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高齢者ケア国際シンポジウム
第2回(1991年) 痴呆性老人の介護と人間の尊厳


第3部 発表  日本における痴呆性老人のケアの現状について

厚生省老人福祉計画課長
中村秀一



私は行政官として、特に高齢者福祉政策を担当している立場から4つの点について述べたい。
まず背景として、第1にわが国の高齢化と痴呆性老人の問題について、第2に、わが国の痴呆性老人対策の歩みとその評価について、第3に、福祉を担当している厚生省の立場から、日本では高齢者福祉というものをどのような枠組みで進めようとしているのか、第4に、痴呆性老人のケアについて、その現状と課題に絞って述べることとする。

1.わが国の人口の高齢化と痴呆性老人問題
1990年におけるわが国の総人口に対する65歳以上の人口比率は、12.1%であり、ヨーロッパの高齢化の進んだ国と比較した場合、まだ若い状況といえる。
しかし、わが国はこれから30年間、急速に高齢化が進み、10年後の西暦2000年には16.9%、2020年には25.2%、約3,200万人の65歳以上人口を抱えるという、世界でも屈指の超高齢社会を迎えるという状況の下で、高齢者福祉対策に取り組んでいかなければならないのである。
わが国の高齢化の特色である、「非常にスピードが速い」という現象は、行政的にも社会的にも困難を抱えている。これは、社会サービスあるいは医療サービスというサービス資源を急速に整えなければならないということを意味している。
2つ目の特色として、30年後の高齢化の完成した時点の25.2%という率は、世界のどの国よりも高く、非常に大きな高齢社会になるということを表している。
3つ目の特色として、いまでも日本人は、世界で最も長い寿命を享受しているが、その結果出来上がる高齢社会というのは、後期高齢者が非常に多い社会なのである。例えば、2000年までの10年間をとってみても、75歳以上の人口は45%増という、後期高齢者の増大をみることになる。
後期高齢者になればなるほど、痴呆性老人の発生率が高いということは知られている。現在、99万人の痴呆性老人が日本にいると推計されており、そのうち74万人が在宅で、10万人がさまざまな社会福祉施設あるいは老人保健施設に、15万人が病院に入院しているという状況である(表1)。これがわが国の痴呆性老人をめぐる数字的な背景ではないかと思われる。

表1 施設に入所・入院している推定数

高齢者対策を考えるうえで、介護、ケアを要する高齢者の数の増加が痴呆性老人問題としてとらえられるが、介護する側の社会的な資源という点では、従来からわが国は家族との同居率が高く、介護は家族によって支えられてきたとされている。
確かに、1970年ごろまでは、65歳以上の8割が自分の子供と同居するという家族形態であったが、1990年に至ると、この数字は59%となっている。
もちろん、ヨーロッパ諸国あるいはアメリカと比べると、まだまだ同居率は高い。しかし、同居率は着実に減る傾向にある。また同居していても、女性の社会進出から、家庭のなかにおける要介護老人の介護力は目にみえて落ちてきている。
このような状況でケアを行うためには、どうしても外部的なサービスというものを導入していかなければならない。これが、わが国が直面している問題である。
特に、痴呆性老人の場合は、いろいろな統計、あるいは家族の方々の要望から、介護の困難さは指摘されているところである。
特別養護老人ホームにおいて、入所者のうち、痴呆性老人と一般老人の介護の際の困難さを比較した調査がある。その調査は、例えば食事の介助、排泄の介助、あるいは入浴介助等の困難さを、「非常に大変」「かなり大変」「普通」「それほど大変でない」「全然大変でない」の5段階に評価した場合、痴呆性老人については、どの項目に関しても、「かなり大変」「非常に大変」が50%を超えていた。
これに比して、痴呆のない老人に対する介護については、「かなり大変」「非常に大変」という項目が、多少の違いはあるにせよ、10〜30%ということであった。ケアを専門とするナーシングホームである特別養護老人ホームにおいても、痴呆性老人の介護のほうが2倍以上たいへんという結果になっているわけである。これから痴呆性老人の数が99万人から150万人に増えるなかで、在宅で、あるいは施設でケアをしていくということを考えた場合、たいへんな状況に至るであろうことが予想される。

