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高齢者ケア国際シンポジウム
第3回(1992年) ゆとりある生活環境と自立


第3部 発表  市町村の政策と高齢者のケア

イギリス、ウースター県社会サービス部長
デイビッドA・トゥームズ
David A. Tombs



序論
近年人口動態的、社会経済的要因によって世界の先進国で高齢者についての関心が高まっている。この関心が政策決定に重大な影響を与え、来世紀にかけてもひきつづき政策上の論点となるだろう。
ジレンマははっきりしている。多くの国では、高齢者は祖父母であり、親であり、国の富を努力して築き上げた人たちとして尊敬される。この意味で、「Ageing in Japan」の中で「高齢者を尊敬し、長年にわたり社会の発展に貢献した人たちとしてふさわしい健全で平和な生活を保証するべきである」(1)と言っているのは興味深い。事実、地域社会において数が多く、重要視されるこれらグループは、自分たちのニーズに見合うサービスを要求し、そのための国の出費は増大する。
こうしたニーズには積極的に応えたいのに、そのために必要な増税の問題が生じ、政治家に矛盾が生じる。
この厳しいシナリオの範囲内で各国政府は、尊厳を保ち、ストレスから解放されることが大切になるときに、失敗しやすく、落胆、苦悩、非難につながるような高い理想を目指すよりは、思いやりと達成可能な目標とを一体にしたやり方で政策を立案しようとしている。
全世界的に見られるかかる状況に照らして、日本船舶振興会、笹川医学医療研究財団が共通の問題から生じるかかわり合いを解決することに関心を同じくする聴衆や講師を一堂に集めることは意義あることであろう。私は、この論題について英国がいかに建設的かつ断固としたやり方で対処しているか、特に地方自治体の役割に関する問題を探り、解明したいと思う。
私の論題はこの点に関しての地方自治体の政策を検討するものであるため、英国全体と比して私の勤務する地方機関内で生じる状況を示すのが適切と考える。


(スライド1)



歴史的背景
英国では、助力を必要としている人たちを援助する公共サービスには長年の伝統があるが、今日の考え方や信条と比べると、それらは必ずしも良いわけではない。18世紀にチャールス・ディケンズが書いた小説を読みさえすれば、自らの愚かさによって引き起こされたものか、あるいは自分ではどうしようもない原因によるものかには関わりなく、転落、貧困、虐待などを受けた人たちの運命を知ることができる。
「救貧法」として知られる制度は、生きてゆくための住まいと食物を提供したが、「教区」の責任者は責任を転嫁し、援助にかかる費用を税金で支払わせるようにして、個人に与える悪影響を顧みなかった。この制度は、国家援助法(1948)の制定により福祉国家時代が実現した1940年代後半になってはじめて打ち切られた。この法律は、保健サービスがその当時新しく設立された保健省のもとで独自に展開される一方で、福祉サービスのケア要素をより大きな地方当局の責任下に置くものであった。
最近になって、政府の政策と実践は、混乱し、矛盾が生じた。これはサービスを受ける側や介護者の期待に背くことになった。同時に、最も効果的で経済的かつ思いやりのあるサービスを提供しようとしている専門家の仕事がやりにくくなった。こうした事態の原因を見つけるのは困難なことではない。
イングランドやウェールズでは、高齢者に対する責任と援助は分担して行われている。中央政府のレベルでは、公の援助が必要な人に対する金銭的援助は社会保障省の管轄下にある。ここでは年金や、障害者手当てなどの様々な費用を負担する。保健省は保健サービスを担当し、これは、省が直接管理する地区委員会と地方自治体によって運営されるが、この18ヵ月間に独立した信託公社に移転された。一方、社会サービスは、地方自治体を通して自治都市あるいは県議会レベルで提供される。
こうしたつながりが複雑になるのは、社会サービス部が地方機関の一部でありながら専門的には保健省と連係し、地方自治体はこれとは別に環境省から財政援助を受けているという事情によるものである。最近の報告「コミュニティー・ケア:変革の急な流れに対処する」(2)がその問題を示している(スライド2)。「献身的で、専門知識の豊富な職員たちは、介護のために非常にきつい仕事をしている・・・・(それでいて彼らの)・・・・昔から受け継がれた組織の枠組みは新しい発展にはついて行けず、効果には限界がある」と、述べられている。
1990年東京で開催された国際シンポジウム「高齢者ケアの展望(不安なき高齢化社会を目指して)」において、J・グリムリィ・エヴァンズ教授が「保健サービスと社会サービスを分離させれば、担当省庁がお互いにその経済的責任を相手へ転嫁しようとして高齢者に余計な心配をさせることになる」(3)と述べているのは予期されないことではない。このような責任の転嫁は、このサービスの費用負担がトップダウン方式の資金の流れであるという融通のきかないやり方から必然的に生まれるもので、資金の割当や運営がばらばらになることによって、適切な仕事ができなくなる。

組織
変革に影響を与える要因
1986年地方自治体の能率と効果性をモニターし、検討するために政府がつくった独立団体である監査委員会が「コミュニティー・ケアを現実のものにする」(4)というレポートを発表した。このレポートは1979年に新政権が導入した政策への懸念が高まった後に発表されたもので、国家の補助を受けている人たちが私的なレジデンシャル・ケアを受ける際に金銭的援助を認めるという政策であった。当時、社会保障省は毎年1,000万ポンドをこのため支出していた。1990年までにその金額は、年間2億ポンドにものぼったのである。これは新政権がコミュニティーべースのケア開発の奨励に関して、前政権の政策を表向きには推進していたときに起こった。政策の意図するところは、虚弱で、傷つきやすい人たちを高価な長期入院という形で長期収容するのをできるだけ避けるということである。新しいやり方について監査委員会はこう述べた。「……病院べースのレジデンシャル・ケアというパターンから、住まいを選べるやり方に移っているようだ……全体的にコミュニティー・ケアのより柔軟で、費用効果の高い形を取り入れていない」(5)
レポートはさらに、私立のナーシングホームやレスト・ホームが、政府の社会保障支出に経費を転嫁して負担を軽減できる誘因が働き、その結果保健当局および地方当局がその大がかりな開発を許すことになったのだと報告している。私の住んでいる地方のレストホームやベッド数へのここ6年間の影響についてスライド3で述べる。
政策の混乱はこういう具合であったため、委員会は「何もしないということも一案であろうが、それには賛成できない」(6)と言わざるを得なかった。
保健社会保障相は、英国の大手スーパーマーケットチェーン、セインスベリー社会長Sir Roy Griffithsにこの問題を調査するように依頼した。彼はこれまでにも国民健康保険制度の改革を提案していたので、背景についてはよく知っており、「コミュニティー・ケア政策に基づいたレジデンシャル・ケアに対する補助金支払の影響」(7)の結果生じた思いがけない誘因に批判的であった。言い換えれば、レジデンシャル・ホームのベッド数増設に現金が使われていたので、地方当局がコミュニティーにおけるサービスを拡張させ、高齢者が自宅にとどまれるようにするのに現金が足りなかったのである。


現在の政策
1988年に「コミュニティー・ケア:行動計画」(8)と題したSir Royの報告書が発表された。これは後に政府白書「高齢者のためのケアー今後10年間とその後のコミュニティー・ケア」(9)として発表された。
この白書で、はっきりうたわれた政策は、「コミュニティー・ケアとは、加齢、精神障害あるいは身体、感覚上の障害といった問題を抱えた人たちが自宅またはコミュニティーの“家庭的な”環境で、できるだけ自立して暮らすことができるようにサービスと援助を提供することである。政府は、このような人たちが潜在力を十分に生かすことのできるようなコミュニティー・ケアの政策を約束する」(10)
こうして目的はやっと明確になった。
白書「高齢者のためのケア」(11)に加えられた変更は、以下を意図するものである。
「*高齢者が自宅またはコミュニティーの家庭的な環境でできるだけ正常な生活ができるようにする
*高齢者が可能な限り自立を保てるように適正量のケアと援助を提供し、基本的な生活技術を取得または再取得することによって潜在能力を十分に生かせるよう手助けする
*高齢者がその生き方について、またそのために必要なサービスについて自由に発言できるようにする
選択や自立の奨励が、政府提案のすべての基盤をなしている」
Sir Royの見方では、「顧客」すなわちサービス利用者を中心に考慮しなくてはならない。後でも述べるが、Sir Royは生活に影響を及ぼす意思決定に利用者が参加することを期待した。この目的を達成するには、意思決定は予算の管理と同様に地方レベルに委ねるべきという。このことがサービスの利用者に権限を与えることだと彼が気づいていなかった訳ではないが、我々もまたこれを認識せねばならない。均衡状態の一方に権限を与えることは他方の力を軽減することを意味する。その力は専門家の手から移されるものでなくてはないが、我々は仮の身分が脅かされるのに安心していられるか、それでやっていけるかを自分自身に問うてみなければならない。
政府の目標は白書に明確に説明されており、政策の実施と達成の方法が示されている。
目標とは次の通りである。
「*実行可能で、ふさわしい場所ならどこでも高齢者が自宅で住めるように、家庭的なデイサービスやショートステイサービスの開発を促進すること
*サービス提供者は介護者のための実質的援助を最優先すること
*ニーズの適切な評価と援助を受けている人たちの正しい管理とを質の高いケアの基礎とすること
*質の高い公共サービスと並んで独立セクターの成功を促進すること
*機関の責任範囲を明らかにし、成果を明らかにするよう責任を問えるようにすること
* 社会的ケアのための新しい資金源を導入して、税金を有効に使うこと」(12)


