人口の高齢化は、あらゆる国にとっての課題であるが、人口動態の変化の時期や程度には国によって大きな開きがある。また、高齢者の増加は、必然的にサービスなどの需要増加を意味するのであるが、需要と供給資源の間には大きなギャップがある。この解決策として、要求を抑制することや資源を増大させることが考えられるが、現在ある資源をより効率的に使っていくことが、各国共通の課題である。
スカンジナビア諸国では、他国より早い時期に人口動態学的な変遷があり、それに伴う高齢化問題に直面した経験をもっている。今後、多くの国で考えられる高齢化問題への対策、挑戦について、ノルウェーの経験を通して考察していきたい。
表1は、各国の高齢化傾向を示したものである。高齢人口はすべての国で増加してはいるが、その時期や規模は国により違いがあり、ノルウェーでは今後の増大率は穏やかになると予測されている。他方、アメリカや日本は、高齢化のペースが早く変化も大幅であり、それぞれの国で与えられている挑戦課題も違ってくるのである。
人口の高齢化は、サービスや年金コストに与える影響として重要な要因である。しかし、需要、要求を高める要因はほかにもあり、人口の高齢化だけが誇張されすぎている面も考えられる。たとえば、ノルウェーの場合、高齢化による問題は15〜20%であったのが、将来的なサービスや年金のコストは200%増大すると見込まれている。しかし、今後の高齢人口は25%の増加と予測されており、なぜ200%ものコスト増加が必要になってくるのかは説明がつかない。
つまり、高齢化だけが大きな要因ではないということである。
需要、要求というものは、社会的に構成されるものであるため、たとえば新しい高齢者世代が健康と福祉に高い期待を示すと、客観的な状況以上に主観的な要求は増加する可能性がある。また、規範的な要求についても考えなければならない。つまり、ケアを受ける資格などの規範自体が変わることにより、要求基準も変化するのである。
加えて、家族構造の変化、女性の役割の変化も考慮に入れなければならない。
いまや、スカンジナビアでは、家族とともに暮らしている高齢者は少数である。
また、かつてのように、女性が自分の職業を放棄して高齢者の介護にあたることは期待できなくなってきている。ノルウェーでは、高齢者自身が家族の面倒になるよりは専門家のケアを求める傾向にあり、公的な支援への要求が高まってきている。
支援に対する圧力として、単位コストが上がってきていることも考えられる。
これは、専門のケアや給与の高まり、労働時間の短縮によるコスト増である。
この意味からは、人口動態学的な統計でみる以上に要求自体が高まることがあり、もう少し穏やかな要求にすることが必要であるかもしれない。なによりも重要なことは、利用できる資源をどのように効率的に使うかということである。
スカンジナビアの福祉政策の特徴としては、ほかの西欧諸国よりも公的なかかわりが大きく、アクセスの普遍性が挙げられる。これは、ドイツなどのように保険が中心であるものと対比でさ、また、補完サービス型の福祉国家とも基本的に違うわけである。スカンジナビアの高齢年金給付は、市民であれば普遍的なものであり、それに補完する形で公的な年金がある。そして、サービスの提供自体も公的な形で行われている。
スカンジナビア諸国の年金制度は、高齢者の間に貧困がないという成功を収めている。また、高齢化政策の資金の3分の2が年金の形で賄われていることから、福祉政策においては、サービスよりもコストを抑えることが中心にならざるをえない状態である。
高齢者ケアに関しては、北欧諸国内でも国により違いがあるが、基本的には公的な責任が大きく、家族もまた関与している。法的な面、資金面のみならず、サービスの提供にも公的部門がかかわっており、これは一般の税収によってカバーされ、全員に提供される普遍的なものである。そして、地方自治体が国の法律を基本として、サービス提供の実施に当たっている。
表1 各国の高齢化の動向
高齢者ケアの具体策としては、ナーシングホームやケアつき住宅、コミュニティケアや在宅看護、ホームヘルプなど、さまざまな制度や施設があるが、そのなかに病院は含まれていない。これは、近年、病院自体が方針を変えたことによる入院期間の短縮があり、高齢者も以前より早く退院するようになったこととかかわっている。1970年代初頭、ノルウェーでの平均入院期問は14日間であったのに対し、いまや、その日数は半減している。
スカンジナビアの福祉政策とほかの国々との違いとしては、これまでに述べた公的部門の役割以外に、地方自治体が1つにまとまり、税収などの資金面に関しても統一した政策を実施している側面がある。
また、スカンジナビア諸国の特徴としては、施設ケアよりもコミュニティケアヘの大幅な投資が行われている点が挙げられる。一般的に、施設の水準は非常に高く、部屋は個室で、スタッフの数も充実してはいるが、施設面以上にコミュニティケアのサービス比率が非常に大きいのである(表2)。1960年代の初頭までは、スカンジナビアでも施設ケアに重点がおかれていたが、いまや半分から3分の1がコミュニティケアへ移行している。この比率は、オランダを除くほかの国よりも非常に高いものである。また、コミュニティケアといっても、単に在宅ケアだけではなく、在宅における専門家のケアを家族の協力の下に行い、この両者間のバランスも考慮されている。さらに、医学的な看護ホームから、より社会ベースのケアに重点が移されてきている。これは、この2つの側面が同じ行政組織の下におかれ、同じ資金で賄われるという統一性によるものである。
