面であったりする。そして、それぞれ、ひょうきんな仕草で観客を笑わせ、ときには若い女性に絡んで、猥褻な行為をしたりする。また、主役格の「鬼神」などに挑みかかり、退けられたり、封じ込まれたりする。時には、支配者や権力者、社会情勢などに対して痛烈な批判を展開することもある。滑稽ではあるがどこか憎めない、道化師。それは制圧された先住民の残像である。とくに「山の神の使い」として現れる道化には、権力と無縁の世界で生き続けてきた山民の面影が残っているように思えてならない。

 

火男

ヒョットコとは「火男」である。赤い顔をして口を横向きに歪めた顔の男は、「火吹き男」であり、火の番をする男であろう。火男は、古代タタラ製鉄の技術者でもあった。のちに道化の役を演じるようになる火男は、山中深く潜んだ製鉄の民の残像であろう。

 

火の王・水の王

阿・吽一対の赤と青の仮面は火の玉・水の玉である。神社に奉納され、柱や鴨居などに取り付けられ、神域を守護する。鉾に取り付けられ、祭りの一行を先導する例もある。火の王は荒神信仰、火の神信仰などと関連し、水の王は水神信仰、田の神信仰などと関連しているとみられる。いずれも「山=山神の領域」を支配する神であるが、修験道や猿田彦信仰とも混交し、多様な展開をみせる。

 

老人面(祖先神)

神楽や田植え祭りなどに登場する老人面には、山主(やまぬし)、田主(たあるじ)などの呼称をもつものがある。祖先神としての翁や媼である。翁や媼は、猪狩りを演じて見せたり、田植えの行事を取り仕切ったり、あるいは隈褻な所作で人類創世と天地創造の縁起を語ったりする。猿楽や田楽の起源や神楽の起源と直結するこれらの老人面のなかには、民間の仮面のなかでももっとも古い形態を示すものもある。もともと、山の神祭りや田の神まつりとして民間に分布していたものが、神前あるいは朝廷に奉納され、演劇化し、さらにまた民間へと普及したものである。老人面こそ、山や田に宿る祖霊を具体化したものであろう。

 

女面

女面は、天照大神、天鈿女命、櫛稲田姫の三種に大別されるが、台所の神、おかめ顔の神、巫女面などもある。天照大神や鈿女、櫛稲田姫などは、記紀神話に基づくそれぞれの役割を演じるのだが、台所の神やおかめは、飯炊きの作法に卑猥な所作などを織り混ぜ、豊作と子孫繁栄を祈る。巫女面を付けた神は、神前に巫女舞を奉納する。巫女舞は「ヤマト」に支配される前の日本列島が女王のクニであったことの名残であるように思われてならない。

 

信仰仮面

南九州には、「信仰仮面」とでも名付けられるべき仮面群がある。それらの仮面は、神楽などの演劇に使用されるものではなく、呪術的な儀礼に使われたと思われるもの、守護神あるいはご神体として神社に奉納され、神格を持ったまま伝えられたものなどである。奉納時にすでに神格を有していたと考えられるものもある。これらの信仰仮面の用途や起源等は未調査であるが、民間に分布する仮面群のなかでは最古級のものが多いため、仮面史をひもとくうえでの重要な資料となるものである。信仰仮面のもっとも大きな特徴は、眼の穴の開いていないこと、大小種々の大きさがあること、類型がなく、一点一点がオリジナルであることなどである。そしてそれらは、いずれも、その地域に暮らす人々と同じ相を持っている。すなわち、その土地の誰かがモデルになったと思われることである。神格を持ったモデルとは誰であったか。渡来の神か、信頼を集めた首長か、武勇伝を持つ英雄か、あるいは呪術者か。または剽軽な村人か。いずれにせよ、南九州の信仰仮面こそ、列島基層の民の残像ととらえて間違いないだろう。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION