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高齢者ケア国際シンポジウム
第4回(1993年) 高齢者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)


第3部 発表  デンマークにおけるプライマリー・ヘルスケアの実情と将来

デンマーク・コペンハーゲン大学社会医学研究所主任研究員、公衆衛生看護婦
リス・ワグナー
Lis Wagner



1.デンマークにおけるプライマリー・ヘルスケア
1984年に世界保健機関(WHO)が展開した戦略「すべての人々に健康を」にデンマークが賛同して以来、全国的にプライマリー・ヘルスケアの重要性が強調された。また、保健費が上昇しているなかにあって、プライマリー・ヘルスケアは少ない費用で質の高いケアを提供できるとの理由から、よりいっそう重要視されることになった。
デンマークは、14の県と275の市町村に分かれており、その保健サービスは、デンマーク保健省(Danish Ministry of Health)が管轄し、またそのサポートを、複数の常設諮問委員会が行っている。
各県は、病院サービスならびに健康保険制度がカバーするヘルスサービスを、デンマーク病院法(Danish Hospital Act:第2次ヘルスケアシステム)に基づき管理し(たとえばサービス出来高払いを基準)、消費者は歯科治療、処方薬、理学療法などの費用の一部を負担している。
一方、地方自治体は、予防保健サービス、ナーシングホーム、ホームヘルプ、24時間ホーム看護(市町村の半数以上はこのサービスを実施)、補助器具、給食などの社会保障法で定められたサービスを主に提供している。また、これらのサービスの広報は、市町村の社会福祉・保健委員会が担当している。
2.SKAEVINGEプロジェクト
デンマークでは、高齢化とは「例外なく虚弱で、人の世話になることが多くなる厄介な問題である」と考えられていたが、最近は、「最後に自分の好きなことをする時間のもてる人生の一時期である」との肯定的な見方に変わってきた。
しかしこれと並行して、高齢者を他の人たちとは異なった特殊な階級と考える傾向もある。退職者のための特別活動、老人だけの特定のクラブ、そして旅行グループの設立などはこの考え方を物語っているといえる。
2040年にはヨーロッパの人口のほぼ4分の1が65歳以上の高齢者であるという現実を考えたとき、彼らを特殊な階級とはいえなくなってくる。すべてにわたり完全に融合して暮らすことが、高齢者のみならず社会の利益になると思われる2)。
このような融和がデンマークの小さな地域社会、Skaevingeで試みられている。
(1)プロジェクトの背景
高齢者に対する公的なケアは非常に行き届いている。1960年以降、高齢者ケアの提供は、私的ケアから公的ケアへと大きく移行し、私的なネットワークは主として社会との触れ合いの手段となった。
1980年代になり、ケアの形態が施設型からコミュニティー型へと変わってきた。デンマークでは、老齢年金のみで十分生活ができ、年金受給者のほぼ半数がこれのみの収入で生活している。
たとえば、ナーシングホームに入所する場合は、年金全額に加えて、他の社会保障手当の60%を支払うが、その見返りとして、あらゆるものが無料となるばかりでなく、わずかではあるが「お小遣」も支給されるのである。しかし、この制度が問題とされ、長期にわたりデンマークで論議されている。それは、この方法が人々に責任感を失わさせ、生活を消極的にさせるという兆候があるばかりでなく、本制度設立の狙いに反するとの理由からである。これはまたSkaevingeプロジェクト構想が発足した目的でもある。
Skaevingeは1980年代中ごろにプロジェクトの行動研究(action research)を利用した最初のコミュニティーであり、その成果は評価されている。プライマリー・ヘルスケアの構造がどのように変わり得るかに重点をおいて、話をすすめたい。
(2)企画段階
Skaevingeは人口5,000人のデンマークの田舎のコミュニティーでその10%は年金受給者である。Skaevingeプロジェクトの構想は、社会問題省(Ministry of Social Affairs)が社会サービス財源の引き締め通知を配布した年に始まった。
1)高齢者ケアと在宅条件の実験的計画に着手した目的
?@入居している住宅のタイプに関係なく、コミュニティーのメンバーすべてに保健サービスを給付する。
?A各人がその健康と生活の質を維持し、高めることができるように支援し、優先的に予防手段を講じる。
2)プロジェクト・メンバー構成
私はプロジェクト・リーダーとしてメンバーの構成にあたった。プロジェクトチームのメンバーは、これまでに仕事上互いに関係のない分野、ホームヘルプ、在宅看護、公衆衛生看護、ナーシングホーム、高齢者からおのおの1名ずつの代表者を選出した。
