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高齢者ケア国際シンポジウム
第4回(1993年) 高齢者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)


第3部 発表  韓国老人保健医療福祉の現状と展望

韓国・同徳女子大学校大学院院長
李允淑



1.序論
いま、人類はかつて経験したことのない速度で人口高齢化時代を迎えている。韓国は2次大戦以後、日本同様に産業の近代化により、高度成長を達成した。しかし現在、世界的不況のなかで、低成長時代に突入したことにより、韓国の老人対策は非常に困難な状況に陥っている。この低成長にもかかわらず社会資源の増加はGNPの増加速度を上回り、とくに老人問題に対する対策費は、増額要求が強く叫ばれている現状にある。
韓国の社会福祉政策は形式に重点をおいている傾向が強い。建国後、制憲議会で基礎された憲法のなかで「人間らしい生活の保障」を規定する等の福祉国家の理念は提唱されたが、多分に宣言的意味をもつのみであった。その間数多くの老人福祉法(1981.6.制定)を含む社会福祉関係法が提唱されたが、その具体的な実施にはかなりの時間が費やされた。
実際的に社会福祉対策がわれわれの生活に影響を及ぼし始めたのは1980年代の中ごろからである。医療保険が部分的に実施されると同時に、1987年以後の民主化により、医療保険は全国民に普及し、国民年金、最低賃金制が実施された。
韓国の社会保障制度は制度の貢献という点からみると、雇傭保険と家族手当を除き先進福祉国家と同様のものといえる。しかしこれらの制度は、適用対象に対して制限的であるばかりでなく、給与水準、運営、管理、専門化等の水準においても欠陥を多く抱えているのが現状である。また本制度は、労働組合および民衆の強い要望によって作成されたものではなく、国家の状況(危機)を認識して導入されたものであるため、国家主導的性格が強い。したがってすべての社会保険制度のなかには国家の財政中立原則と受益者負担原則が強く適用されている。たとえば国民年金は、国の国庫支援がなく、管理運営費の一部分のみをまかなっている。
また、国庫援助がいちばん多い医療保険であっても、50%を越えていない実情であり、診療現場での本人負担額までを合わせるとその援助は25%にも落ちる。一方、医療保険の普及を見てみると、中小企業労働者、農民、商人等の必要階層にはおくれ、軍人、公私立学校教職員等の安定所得階層に最も早く完備されているという逆分配的現象にある。今後の社会福祉財源の拡大のためには租税制度自体の改革とならんで歳出構造のなかで優先順位を調節し、社会福祉予算、とくに老人福祉に対する予算を大幅に引き上げるべきであると考える。
わが国の福祉予算が少ない理由は過度の国防費支出に起因するところが多い。このため南北韓の平和定着が先決問題として登場するのはやむを得ないところである。
具体的には、経済成長と社会福祉を生産的に連結させるシステムをつくることで為政者の福祉観の変化と行政的次元の変革をうながさなければならない。
保健医療福祉等の集団的消費は老人を含む国民の消費能力を社会的に保障するという立場で重要な意味があり、集団的サービス形態の公的サービスを通じ、1つの社会権として人間らしい「生活の質」を保障しなければならない。
さらに、社会の発展に寄与してきた高齢者に対する「生活の質」の向上は当然の権利として考えるべきである。
2.韓国老齢人口の動向と同題点
わが国も保健医学の発達、継続的な経済成長による生活水準の向上、産業技術の発達等により高齢化社会を目前にひかえている。
1990年現在、わが国の総人口(約4,300万人)に占める60歳以上の老齢人口は7.6%(332万人)、65歳以上は5.0%(216万人)である。また、65歳以上の老齢人口が2020年には全人口の13.1%に達することが予測され、平均寿命80歳を目指す高齢化の速度も、外国に類のない速度で加速化している(表1-3、図1,2)。
