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高齢者ケア国際シンポジウム
第3回(1992年) ゆとりある生活環境と自立


第3部 発表
高齢者の自宅における自立・・・
技術的援助、住居の改造、高齢者向け住宅

デンマーク、グラズサックセ市健康・社会サービス部作業療法主任
ヤーナ・アナセン
Jane Andersen



デンマークでは社会的ケアと保健ケアの仕事をどのように振り分けてきたか、誰が何の世話をするのか

デンマークはヨーロッパの中でも最も小さい国の1つで、人口はわずか500万人である。市民の健康に関するケアや社会問題を法律で定め、方向づける上級機関が2つある。即ち社会サービスと保健サービスである。
社会サービスは、社会問題の発生を防ぎ、解決することが主たる目的である。作業療法士としての私の仕事は、社会サービスに帰属する。補助器具が必要な高齢者や、身体の不自由な人々が自宅でやっていけるようにするのが仕事である。住宅に特に手を加える必要があったり(改築)、高齢者や障害者のニーズに合うように特別につくられた別の場所に移らねばならない人たちが対象である。こうした家のことをデンマークでは高齢者住宅と呼んでいる。補助器具や住居の改築は、市民が利用できるサービスの一部にすぎない。ヘルパー、デイケアセンター、デイケアホーム、レストホーム等も社会サービスの部類に入る。
保健サービスの主要な目的は、可能な限り最良の方法で治療し、看護し、病気を予防することである。ホームヘルプサービス、開業医、物理療法士の領域である。
日常、社会サービスと保健サービスは密接な協力関係を保っている。これをプライマリー・ヘルス・サービスと呼んでいる。地方自治体の社会サービス、ホームケア、開業医、作業療法士、物理療法士からなる。市では、高齢者と慢性的障害を持つ人のリハビリテーションは、デイケアセンターか、リハビリテーションセンターで行われる。
セカンダリー・ヘルス・サービスは、専門的な保健サービスであり、病院、専門医で構成される。作業療法士や物理療法士は、主として新たに障害者となった人たちのための特別訓練にあたる。

1970年以来デンマークの高齢者政策はどのように発展したか

1970年代以降、デンマークの高齢者政策は変貌した。以前は、病弱な老人を中心に問題を解決しようとしていた。高齢者は自宅でやっていけなくなったら、ナーシングホームに移された。それ故、ケアや看護の必要な高齢者の数が増えると、市町村はケアや看護の需要に見合った老人ホームやナーシングホームを建設した。
1970年代初期、人々はナーシングホームをむやみに拡大することは、社会にとって非常に高価な解決策だということに気付きはじめた。ただ高価であるというだけでなく、施設に入ると人々が自分で何もできなくなってしまうという点で、非常に不都合であることも理由であった。
政治家やスタッフは高齢者に対する態度を改めた。虚弱な老人がもう何もできない等とは考えない。高齢者は必ずしもスタッフにイニシアティブをとって貰い、決断を下してもらうことを必要としていないのである。
今日、老年期について広く考えられていることは、能力の低下は以前は生物学的老化と見なされていたが、これらが全く異なったことの現れである場合があるというものである。つまり老化に伴ってしばしばみられる役割や社会的機能の低下である。市町村において高齢者の社会的ネットワークが崩壊しているのがわかる。高齢者が仕事をやめる。友人や家族が死ぬ。自分が役に立っていないという事実(これは多くの高齢者にとって現実そのものだ)によって、身体的、精神的、社会的な能力をなくしてしまうことになる。これは筋肉だけでなく、全人的に当てはまる。自分をできるだけ完全な状態に保ちつづけるためには人の役に立たなければならない。
自治体は、ナーシングホーム(今はケアセンターと呼ばれている)の増設に代えて個人の家での設備に力を入れている。今や市民は、「できるだけ永い間自宅にとどまることになっており、自助ができるように手助けを得、スタッフはセルフケアの概念を持って働いている」。
実際、地方自治体は市民の資質の開発やリハビリテーションに力を入れている。市民はできるだけ自力でやっていけるように訓練を受けることになり、その結果、補助器具や住居の改造が得やすくなっている。非常に性能のよい補助器具が多く製造され、作業療法士を雇用する自治体も多くなった。補助器具の種類が多いので、その分野に携わる専門スタッフが必要となるのである。
1978年に、市町村の多くは24時間ケアを拡大した。補助器具を利用したり住居改造を望む人が非常に多くなった。それはまた、家庭内介護のスタッフの作業条件や作業環境にも当てはまることである。住宅用のエレベーターや電動ベッドなどの設備を使えば、ケアの必要が多い人でも自宅で看護を受けることができる。そして、重度の身体障害者は、補助器具の進歩によって、24時間ケアサービスがあれば自宅にとどまれるわけである。実際、ナーシングホームから特別な住宅、つまり自宅に再び戻ったという人の例を聞いたことがある。
1987年、デンマークの政治家は、自治体がこれ以上ナーシングホームを建設するのは止めるべきだと決定した。ナーシングホームの居住者に対する年金支払いが導入され、同時にナーシングホームは高齢者ホームと名を変えた。
この改正の背景には、特に先に述べた態度の変化がある。人々は、高齢者は若い人と同じ位個人差があること、そして実際にはその差が大きいということに気が付きはじめた。したがって高齢者は必ず、自分の人生、日常生活の過ごし方を自分で決定したいと一様に希望している。年金の支払いを受けて、どの高齢者もどのサービスを受けるかを自分で決めなければならない。受けるサービスに対してお金を払うのだから、決定もしなければならないわけである。この新しい法律によって、高齢者の自己決定権は守られている。
市町村は、高齢者が自分を役立たせたいと思う動機づけに取り組んでいる。活動センター、年金者センター、アイケアセンター、食堂などが建てられた。自宅に住んでいる高齢者がトイレに行き、着替え、食事ができるようにするだけでは十分とは言えない。補助器具やリハビリテーション自体は身体の機能が低下したのを治療するに過ぎない。しかしこうしたものによって、活動のレベルを上げることはできる。したがって、痴呆老人や体の不自由な人が自宅で生活しようとする場合、市町村はこれらの人々が他の人たちと接触し、サービス、看護、介護のニーズが満たされるように活動を提供しなければならない。ケアセンターで暮らしていたら、同じような方法によって満足が得られるだろう。

