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高齢者ケア国際シンポジウム
第2回(1991年) 痴呆性老人の介護と人間の尊厳


第3部 発表  老人のための尊厳あるケア

ネストベッド市マースクガーデン・ナーシングホーム施設長
Lis Hauerslev, R. N.



ネストベッド市の人口は45,000人であり、デンマークでは20番目に大きい市である。デンマークと日本では、必然的に社会、文化、政治、経済の面で相違があるため、高齢者ケアの方法を直接的に比較するのは難しい。本講演における私の意見や考えが、日本の高齢者ケア対策の基礎となるいくつかの方法や姿勢を評価する際の1つのきっかけや刺激になればと考えるしだいである。
デンマークでは市民の社会的、保健上の問題を解決するための種々のサービス提供は自治体の仕事であり、この種の問題解決は個人がするものではないと考えている。最近、数箇所の民間施設がこの領域でのサービスを提供しているが、市全体の活動分野の微々たる部分を占めるにすぎない。
ネストベッド市は伝統的にケアと治療の方法が定着している所である。政府の政治的・行政的目的は、物質的なニーズに見合う財源を一貫して提供することであり、そしてその政策としては、福祉優先、それも在宅の形でサービスが行われなくてはならないと考える。
また生活にあたっては、できる限り干渉しないこととする一方、その代償として、市民は社会的・経済的に自分でできる範囲は自分でするということが要求される。
市町村のサービス構成は、自宅、ナーシングホームを問わず、同様のケアと援助を与えるべきであるとの考えに基づいている。援助は、さまざまな方法で行われる。すなわち、ホームヘルプ、家庭での看護、24時間制ホームケア、作業療法の応用、家庭用品のニーズに合わせた改良、特別ホームの建設、障害者のための物理療法とホーム、特別ケアホーム、デイケア施設、デイセンターと一時入院などである。
ネストベッド市には67歳以上の年金受給者6,000人がいる。そのうち約2,000人が多かれ少なかれ公的援助を必要としている。年金受給者が公的サービスを受けるには、まず現況の調査が行われる。ケース担当者や看護婦らが、年金受給者のニーズや希望が行政で決められた枠に当てはまるかどうかを決定する。
利用可能な施設として、定員291人のナーシングホーム7棟、養護ホーム21棟、集合ホーム42棟、障害者のための特別ホーム307施設がある。
次にナーシングホームを中心に、職員とサービス機構などの仕組みについて述べることとする。われわれが採っている方針、作業の理念、手順について述べ、最後に治療について触れたい。なお、マースクガーデン入居者のうち59.7%が痴呆性老人である。
ナーシングホームの組織を図1に示す。

図1マースクガーデンのナーシングホーム組織図

市議会は最高決議機関であり、一連の専門家委員会を任命している。社会福祉の領域は「社会委員会」が扱い、この委員会がナーシングホームを管轄している。行政官として社会主任は、社会福祉の領域を児童・青少年、勤労者、高齢者・早期年金受給者、事務という4つのセクターに分けて担当している(図2)。


図2
ナーシングホームは「高齢者・早期年金受給者」のセクターと「事務」の下におかれており、政治に関する仕事、行政に関する仕事の両方の企画と作業を調整するために両セクターと協力している。
マースクガーデンは市に7つあるナーシングホームの1つである。建物は築後17年であり、物理的条件は非常によく、3つの建物のなかに72のケアホーム(2軒が1つのユニットになっている)がある。一棟の建物は1つのアパートと考えられ、ケアホームが24ある。各ケアホームの大きさは24m2で、居間が16m2、小さい玄関とユニット式バストイレ、そして各戸にテラスかバルコニーがついている。建物の居住者全員が使用するファミリールームには居間と食堂、台所が設置されている。
さらに、ナーシングホームには運動室、調理場、クリーニング、理容室、小さな喫茶店につながって売店もある。
このナーシングホームはA級ナーシングホームであるが、身体的にも精神的にも多大なケアを必要とする入居者のためのホームという意味である。67歳以上の人のための養護ホーム60か所と、67歳以下の人のための養護ホーム12か所に分かれている。実際に私たちのアパートにも若い入居者21人が住んでいる。アパートは一部自治制を敷いていることから、スタッフの専門、行政の目的が同じであるにもかかわらず高齢者の所属するアパートで、環境が異なり、看護とケアについての考えを異にする状態が生まれている。
マースクガーデンの目的は、入居者に障害があっても個人の自由をできる限り干渉せずにその生活を続けさせることができるように看護とケア、安全、福祉、刺激、共同生活を提供することである。
ナーシングホームの予算は町議会が決定し、1991年のナーシングホーム7か所の予算総額は、9,050万クローネ、うちマースクガーデンの予算額は2,270万クローネであった。予算使途の規制はおおまかであり、たとえばマースクガーデンの予算は図3に示すとおりである。

図3マースクガーデンの予算

図4マースクガーデンの組織図

また、マースクガーデンの組織としては、図4のとおりであり、施設長、病棟勤務の主任看護婦3人と、栄養士、事務職員をグループリーダーとする総勢98人の職員構成である。各グループリーダーの下にアパートの職員がいる。主任看護婦3人の下に、看護婦、ナーシングホーム・助手、補助看護婦、派遣ホームヘルパーである。栄養士の下には調理師、栄養士助手、研修生が配置されている。また、グループリーダーを除く施設長の下には理学・作業療法士、用務員、趣味活動指導員、理容師、足療法士、秘書が勤務している。
協同組織としては、マースクガーデンは民主的な仕事場といえ、入居者も職員と同様の決定権をもち、相互に影響力をもっている。入居者は、入居者委員会を通じて行動し、また職員の合同委員会は、リーダーおよびリーダー以外の人の同人数で構成されている。各持ち場内で職員は世話役を選び、世話役は自動的に合同委員会のメンバーとなる。施設長は代表リーダーを選出するが、その数は他の職員のメンバー数を上回ってはならないとされている。
合同委員会の目的は、各人の興味を高め、作業環境を改善することにある。こうして、職員一人ひとりまたは職員グループに対して責任と権限を委譲する。日常の協力については、現行の法律、規則、協定、団体協約、およびこれらに優先する取決めを尊重するのが合同委員会の義務となっている。グループリーダーと他の正式委員会の合同委員会について協力構造のアウトラインは以下のとおりである。
各アパートのスタッフ全員は、協力体制のなかで中心的立場にあり、会議の企画、組織、開催を担当し、各担当アパート用に規則を作成する。しかし、合同委員会およびグループリーダーが優先する規則を採択することもある。そして、全体の規則が各アパートでの決定を行う際の基礎となる。スタッフの周辺に小委員会と合同委員会を関連して設置し、仕事場の安全基準の監視、さらに現場での障害を防止するための教育と方法の開発のために保安組織が編成されている。
合同委員会はマースクガーデンでの研修すべてを司る研修委員会を設立したり、特殊な問題、たとえば新職員採用計画などを担当する小委員会を設立することができる。
グループリーダーは組織的には下位に位置し、その主な役割は仕事の管理と割当て、スタッフ、入居者委員会、世話役との密接な協力関係にある管理政策の実施である。
マースクガーデンのスタッフの任命は看護を手伝っているボランティアは存在しないことを前提としている。スタッフは1週間7日、24時間をカバーする体制を組織している。
スタッフは、75.65フルタイムの仕事から成る。フルタイムは週37時間勤務であり、4つの主なグループから成る98人の従業員に振り分けられる。管理、看護とケア、食事、その他である。
管理グループはナーシングホーム施設長1に対し、秘書0.78、合計1.78フルタイム仕事量となる。
看護とケアのグループは、病棟シスター3.00に対し、看護婦7.58、ナーシングホーム助手4.10、補助看護婦36.77、派遣ヘルパー6.64で、合計58.09フルタイム仕事量となる。
栄養士グループは、栄養士1として調理師は1.70、調理ヘルパーは1.50、派遣ヘルパー6.77で合計10.97フルタイム仕事量となる。
その他のグループは、作業療法士ヘルパー2.56、足療法士0.36、理容師0.49、用務員1.40、フルタイム合計は4.81である(図5)。

