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高齢者ケア国際シンポジウム
第4回(1993年) 高齢者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)


第3部 発表  高齢者の性とQOL

札幌医科大学泌尿器科教授
熊本悦明



1.QOLにおける性の意義
人間の一生は、思春期まで(大人になる前の年齢)と、大人になり生殖、子供をつくる年齢と、子どもをつくった後の年齢とに、大きく3つに分けられる(図1)。
人間といわず、生物がこの世に生まれてきた最大の命題は何かといえば、これは神から与えられた生命の永遠性を保障する、要するに、次のジェネレーションをつくっていくということが、われわれに与えられた最大の命題なのである。そのような意味で、生殖というのは非常に重要な、生物といわず、人間にとっての最大の仕事なのである。
昔は、織田信長が「人生50年」といったように、生殖が終わった段階でほぼ人生が終わっていた。それ以上生存するということは、非常に長寿であるといわれたが、最近の医学の進歩は、この生殖後年齢を非常に長く延ばしたことで、これらの人口が急増している。しかし、長く延ばせればよいというものではなく、やはり医学は生殖後年齢の人々に対して、その人たちのQOL(Quallity of life)を維持する責任があるとの理由から、医学界では、21世紀へ向けての重要な課題として議論されるようになってきた。
その生殖後年齢のQOLの1つの主要因として「性」があるのではないかという私の所見を以下に述べることとする。
QOLという概念は、最初は癌患者が亡くなられる前の生存期間を、いかにエンジョイさせながら過ごさせるかという発想から始まったわけであるが、癌患者ばかりではなく、寝たきりの人、さらに普通の生活をしている人々の生活の質をも上げることが重要であるとのとらえ方に変化していった。そのなかで性という問題が取り上げられてきているのではないかと考えている。
たとえば、都市をつくるには、上水道や道路といったものをまずつくらなければ町にはならない。同時に、上水道、道路ができた段階で、さらに大きな文化都市の要素としては下水道完備が必要となる。この三位一体により初めて一応の文化都市が形成される(図2)。
しかし、それだけでは都市とはいえず、もう1つプラスアルファとして、森や公園というゆとりの場が整備され、初めてさらに豊かな都市、文化・芸術が生まれ、そこに住む人たちの豊かな人生が約束される。これが一つの文化都市の要素であるといわれている。これを医学の立場から考えてみた場合、このように解釈できるのではないかと思われる。
まず、消化器系が上水道、循環器系が道路と考える。このように、普通の病気、ことに高齢者は、腎臓、尿管、膀胱、前立腺などに、いろいろな問題が生じてくる。男性は前立腺肥大症で小便が出ない、女性は尿失禁と、尿の出ぐあいで非常に苦労をする。だからこそわれわれは高齢者のQOL、医学的な立場でQOLをとらえたとき、下水道である尿路系の管理がキーポイントであると主張するのである。
しかし本文の主題は、下水道完備ができた後で必要であるといわれている潤いの場の問題、公園であり、森であるが、これを人間の機能のなかにたとえた場合、性機能ということになる。性は、先述のとおり、リプロダクション、生殖という、人間の生命の永遠性を保障する1つの大きな機能ではあるが、もう1つ大きな意味をもっている。
高齢になると、社会的にしだいに孤立化し、社会生活が小さくなっていく。小さくなればなるほど、スキンシップのあるペアの存在というものが非常に重要になる。もちろん、社会、家族、夫婦という形でのグループが小さくなってはいくが、最終的にはやはり夫婦でのスキンシップ、性というものが潤いのキー・ファクターになるのではないかと考えている。

