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高齢者ケア国際シンポジウム
第5回(1994年) 日本の高齢者ケアのビジョン


第3部 発表  日本の高齢者ケア施設の現状と将来の展望

厚生省老人保健福祉局老人企画課長
堤修三



日本における高齢者介護の問題の背景には、高齢者人口の大幅な増加がある。他国に例をみない急速な高齢化が進み、特に、75歳以上の後期高齢者が増えている(図1、表1)。また、虚弱、痴呆性老人、寝たきり老人など、介護を要する高齢者の増加があり、今後も相当速いスピードで増えていくことが予測される(表2)。
他方、高齢者との同居率の低下、女性の社会的活動の進展により、家庭のもつ介護力の低下がある。日本の高齢者との同居率は、デンマークなどに比べると、まだ高い水準にあるといえるかもしれないが、昭和32年には81.6%あった同居率は、平成3年には57.6%と確実に低下している。また、女性の社会進出も着実に伸びており、従来の家族制度での介護力の低下が、問題を顕在化させてきた1つの大きな要因となっている。
日本のこれまでの高齢者介護の特色としては、家庭の介護力に依存しすぎていた点が挙げられ、主として女性の介護力への依存が大きかった。また、医療の場が事実上の介護の場であったことも考えられる。つまり、社会的入院という言葉がすでに定着しているように、高齢者が、実際には家に帰って生活できる状態にまで回復したとしても、引き続き入院を続けているという実態がある。家に帰っても十分介護できない、あるいは住宅スペースの関係から、必ずしも医療を必要としない老人が入院したままになっているというように、医療が介護を引き受けてきたという実態がある。
また、従来の日本の福祉が救貧対策、生活保護という位置づけでスタートしたことから、そのイメージは、現在のわれわれの意識に残っており、高齢者を特別養護老人ホームなどに入れるよりは、入院させるほうが社会的にもいいという感覚が生じている。これまでの福祉制度は、高齢者や障害者を行政の単なる対象物としてしかとらえない制度であった。


図1 欧米先進諸国と日本の老年人口の割合

つまり、高齢者が自ら施設を選ぶということではなく、あそこに寝たきり老人がいるからこの施設に入れてあげようというように、行政主体で日本の福祉制度は動いてきたのである。極端にいえば、たとえば狂犬病予防法と同じで、狂犬病になった犬を保健所が措置するというのと同じような法律的な位置づけになっていたのである。要するに、行政の単なる対象者と考えること自体に問題があり、それが地域における介護サービス提供の基盤の弱さや、マンパワーに広がりがないというような問題にもつながるのである。
高齢者のニーズはきわめて多種多様であるが、日本の行政は、個々への対応を得意としていなかったといえる。たとえば、社会保障制度のなかで比較的うまく機能している医療保険にしても、その判断は行政が行うのではなく、医師や特定の専門家が多様なニーズにこたえているのである。行政主体のサービスのなかでも、結核予防などの公衆衛生対策のような画一的サービスの場合はうまく機能するが、個別で多様なニーズには、行政としての対応は難しいものがある。
戦後、公的扶助、生活保護の制度が本格的にスタートするにあたり、アメリカからケースワークの理論が伝えられ、ケースワーカーを都道府県や市町村に配置し、生活保護を受ける人の個別のニーズを判断していこうという制度がつくられた。しかし、日本では、ケースワーカーといっても特別な資格は必要ないため、専門職として仕事が続けられる体制は根付かなかったのである。生活保護に関する職員の確保がうまく行えなかったことは、介護サービスについてもあてはまる問題である。つまり、福祉の専門的な職員を養成しない限り、多様なニーズヘの対応は困難なのである。今後、さまざまなニーズに対応し、充実したサービスの提供ができるような体制づくりが非常に重要な課題である。
これまでの高齢者ケアでは、施設面ばかりに目が向けられていたが、人間にとって一番心安らぐのは、やはり住み慣れた家で生活をすることであり、在宅サービスの充実が、高齢者ケアの本来のあり方といえるであろう。


