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高齢者ケア国際シンポジウム
第3回(1992年) ゆとりある生活環境と自立


第3部 発表  高齢者の自立における医学的側面

アメリカ合衆国、ハーバード大学医学部教授
ジーンY・ウエイ
Jeanne Y. Wei



はじめに

今日世界各国で85歳以上の老人人口が急激に増加している。2000年までに虚弱な高齢者の著しい増加と高齢者介護の訓練を受けたヘルスケア専門家の不足が予測されるなかで、高齢者の障害を少なくし、自立を高める方策を見つけることが重要であろう。そのためには自立の医学的側面を検討することが役立つ。生物医学の立場からみた自立や、自立を高めるための方法、老人医学の分野での今後の課題も取り上げる。

自立

生物医学から見た場合、自立は通常の加齢による変化、環境要因、高齢者によく見られる疾病、そして身体の自由度といった側面から考えることができる。

A.通常の加齢現象

高齢者の健康を維持し、自立(ならびに疾病の診断と管理)を最適に保つには、病気がなくても生じる加齢による生埋学的変化を考える必要がある。こうした変化は、臨床像、自然経過、病気の治療に対する反応等の変化となって現れる。30歳代初めから半ばになると、人間の身体器官の機能は徐々に低下しはじめるのが典型である(2)。変化は普通、直線的に進行し、80歳から90歳代まで続く。変化の程度は個人差が非常に大きく、また個人のなかでも器官によって差がある。したがって、器官の1つに変化が見られても同じ人の他の臓器が同じように変化しているとは限らない。同様に、ある個人に機能低下が見られたからといって同じ年齢グループの他の人々も同じであるということにはならない。個人でも年齢グループ内部でも大きな差があるため、年齢だけで「機能上の年齢」を決めることは難しい。
典型的な加齢と健康的な加齢 臓器生理における変化の速度が臓器によって大幅に異なり、また人によっても個人差があるにもかかわらず、ほとんどの人には加齢に伴って進行する多くの生理学的変化があり、これを典型的加齢と呼ぼう。一方、加齢に伴う機能低下のほとんどない人がわずかだがいる。後者のタイプの成人グループは健康で年を重ねている。彼らは活動的で、生理学的な変化もほとんどなく、病気もほとんどしない。健康的な加齢を経験するか典型的な加齢になるかは、遺伝子や環境因子に左右される。環境因子は遺伝子と少なくともほぼ同じ程度の重要性があり、かつ修正がより容易である。したがって、高齢者の健康的な加齢を助ける環境因子を検討してみるのが有用であると考える。



B.環境

個人に影響を及ぼす環境要因を考える場合、外的環境だけでなく、内的環境も考慮しなければならない。
1.外的環境とは、周囲温度、騒音、日照、イオン化放射線、大気中の有害物質や汚染物質の濃度、カロリー摂取量、社会習慣、および人や生物など、個人の一生を通じてその人を取り巻く環境を指す。
例えば、周囲温度が高くても低くても代謝要求量が高まり、騒音が大きいと全身的に動脈圧が高くなることが知られている。日光を浴び過ぎると光による皮膚の老化が早まり、皮膚がんになりやすくなる可能性がある。大気中の有害物質や汚染物質濃度が高いと、気管支喘息、肺疾患、がん、および神経障害の発病率が高くなるとされている。カロリー摂取過多は肥満とこれに伴い病気になる割合を高め、脂肪の摂り過ぎは心臓病やがんの発病率の増加と関係がある。アルコール、習慣性薬物使用、喫煙はすべて、傷害や複合疾患、合併症の併発につながる。周囲の人々や生物も個人の健康状態や自立に深い影響を与え得る。
2.内的環境とは、体内の一部でおきた変化に対し、その時々あるいは長期的に他の部分が適応変化するための要因をいう。内的環境の一例として、体温、体組成、体重、ホルモンのレベル、組織の酸化、循環系能力、筋骨格力、認知能力、細胞エネルギー代謝、臓器系機能あるいは疾患等がある。
体熱は、2つの点で老化に影響を及ぼす。1つはDNAを傷つけること(3)、もう1つは代謝要求量を高めることである。DNAの損傷は細胞や組織の機能障害につながり得る。代謝要求量が増大すると、心臓や血管だけでなくその他の組織にもストレスが多く加わる(4)。体組成と体重が死亡率に与える影響はU字型力ーブを示し、カーブの両端では死亡率、有病率、病気に対する感受性が高いとされる。ホルモンやカテコールアミンの値は、加齢による変化や疾患を決定する因子として重要である。筋骨格力は歩行やバランス、身体の自由度を左右する有用な因子である。体力の衰えによって、転倒したり骨折したりしやすいかどうかにも影響する。認知能力は環境からの刺激に対処し、反応する力を与える。細胞エネルギー代謝は臓器機能に必要であるが、同時に、酸化欠損や遊離基の生成に寄与しているため、細胞を傷つける危険もある(5)。晩年になって多器官疾患の有病率が急激に高くなり、一般的な老人性疾患や症候が老化の進む個人に与える影響は相当なものである。

