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高齢者ケア国際シンポジウム
第5回(1994年) 日本の高齢者ケアのビジョン


第3部 発表  人口の高齢化:ヘルスケアにとっての意味

オーストラリア・フリンダース大学教授
ゲイリー・R・アンドリュース
Gary R.Andrews



高齢化問題は、直ちに人の関心を呼んだり熱意を喚起するものではないが、個人としての生活、または仕事上の生活に、直接、間接にかかわり無視でさない問題である。
老化現象のプロセスには以下の3つの典型的な兆候がみられる。
?@髪の毛が白くなったり、薄くなってくる。
?A大切なときに限って物忘れが激しくなる。
?Bなかなか思い出せない。
要するに老化とは、私たちの生活にさまざまな形でだれにでも現れる一般的な現象なのである。事務処理や調査の視点から高齢を定義づけるならば、それは客観的な基準というよりも、退職年齢に関する慣習や法的な定義によって決まるといえよう。
老人学の文献のほとんどは、65歳で線を引いているが、1972年にWHO(世界保健機関)の老年精神医学に関する科学者グループが以下のように記した表現が、現在のところ最もよい定義と思われる。
「本報告書においては、高齢、あるいは老齢とは、以前に比べて、精神的および肉体的な機能の衰えがいっそう進む時期を指すこととする」。
しかし、統計を目的とした場合には、何らかの年齢を設定する必要があり、上記のグループも老齢の始まりを65歳としている。これは一般的な退職年齢や、専門職としての活動を終える年齢とほぼ一致するということである。
国連では、高齢者人口を定義するにあたり、通常は60歳を区切りとしているが、これは発展途上国に関しての適切な数字と思われる。疫学分野では、高齢に対する考えをかなり幅広くとらえており、線引きのポイントの微妙さに配慮している。さらに、60歳以上と一口にいっても、その年齢層は30年もの幅があり、社会的、経済的、家庭的、および健康上の特質は、各人、各グループにより大きく異なっていることを認識しなければならない。したがって、統計資料を読み取る場合にも注意が必要である。
人口の高齢化がこれまでのヘルスケアサービスの計画、組織、提供にどのように影響し、今後、どのように影響していくかを考察し、資源の配分とヘルスケアの優先順位の認定の意味を探ってみたい。
世界的な人口高齢化の規模と速度は十分に評価されていないことが多く、また、新しく出現している現象も、広く理解されているとはいえない。出生率、幼児の死亡率、感染病による死亡率などの低下により、人間の生存率が高まった。高齢者の数と総人口に占める割合は、豊かな国々から増加し始め、その程度はさまざまであるが多くの国々へと広がっていった。人口統計的な面でのこの傾向は、経済的・社会的組織に大きな影響を及ぼし、その影響は20世紀末から次世紀にかけて、地球規模で広がっていくことは必至である。
国連推定によれば、1960年の60歳以上の人口は2億2500万人であったが、90年には2倍の4億5000万人となり、さらに、2020年には、約1.5倍の11億人にまで増加すると推定されている。世界の総人口に対する60歳以上の人口の割合は、1960年には8.1%、90年には9.2%にまで増加し、さらに30年後には13%となる。また、80歳以上の高年高齢者数の増加が最も急速で、60年に1500万人であった数が、現在は約5000万人になっている。寿命の延びおよび世界の高齢者人口の増加は驚異的で、人類のこれまでの歴史のなかで65歳に達した人の3分の2が、現在存命しているということになる。
人口に対する高齢者の比率の増加は、世界諸国に影響を及ぼしている。たとえば日本では、65歳以上の人の数が、2020年には総人口の4分の1以上を占め、3188万人という驚異的な数に達すると予測されている。ヨーロッパの先進諸国では100年かかった高齢化現象が、最近の先進国や発展途上国では10年から20年で起こっている。
人口の高齢化は主として先進国の現象ではあるが、高齢者数が最も多く、かっ高齢者人口増加率が最も高いと予測されるのは発展途上国である。2000年までには、世界の60歳以上の人口6億人の3人に2人が発展途上国に住んでいることになるだろう。1980年にはその割合は50%だった(図1)。
発展途上国における高齢者人口の増加率は、次世紀を通じて上昇を続けるであろう。現在から2020年までの間に、中国とインドでの60歳以上の人口は、おのおの1億人以上増加し、インドネシアでは2000万人増加すると予測される。
発展途上国全体では、1980年から2000年までの間に、総人口は95%の増加が予測されているが、なかでも60歳以上の人口の増加は240%に上るであろう。
人口動態的な変化と罹病率および死亡率の関連性は特に新しいものではないが、ある意味では、時代を経て人間の成長と発達を特徴づけてきたものといえる。前述の人口構成の変化は、人口転換といわれるが、一般的にこの現象は、社会経済の発達と近代化に伴って発生する。人口転換には、疫学的転換と呼ばれる一連の変化を伴うものである。これは、感染性の汎発流行病や伝染病から、「人工の」非伝染性の病気へと、かなりの割合で移行するという、死亡率と死亡形態の変化を特徴とするものである。
このプロセスには、主として以下の3つの段階が判明している。


