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高齢者ケア国際シンポジウム
第3回(1992年) ゆとりある生活環境と自立


第3部 発表  日本の高齢社会の動向

厚生省老人保健福祉局長
横尾和子



最初に皆様に良いお知らせを申し上げます。それは私はわかりやすい日本語でお話を申し上げることです。
ご列席の外国からのお客様にとってはあまり良くないお知らせですが、どうかお許しください。
私の役目は老人の保健医療福祉の現状報告、進捗状況報告を申し上げることになると存じます。

1.日本の高齢者の保健医療福祉の現状

最初に現状を概括したいと思います。端的に申しまして、日本には市町村自治体が3,300余りあるわけですが、今、高齢になっても、また、そのために心身の機能が弱くなった場合に、まず、ここに住んでいれば困らないといった自治体がいくらくらいあるでしょうか。おそらく3,300の1%から2%はあるのではないでしょうか。30から50くらいの自治体の方はまず困らないという状況ではないかと思います。
最近、私自身がお訪ねをした自治体で申し上げれば、山形県の西川町がそうでした。老人保健施設特別養護老人ホーム、デイサービスセンターを町役場の隣という立派な立地条件の所におつくりになりました。そして、その隣接地にさらに健康センターをつくろうというご準備が進んでいました。
また、9月におじゃました富山県の魚津市も同じように様々な施策の展開が既に実現をしている場所でございました。
既に皆さんよくご存知のように、広島県の御調町であるとか、兵庫県の五色町であるとか、長野県の武石村とか、いくつかの市町村で、まず困らないという状況になっているように思います。
これに加えまして、私は約10%程度、約300の市町村、300ないし400の市町村が既になんらかの施策を具体化し、さらに進展させるために積極的に取り組みをしていただいているというように考えております。
この9月に厚生大臣の表彰を受けられた積極的な取り組みをしておられる自治体が77ございました。岩手県の水沢市や、岡山県の川上町、その他たくさんの自治体がその1〜2%の次の10%余りの中に入って、高齢者が困らない老後をつくろうと努力をしていただいているように思っております。
さて、これまでの最初の1%のところは、非常に先見性ある優れたリーダー、あるいは行政責任者の極めてはっきりしたリーダーシップのもとに、新しい取り組みが行われてきたというふうに思います。
佐久総合病院であるとか、諏訪中央病院のように、病院を主力とした展開もございますし、福祉施設を中心とした展開もそうでありました。
次の10%のところというのは、私の理解いたしますところ、少し趣が変わりまして、強烈な一人のリーダーというよりは、その地域の老人保健福祉の関係者全体の意識が高まる中で、行政的には平常業務の中で優れた企画が生み出されていくという状況になってきているように思います。
以上が日本の現状でございますが、ここまで参りました経緯をごく簡単に振り返ってみたいと存じます。

2.高齢者の生活を支えるための諸施策

既に高齢者の生活を支えるための様々な施策が講じられ、法律改正が行われてきました。具体的に申し上げますと、法令の改正で申せば、まず数次にわたる老人保健法の改正がございました。また、老人福祉法等の福祉関係の法令の改正もございました。
今年に入りまして人材確保法の制定や医療法の改正といったものが、次々に行われて参りました。予算上の措置としましては、高齢者保健福祉推進10カ年戦略が策定されたという大きな出来事のほかに、診療報酬の改定に当たりましても、高齢者の生活を支えるという観点から、様々な新しい取り組みが行われてきました。
これら施策が一貫して目指してきたところというのは、大きく3つにわけて整理をしてみたいと存じます。

(1)積極的な健康づくり

ひとつは寝たきりゼロという表題が定着しましたように、積極的な健康づくりでございます。
これはまさに立派な名前がついたことによって関係者が裾野広くご理解がいただけたわけでございます。
日本の高齢者の様々な健康づくりの究極の目標が、寝たきりにならない、寝たきりゼロにするという動きで関係者が取り組んでいるところです。