最初から高齢者とスタッフの積極的な取組みが重要な要素となった。企画の段階で行った専門家・技術者グループ(ホームヘルプ、公衆衛生看護、在宅看護、ナーシングホーム)の会合から、各分野間の調整と協力が十分でなく、さらに高齢者ケアに関する共通の目標がないことが判明した。他分野の仕事との密接な協力と、深い理解が必要であった。チームは最初、既存の「機構」から抜け出すことは難しいと考えた。
3)プロジェクトチームの仕事
?@専門的・技術的内容を強化する。
?A保健給付の統一を保証する。
?Bプロジェクトと並行して展開される研修/セミナー/会議の企画に参加する。
?C調整過程において意見、批評、独創的な考えを提供する。
?D専門・技術グループの代表者を通じて、情報交換、対話を確保する。
時間が大きな問題であり、自己批判とユーモアのセンスも念頭におくべきたいせつな要素であった。プロジェクトの実施に3年半が予定された。
4)プロジェクトの基礎
チームは関連の文献を集め、検討し、プロジェクトの基礎となりうるアイディアと計画について討論することから始めた。人の哲学的な見方(人間観)、組織、24時間サービスという3つの中心概念に基づき、関連文献のリストを増やし、まとめ、検討した。
5)人間観の重要性
チームは、組織と24時間サービスの概念を独創的に実施するのは難しいことにすぐ気づいたのである。計画と準備は共通の人間観に基づく必要があるという結論が出された。アイディアと独創的な思想の共通の土壌として人間をみることがたいせつであり、WHOの掲げる「すべての人々に健康を」戦略の背後にある見解もこの人間観から生まれているのである。すなわち、この人間観がまず先にあり、そして実践がその後に続くのである。
(3)セルフケアのアプローチ
人間は自由で、自主的にものを考え、行動する個人、すなわち自分自身の人生について責任をもって意思決定できる、との思想に基づいて構築されたのが、セルフケアの概念である。この概念によれば、ヘルスケアのスタッフの役割は相談機能であり、スタッフはたえずその技術知識を向上させ新しくし、それによって世話を受けている人がその生活を責任をもって続けるのに必要な知識と技量を得られるようにする責任がある。
1)セルフケアの概念の実施
ヘルスケアのスタッフ組合の代表者を交えて討論の末、セルフケアの概念の実施が決定された。ヘルスケア・スタッフが施設でなにか間違ったことをしていないか、ナーシングホームはなぜ時代遅れの施設なのか、といった疑問が投げかけられた。
2)誤った考え
その答えは、ヘルスケア・スタッフが「メイド症候群にかかっている」ということであった。彼らは1日最大8時間の勤務に対して支払いを受け、ナーシングホームの入居者ができる限り自分で自分のことをするように奨励するよりも「手助け」をし、「世話」をするという根強い習慣を身につけてきた。一方、入居者はヘルスケア・スタッフはそのために雇われていると考え、そのようなサービスを期待していたのである。
3)セルフケアの結論
ホームケア・スタッフの役割は、セルフケアの3つの段階、すなわち、?@全面的に補う、?A部分的に補う、?B訪問介護、相談、指導、の段階で考えるべきである。
ナーシングホームの構造が「サービスを一括して解決する」ようになっているため、プロジェクト・チームの個人および一般常識についての考え方に矛盾するとの結論に達した。入居者のニーズに関係なく、日に3度の投薬、定時の食事、これらにより自分で管理をする必要はなにもなくなる。そのうえ、入居者の年金は全額こうしたサービスの支払いにあてられる。
このような理論に到達するのに1年半を要した。
これらの新しい構想は実際面にどのように影響したのだろうか。
(4)実際面
ナーシングホームの概念を捨てた。つまりナーシングホームの部屋(各部屋20?u、専用バス・トイレ、台所つき)を個人住宅に変えたのである。年金は居住者に直接給付され、食物、調髪、個人的な買い物、薬、新聞の代金などは個人的に支払わなければならない。ヘルスケア・スタッフと年金受給者は総合的な評価に従って事例ごとに、ヘルスケアについて合意した。
1)ヘルスケア担当の調整
Skaevingeプロジェクトを実施するにあたっては、継続的な研修を含め、ヘルスケア担当の調整を少なからず必要とした。この調整に取り組んだ労働組合は、合同保健部門の設立を含め、2年間にわたって導入されたかなり広範囲の組織変革について積極的な態度をみせた。