すでに高齢化社会に進入して60歳以上の人口が23.5%に及んでいるスウェーデン、日本(17.5%)、アメリカ(16.8%)、よりは低いがブラジル(7.1%)、タイ(6.0%)、フィリピン(5.4%)等の開発途上国よりは高く、目前に高齢化社会が迫っていることが予見される。
年齢別構造をみると、1980〜1990年の10年間に60〜64歳人口が40.8%上昇したのに対し、80〜84歳の後期高齢者人口は65.2%、85歳以上は77.2%と異常な増加率を示している。これは、後期高齢者問題の出現を予告しているといえる。
これはまた、生産年齢人口に対する老年扶養比が70年代(10.3%)より90年代(11.5%)のほうが若年層の老年層に対する負担が一段と大きくなってきたことを示している。
ちなみに、1990年現在のわが国の平均寿命は71.3歳であり、男性が67.4歳、女性が75.4歳となっている(表2)。
高齢者の男女比をみると女性100名に対する男性の比率(表4)は64.8で女性のほうが約1.5倍多い。わが国の高齢者性比は日本、アメリカ、フランスばかりでなくエジプト、インド、マレーシア等の開発途上国より低くなっており男女間の平均寿命の差の開きが大きいことを示している。
このような傾向は結婚状態にも影響を及ぼし、全高齢者の44.6%が死別しており女性高齢者の死別比率は64.9%で非常に高い(表5)。
高齢者のみの世帯数は高齢者が同居する全世帯数の10.6%であり、また全世帯数の2.4%に上っている。市地域の高齢者のみの世帯数が7.7%であるのに比して、郡地域では14.3%に上っている。これは農村地域の青壮年層が都市に流出し、過疎化傾向にあることを示している。世帯主または老夫婦ともに60歳以上になっている高齢者のみの世帯数は1985年に395,000であったが、1990年では619,000(56.7%増)に上昇している。
特に高齢者のみの世帯数は、1985年の223,000戸から1990年の342,000戸と実に61%の増加をみせ、老人医療介護、経済問題とからんで心理情緒的ニードが必然的に現れていることを示している。
一方、高齢者の家族形態をみると、72.4%は息子、娘、孫等の直系家族と同居しているが、8.3%(277,000名)は1人暮らしで、そのうち17.2%(570,000名)は夫婦ともに高齢者であるか、片方が高齢者である。高齢者が1人以上家族とともに暮らしている3世代家族は全世帯数の23%に及んでいる。
市、道、郡部の高齢者分布は慶尚北道が12.1%で最も多く、全羅南道、忠清南道が11.6%、全羅北道11%、江原道が9.7%である(図3参照)。
ソウル5.4%、釜山、仁川5.5%、大邱5.8%等、大都市になるにつれ高齢者の比率は少ない。
高齢者の教育程度は1990年現在、無学歴54.2%(日本0.6%)で、1970年の84.6%、1980年の72.2%に比べると大きく低下している。初級、専門大学以上の学歴をもっている者は3.3%で、1970年の0.9%、1980年の1.4%より大きく上昇している。高齢者の高学歴現象が徐々に現れている。
高齢者のなかで1か月以上収入のある仕事に従事したことのある者は941,000名で全体の28.3%である。このなかの63.1%は農業、商売(18.8%)等の自営業で、賃金労働者はわずか14.2%のみであった。
以上のような高齢者人口の動向を前にしてわが国も高齢化社会に立ち入っていることを実感する。これらは高齢者の保健医療福祉対策が緊急な社会検討課題として近い将来に出現するであろうことを予告している。
長寿は古来より人間の宿願であった。人生80年を数える今日、人生50年といわれた昔に比べ、保健医療、経済・社会文化面との調和の取れた「生活の質」に対する追求が改めて求められることは当然のことである。
統計上0〜14歳の人口を年少人口、15〜64歳の人口を生産年齢人口、65歳以上を老年人口、また年少人口と老年人口の両者を合わせて従属人口と一般的に分類されている。この分類によれば、生産年齢人口が低下し老年人口が増加する社会は依存人口の比重が高くなることを意味する。