図1 Developed and developing countries % of world population 60 years and over

第1段階は腺ペストや飢餓の時代で、死亡率が高く、変動も大きい。したがって人口増加は抑制されている。この段階では、誕生時点での平均余命は短く、変動も大きく、20歳から30歳の間を動いている。現在この状況は、大災害や人的災害などの発生時にのみみられるもので、例としてルワンダの状況などがある。
第2段階は、汎発流行病減少の時代である。伝染病の発生と規模の低下に伴って、死亡率が累進的に低下し、誕生時点での平均余命は、30歳から55歳くらいまで着実に増加する。人口増加は高いところで継続し、出生率と死亡率の格差が広がる。世界で最も開発の遅れている何か国かが、現在でもこの段階にあるか、あるいはこの段階を過ぎたところである。
第3段階は、退行性およびライフスタイルからくる病気の時代。死亡率は引き続き低下し、最終的には比較的低いレベルで安定する。誕生時点での平均余命は徐々に上向き、70歳を超えるようになる。世界のほとんどの国では、レベルの違いはあるがこの方向に進んでいる。
しかし、このような3段階の疫学的転換モデルでは不完全であり、死亡率、罹病率、寿命に関する最新の状況変化を考慮して、第4段階にまで拡大する必要があるという声が、現在、研究者の間からあがっている。
新しい段階の特徴としては、主として、病気や死因が、社会的、文化的要素により、ますます複雑化していることに重点をおいたものである。これには、病因学的なリスクファクターと、より高度な診断技術、治療技術、リハビリテーションなどの介人的要素も含まれる。在郷軍人病やエイズなどの新種の感染病、結核の再発生の問題など、多くの要素がこの範囲に含まれてくる。
このように、この30年間で高齢化に関するかなりの研究がなされ、その結果としての新しい理解と方向が生まれつつあるのである。しかしこれまでの研究は、高齢化現象の特定の局面のみに限定して取り上げたものが多かった。そうした研究は、分子細胞の段階から、生理的、機能的な面での考察、さらに社会的、行動的な反応、また、臨床的観点からより広範な社会、文化、経済の概念まで幅を広げ、人間が年をとるということについての綿密な理解を示してきたといえる。
生物学的な基本的研究は、高齢化の現象として発生する免疫系の変化に対しての深い理解や、細胞の老化における特定の免疫標識の割り出しなどに役立っている。将来的には、免疫学的アプローチを通して、このような最も基本的レベルでの高齢化の影響を解明できるかもしれない。
また、社会科学や行動科学の発達により、高齢化を社会や文化という背景のなかでみることの重要性を深く認識させてもいる。高齢者の社会参加の重要性はますます明らかとなり、家族や伝統的な社会のなかでケアを提供することの構造やメカニズムに関しても、新しい知識が得られるようになっている。発展途上国では家族による介護が中心的な役割を果たしてきたが、近代化や就労パターンの変化、さらに住宅事情の変化が明らかになっている現在、家族支援の態勢をいっそう強化する必要も生じている。
人口動態の観点からみた重要な問題は、高齢者数の増加と、国の保健体制への高齢者からの要求の変化である。要求は単に量の問題ではなく、高齢者のだめにサービスを提供する質的な変化も含まれる。これは高齢者問題を考えるうえで、避けては通れない政策課題であるといわれている。
ヘルスケアにおいては、公式、非公式の保健・社会サービスを幅広く完備させるという新しい必要性が出てくる。要するに人口の高齢化は、高齢者ケアのサービスの提供に向けて、ヘルスケア全体の体制を急速に一新させる必要性を出現させているのである。この変化は、財政上の問題を伴い、ヘルスケアおよび1人当たりの関連費用は、年齢が高くなればなるほど大幅に増大することになる。オーストラリアのデータを参照しながら、この点を説明しよう。
高齢化に伴い機能失調につながる慢性的状態や身体障害などの状態が50歳を境に急速に増加する。これは障害のレベルにもよるが、家族、社会がその障害のレベルをどのようにとらえるかということにも影響を与えてくる。また、ヘルスサービスを利用する度合いも、60歳以上になると利用率にかなり変化がみられる。また、ヘルスケア・サービスを提供するための、高齢者1人当たりのコストは累乗的に増加する(図2)。
しかし、最近の数十年のヘルスケア経費全体の増加のなかで、人口増加そのものが要因となっているのは15%以下であることを認識しておくべきである。
今後、年齢構成の変化の影響がさらに増大することは考えられるが、OECDの報告(1990、1993)では、2015年までの問の、人口の高齢化のみを原因とする保健関係の消費率の増大は、年間5%ほどであろうと推定されている。オーストラリアでも同様の予測が立てられたが、2000年までのヘルスケア全体の費用の増加のうち、人口の高齢化だけを原因とするコストの増加は10%にとどまるとされている。費用の増加における人口の高齢化の影響を過大視する傾向が強いのではないだろうか。
オーストラリアの男性高齢者の入院率は1988年までの間は横ばいであるが、80歳以上の高年高齢者の病院利用率は非常に増える傾向にある。これは女性についても同様である。
病院の利用率の上昇は、ヘルスケアに新しい技術が導入されたことと関連している。たとえば、CTスキャンやMRI(磁器共鳴映像法)、内視鏡を使った直接投影法などである。また、いままでのリスクの高い診断法から、新技術の使用に移行することで、高齢で虚弱な人たちへも診断対象が広がることとなった。70歳代、80歳代という高齢患者の関心手術も増加傾向をたどっており、90歳でもぺースメー力一を埋め込んだという例がある。
また、観血性を最低限にとどめた方法も開発され高齢患者にも適用されている。
たとえば、内視鏡を使った手術や腹腔鏡を使った胆嚢の摘出、内口径法による前立腺肥大の治療、血管形成術による動脈疾患の治療、ショック波により脂肪粉砕法を使った腎臓結石の処置、などが行われている。また、白内障の治療のための人工水晶体、全関接置換など、種々の移植・補綴技法が大幅に増加している。