プロジェクトチームは組織構造上の変革の受入れレベルと、これが非常にスムーズに行われたことについて驚いている。ナーシングホームにおける看護部門は24時間看護サービスヘ移管され、前所長が研修コンサルタントになった。在宅看護を担当していた2人の病棟シスターと看護婦は、地域の看護婦として働いている。訪問保健婦の役割はコミュニティー全体の人たちの相談相手であり、正看護婦(Aarhus大学上級看護学校の全資格を有する)が保健部門全体を取りしきることとした。
2)新グループ構成
これはこれまで4つの専門領域であったものを1人のコーディネーターが指導者としてあたるようになったという意味である。中間の指導者がいない代わりに、自治グループが、一部日常の計画と仕事の実行に関与する。新しいグループは、「デイセンター・グループ」(運動療法、理学療法、調理場)と、地域看護婦、助手およびホームヘルパーから成る「プライマリー・グループ」(一部は日中シフト制)である。各プライマリー・グループはコミュニティー人口の3分の1を受け持ち、かつてナーシングホームだったアパートの半数もカバーしている。夕方と夜のシフトの間、週末と休日にはコミュニティーは1つの大きな地区となる。
プライマリー・グループができることよって、随時支援のニーズに答えられる幅のある柔軟性を備え、技術者・専門家グループの緊密な協力と適切な利用につながった。
平日は看護婦が午前8時から午後4時までコール・ステーションに勤務し、コミュニティーの仕事を調整するが、これは訪問看護婦が交代であたる。高齢者に限らずコミュニティーの人はだれでも、電話による助言を受けることができる。コール・ステーションにいる看護婦は勤務時間を調整し、情報がヘルスケア・センターの全部門に届いていることを確認する。
(5)ヘルスケア・センター
1)概要
かつてのナーシングホームの基本的な建物のレイアウトを変更せずに専用のアパートに形を変えた。同時にホーム・ナーシング、公衆衛生看護、デイセンターを同じ傘下におさめるヘルスケア・センターが設立された。ここでは初めて専門家、技術者の作業グループが手を結んだ。センターは65戸の個人アパートに住む人たちに限らず、コミュニティーのほかの市民も対象にしたサービスを行う。
コミュニティー全域に24時間サービスを行った結果、セルフヘルプについての情報が改善され、自宅にいても助けが得られることが分かったことから、高齢者は自宅に住み続ける道を選んだ。ヘルスケア・センター内の「デイセンター」も拡張、展開、制度化が進み、支援を必要とし、世話を受ける可能性のあるコミュニティーの住人を確認した。
2)24時間サービス
本サービスはアパートの居住者で、老人や痴呆症の人に必要であり、自分でトイレに行ったり、入浴できない人にも必要である。しかしこの同じ人たちが自分の財産の管理、朝食の準備をする、医師をよぶといったことはできるかもしれない。原則は、だれもがまさに必要としている支援を得られることである。
自分自身の生活を管理できなくなるような支援方法のネットワークに自動的に乗せられる人はだれもいない。
3)ナーシングホーム
かつてのナーシングホームが、いまでは39の個室、12の2人部屋、2つの客室になっている。一時的なケアを要する人たち、たとえば普段は自宅で暮らしているが配偶者が一時的にケアが必要となった障害者とか、入院するほどではないが1人で放置することができないような病気にかかっていたり、高熱のある老人を1日/1晩預かる部屋が1つある。
(6)結果
ナーシングホームを個人アパートに変え、コミュニティー全域に24時間サービスを導入した新しい学際的な構造が、結果として生まれた。スタッフと住人との間には継続したコミュニケーションがあり、これはプロジェクトがスタッフと市民の両方からインプットを得ているという意味である。
Skaevingeの全住民が、いまではプロジェクト機構の一部になっている。
これは、24時間在宅看護サービスを導入したことによって、高齢者のみならず、すべての人がヘルスケア・サービス全般の便益を受けられることになったためである。
学際チームはプロジェクトの企画と展開の段階で、共通の土壌をもつ構想と考え方がたいせつであることを強調した。これを考慮して、ありふれたやり方を変え、新しい組織のモデルを計画することが必要となった。
評価プログラムは、
?@予算-介入前と介入後、
?A67歳以上の市民-介入前と介入後、
?B入院の減少-登録後、
の3点に基づいて作成された。
1)社会生活の改善
従来のナーシングホームの住人はそれぞれ個性があり、Skaevingeプロジェクトが開始されて以来、彼らの社会行動は明らかに変化した。いまではグループ活動やパーティーへ参加でき、友人のために特別なもてなし(誕生日にケーキを焼くなど)をすることができる。グループで鑑賞するためのビデオを借りるお金を出し合うなど、自分で財布の管理もできる。
自分で朝食の用意をする住人も多い。ホームヘルパーに買い物をしてもらったり手伝ってもらったりするが、夕食は自分でサンドイッチをつくる人が増えた。