したがって今後のわが国の第1の課題は、依存人口として分類されている老年人口をどのようにして現実的に自立させ、また質的に保障された創造的階級として導くかということである。そしてこの「自立と質」をめぐる課題は、肉体、精神、社会的・経済的自立と絡めて考えなければならない。
加齢とともに人間は、個体の差はあれ肉体的・精神的能力と自立度が落ちてくる。死を迎えるその日まで、せめて自分の身の回りのことができるように若いころから訓練すべきである。
健康に損傷があるとき、社会復帰または自立への回復に対する援助として保健医療、看護、リハビリ等の福祉的支援が整理されることが望まれる。
本格的高齢化社会を前に、わが国も保健医療を含む保障施策の充実が叫ばれているのもこのような理由によるものである。
3.老化と健康
歳を重ねるにつれ保健問題は生活面で重要な関心の的となっている。疾病に対する保健対策は年齢にかかわりなく均等に与えられるべきものではあるが、特に老化に対しては次のような対策が要求される。
大部分の生物は成長期以後、時間の経過とともに全身の衰退変化を起こす。このような現象を加齢(Aging)または老化とよんでいるが、この現象は不可逆的で同種の生物にはすべて現れる現象である点から、疾病による変化とは体質的に異なる。しかし老化の進行には個体差がある。機能変化の特徴としては、?@予備力の減少、?A防衛反応の低下、?B回復力の低下、?C適応力の減退、を揚げることができる。これらは生存に不利な条件であり、この進行は死亡の危機が増大することを意味する。死亡率は壮年期以後年齢に比例して増加する4,5)。
生理機能の老化が進行した場合であっても意欲を失わない生活をすることにより全体的能力はかなり長期間持続することができる。しかしある事情によって補充する能力を失ったとき、急激に低下していく。
したがって壮年期から心身の変化(たとえば定年など)に合った適当な活動を維持することが重要である。このためには高齢者自身が変化する自己を受容し周囲の人々の理解ある配慮が必要である。
経験豊かな高齢者と生活力の旺盛な若人が互いに協力することによって「協同の生活」を営むとき、われわれ社会は高齢者に「人間らしい生活」を保障できるのである。
4.韓国老人保健医療の現状と対策
(1)韓国政府老人福祉対策の概要
わが国の老人福祉政策は「まず家庭があり、そしてその後に社会保障がある」という原則に依っている。1992年に保健社会部が刊行した保健社会白書のなかに掲載された老人福祉に対する内容を以下に概説してみる。
1)敬老孝親思想の昂揚
政府は毎年5月8日を“父母の日”および敬老週間として制定し、すべての国民に父母の恩恵に感謝し、老人をうやまう風土を造成することに努めている。地域、職場単位に敬老行事が行われ、1992年までに3,800名の人々を褒賞している。孝行者を社会的に優待するため、身元調査書に孝行賞受賞事実を記入することを制定化しており、公務員の場合は優先昇進、希望勤務部署や勤務地域の優先的配置等、人事上優待される。また、父母を養っている世帯には税金の一部が免税される(表6)。
2)敬老優待制度の定着
本制度は、1980年5月8日の父母の日を基準に70歳以上の老人を対象として鉄道、風呂等8業種に対して実施され、1982年にはさらに市内バス、劇場等の5業種を加えた13種類に優待制度が実施された。しかし、民営の場合は政府の援助なくしての実施は負担がかかり、乗車拒否、不親切等の問題が起こった。
それに対し政府は、民営援助のために1990年から本制度を老人乗車券支給制度に変更した(表7)。
老人乗車券(210ウオン)の支給制度は、乗車拒否、不親切等の問題点を解消したが、支給量の過不足が表面化し、農漁村の場合、基本料金(260ウオン)に対する別の乗車券の支払いを要求する新しい問題が発生している。
今後政府は老人乗車券支給制度の改善(支給量拡大)を積極的に補充し、民営の地域福祉的立場での援助および参加を促す必要があると考えている。
(2)老人奉養意識の提高