表1 高齢者人口の状況


表2 要介護老人などの将来見通し

そこで、厚生省の新ゴールドプランの基本理念を基に、これからの高齢者介護の基本的な方向を考えてみたい。
これからの高齢看の介護制度を考える場合、まず、利用者本位、自立支援という視点がある。これは、従来の、高齢者を単なる行政の対象者ととらえる福祉制度ではなく、個々の意思を尊重し、利用者本位のサービス提供を行おうとする考え方である。そして、高齢者にとっては、自分の力で生活をしていこうというのが基本であるので、行政側もそういう高齢者の自立の気持ちを支援するという姿勢に変わらなければならない。
また、高齢者の多様なニーズに対応できる体制を整えなければならない。高齢者自身が、自分にとって必要なサービスを選択できる環境が必要である。つまり、在宅あるいは施設を選択でき、在宅の場合には、ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイといったさまざまなサービスを組み合わせられることが重要である。今後、高齢者の多様なニーズに対応していくには、このようなケアに関するプランの策定が制度のなかに折り込まれていかなければならない。
次に、救貧対策としての福祉制度から脱却し、実際に支援が必要なすべての高齢者に対して、充実したサービスの提供を行うことが大切である。もちろん、すべてのサービスが無料というわけではなく、収入・資産がある高齢者には応分の負担をしていただくことになるが、サービスとしては、すべての高齢者に提供できるものでなければならない。そして、在宅サービスを基本に据えながらも、周辺の保健や医療施設も含めたさまざまなサービスを組み合わせて、効率的で総合的なサービスの提供を行わなければならないということであろう。
サービスの充実を図るには、高齢者自身が選択できるケアメニューをたくさん用意しておくことはもちろんであるが、そのメニューを提供する主体は、できるだけ1つにまとまっていることが必要になってくるのである。たとえば、サービスのメニューをどのように組み合わせるかという場合、その提供主体は、市町村を基本に考えた地域主義が最も効率的ではないだろうか。民間団体がばらばらにサービス提供するのでは、総合的にバランスのとれた提供はなかなか困難で、連携、調整ばかりに追われてしまうということになりかねない。つまり、市町村がもついろいろなメニューを、地域の実情や高齢者の実情に応じ、適切なものを組み合わせて提供するということである。
市町村主体のケアサービスという考え方から、1993年、全国の都道府県、市町村で老人保健福祉計画が初めてつくられた。地域の高齢者の把握、介護状況の実態を十分に把握をしたうえで、将来を見極め、どのような施設やマンパワーが必要かということを市町村自らがつくったわけである。また、市町村長をはじめとする市町村の職員が、その気にならなければケアサービスの充実は図れないわけであり、さらにそれを支えるのは住民自らの意識でもある。
全国の市町村による老人保健福祉計画の策定は、老人福祉法や老人保健法の改正を通して、法律上義務づけられたものであるが、市町村や都道府県などの自治体自らが考え、調査し、住民との議論を通して計画を策定したものである。もちろん、計画の中身も大事ではあるが、住民と対話をしたという、そのプロセスが重要ではないだろうか。逆に、プロセスを経ないで策定を行った市町村があるとすれば、その市町村の福祉はなかなか伸びていかないだろう。
現在、高齢者ケアサービスは、基本的に在宅サービスを重視する方向にある。具体的には、1990年の老人福祉法の改正により、施設サービスとともに在宅サービスを市町村の重要課題として法律上位置づけている。これまでの制度では、施設サービスが中心であったが、それを改め、施設と在宅の両方のサービス提供を一元化したのである。また、地域のなかで、より充実したサービス提供を行える体制の確立が重要である。たとえば、医療の場合では、優秀な医師を求めて北海道の患者が東京の病院に入院するというように、日常とは切り離された特別のニーズにも対応するものであるが、介護需要というのは、日常生活の場を離れたサービス提供は考えにくいわけで、より地域に密着した問題といえる。具体的な対応策としては、中学校区を1つの単位として、そこで基本的なサービスが行えるような施設やマンパワーの配置を考えている。