2.わが国の痴呆性老人対策の歩み
わが国の痴呆性老人対策は、行政的な面からさまざまな分野で取組みが行われてきたと思われるが、行政的に本格化したのは1986年に入ってからと考えられる、いま1つ取組みが十分でない、総合性がない、あるいは体系性がないなどの問題に直面し、1986年に痴呆性老人対策推進本部を設置した。痴呆性老人対策について、いわば厚生省内の本部ではあるが、一種のレビューを行ったわけである。
本対策推進本部は翌1987年、1年間の審議を経て、わが国の痴呆性老人対策に対する1つの方針を打ち出した。現在わが国は、これを基に痴呆性老人対策を推進してきているのである。痴呆性老人対策推進本部をつくった際、省内だけではなく、各界の専門家の方々にも参画願い、わが国の痴呆性老人対策推進方策というものを取りまとめた。
次に、1986年以前のわが国の痴呆性老人対策はどうであったかを簡単に振り返ってみる。
老人福祉の分野では、1963年に老人福祉法ができ、これによりわが国の老人福祉対策が始まったわけである。そのときに老人福祉法では初めて、例えば高齢に伴って介護を要する、介護ニーズというものが出てくる。それに対して、特別養護老人ホームを設置して対応していこうという方針が出されたしだいである。
その特別養護老人ホームの入所対象者は、当然のことながら痴呆性老人である。しかし、その後の歩みをみると、特別養護老人ホームの対象者として常に重点がおかれてきたのは、いろいろな厚生省の文書あるいは通達をみても、寝たきり老人といわれる身体的なハンディキャップをもった人を中心におかれている傾向がある。1970年代に入ってもこの傾向は変わらず、焦点は寝たきり老人であり、痴呆性老人に対する対策の重要性が福祉の分野で行政的に指摘されることはきわめて少なかったというのが実情ではないかと思われる。
今日このような痴呆性老人をめぐるシンポジウムが各地で行われるようになり、私も新潟県で行われたシンポジウムに出席したことがある。そのときシンポジストとして出席された、実際に自分の母親をケアをした主婦が、1970年ごろはまったく痴呆性老人についての知識もなかったし、行政側も痴呆性老人について理解がなかった、という発言をされた。日本全体が、そういう状況ではなかったかと思われる。
一言でいうとわが国の痴呆性老人対策は、1960年代から精神衛生センター、保健所、精神病院という福祉、保健・医療の分野において、少しずつではあるが、制度的には進められるようになってきたわけである。しかし、行政的に、地方公共団体も含め、痴呆性老人対策を正面にとらえて論議がされるようになったのは、やはり1986年の厚生省の痴呆性老人対策本部設置以降ではないかと考えられる。
次に、わが国の今日の痴呆性老人対策の体系を決定している厚生省の痴呆性老人対策本部報告の意義を、いくつか指摘したいと思う。
この本部報告自体は、「痴呆性老人の定義」から始まり、痴呆性老人の数について、出現率というものを明らかにし、将来推計を出す。次に、痴呆性老人対策についての現状と課題ということに触れ、推進すべき対策について述べている。
この報告書をいま読み返すと、厚生省を含めて、保健・医療・福祉関係の人々がこれまでの歩みを反省し、確認し、足りないところあるいは痴呆性老人についての世の中の誤解や偏見を解くべきであるということを指摘するなど、非常に啓蒙的、啓発的、あるいは学習的な性格をもっていたのではないかと思われる。言わば、行政担当者自身の学習作業、確認作業であり、今後とるべき方向に向けてのPR作業であったと考えることができる。
わが国の社会福祉の進め方は、誤解を招く言い方になるが、これまで善くも悪くも中央集権型というように定義づけられると思う。そういうなかで対策本部が取り上げた痴呆性老人対策が重要であるとした方針は、地方自治体行政、保健・医療、福祉関係者に多大なる影響を与えたものと思われる。
実際に、本部報告の発表後の特別養護老人ホームの入所状況をみると、着実に痴呆性老人の数が増えている。この数字からもかなり成果があったと評価している。
2つ目の意義は、痴呆性老人について、その数なり、将来推計なりを明らかにしたという点である。その後、1990年から高齢者保健福祉推進10か年戦略として、1990年代の高齢者保健福祉の総合対策を10か年計画で策定し実施しているが、この長期計画の策定作業においても、痴呆性老人の出現率の将来推計は、行政的には大きな意義をもつものと考えている。
3つ目は、痴呆性老人対策において、調査・研究・予防、在宅ケアによる家族支援、施設対策の推進、マンパワーの研修について、明確な体系をつくり、総合的に推進しようという方針が打ち出されたということである。この報告書が出されてから5年、それぞれの分野でかなりの成果を得たと思っている。
いくつかの成果について、簡単に触れることにする。調査・研究の推進という意味では、例えば1990年代半ばに国立長寿科学研究センターを愛知県に設置することが決定されているが、痴呆性老人あるいはその原因疾患の究明ということが研究の重点とされている。
在宅ケアによる家族支援については、前述のとおり1990年代において10年計画で在宅福祉の資源を大幅に増やしていくことを決定したことが大きな成果として挙げられる。もう1つは相談体制について、老人性痴呆疾患センターを、全国350か所ある第2次医療圏に整備していくという方針を立てた。現在、約79センターの整備が予定されている。
もっと身近なところでは、コーディネート機能をもつ在宅介護支援センターを2000年までに1万か所整備したいと考え、病院や老人保健施設、あるいは特別養護老人ホーム等、ケアをする資源に併設するという政策を進めている。
施設面については、特別養護老人ホームのベッド数の増加である。5年間にベッド数でいうと、33%増という大幅な増加がみられる。日本全国でいうと、3日に1つ新しい特別養護老人ホームがオープンしているという割合である。
老人保健施設についても、本部報告が出たときには構想だけで、実際の老人保健施設は存在しなかったわけであるが、現在は400か所以上あり、整備中のものも含めて、約4万5,000床の整備が行われている。
現在これらをナーシングホームとして老人保健施設をカウントすると、特別養護老人ホームと合わせて、20万ベッドのナーシングホームができているという結果になる。
最後に研修については、各地でドクター、看護婦、寮母に対して行われている。昨年1年間では3つの痴呆性老人をめぐるマニュアルもつくられた。
「老人性痴呆疾患の診断・治療マニュアル」は、主に診断・治療にあたられる人のためのマニュアルとしてつくられている。「痴呆性老人相談マニュアル」は、精神病院協会が中心になってつくり、日本公衆衛生協会で刊行されている。「痴呆性老人のケア・マニュアル」は、老人ホーム、老人保健施設、デイサービスセンター向けに、全国社会福祉協議会が製作し、ケアの事例集が別冊で付されている。
このようなケア・マニュアルは、痴呆性老人対策において質を高めるという意味で作成され、全国の特別養護老人ホームや老人保健施設やデイセンターに配られている。これも1つの成果ではないかと考えている。

