日本財団 図書館


2・講演内容

 

津波から生命財産を守るために

 

東京大学地震研究所

助教授 理学博士 都司嘉宜

 

1.はじめに

平成5年(1993)7月17日の夜22時17分頃に奥尻島西方の広い海域に起きた「北海道南西沖地震津波」は、奥尻島をはじめ北海道本土海岸に大きな津波被害をもたらした。死者、行方不明者は230人におよび、津波による海水浸水高さは30.6mにも及んだ(都司ら、1995)。あの津波から5年以上が経過して、最大被災地となった奥尻島最南端の青苗をはじめ被災集落は見違えるほど立派に復興を成し遂げた。あの大津波もようやく歴史上の出来事となりつつある。いま、あの津波の残していった津波の法則性を改めて見つめ直し、津波防災に役立てることは有意義なことであろう。

 

2.津波警報が出される前に津波に襲われたのは震度5の場所である

最近の10年間に気象庁は津波警報の発令システムに地震の観測点の配置密度を約2倍に増やした。また、検潮所で測定された海面変化のデータを東京大手町の気象庁本部をはじめ全国6ヵ所の「中枢」(津波警報を発する管区気象台)にリアルタイムで伝送するようになった。このような津波警報システムの改善のおかげで、地震発生後津波警報が発令されるまでの時間が大幅に短縮された。たとえば、15年前の秋田沖の「日本海中部地震」(1983)の時には地震発生後津波警報の発令まで約14分かかっていたものが、5年前の北海道南西沖地震のときにはわずかに約4分であった。津波警報の発令までの時間が短いほど「警報が発令される前に津波の第1波が来た」という場所が少なくなる。すなわち、津波に不意打ちされることが少なくなる。

しかし北海道南西沖地震の津波の時でさえも、奥尻島南端の青苗や、北海道本土の瀬棚町須築などで津波警報発令とほぼ同時に津波第1波が到達して、事実上津波警報が間に合わなかった場所がわずかながらあった。15年前の日本海中部地震のときにも男鹿半島先端部や、青森県深浦町など津波は地震発生後7分ほどで第1波が到達し、やはり津波警報が間に合わなかった。

このように、気象庁の津波警報は住民避難に大きな指針となっており、ほとんどの海岸で多くの命を救っているのであるが、震源にごく近い海岸に津波警報が間に合わない場所が依然として現れることがある。

筆者は被災直後奥尻島の各集落の墓石の転倒、家具のずれ転倒の調査を試みたことがある。津波が地震発生後数分で襲われた場所はいずれも、墓石や家具が転倒する震度5から6の強い地震の揺れを経験していた。日本海中部地震の場合も津波警報が間に合わなかった海岸はほとんどの場合震度5かそれ以上の強い揺れを経験した場所であった。津波の到達が早い場所というのはすなわち地震の震源域に近い場所でって、地震の揺れも強いはずであるから、これは当然の事実である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION