■事業の内容
我が国は世界でも有数の原油大量消費国として経済発展を遂げてきたが、原油の99%以上は輸入に依存し、日本領海内での大型タンカー(VLCC)の出入港隻数は、約2.5/隻日、年間約910隻が原油輸送に従事している。また、近年の東アジア等の経済発展に伴う原油輸入の増大など、日本沿海の大型タンカーの運航隻数は増加する傾向にある。 これらのタンカーに事故が発生し、大量の油が流出した場合の油濁事故対策としては、運輸省・海上保安庁、海上災害防止センター、石油連盟等がそれぞれ独自に油回収船、オイルフェンス等油防除資機材を整備し配置しているが、平穏な海域での適用が多く、平成9年1月に日本海で発生した「ナホトカ号」の大量油流出事故に見られるように、外洋等の荒れた海域のような厳しい自然条件下での流出油の回収は困難であり、流出油の沿岸漂着による被害が環境問題を含み社会問題を引き起こしている。 これらの教訓から原油の大量消費国である我が国は、油流出事故の対応策について積極的に取り組み、根本的な対策を打ち出すことは、地球環境保全の面からも、また、国際貢献の面からも石油依存度の高い消費大国としての責務である。 本事業では、外洋等の荒れた海域でも速やかに油回収処理ができるような最適防除資機材及びそれらの運用システムについて策定し、我が国をはじめ国際社会への提言を行い、地球環境保全のための国際貢献に寄与することを目的に、以下の項目を実施した。
[1] 海洋における油流出事故対策に係る国際専門家会議の開催 [1] 開催期間 平成9年7月16日(水)〜17日(木) [2] 開催場所 笹川記念館(4階会議室) [3] 参加人数 100名 [4] 会議概要 a.会議の構成: a 当該会議に招へいされた日本、ノルウェー、米国、英国から計13人の油防除専門家による講演(質疑応答を含む)。 b 聴講者も参加した総合討論 元良誠三・東京大学名誉教授(本財団理事)が議長となり議事を進行した。 b.会議の特徴: a 平成9年1月に発生したナホトカ号事故の原因等に関する官民の調査が進行する中、当該事故に直接対応した国内専門家を招き、詳細な報告を得ることとした。 b 内外の大規模油流出事故において実際にその対応に携わった専門家を招へいし、油防除活動の経験につき直接に詳細な報告をもとめることとした。 c 会議では抽象的な議論を排し、油防除活動の向上に役立つ具体的な検討、議論を行うとともに、会議の成果を刊行し有効活用を図ることとした。 c.会議の内容: ○会議第1日目(7月16日) ・セッション1:工藤栄介 海上保安庁装備技術部長 ナホトカ号油流出事故の経緯および防除活動について。今後の課題として事故情報の伝達機能の向上、流出油の挙動予測手法の開発、資機材の性能向上、沿岸海域環境防災情報の整備を強調。 ・セッション2:鈴木淑夫 海上災害防止センター防災部長 ナホトカ号事故における油回収処理と使用機材について ・セッション3:R.E.ベニス 米国沿岸警備隊防除対策局主任 エクソン・バルディズ号事故を機に確立された油流出事故対策について、現場の対策本部に油防除を行うために必要な強力な権限を付与している米国の実状を紹介。 ・セッション4:R.R.レッサード エクソン工学研究所コーディネーター エクソン・バルディーズ号事故の状況と事故後にエクソンが整備した油処理剤の配置状況等、油防除態勢について紹介。 ・セッション5:R.ゲインズフォード 英国沿岸警備隊海洋汚染対策部長 シー・エンプレス号事故について。同事故への対応、英国の油流出事故対策の現状、沿岸警備隊と地方自治体との連携、流出油事故対応に係る式系統等について紹介。 ・セッション6:W.B.ディヴィス ペンブロークシャー州協議会運輸管理部長 シー・エンプレス号事故における地方自治体の対応および油除去作業計画の実際、訓練について紹介。 ・セッション7:P.W.シーヴェ ノルウェー環境省海洋資源管理庁副局長 ノルウェーにおける油流出事故対策、公海上における流出油事故への対応について紹介。 ・セッション8:J.ネールラン ノルウェー環境省汚染対策庁油濁対策部長補佐 荒天下における油防除活動、ムース状流出油の除去方策等について紹介。
○会議第2日目(7月17日) ・セッション9:西垣憲司 石油連盟 大規模油流出対策室・油濁対策部長 石油連盟における大規模石油災害に係る対応体制の整備。資機材の貸し出しシステム等について。 ・セッション10:D.A.トーンショフ・ジュニア 米国MSRC社副社長 米国における油事故対応サービスについて。顧客需要の実際とその対応。 ・セッション11:J.O.ルーダール ノルウェー石油連盟業務部長 ノルウェーにおける海上油流出と緊急防災計画について。 ・セッション12:T.ルネル 英国国立環境技術センター 海洋・淡水部顧問 シー・エンプレス号事故について。分散剤の使用を中心とした対応と海岸線の復旧について。 ・セッション13:A.J.マーンズ 米国海洋大気庁 危険物質対策部・生態系評価チーム・リーダー エクソン・バルディーズ号事故の教訓と生態系の回復。海岸線における漂着油の浄化について。