3.高齢者ケア対策の方向

今後の進行について3つの課題がある。
1つは、ケアのサービスを大幅に増やすという点である。冒頭に述べたように、急速な高齢化に伴い、これから後30年間、日本は高齢者対策を進めなければならない。したがって、特に最初の10年間である1990年代に、できる限り多くのサービス供給体制を整備したい考えである。
そのなかで、施設ケアのための対策も必要であるが、施設ケアについては、1963年から約30年にわたる伝統があるため、かなりの水準に達していると考えており、今後10年間は特に在宅ケアのための資源づくりを中心に政策を進めていきたい。
2つ目は、地域において高齢者ケアが進められるようなシステムづくりをしたいということである。そのための政策としては、在宅重視ということを打ち出し、現在、わずかではあるが先行している施設ケアと合わせて、総合的なサービスが地域において、特に住民に身近な市町村において提供できるように、1990年に法律改正を行った。
3つ目として、このようなシステムを保健・医療・福祉の連携を図って計画的に進めていくということである。具体的にいえば、1993年から老人保健福祉計画をつくり、保健と福祉と医療とが連携したサービス供給計画ということで、現在、準備作業を全国的に進めている。
こういう枠組みのなかで、第4の痴呆性老人のケアというものについて、どういう現状にあって、これからどう進めていくかという点について、できる限り簡潔に述べたいと思う。