作業療法士は高齢者の自己決定権にどう対処するか

作業療法士が在宅の高齢者や障害者の治療をする際には、理想を抱いている。
その人の生活環境と照らしあわせて観察する。家族があり、地域社会に暮らしている。また、社会ネットワークの一部である隣人、友人もいる。我々はその人の優れた特質を見つけ、それがより良く機能するよう手助けする。私がよく言うことだが、「希望は好機を生み、問題は閉鎖をつくりだす」のである。
高齢者には、具体的に「何をしたいですか」と問う。そして一緒に座り、お互いの目標と方法を見つける。補助器具を手渡し、住居の改造を始める以前に、あるいはその時点でリハビリテーションの必要がある場合がよくある。しかし成功の絶対条件とは、その人が自分でやりたいと思うことなのである。したがって、高齢者が自分の生活圏で役割を果たすことが非常に大切なのである。目標設定には、高齢者自身が参加するべきだと我々作業療法士は考えている。専門家は非常に現実的な目標を設けて、成功しやすくし、それによって刺激を与えるようにしなければならない。
高齢者の多くは、申し込みの時点では困っている。身体の衰弱に伴って、色々なことが手に負えなくなっている。次に精神的な衰えがくる。社会、保健サービスの補助を得るということ自体、新しい靴を買ったり、食事に出かけることとは大きな差がある。したがって、高齢者は、どれだけ援助の手段が得られるかを知るために、自ら助力を求めるべきである。しかし、人生から何を得たいかを本当に知っているのは、高齢者自身のみである。作業療法士の役割は、高齢者の考える目標に合ったサービスのタイプや範囲を考えることである。
しかし、目標を設定し、補助器具という形で解決するだけでは問題は終わらない。車椅子に座ったり、歩行器を用いて道路を歩くには依然として大変な努力が要る。通りがかりの人たちの好奇な眼差しに耐えねばならない。立ち上がって自分のハンディキャップを公衆に示すという身体的勇気が必要である。援助を受けているということが、一番辛いと思っている人が多い。歩行器や、2本のハンドル付きの杖などを使えば良いと気付くまでは、家具や壁をつたわったり、杖の世話にはほとんどならずに長い間びっこをひいていた人も多い。
デンマークでは幸いにも前向きな姿勢が見られる。道路には、次から次へと新設備が姿を現す。高齢者は電動車椅子で買い物に出かけ、歩行器で歩きながら犬を散歩させ、三輪車で森を走り、車椅子で劇場やちょっとした海外旅行にも出かけられる。高齢者の多くは、今のような可能性のなかった祖父母が経験したことのない、外向的かつ活動的な生活を望み、より質の高い生活を望んでいる。その上、一人一人のニーズは異なっているのだということを承知してほしい。年金生活者の間で共通している唯一といってもよい状態とは、その年齢だけなのである。

補助器具の使用には、どのような手続きが必要か

本人、家族、または同僚が作業療法士に相談する。一番多いのは、具体的な問題を呈示する。これはすなわち、高齢者が日常生活を上手くやっていけなくなったということを示す情報でもある。
作業療法士は、当事者のことをよく知るために、家庭訪問をする。その可能性、希望、限界に目を向けなければならない。その人のニーズを予測する前に、いくつかの疑問点を解決し、観察する必要がある。
当人に加えて、その人の家や日常生活を組織だって十分調査しなければならない。設備はどうか、生活をどのように切り盛りしているか、一人暮らしか、子供や友人はいるのか、室内はどうやって移動するか、屋外ではどうか、転倒することがあるか、自分で入浴できるか、風呂があるか、または洗面所だけなのか、洗って貰うのか、自分でトイレに行けるのか、どうやって食事の用意をするか、必要な食品や飲み物を自分で買っているのか、全身状態はどうか、自分で食べることができるか、寝起きはどうやってするのか、寝返りをうてるか、誰かいつも手伝ってくれるか、夜と昼の区別がつくか、看護スタッフのための余分な部屋が必要か、身内や看護スタッフが重いものを持ち上げたり、無理な姿勢をしなければならないおそれはあるか、家の掃除はどうしているか、大掃除を手伝ってもらう必要があるか、ヘルパーに来てもらっているか・・・このように限りなく質問を続けることができよう。
家庭訪問は、まず老人の日常の状態を分析することである。これはネットワーク分析、日中のリズムの分析に相当し、具体的には普通はどうやって暮らしているのか、どうやって日常生活の中で何を最優先しているかという意味である。
補助器具の需要と評価に際し、私たちは病気や障害も考慮に入れる。治らない病気なのか、一時的な病気なのか、病気はよくなりそうか、予後はどうか、そして最後に当人の病気に対する気持ちなどを考える。
患者の中には、体力がなく、余命いくばくもないようにみえる人もある。多分その人たちは、補助器具を手に入れて色々なことができるようになるよりも、身の回りの世話や、着替えをさせてくれるヘルパーのほうが大切と思うかもしれない。このようにして、彼らは家族と一緒に過ごせる最後の短い時間に、配偶者や子供たちのために自分の力をとっておける。ここで私たちは倫理と患者自身の日常生活、つまり生活の質の優先という問題に行き着くのである。この答えが、代価を問わずいつも補助器具であるという訳ではない。
家庭訪問の際に、作業療法士は患者の基本的な能力をいくつかテストする。例えば、歩く、立つ、座る、寝返りをうつ、階段、敷居のまたぎ方など。立てない場合は、座った姿勢を変える方法。機能テストはすべて本人の家具や調度品のある自宅で行われる。椅子、ベッドの両方が老人にとって低すぎないかを調べること、または体力が衰えてしまって、訓練が必要かどうかをみることが大切である。自力で暮らしていけるようになるまでに、補助器具と訓練の両方が必要かもしれない。
作業療法士が家庭のテストや調査をしている間に、その人が治療や訓練を必要とするかどうかがわかる。補助器具を手にする以前に何らかの訓練が必要かもしれない。補助器具が治療を助けることもあり得る。
補助器具は機能障害を治療するための緊急手段であることを念頭におくべきである。道具を届ける前に、患者の機能を最良のレベルにまで治療し、訓練できるかを考える。補助器具はつねに、補助的方法でしかない。治療やリハビリテーションの期間に応じて一時的に利用するものである。こうした可能性がなくなった場合は、終身利用することになる。つまり、患者が可能な限りの治療や訓練を終えた後、ということである。
実際、もし私たちが治療やリハビリテーションの必要性を考えずに補助器具を提供したら、事態を一層悪化させるだろう。例えば、両側性の関節炎を患っている体の大きな男性を治療やリハビリテーションを待たずに車椅子を使用させたというようなことである。スタッフが病気、治療、リハビリテーションの方法について知識を持っていることが、補助器具の必要を評価する際の必須条件である。
これは、患者、医師、看護スタッフ、作業療法士全員が主たる目標と、それに付随する目標に到達するための方法に同意した場合のことである。関節炎がある患者にとっての目標とは、痛みがなくなることと、外出して、友人や家族を訪ね、自分の回りを見回したいということであろう。短期間に目的を達成するには、車椅子を提供すればよい。しかし、決して長続きする解決ではない。長い旅行や、友人や家族を訪問するために一時的に車椅子を借りるという妥協もありうる。このようにして、その場でニーズに応えれば、おそらく患者は今後の治療やリハビリテーションに耐える精神力を持つだろう。しかし患者はやはり人生という舞台での役者であらねばならない。そうでなければ「束の間」の車椅子から立ち上がる可能性を全くなくしてしまう。そして我々は長い目でみてサービスを果たしたことにはならない。
作業療法士は、補助器具が実際に必要かどうかを決定する前に、可能性、負担、限界を判断するのである。評価を行って後はじめて、患者と作業療法士は一緒になって、その人の全体の状態、補助器具の必要性を評価することができる。

