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高齢者ケア国際シンポジウム
第2回(1991年) 痴呆性老人の介護と人間の尊厳


第3部 発表  老人性痴呆  地域社会におけるケア・ケアの実践

英国医学協議会理事、General Practitioner
John Fry, M.D.



人口の高齢化が進み、脳の知的機能低下すなわち痴呆症の老人が増えるにつれ、われわれは社会医療問題の危機に直面している。この状態に対処するためには、問題を論理的に見きわめ、分析し、地域社会における効果的で、効率のよい、経済的なケアを考えなければならない。

1.痴呆症とはなにか
行動観察、日常生活動作能力および症状などの観察や、知能評価スケールなどによって『老人性痴呆症』の診断はできるが、その原因は分かっておらず、したがって具体的な治療法も予防法もないのが現状である。
現在のところ、痴呆症はその病因によって2つのグループに分けられている。小さな梗塞がいくつも起こって生じる脳血管性のものと、『痴呆』という言葉の響きが社会的にきらわれ、その言葉の使用を避けるため用いるアルツハイマー型がある。これらが加齢のプロセスと関連する状態であることは分かっているが、健康な状態から異常な状態への移行をはっきりと区別したり、その進行の過程を予測することは、範囲が不確定であり、自然の経緯からみて難しい。

2.なぜ重要なのか
人々の寿命が延びた結果、痴呆症の数が増えていることに重大な要素があり、かつそのために社会的・医学的な問題が広範囲にわたって生じていることが重要なのである。
先進国といわれる国はどの国であっても75歳以上の老齢人口が増え続けているため、老人性痴呆患者の数も当然増える傾向にある。老人性痴呆には社会的階層の別はなく、富める者も貧しい者も同じようにかかり、先進国における罹患率は、同一の診断基準を用いて検査したとすれば多分同じ率になると思われる。
また老人性痴呆は、いろいろな問題を伴っている。
・精神的な衰え、そしてその結果
・身体に障害がおきやすくなり、早死にする
・家庭、コミュニティー、病院、その他居住施設でのケアが社会的にも、医学的にも困難となる
そして、問題は多岐にわたっている。
・混乱をきたし、セルフ・ケアができなくなった患者の問題
・24時間態勢の介護が要求されることによる家庭や外部の介護者の問題
・困難な状況と限られた資源をもって、ケアを組織的に行うことを要求される医療従事者やソーシャルワーカー
・サービスの金銭的負担を強いられる地方のコミュニティー、社会と保健サービス提供機関
以上のようなさまざまな問題があったとしても、究極的には、老人性痴呆には治療法はなく、ケアと励ましのみであるということなのである。

3.だれがいつなるのか
老人性痴呆の疫学を理解することがケアの前提条件として必須であることは衆目の一致するところである。
対象とする地方ならびに全国的規模で信頼できる事実を集め、これを計画、行動の基として用いるべきである。

(1)年齢別有病率
同じ診断基準を用いて報告を相関させると、老人性痴呆の有病率は表1のとおりであることが示唆される。

表1イギリスにおける老人性痴呆の有病率

(2)人口
イギリスの人口は5,750万人である(表2、1991年)。
したがって、人口の15.6%が65歳以上の高齢者となる。イギリスでは、この30年間に65歳以上の高齢者人口がほぼ1/3増えると予想される。

表2イギリスの人口と高齢者人口の割合

(3)患者数
計画立案にあたっては、患者の数と、ニーズにこたえるために必要なサービスについて検討が必要である。
どのような保健制度にも4つの段階のケアがある。
・家庭内でのセルフケア
・一般医療、ソーシャルサービスが提供する地域社会でのプライマリケア
・地域の総合病院での専門医による第2次医療
・地域ユニットでの専門医による第3次医療
イギリスのナショナル・ヘルス・サービス(NHS)では、最近の傾向として最初に患者に接してプライマリケアを提供する一般開業医(GP)が、1つのグループを構成して(医師の数:1グループ平均5人)医療に従事している。各グループは、事務スタッフ、看護婦、ソーシャルワーカーから成る実践チームによって支えられる。その数は以下のとおりである(1991年のデータによる)。
・GPの数 30,000人
・グループ・プラクティスの数 8,000
・GP1人あたりの患者数 平均2,000人
・グループ当たりの患者数 10,000人
・地域の総合病院は、人口250,000人をべースにする。
老人性痴呆の患者数については表3に示すとおりであり、各段階においてケアを計画的に考えなければならない人たちである。40家族のうち1家族に1人の痴呆症が予想され、GP1人で20例を診療し、グループ・プラクティスでは100例、1つの地域にはほぼ2,500例、全国では50万例が予測される。

