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ある衝突海難の教訓
平成4年12月12日午後5時35分広島湾において、モーターボート旅路号(4人乗組み)と小型船リバー号(2人乗組み)が衝突して双方の
乗組員が全員死亡するとの悲惨な海難が発生した。乗組員の年齢は38-49歳、それぞれの家庭にあっては大黒柱的存在の男性ばかりである。
この海難には目撃者がなく、広島海上保安部へは午後7時55分、入港船遅延情報として最初の連絡があった。翌13日午前9時、衝突事故発
生と判断して、広島海上保安部に対策本部が設置されて本格的捜索が開始された。
このために投入された巡視船等は延べ81隻、航空機24機、両社がチャーターした底引き網等漁船は延べ221隻、その他協力出動船艇航空機は
のべ283隻、4機であった。最後の遺体が発見されたのは翌年1月10日、この日は遺族が心の区切りをつけるため遺体なしの葬儀を予定してい
た日であった。
この衝突海難事件に関し、地元テレビ局は12月27日に「衝突は何故起きた?」のタイトルで特別報道番組を放映した。そのビデオを約6年
経過後の今見ても、新な涙を誘うものがある。この中で女性アナウンサーは「遺族の悲しみが伝わっていませんね」と述べている。遭難のニ
ュースは速報されても、海難の場合現場写真がとれないのでテレビに写るのは保安部の通信室や漁業組合の事務所であり、関係者死亡が確認
されるのは後日であるため、今一つ緊迫感に欠けるものがある。そして数日後真相が確認されてもニュースとしては小さく扱われるのが常である。
遭難船救助で、人命・船体共に無事で救助を完了するとそれまでの苦労は吹き飛ぶが、遺体捜索には別な苦労がある。生存を期待しても、
冬の海で一昼夜を生きて過ごす事は不可能に近い。遺体の場合、海面上に浮くのは限られた時間であり、沈んでしまえば眼による発見は絶望
的である。そのため底引き網での遺体捜索が行われるのである。波間に浮かぶ遺体を見つけるにはレーダーを含めた最新の計器でも何の役に
も立たない。それは人間の視覚に頼るだけの作業である。波間に浮き沈みする物体はすぐ近くまで行かないと発見は難しい。捜索出来るのは
狭い範囲となり、人海戦術となるので捜索者の疲れは激しい。しかし捜索打ち切りを決断するにはかなりの勇気が必要である。それは遺族の
すがるような顔があるからである。遺族に両手を合わせて懇願されることもあると言う。仮に遺体を発見出来ても、それは残されていた遺族
の一褸の望みにとどめを刺し、新しい慟哭をもたらすのである。
全員死亡との最悪の事故が何故起きたのか。両船の速力はハンドル位置からリバー号16ノット、旅路号20ノットと推定されている。衝突の衝撃は速力の二乗に比例するから、この小型船
の衝突により全員が死亡した原因として両船の高速を無視して考えることは出来ない。シーマンの間にホームスピードという言葉がある。家
庭を離れて長い航海の後母港に向かう時、速力はいつもに増して早くなる事を言う。予定よりも帰港時刻が遅れている上に、夕闇が迫りつつ
ある時、陸上の光は家庭の温かさを強く思い出させるものである。過大な速力が悲劇の大きな原因である事は疑いないが、それを責めるのは
非情な気がする。
海上保安庁による最近6年間(平成2〜7年)の要救助船舶の海難種別平均発生数は、衝突395、乗揚げ352、機関故障207、転覆187、推進器障害131、
浸水109、火災113、舵故障19等であり、衝突と乗り揚げが他を大きく引き離している。衝突海難は平均して毎日1件以上も発生していることに
なる。関係者の努力にも係わらず衝突がトップであり、しかも横ばいの状態にあるのは何故か。否、事情通によると実際の衝突海難件数はもっ
と多いとささやかれている。事故原因は人為的原因が7〜8割を占めると言われ、その件数は多少の変動はあっても顕著な減少は望めないと
言うのが識者の言である。それは陸上の交通事故者が近年1万人前後で横ばいである事からもうなずける。
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