図2 Per-capita hea1th expenditure by age total public sector 1984-85

ヘルスケアの向上は寿命の延びにつながり、結果として高齢者の人口増加という逆説的な結果をもたらす。特に皆健康保険制を国の基本原則とする限り、ヘルスケア制度は経済的圧迫を受けることになる。これは、高齢者に限らず国民全体に影響を及ぼすものである。
コスト抑制にはさまざまな手段が考えられる。たとえば、報酬体制の標準化による医師への支払い上限の設定、入院期間の短縮、外来診療の奨励、費用のかかる診断機器の中央化、費用の双方共同負担などが考えられる。また、多くの国では、国家経費の管理を分散化する政策をとってきたが、国内の地域格差がある場合には、こうした努力はかなりの困難に直面している。
最近、国によっては、国民の特定グループ(精神病の患者や老人ホームの入居者)のケアのための地域社会や、家庭でのケアの開発などに力を入れる傾向がある。しかし、このような政策はしっかりした目標があるとはいえ、本格的に実施しても節約にはならず、むしろ新しい要求が出るという結果を招いている。また、ケアの提供者の報酬などを含め、家庭でのケアを原則としようという強い動きがあり、長期ケアを必要とする高齢者にとっては重要な意義をもつものである。しかしこのような動きは、保健サービスを含む従来の福祉保護とは別なものではあるが、国家経費とは関連性をもつことを念頭に入れておきたい。また、民営化の利点に注目している国もあることを忘れてはならない。
「福祉の多元化」という概念を取り入れている地域もあるが、北米も含めて大半の国々では、高齢者に対して直接的なヘルスケアを提供したり保険でカバーするなど、国家の役割として強力に推進している。
物理面と健康面の双方を考慮したインフラ整備は、ますます高齢化する人口構造に影響されるであろう。高齢者のためだけにつくられた施設をもつ国はほとんどなく、既存の保健・医療サービス機関の範囲内で、高齢者サービス体制をつくる傾向が支配的である。しかし、現在の先進諸国では、医師を訪れる患者の2人に1人が高齢者であり、病院でのケアを求める高齢者の割合も高く、入院、外来双方の患者に対して適切なサービスを提供していかなければならない。老人性痴呆症やアルツハイマー病など、慢性で、衰弱性のある病気に対する精神科分野でのサービスも求められている。
ヘルスサービスがこのように変化すれば、高齢者の増加に対処するために訓練を受けた人員が必要となる。特に、継続的ケアの適切な体制をつくろうとするならば、保健技術者や老人看護者、栄養士などの需要が大きくなるであろう。
これには、初期の訓練プログラム、再訓練や再度の検定プログラムなど、専門家の教育プログラムの実施が必要なことは明らかである。
しかし、全般的にいえば、地域社会や専門家の加齢についての姿勢は、偏見、無視、時代遅れの見方など、昔ながらの考え方に深く根差していることが認識されなければならない。
従来、高齢化について理解しようという努力のなかで、以下のような否定的問題ばかりが提起されてきた。
?@なぜ、年齢とともに死亡の危険が急増するのか。われわれはなぜ死ぬのか。
?A年齢とともに、生理面、認知能力、機能などが著しく衰えるのはなぜか。
?B高齢になるにしたがって障害が増え、依存性が急速に高まるのはなぜか。
これらはいずれも重要な問題ではあるが、かりに答えが出たとしても、問題を解決するにはほとんど役に立たない。現在では、提起されてきた問題自体が的外れであったことが、問題の1つではないかという意見も出ている。