補助器具の提供について、立法上の根拠は何か

デンマークには社会保障法がある。その目的とするところは、「障害者または不治の病人または痴呆症老人は、仕事を続けたり、苦痛の度を弱めたり、あるいは自宅での日常生活を行えるよう補助器具の形で援助する」ことである。
居住地域の行政が補助器具の費用を負担する。つまり、利用者は必要な期間だけ器具を借りることができる。ただし、最低200デンマーククローネの費用がかかる。器具の値段が200デンマーククローネ以下の場合は、1人が専有することになる。この場合は自分で負担しなければならない。市町村の作業療法士が助言や指導を常に行っている。

どうすればふさわしい補助器具だけを提供することができるか

各自に正しく合った補助器具を見つけるために、違った種類の分析を行う。この場合、専門的な器具の分析である。
デンマークでは、補助器具の種類は多い。市場は多様で、同じ装置でも型式がたくさんある。海外の補助器具もかなり輸入しているが、最近はこの市場に進入を図っているデンマーク企業が増えている。
他の国に比べてデンマーク人は良い製品に「慣れてしまって」いる。値段は高いのだが、これまでは需要に応じて最新の器具を障害のある人すべてに税収から拠出して供給することができた。実際に、利用者が小額でも自費で支払うことは限られている。原則的には、収入いかんにかかわらず、誰もが援助を受けられるといえる。ニーズによって補助器具の提供が決められるのである。
たくさんの中から、作業療法士が利用者と相談しながら適切な補助器具を選ぶにあたって大切なことは、一番安い価格で一番ふさわしい補助器具を見つけることである。
器具の使い方と操作を配慮する。例えば、けいれんのひどい患者でも大丈夫か、装置の形はどのようか、小柄な人が車椅子の中央に座っていると、椅子よりもその人の姿が目に入るか、その人は車椅子を自分で動かせるのかといったことである。
メーカーのサービスはどうだろうか。市の倉庫での器具の保管状態はよいか、部品調達に問題はないか。製品の保証は適切か。今後の存続が確かな信用のおけるメーカーか。
器具をリサイクルしている市町村が多いので、製品は頑丈で融通がきくことが大切である。補助器具は高価だから、最初の人が返せば、次の人が利用できるようにしなければならない。繰り返し利用するのに適している補助器具の代表的なものは、電動ベッド、車椅子、携帯用トイレ、歩行器などである。
最後に、空間や保管場所にも目を向ける。電動車椅子を借りるのなら、置き場所があるかどうかを確かめなければならない。傷まないようにしなければならないし、充電の装置が必要だということは、コンセントが近くになくてはならない。
適切な補助器具を選び、承認されたら、市の作業療法士が注文する。器具は倉庫か、メーカーから直接配達される。