(2)病状・病態に合った医療を

2番目が高齢の病状・病態にふさわしい医療の確保といった点でありまして、これは老健法の改正の中で老人保健施設と訪問看護事業という従来になかった新しい制度を生み出したわけでございます。
老人保健施設が家にいるようにして医療や看護が受けられる場所をつくるということで、高齢者の生活水準の向上に果たした役割は非常に大きいというふうに考えております。
また、訪問看護事業がこの4月から動き始めましたけれども、これが将来在宅で過ごすということについて大きな支えになっていくということは、間違いのないことではないかというふうに思っております。また、高齢者にふさわしい医療ということで、診療報酬のサイドでも様々な手だてが講じられたわけでございまして、老人病院の看護機能を評価するということで、看護婦さんに加えて介護スタッフを置いた病院に、診療報酬上の手当てをしたということ、あるいは在宅医療、かかりつけの医師というものの評価をするために寝たきり老人在宅総合診療料という新しい制度をもうけたこと、そして在宅療養情報提供料というように、医療機関が自治体の福祉サービスに患者さんのために必要な情報を連絡するための経費といったものも、診療報酬でみたわけでございます。

(3)介護サービスの充実

3番目が介護サービスの充実でありまして、その大きな内容は高齢者保健福祉10カ年戦略という、2000年を目標としたサービスの目標を設定して、その充実に取り組むということでありますが、また同時に地域重視によって市町村に権限を委譲していく、そして市町村による老人保健福祉計画の策定をするといった制度的な手当てをしたことであったと思います。
これは皆さんよくご存知のことについてのおさらいでございますが、こうした考え方が今年初夏に発表されました経済計画、生活大国5カ年計画に位置づけられたということも、日本の福祉サービスの歴史の上で初めてのことであったというふうに考えるわけであります。

3.高齢者老人保健福祉10カ年戦略

今まで申し上げたような進捗状況でございますが、これを具体的に今、私どもの身の回りの状況がどうなっているかということがわかるような説明の仕方をしてみると、次のようになります。
高齢者老人保健福祉10カ年戦略は、そのサービスの単位を中学校区に置いているわけでございます。全国で1万カ所あるといわれているのが中学校でございます。
人口当たりに単純に割算をいたしますと、中学校区当たり人口が1万3千人くらいいるわけでございまして、65歳以上の人口がまあ13%といたしますと、高齢者が1,700人くらい、そのうちの5%がなんらかの介護を必要とすると考えますと、1中学校区に85人くらいの介護を要する方がいらっしゃるという、これはモデルができるわけでございますが、そういった状況で各施策がどのくらい進んでいるかと申しますと、約29人分の特別養護老人ホームと、老人保健施設と、ケアハウスのベッドが整備をされている、それに50人が在宅になるわけでございますが、その方々に対して、4.6人のホームヘルパーが配置されているということです。
デイサービスセンター、在宅介護支援センターといったものが非常に遅れておりまして、この中学校単位でみると、まだ0.3という状況ですから、3つの地域に1つくらいしか整備されていない。在宅介護支援センターにいたってはまだ、10の中学校区に1つというような状況になっているわけでございます。こういった状況を早く整備を進めまして、どの地域でもデイサービスセンターや在宅介護支援センターができるようにもっていくというのが将来の姿でございます。

4.高齢者問題の今後の課題

さて、現状をそういうふうに踏まえまして、これからどういう状況になるかということを申し上げたいと存じますが、平成5年には、さきほど、申し上げました、地域主義に基づく市町村老人保健福祉計画が策定をされるわけでこざいます。
よく絵にかいた餅という言い方がありますが、この老人保健福祉計画は、絵をかく、地域ごとの絵をかくものではなくて、これからの作業手順を示す、自治体が責任をもって整備をするものの具体的なプログラムを示す。そういうものであるわけでございます。
さきに、1ないし2%、また10%という現状説明を申し上げましたが、この来年の計画策定時を契機といたしまして、全国的に安心して老後を暮らせる町が大幅に増えていくのではないかというふうに期待をしているわけでございます。で、そういったことを進める、正に曲がり角を曲がろうとしているのが日本の高齢者福祉でございますけれども、これから非常にこの問題を進めていく上で、せっかくいいメニューができましたけれども、きちんと進むかどうかの将来に影響を与える、いくつかの点を申し上げたいというふうに思っております。