4.痴呆性老人ケアの現状と課題

まず1つ目として、在宅ケアの推進ということを述べたが、福祉の分野で在宅ケアとしていま全国的に行われているサービスは、ホームヘルパーのサービス、デイサービス、ショートステイ、の3つである。
ホームヘルパーについては、派遣を受けている世帯が10万世帯あり、平均すると週に1回、2時間という実情である。また、派遣を受けている人の大部分が、食事や買い物というどちらかといえば家事援助のサービスを受けており、単身の老人世帯が多いという現状である。このように、ホームヘルパーの派遣を受けている世帯の像を考えると、痴呆性老人を抱える世帯が受けているホームヘルパーの割合はかなり少ないのではないかと考えられる。
実際に、痴呆性老人を抱える家族会の調査で、ホームヘルパーの派遺を受けている人は、会員のなかの12%という結果がある。それらを突き合わせてみても、痴呆性老人対策として、現在、ホームヘルパーが果たしている機能はかなり小さいと評価できるのではないかと思う。
これに対して、デイサービスやショートステイについては、かなり痴呆性老人の利用が進んでいると考えられる。デイサービスは、1991年度中に全国で2,500か所のデイサービスセンターがオープンするという形で、やっと全国的な規模で広がりをみせている。1か所のデイサービスセンターにおいて、利用者はおよそ130人ぐらいであり、そのうち28%が痴呆性老人である。家族会の利用率も33%ということで、ホームヘルパーに比べてかなり痴呆性老人の受け入れは進んでいると考えらる。
問題点として、全国的なデイサービスセンターの普及がまだ十分でないこと、利用できたとしても週1回という、キャパシティの関係で利用回数が非常に限られている。そして、痴呆性老人の専門プログラムをもったサービスが非常に少ないという問題がある。
このため厚生省としては、痴呆性老人専門の小規模の毎日通えるデイサービスセンターを是非、国の制度としても来年度からつくりたいと考えており、現在、政府の内部で調整を進めているところである。
在宅支援という意味でいまいちばん利用されているのは、ショートステイである。現在、専用ベッドが全国で9,000床あり、年間30万人が利用している。
残念ながら、30万人の利用者のうち痴呆性老人がどの程度利用しているかについては厚生省の統計はないが、家族会の利用状況からは、在宅サービスのなかではいちばん高く、37%の痴呆性老人が利用しているということである。
デイサービス、ショートステイとも家族支援という機能が相当強いと考えられ、これからの痴呆性老人対策の在宅ケアとしてはかなり有望な手段として使えるのではないかと考えている。もちろん、ホームヘルパーについても、数を増やし、特に要介護老人、痴呆性老人のいる家庭にもっと多く派遣し、派遣の回数も週に1回のペースから、週3回、あるいは6回というペースにまで上げていくことが、2000年までに達成しようとする厚生省の政策ゴールである。
最後に施設ケアについてであるが、特別養護老人ホームに関しては、どのような統計をみても、痴呆性老人の占める割合が増加している。例えば、全国社会福祉協議会の統計では、1990年における中程度以上の痴呆性老人が入所している割合は、特別養護老人ホームでは52%である。また看護協会の調査では、過去5年間の入所者のうち、精神面で入所者が重度化しているかどうかというアンケート結果がある。87%の特別養護老人ホームで重度化しているという回答が得られ、痴呆性老人の施設処遇という面では、重度化、かつ増加傾向にあることが重大問題となっている。
このような状況の下で、特別養護老人ホームにおける痴呆性老人のケアについて、いろいろな研究がなされているが、これについてはケア・マニュアルなどに成果が出ているため、それに譲るが、1つ強調したいことは、家族とのつながりが特別養護老人ホームではかなり強くあり、よい効果を上げているということである。
1990年の10月に厚生省で初めて、特別養護老人ホームの入所者についての調査を行った結果、1990年9月にホームに面会のあった入所者は68.3%、月3回以上面会があった人は24.8%で、特別養護老人ホームの入所者と家族とのつながりが非常に強いということが明らかになっている。
また、痴呆性老人のケアを行っている54の特別養護老人ホームで、いろいろなプログラムを行っているが、プログラムへの家族の参加状況あるいはボランティアの参加状況については、74%の施設で家族がプログラムに参加している。また、ボランティアに関しても67%の施設で参加しており、特別養護老人ホームの活動は、痴呆性老人のケアという面で、非常に地域に開かれた、あるいは家族とつながりをもった形で処遇が進んできていると考えられる。
老人保健施設についても、現在45,000ベッドの老人保健施設をこの10年間で28万ベッドまで整備することが目標になっている。
もう1つの課題として、サービスのキャパシティを増やすためには、なんといっても介護マンパワーの確保が必要である。先ほどから述べている10か年戦略を実施するためにも、看護婦が5万人、ホームヘルパーが7万人、デイサービスセンター、老人保健施設、特別養護老人ホームでケアにあたる職員数は11万人という数字が出ている。
このようなマンパワーの確保を図ることが、今後の最大課題であり、私どもはいま、1992年に向けて、労働環境・労働条件の改善、賃金の引上げ等に焦点をあてた政策をとっているところである。





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