2.性とは何ぞや
次に、性の意味を医学的な立場、生物学的な立場から考えてみる(図3)。
人間には、神から与えられた3つの本能があり、まず個人の生命を維持するための食本能、そしてその個体が維持された段階で、この個体がこの厳しい自然のなかで生きていくためには群を成さなければ生きていけない。種の保存という意味では、群をなすことが必要である。この群本能も、脳の生理学のなかで種々研究されており、その存在も証明されている。
そして、さらにその個体と群をつなぐ本能として、第3の本能として性本能がある。この性本能を詳細に分析したとき、それは2つの内容から組み立てられていると考えられる。
まず、性本能というのは最小の群形成である。まず雄と雌、男と女がペアをつくるということから始まり、まず最小の群をつくるということから性本能のスタートがある。そしてそのペアのなかで性行動が行われ、そして生殖が起こる。そして次の世代のセカンド・ジェネレーションが生まれて群を増やしていくという、1つの個を群につなぐステップがある。
生殖とは、命をかけての仕事である。だからこそ、生殖はよほどおもしろくなければ行わないのであり、そのために神は性的な喜び、または動的な性の喜びを与えてくれると考えている。生殖年齢における神の報奨としての性の喜びというものがあるのではないかと解釈している。
同時に、ペアをつくるときはスキンシップから始まるが、そのスキンシップとしての性も非常に重要になっている。いままでは高齢者になり、生殖が終われば性はいらない、したがって性の話などはとんでもないという考え方が非常に強かった。しかし、第1のファクターである最小の群形成としての性というものの意義を忘れてはならないのである。まして、高齢者の生活年齢が長くなっていくときに、社会から孤立しがちな高齢者において、残された群としての最小のペアシップは、生物としてのキー・ファクターであり、その性を形成するスキンシップである静かなる性の喜びは、生殖後年齢のQOLのポイントになるのではないかと思われる。
最近、いろいろな雑誌とか新聞等では「静愛」などという表現をされている方もありますが、こういう意味での性というものに対する社会的な目が開けてきた。そこに高齢者の性の価値を議論する背景が出てきたのではないかと思われる。

3.男らしさ・女らしさ(性役割)
少し医学的な立場で性を見てみると、性はその性機能がポイントであり、そこで生殖が行われるわけであるが、同時に性機能を行わせるために体が男らしく、または女らしくなるという性成熟が起こる。
体が成熟しただけではなく、心理的にも男らしさ、女らしさ、性役割(gender role)というものがある。有名なボーボワールが「女は女で生まれるのではなくて、女につくられるのだ」といいましたが、心理学あるいは教育学の先生はそのように考えられますが、医学的な立場では、すべてが後天的につくられるのではなく、やはり生まれる前の段階で脳の性分化があり、男らしくなる、女らしくなる、あるいはホモセクシュアルになるという傾向がある。いま、ホモセクシュアルの人がエイズで亡くなるので、その人たちの脳の解剖学的研究が進んでおり、その結果、ホモセクシュアルはホモセクシュアルらしい脳の形態学があるということが徐々に判明してきた。そのような意味からも、個人の性役割のなかで、生後の教育によって形成される部分より生物学的に形づくられた性役割の部分の方がより本質的な重みをもっている。
また、そのような個体の体のなかの性と同時に、さらに性というものは行動科学的な意味があり、サイコソーシャルな生活のなかにおける性、スキンシップやペアシップにおける性など、性というものはより大きなジャンルのなかで解釈していく必要がある。性は単に性器だけの性ではないということを考える必要があり、また高齢者の性を議論する場合には、このような大きなジャンルのなかにおける高齢者の性という理解でアプローチする必要があると考えている。
そのような意味からとらえた場合、生きるということはまさに性なのである。われわれは男か女かでしか生きられないわけであり、生きるという漢字「生」に心を意味する〔〕篇(りっしんべん)をつけると「性」になる。すなわち、心ある生き方をすることが性であるといえるのではないだろうか。まさにライフ・アンド・セックスという言葉があるが、われわれの生というものは性に裏付けされているといわざるを得ず、そのような意味からも重要であり、生殖が終わった高齢者においても、性はやはり生の中心にあるといわざるを得ないのではないかと考える。
図4に示すように卵の中心である黄身の部分が性であり、生の中心である。そして、卵の黄身的な意味でのセックスがあるのではないか。これこそが卵の卵たるゆえんであり、生の主たるゆえんである。性は生の満足度や潤い度に深く関与しているといってよいのではないかと思われる。
しかし、黄身の大きさはそれぞれの環境条件によって割合が違い、生のなかにおけるセックスの占める割合は、さまざまな条件で変わってくる。しかし、やはりそれが生の満足度、潤いの中心にあるということは間違いないことである。
では性の基本である男と女をつくるものはなにかということになる。筆者は臨床男性科学が専門なので、ここでは男をつくるものはなにかについて述べてみたい。このいちばんの基本は男性ホルモンである。男性ホルモンのなかでも、体のなかにあるホルモンは、ホルモンだけで存在せず、多くはタンパクと結合する。タンパクと結合すると、活動が落ちてくる。よって自由な遊離ホルモンが生物学的に活力がある。フリーテストステロンが男を男にする力をもつホルモンであり、それが加齢によって、血中濃度が変わってくる。すなわち思春期を迎え、成人になるとピークになり、徐々に高齢になると落ちてくる。このホルモンの動きによって、種々に男らしさが変わってくるのである(図5)。
さきに述べた男の性役割(ジェンダーロール)は男性ホルモンによって生まれる前にある程度方向付けされ、それがさらに生後の男性ホルモンの作用でより強められる。その男の性役割、いいかえれば男らしさが年齢によりどのように変化するかを調査するためにいろいろな心理テストを実施してみた。
図6は名前も年齢も伏していろいろな人々を調査し、その心理テストを臨床心理の専門家に採点してもらった後、名前と年齢を合わせてプロットしたデータである。非常に興味深いことは、30代から壮年期には強い男らしさが表面に出ている。それが加齢によって徐々に衰えてくることが分かる。
しかし、これがほんとうに弱くなるのは高年期で、それまでは男らしさは弱くなったといっても中等度には保たれてはいる。
図7に示されるように、60歳以上の男性の男らしさ(male gender role)の強さと、遊離テストステロン(free testosterone)の値との相関性が非常に強いというデータになっている。われわれもこのデータがあまりにきれいなので非常に驚いたのであるが、確かに男性ホルモンと男らしさとの関係が非常に強いように思われる。
それでは逆にホルモンの非常に少ない人たちの男らしさ・男性性役割はどのようになるのか。少し専門的になるが、中国の宦官(睾丸を取って後宮に仕えた役人)に似て、睾丸がほとんど働かないので類宦官症といい、男性ホルモンのレベルが小児レベルの患者がいるが、その人たちの男性性役割はかなり弱い。その人たちに比べれば、健康男性は高齢者になっても中等度の男らしさを保っていることが図8からも認められる。
しかしもう1つ、男にはアグレッシブネス(非常に積極性のある性格)が、男らしさ・男性性役割の衰えと並行するように、高齢になっていくと減っていく。若いときに非常にアグレッシブだった人が、だんだん歳をとっていくと丸くなるということをよく耳にするが、図9の統計でも、その傾向が出ていることは非常に興味深いことである。
同時に、歳をとると、フィジカル・インフェリオリティ(physical inferiority)、肉体的な劣等感、あるいは自信のなさなどが出てくる。そしてそれは加齢とともに強くなってくる(図10)。アグレッシブネスが弱くなるにつれて、その裏にはフィジカル・インフェリオリティという感覚が芽生えていることがわかる。

4.夜間睡眠時勃起現象
そのような性格としてのまた心理的な性と同時に、性のもう1つの要因として生理的な性すなわち性機能がある。その性機能のシンボルは男性では勃起能であるといえる。普通の人は勃起能というのは性的興奮したときだけの勃起のように考えているが、人間は寝ているとき、REM睡眠で夢をみたり目がキョロキョロ動くような時期にはかなり勃起している。実際には、たとえば若い20歳代の人は、睡眠時の4〜5割は勃起しており、60歳でも2割程度は勃起している。最後の朝の勃起がモーニング・エレクション、早朝勃起として気付くわけであり、睡眠時にかなり勃起しているといってよい。図11に、その夜間睡眠的勃起現象・睡眠時間内に占める割合の加齢性変化を示してある。
そこでほんとうに性機能が落ちたかどうかを確かめるにはその夜間睡眠時勃起現象を調べればよいことになる。