市民が補助器具を十分に利用しているかどうかをどうして確かめるか

器具を最終的に選択する前に、さらに突き進んだテストをする。作業療法士が補助器具の使い方を徹底的に教える。利用者に合わせて、改造しなければならない場合もある。
家族や看護スタッフも器具を使わなければならない場合は、当然使い方を習う。家庭内で道具を使うのは、大抵が配偶者やヘルパーである。重度障害のある老人を看護するには、例えばエレベーターや電動ベッドの動かし方について実際の訓練を受けるのが実情である。
将来、家庭内での補助器具使用をすすめるために、複雑な装置を利用する人に手引書を渡し、利用者にこれを読んでチェックできるようにしてもらう。最後に、作業療法士はその後にもう一度訪問して予定どおりにことが運んでいるか調査することができる。問題が発生したり、新たに補助器具が必要となった場合に、どこへ問い合わせをすればよいかがわかっていることが大事である。

住居の改造によってどういうことがわかるか、また法的根拠は何か

「障害のある人たちまたは長期の病気や、高齢で虚弱な人たちのための住居として使いやすくするための設備には必要な補助をする」。
これは、市民が自宅あるいは借家を、例えば車椅子で動き回れるように改造する作業の人件費を市が負担するという意味である。

住居改造の場合の手続きはどうすればよいか

作業療法士が家庭訪問をして、補助器具のニーズと利用者も一緒に家の改造に関して何が必要かを考える。住居の改造は、利用者が補助器具を使いこなすための必要条件である場合が多い。
例えば、車椅子を利用するには戸口の段差をなくし、扉に調節装置とシュートを付ける。バスルームの改造は、トイレや浴室用の椅子の高さを上げると同時に、把手やハンドシャワーを取り付ける。
住居改造のニーズを評価した後に、改造計画を実際の利点と改造費をくらべて評価する。おそらく提案された改造は広範囲で費用もかかるだろう。それほどまでしても、多分障害のある人が住居を本当に住みこなすことはないのではないか。
こういう場合は高齢者や障害者用の特別な設備を設けた住居を探すほうが良いのかどうかを考えるべきだ。つまり、最初から身体障害や病弱の人たちのために特別につくられた住居のことである。
デンマークの高齢者はエレベーターのない中層建物の狭いアパートに住んでいる人が多い。床面積が狭いため、室内を車椅子や歩行器で歩き回ることは非常に難しいか全くできないことが多い。ヘルパーが要るような場合には一層大変である。一番困るのは、バスとトイレの場所である。アパートではバスルームとトイレが最も狭いからだ。
こうした小住宅を改造して、歩行が非常に不自由な障害者のために住みやすくできることは滅多にない。同様のことがエレベーター設備のない2階建て、3階建て住居についてもいえる。確かに、住宅用の小型エレベーターを備えることはできるのだが、非常に費用がかさむので、高齢者用の特別住宅へ引っ越すことをすすめるべきだろう。
障害のある高齢者の住んでいる家またはアパートが広い場合は、改造が一番よい解決策だろう。高齢者は家庭と地域につながりを保っている。同時に、できるだけ自宅で自分でやっていける妥当な状態にいる。
少しの改造で済む人たちもいる。歩行が幾分不自由だったり、めまいがあったり、転倒しやすい人たちである。こういう場合、戸口の段差をなくし、カーペットを固定し、バスやトイレに数カ所の手すりをつけるだけで、ごく限られた補助器具を利用して安全で安心して生活できる。
実際の家の改造は市の建築家、職人、作業療法士が協力して行う。借家の場合は、改造の許可を得なければならないが、アパートから引っ越してきたときに手を入れる場合と同じである。すなわち、原状に戻さなければならないということである。
市が大幅な改造を行う場合は、再割当権を申し込む。つまり、先住者が出て行った後に、他の障害者に再割当されるという意味である。このようにして、使いやすくしたアパートは高齢者や障害者に繰り返し利用される。こうして、市は経費を節減することができる。