図5マースクガーデンのスタッフの仕事量

フルタイム仕事量75.65を看護時間に換算すると、入居者1人当たり24時間中の看護時間は4.2時間である。したがって、スタッフの勤務をフレキシブルタイムに、かつ合理的にすることがたいせつである。
ケアシステムの姿勢の基本に応じて、作業理念によってアパートの文化度を違えている。入居者とスタッフのイニシアティブと独立心を利用することが非常に重要である。人生経験や物事に精通する能力といった知識が専門的な訓練よりも大きいということを受け入れることで達成できる。その他のスタッフの仕事は、入居者の個人的な介護を通じて消極性や無気力を防ぐことにある。私たちはまず、次のような姿勢を試みている。スタッフは、入居者の個人差、可能な行動、生活状態を大きくとらえ、その結果、1つのアパートがそれ自体のはっきりした特徴をもつことができるのである。すなわち、作業理念の組合せは無数にあるという意味である。必ずしもすべての集合住宅がどの入居者にも満足できるとは限らず、入居者が他の集合住宅に移る可能性もある。
人とともに働くことは、人を愛すること、必要な洞察力、知識、訓練が要求される。同時に、融通が利き、自分の仕事を優先できる自由さが必要とされる。
こうした姿勢を出発点として、医療優先の姿勢から病気中心ではなく入居者中心の姿勢に変わりつつある。
主な作業理念としては、入居者委員会への参加を通して入居者はお互いに影響を与え合うことにある。委員会の構成は、入居者、入居者の家族、スタッフであり、相互間の協力関係を強めることを目的としている。そしてここでは、マースクガーデンでの日常生活に影響をもつ問題について討論されている。これらの情報を通して、メンバーは奮起し、アパートにおける枠組みの組立て、およびさまざまな規則に反映している。
最終的には家族に助けられるとしても、入居者が自立することが望ましいことはもちろんである。ホームで使用する家具、カーペット、カーテンも自ら選び、居間の家具の配置も自分で決めることとしている。ここでは個人的な介護が必要なとき、すなわち特製のナーシングベッドが必要なときのみにスタッフの援助が得られる。医者、歯医者、専門家などを選ぶのも入居者自身である。
そして、自立について長時間をかけて話しあうのである。さらに特徴的なこととして、食事が定まった量でないということが挙げられる。自分に合った量を自分で選ぶことができるように食べ物が皿に盛られている。これはささいなことではあるが、非常に重要な部分といえる。
自分でできるように手助けするということが重要な作業理念なのである。スタッフは、入居者が必要としているところで手助けをすることを目的として働き、入居者自身の可能性が手助けの出発点であると考えている。入居者が自分で自分のことを処理できない状況になって、初めてサポートの必要性が生じるのである。この意味することは、手助けは個別に行われるということであり、手助けや介護は入居者とスタッフの間で相談して行い、ケアプランに書き込むという方法をとっている。
入居者とスタッフとのコミュニケーションは、『ガーデックス』といわれるコミュニケーションブックに書き入れ、入居者の世話をするスタッフ間の連絡手段としても用いられている。入居者の名前、年齢、ナーシングホーム入居日、入居前の職業、入居前の住所、病歴、ナーシングホームにきた理由が情報として記載されている。また、入居者の機能の程度、手助けや世話に関する約束事が記録され、さらにこの内容は必要に応じて改定される。
情報ノートは、入居者とともにまたその周辺で仕事をしているスタッフ全員が利用するものなので、等しく情報が得られるように幾つかの機能を果たしている。さらに約束事を守るのにも用いられている。本人に病気や障害があることから話ができない場合は、家族がこれらの情報を得て、取り決めに加わることとなる。
入居認定委員会がナーシングホームの入居を認めた場合、入居予定者の情報はスタッフに提示される。マースクガーデンでは、入居は段階的に行っており、最初は本人と、最終的にはその家族と連絡を取り、家庭を訪問して相談し、実際の手続きすべてを決定する。さらに社会生活における本人に関する身体的、精神的情報、たとえばその人が助けを必要とする状況や、考慮するべき習慣や条件、かかりつけの医者、家庭介護、病院などの社会福祉関係などの情報を可能な限り集め、カーデックスを作製する。そして、これらの情報に基づいて契約書を作成する。ナーシングホームヘの移動は、本人、家族、スタッフの間の取り決めによって実施され、同一の方法で行われることはない。
マースクガーデンの入居者のうち59.7%が痴呆性老人である。このうち33%は特別の配慮とスタッフの増員が必要である。1990年、痴呆症入居者のケアに関する問題領域を分析し、説明し、その問題の解決法を示唆することを任務とする運営・作業グループを設立した。