5.性生活の実態調査結果
次にそういう勃起能をもった人がどのような性生活の実態をもっているかということが医学的にも問題である。われわれはいろいろな年齢の方々の協力を得て、現在、男性では約7,000例、女性では約3,000例の性生活の実態調査を実施した。
図12に示すように加齢に伴って少しずつ衰え、50代の半ばぐらいまでは比較的元気であるが、以後は徐々に下がり、80代前半になると、ほとんど性生活をもたないという人が6割程度になる。しかし逆にいえば、80歳でも4割の人が性生活をもっている。さらに、約1割が月に1〜2回ぐらいの性生活をもつというデータが示されている。
ほぼ40代半ばまでが、週に1〜2回程度、60代前半ぐらいまでが月に1〜2回程度の性生活を維持している。これが平均であり、これを中心にして糖尿病の人やいろいろな疾患をもった人の性的能力を研究し、かつそれを材料にして治療方針を決めている。
一方女性の場合は、夫がおりしかも妊娠していない人を対象として調査した。ほぼ同様のデータが得られたが、高齢者では男性に比べ、性生活をもたない人が増えている(図13)。
このような調査をした場合、アンケート調査であることから、いいかげんな回答が多いのではないかとの反論も受ける。しかしこの調査は、男性側と女性側を調査し、しかも女性側の夫の年齢で性生活の実態を調整した。その結果、男性側の回答と、女性側の回答が、ほとんど同じ結果となった事実を考え合わせると、この調査はかなり正確であるといえるのではないかと考える(図14)。
ただ、60歳後半になってくると、男性より女性のほうが性生活が落ちているというデータになっている。この点については、今後も検討を重ねる必要があると考える。
女性は更年期をすぎると内分泌学的な機能が落ち、性器の活性度が落ちてくるために、湿潤度が落ちるということがある。そのために疼痛がある場合があり、性器の湿潤度が落ちている人は性交頻度も非常に落ちているということになる(図15)。
そのような意味では、更年期後のホルモン補給療法、HRT(ホルモン・リプレースメント・セラピー)という言葉があるが、外国ではピルを避妊のためにも使うが、その後の生殖後年齢における、オステオポローシス(骨がぼろぼろになる)の抑制や性機能の維持のために使用し、70近くまで生理があるという人がいると聞いている。そのように女性側が長く性的活性度を保つようになると、今後は男性側の性機能の維持も大きな問題になるのではないかと思える。
しかし、性はカップルの話であり、男性側からみても、男性の性欲や勃起能もセクシュアル・パートナーの協力がないと、その能力は落ちてしまう。私は「性は脳なり」という言葉をよく使うが、そのような意味でペアシップの重要性が、男性の性機能にも如実に現れてくるといっても過言ではないと思われる。