高齢者人口の増加や核家族等の社会経済的変化に伴い、老父母に対する奉養意識が薄れているのが現状である。政府は老父母奉養世帯に実質的な恩恵が受けられるように制度的装置を強化し、老人扶養機能と家族福祉を増進することにより青少年たちが健全に育つような社会安全を企てるつもりで、1992年3月国務会議で“老父母奉養風土造成施策”を確定した。その内容は、以下に示すとおりである。
・各種税制恵沢賦与
一般相続税控除
・住宅相続控除:3代以上住んだ住宅、5年以上同居奉養した者が相続する
住宅に対しては住宅価額の90%追加控除
・老人人的控除:3千万ウオン
所得税控除
・扶養家族控除:60歳(女55歳)以上直系尊属扶養者、年48万ウオン
・敬老優待控除:65歳以上老人扶養者、年48万ウオン
・老父母奉養手当支給:公務員に1人当たり月15,000ウオン
・住宅資金割増し支援:本人または配偶者の直系尊属と2年以上同居している世帯主で個人住宅の新築、購入および改良時500万ウオンまで割増し支援
(3)健康な老後生活の保障
1)高齢者の健康保護
高齢者は、肉体的・精神的老化によってほとんどが慢性の老人性疾患をもっている。したがって健康は高齢者にとってなによりも重要な問題である。
政府は老人疾患を早期に発見し、健康指導および保健教育を実施することによって高齢者の健康増進を図るため、1983年から無料老人健康診断を実施している。1992年からは糖尿病、白内障等老人性疾患検査項目を追加して制度を大きく改善した。
老人健康診断は1次、2次に区別され、1次基本検査の結果、疾患の疑いのある者は2次精密検査を実施し、その結果を本人または家族に知らせて老人病の予防や治療を受けられるようにしている(表8)。
一方脳卒中など、長期性老人疾患を患っている低額所得高齢者らが入所することのできる実費老人療養施設を設備しており、無料老人療養施設も年々拡大される計画である。
2)在宅高齢者奉仕事業の実施
わが国の全世帯のうち、約5.2%が高齢者のみの世帯と推計されている。このような高齢者世帯のなかで、低額所得者あるいは精神的・肉体的に障害のある高齢者らを対象にボランティアを活用して、定期的に訪問し、日常生活に必要な各種サービスを提供する在宅老人奉仕事業を進めている。1992年現在、在宅老人奉仕事業は全国で12機関に設置運営されており、そのうち10か所の運営費が政府によって援助されている。今後は同事業の地域的拡散のため、財政支援を拡大する計画である。
3)敬老食堂の運営
1960年代からの継続的な経済成長によってわが国は基本的な国民の衣食住問題は解決されている。しかし、公園や敬老食堂等で時間を費やしている高齢者たちのなかには生活費の不足等で昼食が食べられない者もかなり存在する。
このため政府は、1991年に13,600万ウオンの予算を計上し、公園、貧民密集地域に38か所の敬老食堂を設置運営している。社会福祉法人または総合社会福祉館等、既存施設物やボランティアを活用して食事を準備し、彼らに食事を提供している。
4)老人結縁事業の拡大
韓国社会福祉協議会を主体に、招請、訪問等の活動を通じて高齢者に物的・精神的援助をするため、施設収容高齢者と後援者との結縁事業を奨励している。
1990年、公務員新精神運動の1つとして、公務員の結縁事業参加が実施され、1991年12月末現在、93.9%が結縁している。
今後は隣組や言論媒体を通じた広報活動により、本事業を在宅保護老人まで発展させてゆく予定である。
(4)老後所得保障制度の確立
政府は、社会的激変期のなかで老後準備のできなかった貧しい高齢者に所得を援助する老齢手当の支給等の各種施策を講じている。
1)1991年より70歳以上の在宅保護世帯主76,000名に対して支給してきた月1万ウオンの老齢手当が、1992年からは生活保護の必要な高齢者191,000名全員に支給され、また支給額も徐々に増額されつつある。
2)老人能力銀行運営の支援
老人就業相談および斡旋をとおして高齢者に余暇活動や所得機会を与えるため、社団法人大韓老人会が1981年から老人能力銀行を運営している。老人能力銀行(日本の高齢者事業団に類する)の業績をみると、表9のように総計60万名に達している。政府は本事業を活性化するため60か所の能力銀行に対し月30万ウオンの運営費を補助している。