組織としての実践
ケアマネジメント
地方自治体の社会サービス省に期待されていることは、法の趣旨の範囲内で高齢者に対する責任を全うすることである。基本的な考え方は、サービス利用者や介護者が選択権を持ち、意思決定に参加できるべきだとするものである。地方自治体は、サービスの提供が直接あるいは他の機関、身内、近隣、友人からであるにせよ、サービス利用を保証できる機関になるはずである。言い換えれば、ニーズに応えるというよりは、独占的にサービスを提供することを意図としてきた公的提供者による制限を受けるのではなく、混合経済の奨励と展開によって選択するべきだということである。利用者が国の財政支援に依存しているとすれば、地方自治体は他の専門機関と協力して、自分自身の要求と期待が一番よくわかっている利用者と介護者との参加を得てまず個々のニーズを評価して、サービス利用を活性化する。建設的で事情がわかった上で参加するには、情報が利用できることが必要である。しかし政策研究所の研究が示すように、必ずしもそうではなかった。「ソーシャルワーカーやその他の“ゲートキーパー”は、高齢者やその介護者に対して与えることができたはずの情報を必ずしも全部与えていなかった。」「何が利用できるか教えて貰えない。あの人たちは自分の意見を伝えるだけだ」と述べた夫と暮らしている老女の場合を例に挙げた。もう1人の老女は、「いろんなことを聞くのですよ、人のうわさみたいなものよ。抜け目なく気配りしてなくちゃだめ。私は呑み込みが早いのよ」(13)と、言った。
ケアのマネジメントプロセスは、コミュニティー・ケアの目的の基礎となる原則が、サービスを求めたり、受ける個人の経験に徹底させるために開発された。このプロセスはケアマネージャーの指導によるもので、マネージャーは、例えば、ソーシャルワーカー、ホームケアマネージメント、作業療法またはコミュニティー・ナーシングの仕事についての技能などを持つ。プロセスそのものは学際的アプローチが必要で、関わりのある専門家が承認し、共有する評価が必要である。こうした相互理解を得るのがマネージャーの課題である。評価を上げるのには時間がかかる。評価を押しつけることはできない。マネージャーは、共通の評価基準の開発を促す開発機関や専門分野などの環境づくりをしなければならない。
ケア(あるいはケース)・マネージメントのメカニズムを次に述べる。
「1.ケース・マネージメントは、サービスと個人のニーズとのより良い関係をつくる手段である。
2.ケース・マネージメントは個人のニーズの評価、パッケージ・ケアの利用者と介護者の意図、その取得、モニタリング、検討が含まれる」(14)
私の住む地域では、感受性、尊厳、尊敬を大切にし、ケア・マネージメントのプロセスの指針となるケアの原則に賛同してきた。

コミュニティー・ケア計画
ケア・マネージャーがサービスの本当の選択を提供できるとすれば、一連のサービスの入手先、その存在と可能性、限界を知っていなければならない。このため、地方自治体はコミュニティー・ケア年度計画をつくる責任を課された。第1次計画は1992年4月に発表された。一般的にいって、高度のものという訳ではなかったが、改良されることは間違いない。
これらの計画は、主として公共の団体、ボランティア組織、独立した(私的)団体の連携から生まれなければならず、組織を通じて利用者がそのプロセスにかかわりあっていることを示さなければならない。これが関係者すべてにとって意味のある立派な仕事として達成されるのは、大がかりなことである。コミュニティーの力を含む食料支給、人口動態および資源の利用可能性に関する多くの統計学的データに加えて、実現することができなかったものも含む、明らかになったニーズについて情報を集め、整理する必要がある。
この計画は、政策変更、サービス開発、資源の必要条件と割当についての論議を呼ぶだろう。計画の重要さとそのプロセスは高く評価してよいものだ。