6.QOLにおける性生活の意義
日本では高齢者の性は必要ないというのが一般的な常識となっている。たとえば、丸谷才一氏の高等学校時代の恩師である植村先生が喜寿の祝いに、「みんながお祝いしてくれるので、医師を訪れたところ、身体には異常がない。ただし、1か所、思うに任せないところがあるが、これは年齢的にやむを得ないだろう。日本では人畜無害という言葉があるが、高齢者は性に関してはもうあきらめてもいいのではないか」というように人畜無害になるのが当たり前のような風潮となっている。
しかし、最近、90歳の波多野完治先生が出版された『われ老いる。ゆえに我あり』という本のなかに、「老いと性」について書かれておられ、「高齢者といえども、性がないというのは誤解であって、そういうものは今後大きく社会的な制約を変えていかなければいけないのではないか。年寄りが性をいうと、ヒヒおやじなどといわれ、けしからん」といっておられる。実際そのような時代がきつつあることは間違いないと思われる。
図16は、ほんとうに性はいらないと人々が考えているかを調査したもので、若い人はともかくとして、60歳代で全然性生活がないという人、月に1回か2か月に1回程度という人に生活に潤いがあるかどうかを質問したところ、性生活をもたないということは潤いがないと考えており、やはり60歳といえども、性生活をもたない人間は生活に潤いがないと感じていることは間違いない事実である。よって、人畜無害であって関係がないというのは、酒を飲むときの、あるいは公的な発言であって、心のなかではそうではないということをこのデータは示している。
女子側でも同じように、性生活がない人は、男性ほどシリアスではないが、やはりあまり生活が潤っていないと感じているようである(図17)。
さらに、性生活がなくても満足しているかどうかを調査した結果、やはり満足していない。特に男性のデータははっきりしており、また女子側も同様に、60歳といえども満足していない。この結果をみる限りでは、性を無視した生活ではなく、高齢者におけるペアシップ、静かなる愛としての性の重要性を考えているか。さらに、やはり体温を温め合うことがいかに生活の基本としてたいせつであると思っているかをこのデータは示しているように思われる。
性は、徐々にホルモンが少なくなるなどの種々の問題によって衰えてくる。更年期(40代後半から50代)に女性は閉経期を迎えるが、男性もいろいろな意味でバランスが崩れ、特にストレスが多いと、性的な障害などの不定愁訴が出る。そのような原因によって性機能が落ちてくる。また、いろいろな薬の服用によっても起きてくる。図18は、高血圧の薬で性機能が落ちるというデータである。いままでの医療は、血圧が正常になるならば性機能などは無視をしろ、といっていた。さらにいろいろな疾患、例えば糖尿病患者や透析患者に対しても同様で、生きていればよいではないかという形で処理され、QOLの基本的要因の1つである性をほとんど考えていないのが現状である。
ほんとうにこれらの病気をもつ人々は、性はいらないと考えているのかといえば、そうではなく、やはり6割ぐらいの人は性機能の回復を望んでいる。そして、何とかしてほしいが、どこに訴えればよいか、どのようにしてもらいたいかが分かっていないために、なにもいわないというのが現状である。
それでは残りの4割の人はどうして回復を望まなかったのか。すると、「もう年だから」「糖尿病の治療がたいへんだから」と考えている。しかし私が強調したいのは、あきらめないで病気を治し、しかも病気であるということで、社会的に孤立化しやすいのを救う意味で男女のスキンシップなどにより心を温める、体温を温め合う仲間をもつことが、病気を克服していくための非常に大きな要因であるということである。
もう1つは、性機能は単にスキンシップだけではなく、男としての生活のステイタスシンボルであるということ。性交渉はもたなくとも、勃起能があるということは男としての自信にもつながっていることは、いろいろなデータからいえることである。そのような意味においても、性機能の維持は、非常に重要な意義をもっているといってよい。一般臨床においても、医師の世界でも今後考えなければならないと強調されているし、またそのような動きになりつつある。
患者も積極的にそれをドクターに訴え、治療学的なアプローチをする必要がある。壮年期から老年期には必ず老いの坂を下るわけであるが、その老いの坂を急下降しない、あるいは、乱れた乱調の下降をしないというのがたいせつであり、医学的にはこのような部分を何とか支えて上に上げ、老いの坂をできる限り緩やかに下ろすことが重要である。