具体的にいえば、1中学校区当たりの人口は、約1万2,000から1万3,000人で、そのなかに2,000人程度の高齢者がおり、要介護あるいは虚弱老人は200人から300人ということである。この数字を基に、各中学校区に1つの在宅介護支援センターをつくるというプランが立てられている。
在宅介護支援センターは、いろいろな情報やサービスの提供を行い、この中学校区単位で基礎的な対応はできるようにしようという考えである。サービスの中身としては、ホームヘルパー、デイサービスなどがあり、たとえば、ホームヘルパーの数は、1センターに少なくとも10人ぐらいは欲しいと考えている。ちなみに、新ゴールドプランでは、センターのヘルパーは20人、デイサービスセンターは2か所というような目標を掲げている。もちろん、サービスの程度はさまざまであり、すべてを中学校区単位で対応できるものではないが、基礎的なサービスはこの単位で行おうということである。また、在宅介護支援センターのほかに、ホームヘルパーのステーションやデイサービスセンターなども中学校区単位で設けたいと考えている。
さて、目標の達成には、まずサービス提供の基盤を整備しなければならない。すでに述べたように、日本の福祉は、救貧対策からスタートしており、苦しい財政のなかのほんの一部を福祉対策に振り分けることしかできなかった。そのため、不足している老人ホームやヘルパーといった人や施設を十分に増やしていかなければならないこともあり、1990年、いわゆるゴールドプランがつくられた。これは、2000年におけるサービス提供の目標値を設定し、毎年予算編成の段階で着実に実行していこうというものである。
このゴールドプランは、実は、地方自治体レベルから積み上げてきた計画ではなく、厚生省が全体を推計してつくった計画である。しかし、1993年に各地方自治体によりつくられた老人保健福祉計画を集計した結果、従来のゴールドプランでは不十分であることが明らかになった。たとえば、現在5万7000人いるホームヘルパーを例に取ると、市町村の計画では、17万人が必要なのに対し、ゴールドプランでは10万人という数字である。特別養護老人ホームについても、ゴールドプランでは24万床であるが、市町村の計画ではそれを5万床も上回っているのである。デイサービスについても同様なことがいえ、市町村の計画とゴールドプランでは目標設定に食い違いがみられた。そこで、市町村自らが議論し、つくり上げた計画を尊重することになり、ゴールドプランを新たに見直して新しい目標値を設定することとなった。また、新しいゴールドプランでは、単にサービスの量だけではなく、質の改善にも対応するものとされている。
ここで問題となるのはその財源である。平成9年度からの消費税率アップという議論のなかで、新ゴールドプランについても議論されたわけであるが、国と地方の事業費を合わせた、年間3,000億円が平成9年度からの高齢者対策に振り当てられることとなっている。しかし、それではまだ不十分であり、厚生省としてもできるだけ早い時期に新ゴールドプランを正式に策定し、計画を着実に推進していきたい。それには財源の裏づけが必要で、税制改革のなかで得られた3,000億円をどのように使い、当初の目標達成のためにはどのように金額を上乗せできるかを、いま、いろいろと知恵を絞っている段階である。
次に、新しい介護システムの構築が重要である。高齢者介護の対策を、これまでのような行政サービス主体で、しかも税金だけに頼ることには限界があるのではないだろうか。ケアサービスの基本理念が、利用者本位で、必要とするすべての高齢者を対象とし、市町村を基本とした総合的なサービスの提供にあるとすれば、介護のための新しいシステムをつくらなければならない。たとえば、税金によるサービス制度と社会保険的な制度の2つをミックスしたような制度がイメージされるだろうか。また、ほかにも検討事項が山積している。たとえば、高齢者を支える若者の負担をどうするのか。制度の運営はだれが担うのか。高齢者のニーズをだれがどのように判定し、どのようなサービスメニーをそろえるのか、といったようなことが検討されなければならない。
われわれは、だれでも年をとる。万が一寝たきりになっても、充実したサービスがあり、十分な保障があるという実感が持てるような制度を、いまいろいろと知恵を絞っているところである。このことは、厚生省や行政だけに任せるのではなく、皆さん方も一緒に考えていただきたい。多くの人が議論することによって、初めて長続きのする制度ができあがると確信している。





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