品質管理
利用者が中心にあるという考え方を全面に出し、質の高いサービス提供の責任を示すため、英国では法律でさらに2つの必要条件が導入され、いずれも1991年4月発効した。1つは、手近なところの調査官の構想である。調査官は私立やボランティアが管理する住居の登録手続を調査する。また私立、ボランティア、公立の住居の調査も担当する。将来は、住居部門にとどまらず、デイケア、家庭内ケア、そしておそらく最終的にはソーシャルワーカーの実地活動における質まで保証するソーシャルケア全般をカバーすることになろう。
質の高いサービスを目指す第2の要素は、広報と苦情の処理である。このためには地方自治体が対象、評価の基準といったサービスの性格や範囲を示して、サービスに関する情報を公表する必要がある。苦情処理も同様に利用しやすく、理解しやすくするために、広く公表しなければならない。
調査官も苦情処理も複雑にならないように、他とは独立した要素が含まれていなくてはならず、社会サービス活動の実施面から分離して管理されなければならない。私の関係している地方自治体などでは、階層制度の中で唯一「クロスオーバー」している社会サービス局長がそれらの直接の責任者である。上級サービスマネージャーの大部分は政策立案者、すなわち地方選出議員の興味と独立したプロセスの結果とを比較し、両者のつりあいを考えねばならないので、この方法が効果的かどうかについては議論が続いている。

効率的、効果的かつ経済的なサービスの提供
監査委員会の仕事の基本は、Efficient(効率的)、Effective(効果的)、Economic(経済的)の3つのEである。保健、福祉に携わる専門家には、サービス提供に必要な経費をなかなか計算したがらない人が多く、その必要に迫られることは彼らにはカルチャーショックでもあるかのようだ。しかし、需要が増え、資源が限られているこの時期に、こうした方法も悪くはない。この潜在的な矛盾を逆手にとって利用する方法はたくさんある。英国における最近のアプローチを中心に見てみよう。これらのアプローチから官僚中心だった意思決定権を最前線で働く人々に移すこと、ならびに必要と認められたニーズに対応するための適切なサービスを入手または提供するための資源を割当てる権限の委譲を行うことの利点がわかる。組織をこのような形にすることで独創的でかつ斬新な反応が出てきやすくなり、その結果、これまでの状況についても、サービスを利用する人たちにより便利でかつ資源の有効利用につながる全く新しいアプローチが可能になることが多い。
第1のアプローチとして、どのようなサービスを誰が利用できるとか、評価の規準を明確に定義することが重要である。例えば、ホームケア・サービスは、自宅で生活できるように援助するのが目的であると定義できる。したがって、ホームケア・サービスは、これなしには高価なレジデンシャルケアを選択せざるを得ない人たちを最優先しなければならない。さらに、時折休息期間がとれさえすれば介護を続けられるという家族と同居している人よりも、一人暮らしで近隣に助けてくれる人もいない人のほうが優先されると言える。換言すれば、ケアマネージャーが公平な態度で対応できるようなガイドラインを設ける。同時に、こうした優先順位のガイドライン、カテゴリー、サービス規準を政治家が決定し、その「配分」の責任を現場のケアマネージャーに一任しないことが大切である。ケアマネージャーにはある程度の裁量権が必要だが、政治的に「上層部」にいる人たちによる指導や保護も必要としている。
第2にケアマネージャーは常に質の高いサービスを実現可能と考えて目指さなければならない。地方当局の予算が限られているからといって、ニーズ優先の評価という考え方が評判を落とすようなことになってはいけない。既に示唆した通り、政策決定者は、政策と資源配分についての発言を明確にしなければならない。
これは、こうした制約のなかでマネージャーに必要な行動の自由を与え、そのイニシアチブと新しい技量とがニーズに応えて展開できるようにするためである。
このアプローチについて私の関係する地方自治体の例を挙げて説明する。これまでは、家族や近隣に適当な支援システムがない高齢者が退院する場合は、ホームケアサービスに対する需要が多すぎたり、レジデンシャルホームでの費用より高価だったりすると、ケアホームまたはナーシングホームを斡旋するのが普通だった。我々はこの種の状況に対処する新しい方法を開発しはじめた。幾つかの地方自治体と、最近では中央政府からの資金提供をけている住宅協会が、保護施設(Sheltered Accommodation)を高度の保護施設制度(Very Sheltered Housing Scheme)に発展させた。この制度は、グループ住宅からなり、それぞれ独自の設備や各戸専有の玄関、それに伴う尊厳を備えたものである。グループ住宅には、居住者を監督し、力を貸す管理人と少数の専門のスタッフがいる。これらスタッフの費用は私の属する省が負担する。食事は必要なら自治体が提供する。選択は住民にまかされる。この制度により、住民は自立と尊厳を持ち続けられるばかりでなく、ホームケアの時間をもっと経済的に利用できる。同じ人数でも町や村に散在しているよりも一カ所にかたまって住んでいるほうが、サービスがしやすい。
この制度と並行して、多くの建設的な成果の見られたもう1つのアプローチがある。Adult Placement制度(大人のための里親制度)と呼ばれるもので、長年にわたり成果を上げてきた里親制度に似ている。私の住む県の西部は人口15万人が25×30マイルの地域に散らばっており、現在50人以上の老人をケアの程度によって週175ポンドから246ポンドの介護費用で引き受けてくれる家族を探した。レジデンシャルケアの場合、介護費用は最低週246ポンドかかる。この計画で最も大切な要素は「施設」ではなく、家族の一員として受け入れられた高齢者が得られるケアと生活の質の高さである。
私の所属する省がこの制度の成果を最近調査したが、家庭に引き取られた高齢者たちの満足度が高いことがわかった。
同様に、この制度の恩恵を受けている高齢者と、同地区でレジデンシャルケアを受けている高齢者、さらに人口の4分の3が住む他の地区の高齢者について自立度を比較した。Adult Placement制度に組み込まれた高齢者と、集中的で、したがって費用のかかる形のケアを受けている高齢者の間には、多くの点で自立度にそれ程差は見られなかったものの、生活の質の高さを考えると、この制度は成果があったと見るべきであり、この制度を発想した人間に開発を任せたのが良かったと言える。
Adult Placement引受家庭の募集と訓練は、制度を促進する専門家の知恵を借りなくてはならないし、またこうした家庭には引き続き専門家が支援を行わなくてはならない。