C.一般的老人疾患と症候

高齢者の死因の主なものに、心臓病、がん、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患、肺炎およびインフルエンザがある。痴呆、関節炎、骨組鬆症、失禁、視力や聴力障害、転倒、過剰投薬などの慢性のものも挙げられる。
1.心臓疾患:近年心不全による死亡例は減少したものの、心臓病は高齢者の死因として今も最も一般的であり、この年齢グループのヘルスケア費用支出の大部分を占めている。高齢者の死因の2番目に挙げられるがんは65歳以上になると死亡率が低下するのに比べ、心臓病による死亡率は65歳から74歳では41%であるのに対し、85歳以上では48%と年齢とともに増加する。心臓病による死亡例の80%から85%は虚血性心疾患によるものである。毎年、医師の診察を受けた75歳以上の患者の少なくとも半数は心臓病を訴えて来院している。心臓病患者の多くは地域社会での生活を続ける上でなんらかの援助を必要としている。心臓病は身体の自由度や自立という点ではかなりマイナス要因になっているといえる(6)。服薬がひどく複雑であるために、自信がそがれたり、「心臓病身障者」に甘んじてしまう患者が多い。
2.がん:がん患者の50%以上は65歳以上であり、がんによる死亡例の約60%は高齢者である。がん発生率は年齢とともに劇的に上昇する。悪性疾患の診断は人を絶望に陥れることがある。「がん」という言葉は衰弱、痛み、死の危険など、言語を絶する不安や恐怖心を患者やその愛する人たちに植えつける。こうした強い感情は、病気の自然経過や治療に対する反応などとともに、患者の自立心を大きく低下させる。
3.脳卒中:脳血管系疾患は高齢者の死因の第3位を占め、65歳から74歳グループでは死因の9%、85歳以上のグループでは17%にのぼる。老人の廃疾や機能低下の主因でもある。脳卒中に続くうつ状態はよく見られ、治療しないままでいると患者の機能が低下することが多い。すばやい処置とリハビリテーションが好ましい。それは壊滅的な廃疾になるか、ほぼ全面的な機能回復につながるかの分かれ目になる、この点については、リハビリテーションの項で詳しくはなす。
4.痴呆:痴呆とせん妄は、老人にしばしば見られる。病的な状態を伴うだけでなく、患者を取り巻く家族、友人、介護者にも精神的な深い傷を与える。老人性痴呆症はきわめて重篤で費用のかかる慢性疾患で、認知機能の低下を伴い、記憶、見当識、論理的思考、判断力、社会への適応力などに障害が生じる。老人痴呆症の原因として最も一般的なのがアルツハイマー病(AD)である。
アルツハイマー病やその他の痴呆症は問題行動につながることが多い。老人性痴呆症患者の家族が深刻な問題行動として挙げるのは、身体や言葉による暴力である(7)。これらの問題行動はひっくるめて「興奮状態」あるいは「興奮状態における行動」と呼ばれる。痴呆老人における高次の大脳皮質機能の劣化が、正常者であれば攻撃的な行動の抑制につながる種々の生理学的、社会学的、環境の要因の重要性や意味の理解を妨げているのではないかと考えられる。
5.転倒:転倒は老人によく見られ、股関節骨折、内出血、軟組織損傷、嚥下性肺炎、身体の自由を失うなどの危険を伴う(8)。周囲の状況によって転倒が多くなることもある。冬季に転倒の発生率が高まる傾向がある。身体運動の低下、脳卒中、膝関節炎、歩行障害と体のふらつき、起立性低血圧、筋肉の衰え等と関係があるとされている。薬(特に向精神薬)も転倒とつながりがある。
6.過剰投薬:薬による弊害は老人に非常に多い。毎年、65歳以上の老人に出される処方箋の数(1人当たり11件)は、65歳以下の人(1人当たり4件)に比べ約3倍にのぼる。老人に複数の合併症があると、過剰投薬、過剰処方になりやすい(9)。記憶障害、患者教育の不足に加え、高齢者は自分の気に入った薬を薬棚にためこむ傾向があって問題が一層やっかいになっている。高齢者の罹患率が高い上、強力で効き目の高い薬がどんどん増えているため、過剰投薬は老人患者にとって重大な問題である。
年齢と関連する薬物動態学的変化のうち好ましくない影響を与えるものとして、薬によっては十分行き渡らないとか、腎臓や肝臓によって排出される薬の半減期が長くなるといったことがある。このため、高齢者の場合は薬によっては用量や維持量を減らしたり、投薬間隔をあける必要が生じることがある。年齢のせいで(薬物動態学的変化のために)、薬の副作用を受けやすい高齢者の場合、慎重に観察、調整し、きめ細かく見直す必要がある。処方薬の数は最低限に抑えるべきであり、患者を教育することと過剰投薬を避けることが何より重要となる。