高齢化に伴う福祉サービスを考える場合、限られた資源を有効活用し、介護を必要とする人たちに資源を振り向けなければならない。伝統的な施設ケアを固持する国もあるが、それを経済的に支えていくことは不可能に近い。今後は、サービスの需要と供給のマッチングを考慮し、この両者間のギャップを埋めることがわれわれに課された課題である。このギャップを埋めるには、一連のサービスを構築し、異なるさまざまな要求に対応していかなければならない。われわれのこの考え方は、パーフェクトではないとしても方向性としては正しいと自負している。
表2 ケア提供場所別の高齢者(65歳以上)長期ケア受給者
ここで重要な点は、中央の行政から地方自治体への権限・責任の委譲である。
したがって、地方自治体は独自の優先事項を決定したうえでプログラムを確立する必要がある。そして、若年層や高齢者、施設、コミュニティケアに対しても独自の意思決定をし、中央に頼りすぎる姿勢は排除しなければならない。ノルウェーの場合、現在、小さな市町村単位のレベルで独自の高齢者ケアが行われているのである。
現在、高齢者ケア制度における抜本的な変革が、スカンジナビア諸国では行われている。たとえば、1970年代初頭までは、デンマークとノルウェーは同じような施設化率を示していた。しかし近年、デンマークでは施設化率が低下した反面、保護施設やコミュニティサービスの量が非常に拡大している。デンマークでは、資源の半分をコミュニティケア、在宅ケアに配分しているのに対し、ノルウェーでは3分の2の配分である。このように、スカンジナビアの福祉モデルといっても単一のモデルではなく、それぞれに異なったプログラムやプロフィールをもっている。ノルウェーとスウェーデンは、デンマークよりも伝統的なモデルを呈しているといえる(表3)。
スカンジナビアでの福祉政策は、伝統的な医療志向のケアに対して新しい考え方であり、それなりの対立も生んできたのである。従来のケアに対する考え方から、高齢者は患者ではなく市民なのだとする新しい考え方への変遷過程には、相矛盾する対立が表面化していることは事実である。しかし、この変革により、コスト効率のよい、合理的な方向への模索が始まっているのである。資源の有効利用とニーズに見合ったサービスの提供は、より効率を求める人たちにとって必要不可欠なものなのである。また、施設ケアはコストが高くつくものであるため、より納得のいくコスト配分が行われ、施設外のケアとのバランスを保つことが重要なのである。
表3 スカンジナビアにおける入所施設および擁護ホーム
しかし、資源が限られている現状があり、家族の負担を軽減するためにもコミュニティが主体となって高齢者ケアを推進していかなければならない。そして、効率よくケアを提供していくためには、政策のイデオロギー問題ではなく、家族によるケアと公共の支援が、バランスよく、お互いに補完しながら提供されなければならない。また、これまではあまりにも医療に対して重点をおさ、高齢者を患者とみなしてきた過去がある。われわれはこの認識を改めなければならない。
これまでの施設ケアにおける一般的な課題としては、サービスの種類や責任所在などの分断化がある。資源管理においても、運営システムが非常に細分化されてきたといえる。また、多くの国ではコミュニティサービスが発達していないため、いわゆる老人ホームでのケアに目を向けなければならないこともあり、それに対しての資源への割当てを考えなければならない。このように、部門間での調整、協力が分断化され、責任所在や財政的な問題が複雑に絡み合ってきた制度が、これまでの伝統的なケアモデルであったといえる。今後は、この施設ケアとコミュニティケアが調和され、財政的な根拠を基にした協力体制が、より強化された制度を構築していくことが重要である。つまり、複雑化、分断化された制度よりも、よりシンプルで簡素な制度をこれから導入しなければならない。しかし、これは、文化的背景、税収、社会保険制度、イデオロギー面などとのかかわりからすべての国で受け入れられるとは限らない。それぞれの国において、十分な論議、政府の役割を十分踏まえたうえで、全国的なコンセンサスが得られるような制度づくりが必要である。
スカンジナビア諸国では、家族構造の変化、女性の役割の変化を短期間の間に経験してきたが、これらは今後ほかの国でも予測されることである。日本の高齢化問題を考える場合、高齢化先進国であるスカンジナビア諸国が経験してきたことを十分熟知し、いいことだけを学ぶことが重要である。日本にはその機会が与えられているのである。
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