ボランティア
資源が限られているにもかかわらず、需要が高まることになれば、サービス提供者は、先にも挙げたような新しいアプローチから解決を求めていくよりほかない。政府は、ケアマネージャーが一連の対応策を計画する際、潜在的な介護提供者すべてと「協力関係」を結ぶよう働きかけている。政策は各地域や近隣で行動を起こしやすくするために存在する。ここではボランティア組織や個人が重要な役目を果たす。ボランティアについては英国には伝統がある。自分の時間をボランティアサービスに役立てることを特権とも社会への貢献とも考えている人が多い。引退して日の浅い人は、ボランティアとして働くことが、これまでの仕事から離れて新しく見つけた自由を建設的に活用する機会であると同時に、自分の技能を生かして自分の属するコミュニティーに貢献する機会だと考えている。地方自治体は、特定の問題に取り組むボランティアグループに助成金を出すことがよくある。ボランティアを抱える制度には必然的に地方の要件が反映されたり、個人の問題解決の能力が試されたりすることがよくある。制度が確立されるには特別な資金が必ず必要であり、また制度の性格上、補助金あるいは契約に基づいて提供するサービスに対する料金収入に依存せざるを得ないが、さらに寄付金などで補われる。こうした制度は柔軟性があり、費用効率が高いため、地方自治体が投資をしても十分な見返りが期待できる。
私の所属する省では、給食サービスは女性のボランティア団体が行っている。費用は通常3年以上にわたる契約によって賄われる。契約期限が長いのは、毎年助成金が受けられるかどうかボランティア組織が不安に陥らずに済むためである。市町村によっては現物による援助も行われており、調理室は無料で貸与される。
社会サービスを必要とする人たちは、自分の意見がはっきり言えなかったり、目的があってもどうすればよいかわからない人が多いため、生きがいのある生活を奨励するには、まず支援体制が必要になる。このため、こうした人たちの要求をまとめて、はっきりとわかりやすい形で伝える手助けをするボランティアの支援グループを募って、訓練する制度が設けられるようになった。また同じような問題を抱えている人たち同士が助け合う例も多い。自助グループという形でまとめることにより、専門スタッフの手を借りなくても、互いにカウンセリングの効果が得られ、スタッフの負担を大幅に軽減できる。ここでも資金が不可欠である。
最後に挙げるボランティア活動の例として、ボランティアが運営する経費を最小限におさえたデイセンターの開発があるが、これは私の住む県でもよくみられる。公民館のような公の施設を利用して、デイセンターを設け、地元での資金集めの中心としての役割を果たし、またコミュニティーの人たちが、自分たちより弱い立場の人たちを支えるプログラムに参加できる機会を提供する。農村では、村役場がこの制度の中では費用のかかる要素である交通手段を提供することが多い。この種の制度を、地方自治体がやるとなると、相当な資本と予算投入が必要となる。