D.身体の自由度

医学的診断だけでは高齢者の健康状態のごく一部しかわからない。何ができるのかを機能の面から慎重に評価することが、老人医学の根幹をなす。身体の自由度は、高齢者の全般的な健康状態や自立度を示す重要な指標であり、身体的、知覚的、心理的要素が含まれる。
1.身体の機能:健康で老いるには身体を動かすのが鍵である(10、11)。加齢による生理学的な衰えの大部分は身体を動かさないことからくることは周知の通りである。(4、10-12)。生活全般に張りがなくなるだけでなく、心機能、血圧ホメオスタシス、炭化水素代謝、骨格力(骨粗鬆症の発病)等の低下、平衡感覚や歩行障害等が生じる。
身体を活発に動かす人には、心疾患、高血圧、心不全、インシュリン非依存性糖尿病、転倒、結腸がんの発生率が低く、うつ病や不安も少ないとされている。
また身体の運動量が増せば、運動の協調性だけでなく骨ミネラル量、筋力、平衡感覚が向上する。つまり、身体を動かすことによって、身体が自由になるということである。
2.認知機能:加齢に伴う認知機能(13)の変化の特徴は、結晶化(固定)された知能(言語能力)と流動的な知能(帰納能力および空間見当識)が徐々に低下することにあり、人によっては低下速度が教育程度に逆比例しているようにみえる。さらに、流動的な知能に低下の見られる人の場合、認知機能は訓練と教育で大幅に改善され、かつ高いレベルに維持できることがわかっている(14)。
3.心理的・社会的機能:健康で老いることと身体の自由度を保つことの心理的・社会的側面は、周囲の人間と自分との関係をどうとらえているかにかかっている。
a.コントロールの場:自主性がなくなったことやコントロール機能がなくなったことに気付いた時、高齢者の主観的な幸福感、精神状態、遂行能力、生理学的機能に悪影響が及ぶことはよく知られている(15)。加齢に伴う身体的な能力の低下、経済的能力に欠けること、施設への収容、疾病などによって自主性や自己のコントロール力が低下したと感じていることからみてもこのことは重要な事実である。わずかでも自己コントロール力を取り戻せば、精神状態、状況への適応力、そして生活に対する充足度が改善されることが実証されている。患者の自己コントロールが高まれば、一般に身体が健康であると感じることがでさるようになり、日常の活動がうながされる。
b.責任感:コントロールの場合と同じく、責任感も生活には張りを与え、身体の自立度を高める。逆に、直接仕事や活動を手助けすることで高齢者の責任感を奪うと、高齢者は無力であると思い込み、幼児化するという(16)。責任をもって他人(人でも動物、植物でもよい)の世話をすることが、精神の健康と幸福にとって大切である。
c.精神的自立の自覚:高齢者に自律性を持たせ、なんらかの形で自分のおかれた環境を支配し自分の行動に責任を持たせることによって、心身ともにより健康で自立した生活が得られるようになる。精神的能力があり、自分の幸福を自分で手にすることができることを自覚させることこそが、真の幸福をもたらすために不可欠である。