再生産期を過ぎてもなお長生きする人間は、動物界において独自の存在であるが、「なぜ人は死ぬのか」ではなく「いかにしてわれわれはこれほど長寿になったのか」という問題が提起されるべきである。同様に、通常加齢に伴う生理的な衰えや減衰は目に見えるものであるが、衰えを見せないまま年齢を重ねている人たちを考察することはさらに興味深い。これまでは、指導、研究、および臨床の分野において、加齢に関する否定的な局面ばかりが強調されすぎ、高齢に関して極めて無知な固定観念が広がっていた。
しかし、その焦点はようやく変わり始めた。人間としての個人差、および高齢化に伴う個人差の拡大を踏まえたうえで、全体的な人口の高齢化の意味についての考察が始まったのである。こうした研究により、生物・物理学的、および認識力の面で優位にあると思われる高齢者の比率を明らかにすることができるようになった。そしてこのような大規模な人口構成の変化が生じる原因については、人間の寿命という面からより明確に理解することが重要になってくるのである。
有用な1つのアプローチとしては、年齢特定の死亡率と状況、あるいは条件の普及率とに基づいて、人口構成のあらゆる時点における理論上の同時出生集団の生涯を追跡し、人間の生存曲線を検討するというものである(図3)。現在、寿命を延ばす人がますます増えているが、年齢とともに慢性病の年数が増え、さらに障害につながることによりコストも増大している。種々の生存曲線をたどってみると、依存性や施設収容のリスクが表れており、逆にみれば、障害や病気や施設に入ることなく高齢に至る人の割合が自ずとみえてくることになる。特に、高齢になってからの余命が延び続けていることを考えると、これらの考察はさらに大きな意味をもってくる。たとえばオーストラリアやその他の諸国では、1970年代と80年代に、男性高齢者の余命が大幅に延びている。しかし、余命が延びた分に相応して罹病率や依存性が下がっているのか、上がっているのかは、論議の分かれるところである(図4、5、6)。


図3 Proportion surviving

これまで、人口の高齢化に伴う新しい要求を中心に考察してきたが、将来に向けての明るい展望も見られる。アメリカ(Manton、Corder and Stallard、1993)やフランス(Robine and Mormiche、1993)からの最近の報告によれば、活動的な余命は、寿命自体よりも速いぺースで延びていることがわかる。こうした最近の状況には、慢性病の罹病率の低下、医療を必要とする状況の低減、介助器具や住宅内装置の増加などさまざまな要因が考えられる。そして、高齢期に入ろうとしているグループは、禁煙、運動、栄養などという健康的行動に対する社会的支援を享受できるのである。現にアメリカでは、健康的な日常生活を定期的にチェックしてきた結果、この10年間でかなりの進歩がみられた。しかし、これが健康改善プログラムの成果であるかどうかは、断定できない部分も多い。
今後、高齢者の健康状態と機能面をさらに向上させうる措置は多岐にわたると考えられる。まず、運動、喫煙、飲酒、食事に目を向け、健康志向の姿勢が向上している。また最近、高齢者がウエイトトレーニングによって体力の維持・向上を図っていること(Fiatarone、et.al.,1990)が報告されている。さらに、かつては高齢化に伴って避けることはできないと考えられていた動脈硬化を、耐久トレーニングにより軽減することの重要性が明らかになっている。
また、健康状態の悪化の抑制や、機能回復のための薬物療法にも大きな可能性がある。2005年に完了予定の「ヒューマン・ゲノム・プロジェクト」は、多くの病気の治癒、ワクチン、および治療の新しい発展を約束するものである。
アメリカでは、アルツハイマー病に関する研究のなかで、アポリポプロテインE2、E3、E4が、病気の発現を遅らせるうえで重要なものであることが示唆されている(Roses, 1994)。また、新種の向精神性の薬剤もあり種々の精神障害をもつ人々の生活の質の向上のために利用されている。