3)老人共同作業場
敬老食堂または老人福祉施設のなかで作業場の設置が可能な施設を選んで共同作業に必要な基本設置費を援助している(表10)。
管内の生産業者と連携して高齢者に適当な作業をさせることで、余暇の善用、所得の一助にもなるが、しかし仕事が継続していないのが欠点である。
(5)老人余暇施設の活性化
高齢者の社会活動欲求を充足させ、余暇生活を意義あるものにするため敬老食堂、老人教室等の余暇施設を積極的に運営することに努めている。政府は地域の篤志家または宗教団体等によって運営されているこれらの施設を改正(1989.12.30)された老人福祉法によって敬老食堂、老人教室として法制化し、その他老人休養所を新しく規定して余暇施設を多様化し、市、道でこれを登録管理している。そのなかで施設数が最も多い地域社会在宅老人の代表的な施設である敬老食堂に対しては、1992年現在、暖房費と月20万ウオンの運営費補助を行っているが、今後はさらに拡大支援する計画である。
また、老人教室に対しても運営実態を把握して老人余暇プログラムの開発および財政支援をする予定であり、老人休養所の拡大方案も立案され、高齢者の健全な余暇生活と社会活動を補助することを試案している(表11)。
(6)老人福祉施設の拡大と運営の改善
1)現状
老人福祉法上、老人福祉施設は養老施設、老人療養施設、実費養老施設、実費老人療養施設、有料養老施設、有料老人療養施設、老人福祉会館、老人福祉住宅等の8種に規定されており、1991年末現在の運営状況は表12に示す。
2)施設の現代化および運営改善
老人施設の収容環境を改善するため老朽化や狭い風呂等の附帯施設のない施設に対しては増・改造費を支援している。老人療養施設に対しては治療器具、風呂装備等の装備補助費も援助している。また、施設従事者の待遇を改善する目的で1990年度より号俸制を導入し、1991年度からは家計補助費を新設して報酬水準を向上させ、優秀な人材を確保することにより施設老人に対するサービスの質を高めるように努めている。
3)老人福祉施設の拡充
現在までわが国は、主として孤独な高齢者を対象とした老人福祉施設を運営してきた。今後は社会の高齢化により家庭のなかでも生活に支障を来す高齢者の数が上昇してくることに対処し、老人負担能力別の有料養老施設、療養施設、老人福祉住宅等の施設の拡大を目指している。このために民間資源の積極的な参加方案も試案している。
以上のようにわが国の政府主導的老人福祉対策は先進工業国に比べて貧困対策を主とした基本的な範囲にとどまっている。
(2)老人保健医療事業
わが国の老人福祉政策が「先家庭後社会保障」の原則で行われていることは上述したとおりである。老人保健医療事業も例外ではない。
1977年1月より実施されている医療保障制度は、医療保護事業を先頭に7月より勤労者のための医療保険制度実施、1988年1月には農漁民医療保険実施、1989年7月に都市自営者の医療保険実施となり、全国民医療保障が実施され高齢者も健康の保障を受けられるようになった。
老人医療の予防のため1983年より毎年低額所得老人22万名を対象に健康診断を実施している。
わが国の老人保健医療事業は成人病管理の一環として健康管理協会等を通じて行う検診事業と医療保護事業対象者に対する検診事業だけが保健所で実施されており、全国的な老人保健医療事業は実施されていないのが実状である。
今日国民の健康問題は慢性、退行性疾患として転換され、国民の保健医療に対する欲求は予防、治療、リハビリテーションの統一された機能と調節が必要とされている。特に老人保健医療問題は予防と治療、リハビリテーションの総合された機能と調節が必要とされるところである7)。
(3)社会サービスと老人保健医療体系
1)住宅生活を支える社会サービス
高齢者の大部分は寝たきり状態になっても、できる限り自分が住み慣れた地域で家族とともに生活することを願っている8)。しかし社会メカニズムの変化により子どもたちとの同居が難しくなり、高齢者の独居世帯または老夫婦だけの世帯が増加している現実では家庭の介護機能が低下する傾向にあるため、さまざまな問題が提起されている。