運営・作業グループは、プロジェクトを明らかにし、活動プランを準備し、実行するまでに1年を費やした。物理的環境の変化、スタッフ、入居者、家族、社会福祉担当局、政策特別委員会からの提言をも得た。本計画の実施に当たっては、追加助成金の申請が不可能なことから、プロジェクトグループの任務は、提案事項に必要な一切の費用をマースクガーデンの予算内で賄うことにあった。
しかし、重度痴呆性老人のケアが徐々に大きい問題となってきたために、プロジェクトの全体構成の見直しが必要になってきた。問題の大半は、他の入居者とのやりとりでの忍耐力の欠如とスタッフの認識の欠如からしばしばいさかいが起こり、解決の困難性から、スタッフの無力感を引き起こしてしまうことであった。
また本プロジェクトの目的は、老化のタイプよりも、老化の程度を見分けることを第1としている。痴呆性老人を軽度、中等度、重度でわけ、重度の痴呆性老人にのみ努力を集中している。軽度と中等度の痴呆老人入居者は他の部門に包括されている。
本プロジェクトの背後にある哲学は、入居者がお互いを受け入れられるよう狭い物理的枠組みのなかで、各個人の社会教育的努力を通して、生活の質を改善することにより症状を和らげ、しばしば非常に特殊な行動を受け入れるということである。
6人から成るグループを2つつくり、半分ずつアパートを共有する。各居住者は共有部分と連接する個室をもっている。各グループを6人とするのは、これが居住者とスタッフの両方にとって理解できる最大範囲の人数であるためである。
同室グループまたは「保護ユニット」と呼ぶものは、2階にあり、階段には痴呆性老人以外はだれでも開けることができる簡単な鍵のついた仕切りを設けている。この仕切りは入居者が階段から落ちないように、また付き添いなしでホームから外出しないように設置されている。重度の痴呆性老人は全員自分の身の周りのことができない。エレベーターに鍵がかかっていないのは、彼らにはエレベーターを操作する能力がないと考えているからである。しかし、保護手段としてはこれ以上のことは行っていない。
入居者のなかには、老化現象のほかにパラノイアがみられ、ごく少量の神経弛緩薬の投与を受けている者がいる。強迫概念がみられる入居者の場合は、これを軽減させるかできればやめさせるように教育的指導を行っている。たとえば、長い廊下や広い部屋が強迫的歩行の原因になるため、衝立のようなものを部屋におき、歩行を断絶させたりやめさせる。同室グループの周辺には、痴呆性老人のニーズを考慮した環境をつくり出す。環境は見過ごしやすい要因だが、間違いなく予想することができ、平穏と自信を生み出すことができる。
入居者に対する意味のある作業療法は、入居者の能力とアイデンティティの認識を高めることができる可能性がある。ゆっくりしたぺースであれば痴呆性老人の思考、感情、感覚印象を刺激することができ、身近にいっしょにいることで社会的関係が可能となる。不安材料となるいっさいの感覚印象は軽減され、新しい刺激に代わるのである。環境の特徴は、前向きの期待であり、尊厳があり、受容可能なものである。すなわち、生活の質は改善され、日常生活は意味あるものになる。環境が自然のガイダンスの役目を果たし、家族との親密さを増す。そして作業環境は変化し、スタッフは無力感や罪悪感を感じなくなったのである。関係者はすべて、入居者が治療不能であるという状況を受け入れることを学んだのである。
高齢入居者に対して尊厳あるケアを行うには、スタッフは、虚弱で障害のある高齢者を対象とした訓練を受けるだけでなく、知識と洞察力をもつことが必要である。デンマークにおける高齢者ケアの分野での教育制度は、特殊分野をカバーする一連の特別訓練プログラムに分かれている。この教育システムは労働組合との関係から、日常の作業で多くの問題を生む結果となった。専門の枠を越えて働くうえで教育システムが大きな弊害となったのである。そのため1991年1月1日に新しい教育システムが社会・保健の領域でスタートした。その効果について述べるのは時期尚早ではあるが、この新制度に期待したい。
最後に、ソクラテスから引用したとされるデンマークの哲学者、Soren Kierkegaardの有名な言葉を述べ、本稿を終了することとする。

「助けが必要な人とそれを助ける人との関係とは、1人の人間を決まった場所に導くときにまずなすべきことは、その人のいる場所に迎えに行き、そこから出発することであり、これが助けるという技術の秘訣である」





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