(1)自治体がどう取り組むか

第1は自治体が主役になっていくわけでございますから、自治体が高齢者福祉サービスを重視するかどうか、これが非常に重要なわけでございまして、自治体のサービスというのは、土木事業もありますし、文教もありますし、様々なものがあります。その中で自治体の長に立つ人々が、この問題についての重点を置くかどうか、これは非常に将来大きい影響を与えると思います。
その意味でも地域の市民の声が高齢者問題に対する重要性を上げていけるかどうか、という点があろうと思います。

(2)医療・福祉施設関係者がどう取り組むか

2番目の点は医療関係者でありますとか、福祉施設の関係者が新しい視点で、この高齢者問題に取り組むかどうかといった点でございます。高齢者問題というのは、まっ白な所に絵をかく問題ではありません。既に日本の高齢者福祉というのは、医療関係者、福祉施設関係者で様々な努力が展開をされてきております。
日本には病院が1万ございます。診療所が8万、福祉関係施設が4千あります。これらの方々が従来通りの医療なり福祉をするのではなくて、これからの高齢者像に基づいた、新しい展開をしていただけるかどうか、これがその地域の福祉サービス水準の向上に大きく関わってくるのではないかと思います。
地域に働きかけない入所型の施設は、満点を差し上げられないと私は申し上げております。
50人の特別養護老人ホームがありましたら、日本人は大変長生きをしますから、向こう10年、20年、その50人の方にサービスする施設としてその特別養護老人ホームは存在します。しかし50人の老人ホームがその人数を30人にして、残り20人をショートステイとして地域の方の利用にする、そしてデイサービスをするということによって、その施設は地域の100人、200人の方にサービスをする施設に変わっていけるはずであります。そういう地域に開かれた施設に変わってもらえるかどうか、これも大きいと思います。

(3)民間企業がどう取り組むか

3番目が、多少観点がちがいますが、企業が高齢化社会の問題ということを認識するかどうかであります。
さきほどのスライドの中にも、例えばデイサービスセンターに通う高齢者の方々を特別のバスがひろって乗せて行くようなスライドがありました。こういった移動、移送ということを公的なサービスでするかどうかといった点には、その前提として民間の通常の企業サービスがそのサービスを実施できないのか、という疑問があるわけでございます。町を走るバス、町を走るタクシーが高齢者の方々を乗せることができるようになる、あるいは、高齢者の方々が、車椅子の人が乗れるようなものに変わっていく、そうすることによって、それは公的サービスではなくて、民間企業の活動の中で高齢化社会を支えることができるわけです。
日本は公的なセクターよりも民間セクターが極めて大きな役割をし、そしてそれぞれ立派な活動をしている国でありますから、この企業が、例えばデパートや銀行が高齢者の利用しやすい建物を立てる。あるいはレストランが、おそば屋さんが、一人の人の食事を提供することを嫌わない、そういった企業姿勢というものを持ち得るかどうか、そしてまた企業という点では、そこに働く従業員が家族の介護をすることについて理解を示すかどうか、介護休業の問題がそれに当たるわけでございますけれども、そういったことの徒業員の配慮をするだろうか、そういった企業活動全体の動きということにも注目をしたいと思っております。