要介護家庭の経済、肉体的・精神的負担を軽減し、高齢者の環境を改善するために地域の在宅支援体制が確立されている日本や先進国では、対象となる家庭に家庭奉仕員が派遣され、生活全般をサポートしている9)。
高齢者が在宅生活を継続するためには日常生活の援助と同時に必要な保健医療サービスが確立されていなければならない。1985年から日本では診療報酬の改定を行い、寝たきり老人を訪問して医療、看護、物理療法等をする在宅医療を積極的に推進し、在宅の寝たきり老人のための老人治療保健事業を実施している9)。
わが国もこの制度に着目して初期段階にいる家庭奉仕員制度をしだいに地域単位に拡大し、将来は医療保健事業としての寝たきり老人対策に対処するつもりでいる。
また、在宅での継続的ケアのためには老人ホームや社会福祉施設との連帯をもって介護家庭の負担を軽減するのことも現実的に必要である。1990年代から地方自治制が実施されているわが国も地方にある保健所施設を拡大整備し、在宅サービスの中心的拠点として活用しようとする機運が盛り上がっている。
また家族のために、施設に滞留しながら介護技術が習得することのできるホームケア促進事業を開始することや福祉従事者の養成も緊急課題の1つである。
2)老人医療施設とサービス
a)老人福祉施設
都市化の進展による居住環境の変化と女性の社会進出による家庭介護機能の低下に対し、1991年現在72か所の養老施設のなかで実費養老施設(1か所)と有料養老施設(3か所)を運営しており、老人療養施設としても実費(10か所)、有料(1か所)をおのおの運営している6)。このほかにも老人福祉会館、老人福祉住宅等8種の福祉施設(表12参照)がある。これらの規模や内容はまだ充足していないが、高齢化に対する政策の1つとして在宅老人事業の発芽として期待をかけている。
b)老人保健施設
老人保健施設は、症状が安定して病院での入院治療よりは看護や介護が中心になるケアを必要とする老人を対象とする医療ケアと日常生活サービスを併用した施設である。要介護老人の心身の自立を援助し家庭への復帰を目標とする施設で10)、わが国では地域保健所を活性化して、その機能を増大することで実施の方向で検討を重ねている。先進国のように特別養護老人ホームや老人病院は、莫大な費用と限られたベッド数があることから、増加一路にある高齢者、特に後期高齢者のニードを充足することのでさない短所がある。しかし入院した患者の場合、主治医が継続して患者を診ることができるという長所を考慮した老人病院と障害老人施設を併用した中間施設の設置が理想的だと考えている(表13)。
c)老人病院と老人医療
欧米地域では高齢者に適当な看護、介護の機能をもっており、再生訓練が可能な病院で介護を受けられるように老人病院の機能を明らかにしている。老人病院体系を中長期的に慢性疾患の治療を中心とする“慢性病院”と急性疾患の治療を重点におく“一般病院”とに区別している8)。
わが国は現在公式的な老人病院を1993年翰林医科大学で初めて開院しているが、老人性疾患を専門的に治療する老人病院は存在しないのが実情である。
各医科大学に老人病科を設けて専門医制度を導入し、総合病院に老人病棟をつくり、また学問的には、老年学を専攻する医学生から人間の老化現象に対する生物医学的研究を基礎科学部分から始めるのが急務となっている。また、イギリス、アメリカ、日本等のように国公立老人問題総合研究所の設置も熱望されている。
d)長期ケアと終末ケア
?@長期ケア(痴呆、難病、重度心身障害):寿命80年を展望する長寿社会の到来を前にして後期高齢者の急激な増加が予想されることは、先進国だけでなくわが国でも明白な事実として人口推計に表れている現象である。
わが国は脳梗塞、脳出血等の脳卒中による脳血管性痴呆が多いのに対し、原因不明のアルツハイマー型痴呆は欧米諸国では多く、深刻な問題として登場している13)ことは周知のとおりである。わが国もその実態が数的にはまだ把握されていないが、日本のごとく、老人死亡率に占める脳卒中の高い点からみると痴呆患者対策は至急な問題として登場しつつあることが予想される。
