体育科学センター第5回公開講演会講演要旨 1
農村居住者の体力とその問題点
臼谷 三郎
1.農業の変貌と農業労働者に要求される今日的な体力
昭和30年代後半から、急速に進展してきた農業の近代化によってもたらされた現今の農業の特徴として
1.機械利用による省力的農業の展開と単作目化傾向
2.施設型農業の普及
3.集団生産組織による経営
4.農外就労の増加
などという、内容を経済学者はあげている。しかし、これらを労働生理学的視点でみると、
(1)農業労働に不可欠な性格とされてきた異種継起性(作業対象の変化)と季節集中
性のうち、前者はより顕著になった反面、後者は減少し、労働は均分化し、周年労働
化しつつある。したがって、年間、定常的を投下労働を行うに足る持久的体力が必
要となっている。
(2)農業機械の普及によって、重筋的労作は著しく減少し、水稲作での1日当り投下労
働量は往年の3,100calから、現在男子2,800cal、女子2,300cal程度に、作業強度分類で
は重労作から強労作に転じたが、強大な騒音や振動曝露下の労作も含まれるため
に、神経的負担が増大しており、従来の農業労働者に求められた行動体力とは異質
の適性が要求せられている。
(3)施設型農業を代表するハウス栽培は、高温多湿下での労働が強制されるわけであ
り、しかもこの労働が寒冷期に行われることから、温熱ショックや体調夏型化など
に伴う健康異常を招く危険性を内在しており、これの予防には防衛体力の強化、と
くに貧血の改善などが不可欠である。
(4)従来の農業に比べて、労働過程のテンポが速く、かつ作業密度が高く、判断を必要
とする度合や危険を感じる度合などが増加しており、敏捷に、これに対応できる体
力が必要である。
(5)農村生活の都市化に伴い、農業の基礎である歩行的要素が減少し、一方では筋機能
などの偏った発達をしながら、全般的には行動能力、作業能力を低位に停滞させて
いる。
などの特徴としてとらえられる。
従って、機械化に伴って発生した災害事故の急増、ハウス病、農薬中毒、さらには出稼ぎや兼業先での事故などとして象徴
される農業労働者の新しい健康障害は、前述してきた新しい農業を遂行するのにふさわしくない体力、労働能力の持ち主に
よって起こされた適応不全と考えられる例も少なからぎる分野を占めるのではなかろうかと思われる。
弘前大学
於:順天堂大学有山記念館講堂 昭和52年6月4日
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