スタッフの募集と訓練
レジデンシャルケアからコミュニティーべースのケアヘの移行といった大きな方針転換があると、スタッフを訓練して期待される仕事を遂行できるようにすることが重要になってくる。環境や、姿勢などの新しい局面に対応して仕事ができるよう、新たな技能を身につけなければならないことを意味する場合が多い。施設で働いてきた人たちやそのような施設を肯定してきた人たちは、それに代わるケアの方法を開発し、支援するために自分たちのやり方を見直さねばならない。
これは方針の遂行に携わっているサービスマネージャーには決して容易な仕事ではない。「ケア業務:管理者ガイド」(15)の中に、この事情について次のように明確に述べられている:
「あらゆる組織は、スタッフ訓練を十分効果のあるものにするつもりなら、サービスや職員計画に特に関連のある訓練や開発のための包括的な方針が必要である。それには、次のような実行のための戦略が伴っているべきである。
*サービスの目的を明確にすること
*目的達成の決意
*訓練のための戦略開発のニーズを理解する能力」
介護は、素人にはよく混同されるが正規の訓練を受けた看護とは本質的に異なる。最悪の場合、ケアは身体の安全と快適を保証するだけのことだと見なされる。これらは大事な要素ではあるが、さらにもっと重要な任務がある。レジデンシャル施設や家庭で仕事をするケアアシスタントの訓練の重要性がいくらかでも認められだしたのは極く最近のことである。これは弱い立場の人たちが、被害者となったスキャンダルの後のことである。ケアスタッフはその仕事の能力を保証する必要があることに、一般が注目するようになった。政策決定者は政府レベルにいたるまで、病弱な高齢者にサービスを提供するには、高齢者を清潔にし、暖かくして、食事を供する能力以上のものが必要であることに気付きはじめている。サービスマネージメントの技術、思いやりを表すこと、身体的、情緒的ニーズを理解する能力が要求される。一方では将来ケアマネージャーになる人の多くが、これまでは必要とされなかった資源の管理運用などを含むマネージメントの能力も要求される。他方では、直接にサービス提供にあたっている人たちに適切な訓練を行って、旧い習慣やアプローチを修正し、サービス提供者ではなくサービス利用者に力を移すような新しい姿勢がとれるようにする。技術は教えることができるが、姿勢を変えるのは難しい。それでもやはり変えなくてはならない。
したがって、新しくサービスの仕事に参入した人が仕事の目的や、趣旨を理解するには、訓練が最も重要となる。この考え方を理解することと、必要な知識と技術を提供せずに人を雇用することは、もはや許されない。こうした配慮がないと、英国でこれまでに度々繰り返された誤った扱いを招く危険がある。
訓練の課題が目下広く検討されている。地方自治体管理協議会は最近「ケアの質」(16)というレポートを発表した。これはLady Howeが座長となって行ったレジデンシャルスタッフの調査報告である。前文で、「レジデンシャルケアは一般の重大関心事になってきた。多くのホームが好ましくない見本を示したために、一般の人のサービスに対する理解が歪められ、地方自治体やその職員が行った素晴らしい仕事が見すごされ、あるいは無視されることが多すぎる。しかしこのレジデンシャルケアにおける危機はマネージメントやスタッフに関する深刻な問題を浮き彫りにした」と、述べている。これはコミュニティーで高齢者介護に携わる人たちにも言えることで、我々の身に降りかかってくる問題であることを承知の上でその知恵を無視していることになる。