どんな住居改造が最も一般的か

歩行困難な人たちのために、向きを変えるスペースを十分とることが絶対必要条件である。
車椅子を回転させるのには130〜140cmの半径が必要である。入り口に段差をなくすと、道から玄関までの通路が平坦になる。さもなくば、スロープまたは椅子を持ち上げるリフトを設置しなければならない。わずかに歩行困難がある人なら、把手や階段の手すりをつけるだけでやっていける。
屋内の段差は、リフトかエレベーターを設置することでなくすことができる。しかしこの解決法にはお金がかかるので、移転と比較して慎重に考慮しなければならない。
戸口の踏み段のようなわずかな支障はなくせる。バスルームの段差は、バスルーム全体の床を高くするとよい。車椅子で通れるようにドアを広くしなければならない。廊下の幅は通常78〜82cmである。これより狭ければドアの開口部を大きくする必要がある。ドアを一杯に開くスペースがないときは、引き戸にすればよい。
トイレとバスルームに最も問題が多い。トイレや洗面台の前には少なくとも110〜130cmくらいの向きを変えられるスペースがほしい。足の不自由な人が座って入浴できるようにハンドシャワーを取り付ける。バスルームは、座って体が洗えるように腰掛けをおけるスペースがあり、隅に排水口があればよい。それにすべりどめのマットも必要である。トイレと洗面台に色々と支え把手を付け、トイレの位置を高くして楽に立ったり座ったりできるようにする。
台所にいる時間は長い上、足の悪い人にとっては、長時間の立ち仕事は大変である。高齢者が腰掛けて台所仕事ができるように、調理台の下と同様、洗面台や調理器の所にも脚の入る場所が必要だ。
全般に、把手は使いやすく、力が要らないものを使うようにしている。蛇口、調理器やオーブンのノブ、食器棚や引き出しの開けしめも同様である。

高齢者住宅とはどういうものだろうか

デンマークでは高齢者用に建てられた住宅をすべて「高齢者住宅」と呼んでいる。1987年に高齢者住宅法がつくられた。高齢者と身体障害者用の住居に関する法律である。「市町村は、器具や設備を特に必要とする高齢者や障害者のための貸家が、必要な状況の範囲内で提供されることを保証する」というものである。
高齢者住宅法は、なかんずく住居形態とサービスを切り離すことを目的とする政策の一環である。高齢者がどこに住んでいようと、必要に応じて援助しなければならない。
住居には、それぞれ歩行が困難な人用のトイレ、バス、台所の設備がなければならない。車椅子の利用者も含まれている。入口は足が不自由な人に合わせなければならないし、いつでも直ぐに助けが呼べなければならない。
市が住居の割当を決め、特別な住宅を本当に必要としている高齢者や障害者が入居できることを保証する。
高齢者用住宅区域の一部は、住居数の多い集合住宅とすることもできる。共通の活動ができるような枠組みをつくろうという案である。
一般には、高齢者住宅法のもとで、異なるレイアウトの高齢者住宅を建設することができ、市は様々なタイプの住宅を提供できる。かつてナーシングホームだったものを、ケアを最も必要とし、終日助けが必要な老人のための高齢者住宅としたものがいくつかある。この場合、集合設備は高齢者が住んでいる家の中に設置されている。
ケアセンターあるいは高齢者センターの近辺に、広範なサービスを行う住宅もある。ある程度の面積があり、車椅子の利用者に向いている。キッチンと、ヘルパーが動きやすいようにスペースに余裕のある浴室がある。センターもしくは市の昼夜介護課へ連絡できる装置がある。
共同住宅に組み込まれた高齢者住宅がある。ここにも歩行に障害のある人たちのための特殊な設備がある。1人で生活ができ、センターと密接なコンタクトの必要はないが特殊な住宅設備が必要、という人たちのための家である。緊急警報装置は、居住者の要求があれば取り付けることができる。高齢者が車椅子を利用するようになったからといって、近隣から無理に離れさせることはないというのがこの種の住居の趣旨である。高齢者は、こうして高齢者向けに設備された住居で年をとり、生活をそのまま継続できる。物理的構造が高齢者に転居を迫るわけではない。
高齢者人口の増加と長寿によって、運動障害のある人口が相対的にも絶対的にも増加する。運動障害のある人の数が増加した結果としての将来を見た場合、状況が許すかぎり、その人たちにふさわしいように全部新しいフラットを建設するべきだ。
製図台で最初の線を引き終わったときにこの事態に気付きさえすれば、ほとんどの住宅とエレベーターつきアパートの1階部分については簡単にできる。誰しも年をとったり体が不自由になったときに、全く未知の住宅地域へ「送還される」ことをおそらく嫌がるだろう。それに、若い世代にとっても両親や、体の不自由な友人に家に来て貰いやすくなる。長い目でみれば、これは高齢者や障害者のためでもあるが、すべての人のための住宅建設の問題だろう。

次頁の写真は、日常生活をうまく営むことができるように補助器具を使用している障害のある高齢者の家を訪問した際、撮ったものである。










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