図4 Survival curve(males)


図5 Survival curves for Australian males(1988)


図6 SumivalcumesforAustmlianfemales(1988)

最後に、寿命の延びや人口の高齢化により生じたヘルスケアにおける倫理的な問題も検討されなければならない。治療の質とコストとの間の取捨選択など、臨床的な判断はますます複雑化している。今日では、いつ、どのようにして、どのようなケアを提供するかを決定するにあたり、当人や家族の立場を配慮する傾向が強くなっている。未来の人々は、このいまの時代が、生命の質と量という問題を決定した時期として考えるであろう。
以上の考察から、2つの概念が浮き上がる。1つは、単に死亡率を比較することに重点をおくのではなく、人間の生存の質をはかる方法として、健康な平均寿命を測定することである。もう1つは、機能を損失したり、病気や障害に陥ることなく生存できる要因を見いだすための「上手に、あるいは健康に年をとる」ことである。これらは、高齢者の疾病や障害のパターンについてのわれわれの関心を補うものとして、きわめて重要な概念である。
1989年、健全な平均余命の価値についての理解のため、フランス、アメリカ、カナダ、およびWHO(世界保健機関)の代表者から成る国際的な調査ネットワークが組織された。現在17か国、100名以上の研究者と国際機関からの数名が協力し、活発な研究活動を行っている。この組織の主目的は、健全な平均余命についての定義と判定を世界的に標準化すること、および寿命の延びと健全な平均余命の延長との関係を確認することである。
健全な平均余命に貢献する要素の理解を深めることは、WHOの「高齢化の研究に関するグローバル・プログラム」の目標になっている。このプログラムの主要プロジェクトの1つには、「健全な加齢の決定要因」についての研究がある。多元的で経時的な調査法を用いたこのプロジェクトは、社会・人口動態、文化、環境などの特性の異なる数か国の高齢者を対象として、健全に年をとることに貢献する要素を解明し、問題の予防や健康増進を図る可能性をもつ効果的な方法を見いだすことを目指している。そして、少なくとも6か国で、本格的な調査プロジェクトを目指した研究が始まっている。現在、計画案と資材とが、コスタリカ、ジャマイカ、タイ、およびイタリアでフィールドテストにかけられている。経時的な研究を行うことによって、健康から障害、自立不能への移行を防止したり遅らせたり、さらには逆行させるための方法解明が可能になるだけでなく、自立と生産性の継続を促進する要因の評価も可能になるであろう(図7)。
また、文化・環境の違いや個人差が、これらの変化に与える影響を見極めたり、各国における資源の入手や利用の可能性の多様性を査定することがこの研究の努力目標となる。そして、加齢に伴う人々への影響についての理解や知識を深めようという努力が生まれているのである。


図7

最後に、高齢化問題は、いかなる国も無視できないことであり、また、ヘルスケア制度にとっても決して見過ごすことのできない問題であることを、重ねて述べておきたい。世界の人口動態が、図8に示す形から図9のような構造に変化するにあたり、ヘルスケアの優先性の方向づけを見直すことが不可欠となっているのである。保健政策の立案者、官僚、および臨床医は、高齢者がヘルスケア・サービスの主要な利用者であるという現実を直視しなければならない。
そして高齢者特有のニーズには特別の配慮を払い、予防の機会やヘルスケアの質の向上が高齢者にとって非常に大きな意味をもっということを認識しなければならない。これは、絶対に見過ごしてはならない課題である。


図8Population by age and sex(1990)


図9Population by age and sex(2025)





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