自立を高める道

様々な方法で機能障害を少なくすれば、一方で自立を高めることができる。そのために考えなければならないことは主として教育、社会的サポート、そしてリハビリテーションの3つである。

A.教育

自立を高め、身体の自由度を保つ上で最も重要なことは、患者の教育である(17)。健康の増進と維持、病気の予防の3つの分野について、高齢者に十分な情報を絶えず与えていくことが一番の近道であろう。
1.健康の増進:健康増進プログラムでは、身体活動と運動の増進、適当な栄養、喫煙と飲酒量を減らすこと、精神的健康を改善すること、ストレスや精神障害の弊害をとり除くことなどをすすめる必要がある。
a.身体活動は、寿命を延ばし健康である期間を延ばす(10、11)。身体の自由と生活の質を維持する上で、重要である。病気を予防するとともに体力、持久力、自立度を向上させる。体を動かすことは毎日欠かさず、軽度から中程度の強さで20分から30分続けなければならない。歩くことは運動として非常によい。
b.栄養と食習慣は、身体活動のパターンと関係がある。食物の過剰摂取や、バランスを欠いた食事はよくない。たくさんの種類の食品を食べ、脂肪やコレステロールを少なくする。果物、野菜(穀物を含む)、カルシウムがたっぷりはいった献立を選び、糖分、塩分、ナトリウムを控え、アルコール摂取量を少なくする。健康的な体重を維持するためにカロリー摂取を調整する必要がある。脂肪摂取量はカロリー総量の30%以下に抑えなければならない。
c.喫煙は、先進諸国における死因のうち最も予防の可能なものである。禁煙教育の強化とたばこのない環境づくりを進めなければならない。公共の場での喫煙制限をする必要がある。患者のための禁煙プログラムを増やす。
d.アルコールの取り過ぎは、健康上の問題や病気とつながりがある。アルコールその他の薬物摂取を減らすための教育プログラムは、習慣性のある物質の害についての認識を高めることとともに重要である。薬物依存の治療を受けやすくする、社会が援助する、といったことも実施しなければならない。
e.精神衛生を改善し、高齢者の精神障害を減らすためには、高齢者が情動上、行動上の代償不全を生じることなく日常生活や他人とのかかわりをうまくこなす能力を維持し高めなければならない。人生の様々な出来事による精神的ストレス、慢性的な緊張、あるいは環境からの重圧で、知覚、情動、行動に問題が生じ、生理学的変化がおこる。正しい栄養摂取、十分な運動などの習慣をつけることでストレスを減らすことができる。精神的ストレスを減らすためには、自分の物事を処理する能力に自信を持つことと、環境をコントロールしているという気持ちを持つことも大切である。その意味で必要なときに医学が介入できるとすれば、抗うつ剤、向精神薬、バイオフィードバックなどであろう。老人性痴呆症患者の問題行動の治療には、生活環境を整えたり、患者が積極的に参加できる絵画、音楽療法といった治療法を計画する努力がいる。
2.健康の維持:健康維持教育プログラムの重要な要素に、傷害の予防のための指導、環境の安全性に関する情報、食品と薬物に関する教育、口腔衛生指導がある。
a.事故によるけがは老人が病気になったり、死亡する主たる原因である。自動車事故と転倒がけがの中でも最も多い。老人のけがを減らすには、交通機関や高速道路の安全性、法律、工学、建築、安全科学などの分野の指導者の協力を得て、効果的な傷害予防指導プログラムを開発する必要がある。