7.性機能調査用質問紙の意義
しかし実際に目の前の患者さんが、性にはどの程度の能力があるのかがなかなか分からない。そこでわれわれは試行錯誤で10年以上かけて、どのような質問が最も性機能と結びつくかと考え、性機能調査用質問紙を作成した(図19)。
患者の横にナースがいたり、待っている患者がいるところで性機能は聞けない場合、このような質問紙を渡して書いてもらうとかなり率直に記入する方が多い。問題があれば、改めてその人と1対1でいろいろな話をうかがい、検査をし、治療をして、スキンシップの回復へもっていくような処置を行うことができる。そのような意味での質問紙は、日本のような文化背景、性をオフィシャルに語れない場では非常に有用ではないかと思われる。

8.スキンシップとしての性の重要性
1つの提言として、ヘミングウェイの有名な『老人と海』になぞらえて、私はここで21世紀に向けての発想の転換として、「The Old Man and Sea」のSeaのaをxに変えた「The Old Man and Sex」としたらどうかと考えている。これにより、高齢者のQOLは増進するのではないか。まさに、波多野完治先生がいわれているように、「老人といえども生物としての社会人であり、孤独では生きられない」というお言葉にも沿える発想ではないか。これをぜひ私は提唱したいと思っている。
いままでの性教育は性教育思春期科に偏りすぎていた。今後は、中高年の性を考える「性教育中高年科」をつくるべきではないか。そして、体温を温め合うなどのスキンシップの重要性を議論すべきである。
私が非常に感銘を受けたのは、芥川賞受賞者の大庭みな子さんの随筆で、彼女がカナダ時代の友人で、親しかった2組のカップルのうち、片方がご主人が亡くなり、片方が夫人を亡くし、残った2人が再婚し、日本にきて、彼女の家に泊まったとき、いろいろ思い出話を話した後、大庭さんが奥さんに「いまのご主人との生活でどこがいいのか」と尋ねたところ、体温を確かめあえるのがいいといったと書いている。このように年をとったときのスキンシップ、体温を温め合うということが性の1つの基本であるというニュアンスの随筆を書かれている。まさにこれをより重要視し、あらゆる人に啓蒙するという、性教育中高年科というものがいろいろなところで、盛んになればいいと考えている(図20)。
私は最後にもう1つ提唱したいのは、日本の文化の「見ざる・言わざる・聞かざる」というのがあるが、これはだめである。「見ざる・聞かざる・言わざる・立たざる」などという消極的人生ではなく、おおいに聞き、見て、言って、そして元気に立てと主張したい。高齢者にもこれをあてはめ、耳が遠くても、補聴器を使い、目が見えなければ老眼鏡をかけて、おおいに発言し、社会生活をもち、かつ男らしく立つ猿でありたいと思う。
高齢者のQOLを議論するとき、ぜひそのような「アクティブ・フォー・モンキーズ(元気あふれる4匹の猿)」、これをシンボルとして、今後、高齢者の医学あるいは社会生活を議論されることを提言するしだいである(図21)。


図1 人のライフサイクル


図2 都市計画=健康管理


図3 性の生物学的意義


図4 生のなかにおける性の意義


図5 加齢に伴う血中free testosteroneの変化と性差


図6 成人男性におけるmale gennder roleの年齢別頻度


図7 高齢者(60歳以上)男性における血清free testosterone値とmale gennder role


図8 各種疾患と高齢男性のmale gennder role


図9 成人男性におけるaggressiveenessと年齢別頻度


図10成人男性におけるphysical inferiorityの年齢別頻度


図11 睡眠時間に占めるNPT時間の割合の年齢別推移


図12 日本男性の性生活の実態


図13 日本女性の性生活の実態


図14 日本男性の性生活の実態:男性自身の回答と妻側の回答との頻度比較


図15 既婚の実年齢女性(55〜64歳)の性生活


図16 健康男性における性生活による生活の潤い度:年代別、性交頻度別の検討


図17 健康女性における性生活による生活潤い度:年代別、性交頻度別の検討


図18 高血圧治療薬のクオリティ・オブ・ライフへの影響(A、B、C三薬比較)


図19 札幌医大式性機能質問紙の質問項目と得点


図20

図21 アクティブ・フォー・モンキーズ





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