今後の課題
これまで述べてきたことで、高齢者向けサービスの提供や開発に従事する人たちが直面する仕事の深刻さや重要性が強調されたことと思う。今後10年間でこの重要度が低くなることはないだろうし、高齢者サービスに実地に携わる人々やマネージャーは、創意工夫に富んだ対処が必要な数々の課題に直面している。病弱で助けの必要な高齢者人口の増加とその介護者を支援する一連のサービスを確立すること、そして限られた資源の中で、この目的を達成することが今後の課題の中心である。サービス提供と共通の価値観をもつ専門家たちの協力関係との真の混合経済の開発が求められる。その幾つかを要約したい思う。
(a)サービスは、高齢者ができるだけ長くまた実行可能なかぎり、自分が誇りを持って属していると感じることのできるコミュニティーの中で、自分の家に住み続けるのを支援できるような体制を整えていなければならない。当然これらのサービスには介護者を助けるためのショートステイ制度も含めるべきである。
(b)戦略や実施のレベルでの計画は、地方政府などの公の機関がサービス提供に関して独占的な立場をとったり固守したりせず、混合経済としてサービスの提供を促進する役割を引き受けやすくするものでなければならない。
(c)サービス利用者が、自分で受けるサービスの種類を選択したり、それに影響を及ぼしたりできるよう専門スタッフの姿勢を適応させる必要がある。
(d)利用できる資源には近い将来にも限りがあると考えられるが、サービスに対する需要が増すことは必至である。この状況の矛盾をなくし、サービス利用者が不利な立場になることなく、サービスの質を予定通り維持していくには、高度な運営手腕が求められる。
(e)サービス・プランやサービスの提供に地域内で利用できる資源をフルに活用するために、また責任を他に転嫁することのないように、各省庁間で信頼関係を築く必要がある。
(f)限られた資源の中で、個々の状況に応じた独創的な対応をしていくには、コミュニティーがボランティア活動を通してケアプログラムに参加し、支援する機会を増やす必要がある。
(g)社会の弱者である高齢者のニーズに対して、熟練しかつ臨機応変な対応ができる能力のあるスタッフを集めるためには、報酬、労働条件、訓練といった動機づけが必要である。
(h)専門スタッフが各々高齢者の福祉に貢献できるには、専門間に真の協力関係がなければならない。ケアという混合経済において各々役割を担っている自治体、ボランティアおよび個人のレベルでこの協力関係を確立する必要がある。
(i)サービスは明確な規準に基づいて提供する必要があり、その結果どうしても依存度の高いユーザーが優先され、一部サービスから除外される人が出てくるため、政治家は自分の選挙区の有権者との利害対立に直面さぜるを得なくなる。

参考文献
1."Ageing in Japan" Japan Ageing Research Centre 1991.Editor in Charge: Shigeyoshi Yoshida. JARC'S Sasakawa Memorial
Information Centre/International Publication series No.2.
2."Community Care: Managing the Cascade of Change" Audit Commission.
Her Majesty's stationery office ISBN 011 886 070 4.
3.International Symposium "New Horizons in Elderly Care-Toward an Ageing Society without anxiety" Tokyo 1990
4."Making a Reality of Community Care" Audit Commission, Her Majesty's Stationery Office December 1986 ISBN 0LL 70L3234
5."Making a Reality of Community Care" as 4. above
6."Making a Reality of Community Care" as 4. above
7."Community Care: Agenda for Action" Sir Roy Griffiths, Her Majesty's Stationery Office 1988 ISBN 0ll 3211309
8."Community Care: Agenda for Action" as 7 above
9."Caring for People-Community Care in the next decade and beyond" Her Majesty's stationery Office 1989 ISBN 010 1084927
10."Caring for People-Community Care in the next decade and beyond" as 9 above
11."Caring for People-Community Care in the next decade and beyond" as 9 above
12."Caring for People-Community Care in the next decade and beyond" as 9 above
13."Elderly People- Choice, Participation and Satisfaction"
Allen, Hoggs and Pearch, Policy Studies Institute 1992 ISBN 0853745102
14."Caring for Our Communities-The Management Agenda" N. Flynn and C. Miller National Institute for Social Works, Briefing Paper No.4 1991
15."The Caring Business-The Managers' Guide" Joint Initiative for Community Care 1990 ISBN No. 0 619 01003 X
16."The Quality of Care-Report of the Residential Staffs Inquiry, Chaired by Lady Howe" Local Government Management Board 1992, lSBN 9878 60 7488





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