今日、産業化、工業化に伴う社会構造の変化は疾病構造を変化させ、原因不明の疾病を数多く創出している。そのなかで有病長寿する高齢者の疾病は慢性長期化し、重病や心身障害となって表れている。また、長期ケアを要する高齢者は自分の家族だけでは支援が不可能な状況にあることが多い。このような家族には高齢者の家族介護が重荷になる。それが限界がきていることは核家族化の進行、女性の社会進出、価値観の変化等で立証されている。
心身障害がある場合、病院にその介護をまかせきりにしている家族もいるが、入院費や経済的に貧しく障害老人が放置状態にあるときもある。
このように両極端を放置する場合、老人施策に根源的問題が発生する。過多な家族の負担と利己的な病院の利用に対する政策的不在は医療福祉政策の社会的災害として日本や欧米諸国で指摘されている。
このような問題を予防するため、病院と特別養護老人ホームの間に中間施設をつくり、在宅ケアを保証するデイケア、ナイトケア、ホスピス等の制度を設けているのが日本や欧米諸国の政策になっている。1日24時間の大部分を自宅で生活し療養を継続しながら家族がいるときは家族が高齢者を保護介護する。しかし家族にすべてをまかせるのでなく、1日6時間または10時間を家族と交代するステップと施設の医療陣が分担する。これが中間施設の機能である。わが国も1993年からこの中間施設を導入する予定である。
?A終末ケア
わが国がホスピスおよびホスピスケアの活動と事業に対して関心をもち出したのは1980年後半からであり、いくつかの医療機関と民間団体が中心になって家庭看護を中心にホスピスプログラムを実施している。その対象も大部分癌患者に限られていることから、わが国はまだ初歩的段階にあるといえる14)。
高齢化社会を前にした長期対策の1つとして、医療と公衆保健、そして福祉体系の一環としてこの事業に対する呼応の声が高まりつつある。
3)老人保健医療体系
総合的な高齢者施策を進めるためには保健医療福祉サービスを基本的に確保しなければならない。しかし実際に各種のサービスを利用しようとするとき、利用手続きが複雑さや医療から福祉、福祉から医療にかかわるサービス相互間の連帯ができていないなどの現実的問題がある7,15)。
サービスの効果をあげ、相互の連帯を補完するためには地域の保健医療福祉が一体となった総合的サービスが供給できるような行政組織と民間組織の連結が重要である。
ケアの内容や展開についても地域条件や生活条件をケアのなかに生かすアプローチが必要である9)。老人保健医療体系の包括的発展のためには地域資源の開発および整備と関係機関との協調がなくては高齢者対策の内容、量、質ともに対応しきれないことは明白な事実である。
5.結論
以上高齢化社会を目前にひかえているわが国の老人対策に対してその現状と展望を概説した。その内容の結論を以下に述べる。
(1)老化に対する健康対策は、老化を自然に受容する態度であり、高齢者自身“生活の質の向上”を図る努力、周囲の援助、社会国家的次元の保健医療福祉サービスの接近によって実現される。
(2)公共部分と民間部分に区別されている保健医療伝達体系を改善補完して、?@老人性疾患に対する健康管理を地域の保健所および病院施設を連結させ、中間施設として機能するように住民に公開する。?A大学、国立病院は老人病科、老人病棟附属のナーシングホームを附設して教育、治療研究機能を地域に提供する。
(3)家庭および地域社会医療サービスセンターでは、在宅患者と介護者のための援助をすべて専門的看護療養制度を導入して世代問を結ぶ情緒的サービスを兼ねた家庭奉仕員制度を活性化する。
(4)在宅ケアは在宅で暮らしている人々の実状に合わせたケアを行うことであるため、病院、保健所、デイケアやリハビテーション施設、中間施設でのケアも在宅生活を基本としたものでなければならない。ケアを受ける本人はもとより、家族のケアも同時に果たすような医療、保健福祉が統合された在宅ケアの機能を地域ケアとして展開する。