b.環境安全や健康のためのプログラムは、鉛やラドンといった汚染物質や発がん物質に対する暴露を最小限に抑え、反復運動や圧迫、騒音による蓄積効果のある外傷を減らし、運動や予防プログラムによって背部の傷害を減らすといったことを含まねばならない。有害廃棄物やリサイクル可能な物質を家庭で上手に管埋することも重要であろう。
c.食品や薬物による危険は、食品を介して感染する疾病を減らし、薬局を中心とする情報システムの改善によって減らすことができる。調理法や取扱方が正しければ、食品を介した感染症を減らすことができる。薬の相互作用、副作用、食品と薬の相互作用について患者を教育することが重要である。同様に、患者1人当たりの薬の数を減らすことも薬害を減らすことにつながる。
d.口腔衛生:虫歯、歯周病、義歯を定期的にケアすることが大切である。自分で口腔衛生にこころがけ、虫歯のもとになる食品や、たばこ、アルコールの飲み過ぎを避けるよう指導することも重要である。歯の集団検診やフォローアップサービスを活用することも役立つ。
3.疾病の予防:環境による影響を変えていくことで、一般的な老人疾患の主だった危険因子を減らすことが極めて重要である。
a.心臓病と脳卒中:米国では心臓血管疾患にかかる経済的負担が毎年約1,350億ドルにのぼる(18)。ほとんどの患者で環境因子が予防と治療に大きな役割を果たしていることを考えれば、環境改善のための努力が一層重要になる。血圧が高い、血中コレステロール値が高い、喫煙習慣があるといった危険因子を取り除くことである。さらに、身体をよく動かす、体重を減らす、ナトリウム、脂肪、アルコール摂取量を減らす、そしてストレスとうまく付き合うといったことも大切である。健康診断を頻繁に受けてフォローアップをすることも必要である。
b.がん:食物の脂肪の摂取を減らすとともに、果物、野菜、穀物を多くとることは、老人ががんにかからないようにするのに大切である(19)。同様に、たばこを減らす、日光を浴びる時間を減らす、細胞診、乳房X線検査その他各種健康診断やフォローアップを受けることも重要である。
c.糖尿病:食事と体重のコントロール、運動、慎重な血糖値管理が合併症を予防する上で重要である。糖尿病の高齢者の場合は、日ごろから食物に気を付けて、けがや合併症を伴う感染を避けることが大事である。自立を維持するためには糖尿病からくる目の変化にも、細心の注意が必要である。
d.慢性的な障害(関節炎、奇形あるいは整形外科的障害、聴力と言語の障害、視力障害):慢性的な障害の予防策としては、適切な治療や補助器具の利用によってできるだけ障害を少なくする、身体を動かす、太り過ぎを避ける、コミュニティでは、自分の力でやっていこうと努力するなどが含まれる。
e.感染症:高齢者は感染症を併発することが多いため、公衆衛生に気をつけ、教育、感染予防の面での対策が肝要である。感染患者をいち早く治療することも鍵となる。
f.痴呆症:脳卒中その他中枢神経の変性疾患がある場合に、認知機能を維持するため最大の努力を傾けるべきである。アルツハイマー病の原因究明の研究が進められているようで、今後の予防、治療に大きく貢献すると思われる(20)。認知障害を持つ患者の機能を高めるための教育プログラムや社会的支援体制が待たれる。
g.予防体制:高齢者の疾病を予防するには予防サービスを利用するとよい。疾病予防には臨床レベルでの予防サービスを妨げるような障害を取り除くことが不可欠である。予防サービスを拡充することも有用であろう。