○総合討論 セッション・スピーカーおよび聴講者が参加してディスカッションを行った。討論の主なトピックは次のとおり。 イ.油防除における初動活動の重要性、緊急計画の立案、情報連絡体制の確立 ロ.外洋における油流出事故対策 ・荒天時における機械的防除 ・分散剤による処理、海洋環境への影響 ・現場燃焼処理 ・油凝固剤の使用 ハ.陸岸における回収作業、回収油の最終処理体制の確立 ニ.欧米における油防除に関する共同研究の動向 ホ.領海外で発生した油流出事故に係る法的諸問題等 セッションにおける発表を踏まえ、これを補足する活発な討議が行われた。 d.視察旅行の実施 会議終了後、海外からの専門家を引率して福井県三国町を訪れ、ナホトカ号流出油の漂着現場を視察した(7月18日〜20日)。
[2] 外洋における油流出事故対策の調査研究 [1] 油流出事故例の調査 外洋域を対象として、国内外における主な油流出事故に関して発生場所、油流出量、事故原因等について調査した。また、我が国における外洋での油流出事故の対応策を検討するため、事故及び事故への対応がその後の防除計画、体制、法律などに大きな影響を与えた典型的な事故例を抽出し、調査した。 [2] 防除体制及び防除資機材の調査 日本国内、アメリカ、イギリス、ノルウェー及びカナダの主要機関等における防除体制について、その概要、通報システム、オフショアでの対応、緊急防災計画、法規制等について既存資料及び実際の対応機関へのヒアリングから情報収集を行った。また、防除資機材の種類、性能、配備状況や事故発生時の指揮命令系統ならびに運用方法について情報、資料を収集し、とりまとめた。 [3] 流出油処理に関する研究開発の動向調査 油処理は、化学剤等による化学的な処理と物理的な処理に関する、下記項目について、最近の研究動向について調査した。 ・油処理剤 ・防除資機材 ・流出油拡散漂流シミュレーション [4] 流出油拡散漂流シミュレーションの研究 a.対象海域の追加 対象海域として、従来の四国・紀伊水道海域、相模湾・伊豆大島海域に加えて、新しく対馬海域を加えた。 b.パーソナルコンピュータの採用と利用効率の向上 Windows95 を搭載したノート型のパーソナルコンピュータ(以下パソコン)を中心として構成するため、機種及び使用言語の選定を行うとともに、基本ソフト(OS)の違いによる機能変更点の検討及びパソコンの画面出力、プリンタ出力の設計を行った。 c.風化モデルの改良に伴うプログラムの変更 海上に流出した油は、揮発成分が直ちに蒸発し始め、それにやや遅れていわゆる乳化が始まる。流出油の防除対策を施す上で、これらの油の風化による粘度の変化、体積変化等は防除資機材の選択や使用タイミングの判断にかかわる重要な情報である。この物性変化予測を拡散漂流経路予測と同時に行うようになっている事が一つの特長である。 旧風化モデルでは「蒸発が乳化の進行による粘度の増加によって抑制される。」となっていたものを「蒸発が乳化とは独立に進行する。」という、より厳密さを増した定格化に基づく風化モデルに変更し、システムに取り入れた。 d.システムの有効性の検証 本システムの検証のために、平成9年4月に対馬沖で実際に発生した油流出事故の観測データによる検証を行った。 e.防除資機材の運用システムに対する提言 調査、研究結果を総括し、海象条件の厳しい外洋域における油流出事故に対応した具体的な防除資機材の選定および運用システムの可能性について検討を行った。また、外洋における油流出事故に対して、防除資機材、運用形態を含み今後実施すべき研究・開発とその方向性について検討した。
■事業の成果
[1] 海洋における油流出事故対策に係る国際専門家会議の開催 ナホトカ号事故を契機に、大規模な油流出事故の対応に携わった経験をもつ内外の専門家を招き、より効率的な油防除体制並びに過去に十分な検討が行われたことがなかった外洋の過酷な海象条件下で発生した高粘度油流出事故の対応策等について検討すべく専門家会議を開催した。 得られた成果を要約すると以下のとおりである。 [1] 専門家会議における専門家の講演並びに討論をプロシーディングにとりまとめ、会議参加者を中心に内外に広く頒布した。当該プロシーディングは、油防除活動に係る最新の知見を盛り込んだ第一級資料として高い評価をうけた。 [2] 本事業により、当該会議に集まった内外専門家の人的ネットワークが構築された。当該ネットワークの活用により、今後各国間の協力に基づきさらに有効な油防除活動の検討が推進されるものと期待される。