(5)核家族からくる家族危機を家庭福祉的側面で高齢者患者と介護者を中心に援助する。老人の長期ケア、終末ケアに対する教育と支援、痴呆性老人増加のための中間施設を地域に設け、家族とのネットワークを形成する。また、これに必要な人的資源の養成を量と質ともに確保教育する。
(6)国家的次元で全国民を対象に乳児から高齢者に至るまで一生を通じた健康管理および予防教育の実施、健康診断を実施する。健康手帖を配付し健康診断の確認後、治療は地域組織を活用して行う。
貧困、病弱な高齢者対策も重要だが、数的に多数である健康な高齢者に対する対策の開発は第2の病弱な高齢者をつくらない最善の道である。広い意味での高齢者の健康管理は全国民保健医療福祉対策との連帯による対策でなければならない。
(7)加齢をいかに受け入れ対処するかは人類が人工的に行える最後の手段でもある。
東がもっている「家族」、西がもっている「自立」に対する文化意識の差は高齢者対策にもいろいろな様相をもたらした。未知の世界をみる先進国とその足跡を追う開発途上国や後進国は先進国がたどった誤りを決して踏まないようにできるであろうか。しかし後進国がもっているものすべてが取り柄のないものではないはずである。もっているものを維持開発し、役立つように、先進国の誤りをまた繰り返さないようにしっかりと見つめながら足跡をたどっていくのがわが国の老人対策でもある。全人類はすべてが協力しなければならない。
結局人類はともに生きた機能する存在であるゆえに。そしてその機能は生きがいのある「生命の尊厳が保たれた質の保障」によってのみ輝くはずである。
参考文献
1)李允淑:老人問題論説論文集.教学社(1990).
2)韓国社会保障学会:2000年に向かう社会福祉政策の方向、安兼永:2000年代に向かう社会福祉政策の方向(1993.5).
3)韓国統計庁:人口住宅センサス(1993).
4)長谷川和夫外:Hand Book老年学.岩崎学術出版社(1978).
5)松崎俊外:保健の基本と展開.p.125,医学書院(1984).
6)保健社会部:保健社会白書.老人福祉(1992).
7)李允淑、李善子:老人医療保障および健康管理のための長短期対策.第2政務長官室、(政策資料、1989.12)。
8)田中多間:老人医療福祉論.誠信書房(1981).
9)島内節、川村佐和子:在宅ケア基盤づくりと発展への方法論.文光堂(1989)
10)前田信雄;老人の保健と医療.日本評論社(1987).
11)具滋順:韓国老人医療保障体系の問題点と対策.老年学会誌.6(1986).
12)李允淑:臥床老人患者と看護者に対する保健学的調査研究.同大論叢(1982).
13)金正根:老人保健の現状と対策.韓国老年学会誌,4:64(1984).
14)趙賢:わが国ホスピスプログラムの開発に関する研究.ソウル大学院博士論文(1993.2)。
15)趙有香ら:老人に対する保健医療開発の為の調査研究.翰林大学社会医学研究所(1988)。
16)J.C.Brooklehursx:Textbook of Geriatric Medicine & Gerontology.Churchill Livingstone,Edinburgh and London(1973).
17)Maxy-Rosenau:Preventive Medicine and Public Health 11th Edition.Applenton-Century Crofts,New York.

表1 韓国高齢者人口増加推計


表2 韓国の平均寿命


表3 人口老齢化速度


表4 韓国と日本の老齢化指数および高齢者性比


図1 60歳以上の高齢者推計


図2 高齢人口比率国際比較


表5 韓国と日本の高齢者実態比較


図3 韓国の地域区分


表6 孝行者褒賞実績


表7 敬老優待対象業種および割引範囲


表8 1991老人健康診断実績


表9 年度別就業斡旋実績


表10 年度別共同作業場設置現況


表11 老人余暇施設現況('91年末現在)


表12 老人福祉施設運営状況('91年末現在)


表13 1病床当平均人口





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