B.社会的支援体制

高齢者の自立や機能的独立を強化するための第2の主な方策として、社会支援体制の重要性を見逃すことはできない。
1.社会ネットワーク:高齢者でも若者でも、友人や家族のネットワークに加わることが死亡リスクの低いことと関係がある。逆に社会的に孤立すると病気や機能不全、死につながることが多い。
2.地域社会プログラム:社会的孤立は疾病の危険因子で、身体の自由度を低下させることがある。70代、80代の人々によく見られる生活の変化は、社会的孤立につながりやすい。退職、社会的役割の変化、配偶者の死、親しい友人の死はすべて、個人的にサポートしてくれ、交渉のある人々との人間関係にマイナスの影響を与える。65歳から74歳の男性の自殺率が最も高く、家族の死、孤独、病気、精神状態の乱れが明らかに自殺と関連している(21)。
高齢者に支援ネットワークやサービスを提供する地域社会プログラムは、社会的孤立をなくする上で重要である。こうしたプログラムやサービスを高齢者に紹介することは、間接的に機能的な独立を促すことになる。支援体制の整った環境こそが健康への第一歩といえよう。

C.リハビリテーション

高齢者の自立を高める方法の第3は、リハビリテーションである。慢性的な症状があって極めて不自由を強いられている高齢者の数は多く、年齢が高くなるにつれて一層増える。高齢者に一番多い慢性症状とし、関節炎(関節リューマチ、変形性関節炎)、心臓疾患、精神病、ならびに、関節炎以外のマヒ、四肢切断または変形、痴呆症、糖尿病、背部や脊椎の機能障害、呼吸不全などが挙げられる。障害のある高齢者のケアを目的とした医療やリハビリテーション施設、サービスが特に必要とされる。
1.リハビリテーション技術や各専門分野にまたがるチームによるアプローチが老人患者にとって必要である。何ができないかではなく、何ができるか、また失われたものではなく、何が残っているかに注目しなければならない。マッサージ、水浴療法、運動といった穏やかな身体療法で、低下した機能を少なくとも部分的に回復させることが少なくない。作業療法は患者の日常的な能力を維持する上で役に立つ。娯楽や種々の活動によるレクリエーション療法は、高齢で慢性障害に悩む患者の士気を高め、この上ない刺激となり、関心を呼び覚ますことができる。
2.自尊心の回復:老人病患者が何らかの仕事についたり、フルタイムで働く能力がないとしても、リハビリテーションによって、企業、産業、ソーシャル・サービス、ヘルスケアなどの分野でボランティア、リーダー、支援者、コンサルタントとして活動できるようになることが多い。こうした活動を通じて社会は、高齢者の豊かな経験に頼ることができ、高齢者は自尊心、尊厳、自立心を回復できる。
高齢者が自立心を再び確立するのを助けるには、様々な介護や治療方法にもまして、何より「必要とされている」という気持ちを高齢者が抱き、朝、目覚めたときその日一日を楽しみに待つことができるようにしむけることが大切であろう。強度の障害が一部にあっても、その他の機能は損なわれていない可能性があるため、リハビリテーションは問題のない機能を中心に行うのがよい。
3.その他:損なわれた機能を回復させるためには、いくつかの医学的原則を考慮しなければならない。すなわち、褥瘡などの二次的症状を防ぐため、不必要にベッドに寝かせておかない、訓練時間を長くとりすぎない、実現可能で柔軟な目標をたてる。心理的社会的サポート体制を整えるだけでなく、繰り返し運動をさせることである。

老人病学からみた今後の課題

老人ケアに関連して我々が直面する今後の課題として、老人病専門医の不足以外にも次の4つの側面を考慮する必要がある。

A.認知障害の発症を遅らせる

老人医学での最優先課題は、認知障害の発症を5年遅らせることである(22)。脳卒中を防止するための効果的な対策(危険因子の減少)、認知機能に低下の見られる老人の早期発見に加え、帰納推理や空間見当識を高めるための積極的な訓練や教育プログラム、さらに酸化防止剤が原因と思われる神経系の障害の防止などが、効果的な手段としてとりあえず考えられよう。この課題を克服することにより高齢者の健やかな晩年の人生の貴重な時期に、機能的な独立や自立心を高めることができ、認知障害のある老人患者のためのヘルスケアや介護に必要な財政負担を大幅に減らすことができる。

B.集合住宅

85歳以上の高齢者がますます増える中で、長期介護あるいはナーシングホームのベッド数を増やす必要がある一方、ナーシングホームでの完全介護よりも日常生活である程度のわずかな助けが必要なだけの高齢者はもっと多い。身体の自由度に関して両極にある人たちにくらべ、機能的に全面的には依存していない中間グループが急激にふくれあがるにしたがって、ケアが受けられる住宅の需要が急上昇するであろう。

C.移動可能なことと歩行/自動車の運転

これまでずっと自動車を運転してきた若老年層が高齢になると、交通安全、自動車免許、知的な面での運転能力などが非常に重要な問題になってくる。弱い立場にある高齢者のニーズに応える公共交通機関が自立を助ける基本になる。

D.予防医学サービス

非常に高齢になるまで自立し、自己充足し、機能的に独立した健康な生活を営む高齢者が増えるにしたがい、こうした人たちのための予防医学サービスがより必要となる。定期健康診断、機能測定評価、予防接種、患者に対する投薬処理の頻繁なチェックと薬の数を減らす努力、心理カウンセリングや社会支援のネットワークなどで、さらに失禁予防や虚弱化予防のための特別なプログラムも必要である。

結論

高齢者の自立、健康な生活、機能的な独立を保証するには、加齢による正常な変化や、一般的な老人病、機能的独立の決定因子、高齢者の幸福を左右する(外的、内的)環境の影響などを十分理解することによって改善される。高齢者の生活を充実させることが、今ほど切実に叫ばれるときはない。

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