[2] 外洋における油流出事故対策の調査研究 大規模油流出事故の防除体制及び防除資機材に関する調査並びに専門家の国際会議を通じて得られた知見を要約すると以下のとおりである。 [1] 外洋における油流出事故対策の調査 油回収船及び回収機器には、多種多様のものが存在し、それぞれ特徴を持っているが、何れも波高が高くなると回収性能が著しく低下し、波高4m以上では事実上回収不可能になる。また、オイルフェンスについても、波高4m以上では使用できない。欧米諸国では、波高2〜3m以上の荒天では、機械的に回収を断念し、回収船や回収機器を退避させ、比較的静穏な条件下でのみ出動する体制をとっている。従って我が国でも比較的静穏になった時に流出油の回収を一気に行うこととして、迅速な現場到達、防除資機材の待避場所の選定、効率的な連絡方法の確立が必要である。 また、化学的防除としての分散処理剤は、原油や軽質油には極めて有効であるが、油流出後時間がたつと油が水分を含んで高粘度化し、分散処理剤の効果は急速に低下する。従って、油流出後一刻も早く分散剤を散布する必要があり、そのためには、イギリスやアメリカのように分散剤の使用について事前協議を行い、合意を得られるようなシステムの確立が望まれる。 一方、陸岸に漂着した油は必然的に含水、高粘度化しているので、高粘度油への対応が不可欠である。高粘度油用の油回収装置としては、モップタイプのものからスクリューポンプタイプのものまで多種存在し、それらの性能に応じて適材適所の配備を図るとともに、その数量や配備箇所等をデータベース化しておき、地形や底質に応じて適当なものを選び、効率的に輸送して使用できるようにすることが必要である。また、ナホトカ号事故の経験では、バキュームカー、消防車、ガット船等が大変役立ったことから、これらの地域的な整備状況をあらかじめデータベース化しておき、有効に活用することが望ましい。 なお、微生物による自然浄化を促進する方法も有効であると言われる反面、肥料として散布する栄養塩の海中生物に対する影響を危惧する意見もあり、この点についてなお一層の研究が行われ、実用化することが望まれる。 [2] 流出油拡散漂流シミュレーションの研究 本研究では油流出事故が発生したとき、時々刻々変化する流出油の位置や油の性状を予測することは、効果的な防除対応を考える際に極めて重要である。 ワークステーションを使用した既存のシステムを改良し、更に油の風化に関する新しい知見を取入れて、ノートパソコンを用いた流出油拡散漂流シミュレーション・システムを開発した。主な特長は次の通りである。 a.汎用性・携帯性の拡大 b.風化モデルの厳密化 c.物性パラメータ設定の迅速化と拡張性の確保 d.現場データの検証による信頼性の向上 e.他海域データテーブル利用の発展性の確保 [3] 今後の研究・開発に対する提言 冬季の日本海を想定した大規模油流出事故の防除体制の強化方針については、既に運輸技術審議会で審議され、平成9年12月には報告が出されており、今後の体制の整備と大型回収船を含む防除機器の開発、整備計画に官民協力して取り組む機運にあるので、ここではその一環として、当財団として実行可能と思われる開発事項の提言を行った。 a.荒天時の流出油防除の方針 ・分散処理剤による流出油の分散を早期に実施するため、地域別に事前協議が出来るシステムの確立。 ・海象条件が静穏になったら素早く能率的に稼働できるような体制の確立。 ・大波高に耐えるオイルフェンスの開発とその展張方法(例:斜め展張等)の確立。 ・高粘度油用の回収装置の整備の充実と事故の際に役に立つバキュームカー、ガット船、消防ポンプ等がより効率的に利用できる体制の整備。 ・生態系あるいは環境に対する被害を少なくするような防除措置や微生物による自然浄化の促進の研究。 b.流出油の拡散漂流予測の防除装置の効果に関するシミュレーターの開発 ・油種、気象、海象に応じた流出油の拡散状況と爆発限界の表示 ・分散処理剤の効果の表示 ・潮流を始め、気象や海象のリアルタイムデータの入力 ・対応訓練、資機材の整備や動員計画の策定への応用 c.船舶による強制分散の効果の研究 d.流出油の陸岸への漂着を防止する方法の研究 e.微生物による自然浄化の促進に関する研究の追跡と問題点の洗い出し f.分散処理剤の処理効果と生物に対する影響の調査研究 g.在来船の流出油回収船への転用
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