(4)“高齢者像”の確立

4番目が、日本人は高齢者をどう考えているか、という点でございます。高齢者像の問題であります。
まず高齢者自身が自らをどのように考えるかによって、日本の将来というのは、かなり明るくも暗くもなるのではないかと思いますが、自らを既に弱い者として考えるか、あるいは、色々ハンディを持つけれども、なお自立できる、あるいは社会的に貢献をする場がある、という存在として意識できるかどうか。また何か福祉のサービスを受けることによって、自分はすべてサービスを受ける側にまわってしまわないこと、福祉のサービスは自ら自立するためにも積極的に受ける、といったような考え方が定着してもらいたいものだと思っております。
しかし、もっとこの高齢者像について大問題がございます。それは日本においては60歳から65歳までの年齢層に対する雇用上の地位が極めてあいまいであるという点であります。
さきほど、イギリスのスライドを拝見しまして、75歳以上の高齢者層の延びについてご説明があったのをみて、ああそういうこ認識なんだなあというふうに感慨深く思いました。けれども、日本は65歳以上といいながら、実は60歳あたりからが非常にあいまいで、福祉のサービスの対象なのか働く人として位置づけるのか、どうもあいまいになっております。このへんのあいまいさということが、後に申します財政問題その他にも非常に大きな影響を与えていくのではないかと思っております。

(5)財政負担をどうするか

最後が財政問題、負担の問題でございます。
今、特別養護老人ホームを利用されますと、大体、年間250万円から300万円の経費がかかります。老人保健施設ですと、350万円から400万円くらいでしょうか、老人病院ですとさらにそれを上回るわけでございます。そして、これからの問題を考えていくときに、そこに働く人の処遇も看護婦さん問題にありましたように、職務にふさわしいものにすると、そこにかかる経費が安くていいはずはないわけでございます。で、この負担というのを考えていきますと、これから日本の高齢化というのは世界で一番急速なスピードですから、これに対する国民負担も一番、着々とというのは良い表現かどうかわかりませんが、負担を増やしていかなければ、高齢化社会の福祉というのは支えきれないわけでございます。
将来、日本の税や社会保険料などの国民負担率は、大体、国民所得の50%くらいと想定されておりますけれども、ああ50%ですか、といっていますが、具体的に来年の税収はこのくらい、保険料率はこのくらい、一部負担はこのくらいというふうに、人々の懐に置き換えて、ご相談をしたときに、果たしてこの負担増ということに国民が支持をするかどうか、これは非常に大切な問題ではなかろうかというふうに思っております。負担の問題でいえば、税で負担する、社会保険料で負担をする、利用する人がその都度自分の財布から利用料として負担をする、色々な形があると思います。それぞれそのサービスを利用する人と利用しない人のバランス、税であれば、直接税で負担する人、間接税で負担する場合のバランス、また中央政府が負担する割合、地方公共同体が負担する割合、様々な負担の仕方ということについて討論をしなければいけませんけれども、基本的に負担増ということを、ノーという国民の選択があるとすれば、やはり高齢者福祉というのは実現しないのではないかというふうに思っております。

5.オーディナリーライフ-当たり前の暮らし

ずーっと、この福祉の問題に携わってまいりまして、高齢者の過ごし方をノーマライゼーションといわれていましたが、私はこの外国の言葉のノーマライゼーションというのはわかりにくいなあと、かねがね思っておりました。特にご高齢の方々のお集まりの席で外国の言葉を使うのはどうかという気がありましたので、私なりに在宅が中心なんですよ、それは当たり前の暮らしをすることが大切なんですよ、という言い方をしてまいりました。
今日は冒頭のイギリスのお話の中で、オーディナリーライフという表現を見つけまして、まさに当たり前の暮らしという私の発明も、そう間違ってなかったなあということがわかって大変うれしゅうございました。
また、色々なご説明の中で、高齢者住宅の方がパブに行かれる、これも晩酌ができる老後をつくる私の理念に合ってるなあ、ただ、そうかと気がつかされたことがございました。高齢者住宅の中に立派な犬が立派な椅子に座っておりまして、そうかペットと一緒に住める住宅、これも大事なことだなあと思いました。
もうひとつ思い出の品というお話が各スピーカーからそれぞれでました。
オール・アワ・イエスタディズというスライドがありましたけれども、やはりこれも大事なことだな、日本でいえば、自分の部屋のお仏壇といったところでしょうか、晩酌と犬と仏壇、まあこんなとこにねらいを定めて、当たり前の暮らしをつくるために日本も努力をしていかなければならないと、しみじみ感じたしだいでございます。
本日の機会を与えていただきました関係者の皆様に厚くお礼を申し上げまして、話を終わります。ありがとうございました。





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