住人の大多数は所持金が増え、テレビその他の必要品を買ったり、電話をつけることもできるようになった。つまり、変革によって住人の個性が際立ってきたのである。
2)プロジェクトの応用
本プロジェクトを規模の大きいコミュニティーや他の国に適用する場合、その地域をSkaevinge程度の大きさに区切ったほうがよいと思われる。事実、1988年から1992年にかけて達成予定の同様のプロジェクトが、Skaevingeの4倍の広さのあるGraested/Gillelejeにおいて実施されている。しかし、この種のプロジェクトの成功は地理的・文化的条件、そして少なからず政治的・経済的条件によるところが大きい点に留意しなければならない。
本プロジェクトのねらいは、コミュニティーのためにお金を節約することではなく、より多くの人が恩恵に浴せるように、人的・経済的資源を割り当てることである。
(7)結論
デンマークはナーシングホームを新たに建設する予定はない。65歳以上の高齢者の40%は個人住宅で配偶者とともに生活しているが、50%は1人暮らしである。個人住宅に住んでいる高齢者の日常の手助けとケアの大部分は、配偶者のいる場合は配偶者が、いない場合はホームヘルパーと地域の看護婦が行っている。これまでになく多くのコミュニティーで、こうしたサービスがいまでは24時間体制で提供されている。これは非常に柔軟性のあるシステムで、1週間に2時間から1日に数回の支援を提供するケースもある。ケアの形は世話を受ける人の変化するニーズを満たせるように調整される。
施設型からコミュニティー・サービスに変わった後、ナーシングホームとケア付き住宅は、障害者のニーズに合わせ、柔軟なコミュニティー・サービスと結びついた特別設計の個人アパートに代わった。これらのアパートは新しい建物か、古い建物を改造したなかにつくられている。いずれの事例においても、細部にわたる規格と特別の要件を満たさなければならない。
過去のナーシングホームは、言わば「ひとまとめ」サービスであった。新しいシステムでは、住宅とケアは別々の機能となり、住宅については、1部屋とバスルームというナーシングホーム型から近代設備のある特別設計の2部屋のアパートヘと改良された。個人アパートでのケア・サービスは、高齢者当人のニーズを満たすため、時間的に調整され、意思決定と責任を分かち合う制度も含まれている。
高齢者のためのプライマリー・ヘルスケアの制度全体の新しい編成は、昨年第一歩を踏み出したばかりである。それはヘルスケア・スタッフのための柔軟性のある研修プログラムである。
いまでは、基礎教育のあとでいろいろな分野で専門家になることが可能である。こうした新しい教育制度の下で専門家は、既存の施設にとどまらず、高齢者用に特別に設立されたアパートにおいても、ケアが必要な老人が好んで住んでいる個人住宅と同じように、ケアを提供できるように教育を受けることになる。
3.勧告
高齢者のためのナーシングホームのような施設を削減すること、プライマリー・ヘルスケア部門によるサービスが受けやすい個人住宅を建設する、などは高齢者にとってもスタッフにとってもより満足のいくものである。
参考文献
1)WHO:"Targets for Health for All by the Year of 2000".World Health Organization, Regional Office for Europe,Copenhagen(1985).
2)Resolution of 15.5.1986 on community action to improve the position of elderly people in the Community's member states(EFT C 148 of 16.6.1986,p.61)。
3)Wagner,Lis"Skaevinge-projektet-en model for fremtidens primaere sundhedstjeneste". Kommunetrk,marts 1988.Copenhagen.
4)Orem,Dorothea E.Nursing:"Concepts of practice".McGraw-Hill Book Company,New York(1980).
5)Wagner,Lis."Non-Institutional Care for the Elderly. A Danish Model".
Dan.Med.Bull.,39:236-8(1992)。


図1 スケビンゲ市


図2 デンマークのプライマリー・ケアー制度


図3 セルフケアの理論


図4 実践研究モデル





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