表3老人性痴呆の患者数

しかしながら、痴呆症とはいってもその症状には差があり、重度、中等度、軽度の別は以下のとおりである。
・軽度 60%
・中等度 30%
・重度 10%
つまり、重度の痴呆患者の数は次のとおりとなる。
・GP1人当たり 2例
・グループ当たり 10例
・地域当たり 240例
・全国 54,000例

4.なにが起こるか
老人性痴呆の自然の経過は、必ずしも不可避的な退化の過程というわけではない。過半数(60%)は『軽度』に止まり、比較的少数(10人に1人)が古典的な『重度』の症状を呈し、完全な痴呆となる。しかしそれを予想できる前兆となる特徴があるわけではない。したがって、全面的なケアを必要とするのはわずかな人数ではあるが、すべての患者がある程度の計画的なケアと監督を必要とする。
老人性痴呆症と診断された人の余命は、健康な人と比べた場合、約4分の1にまで短くなる。これは、死に至るさまざまな病気にかかりやすくなるためである。病気の際にどの程度積極的な治療を行うかは、倫理上のジレンマとなる。

5.どのようなケアをするか
ケアの実習であり、制度を問わず道徳的、倫理的な基準を問うことになる。
やさしくもないし、快いものでもない。しかし老人性痴呆患者のケアは、他の治癒不能の状態についての終末期のケアと同じように意欲をかきたてられるものである。
効果を上げ、効率よくし、経済性を図るためには、ケアのすべての段階で方針をたて、すべての関係者に入手可能な資源を最善の方法で利用できるようにしなければならない。

6.何のために、なにをなすか
幾つかの原則をたて、これに従わねばならない。
・痴呆症の犠牲者は、人間としての尊厳を損なわずに、個人の独立を尊重して介護し、その家庭環境でできる限り長く生きられるようにしなければならない。
・介護者は、患者よりも強いストレスや重圧を受ける。老人性痴呆患者は、現実から逃避し、ほかのことに関心をもたず、自分だけの世界に閉じこもってしまう。
家庭、地域社会、老人ホーム、病院での介護者は忍耐力の限界をためされ、身体的にも精神的にも疲れ果てることが多い。介護者には、入手可能な資源を動員して、可能な限りの支援と援助を提供しなければならない。
・大家族制度は、姿を消しつつあり、両親と子供1人または2人の核家族が出現し、彼らは年老いた親類とは離れた場所に住み、親は二人ともフルタイムで働いていることが多い。かなりの部分を外部の援助なくしては家族の対処を期待するのは非現実的であり、フェアではない。
イギリスの老人(65歳以上)の現況は以下のとおりである。
・30%:独居(85歳以上の老人の45%)
・40%:配偶者と同居
・15%:子供と同居
・10%:病院かナーシングホームなど長期収容施設に居住
・ 5%:その他の場所に居住
独居老人は、とくに精神的および/または身体的な危機に見舞われがちで、監督や定期的な接触が必要である。
・診断がついた後、すべての患者と家族について定期的で継続した接触を図るように取り決めなければならない。これは、たとえば家庭訪問、コミュニティー単位の集会に参加すること、問題を予想してこれを予防することなどである。

7.だれがどこで
よいケアは、ケアのさまざまなレベルで多くの人々や組織がかかわる共同チームとしてのアプローチを必要とする。
・家族および隣人によるケアと支援には、物質的、金銭的援助を含めなければならず、これには社会保障制度のもとで得られる補助や手当についてかなりの知識や経験がなければならない。家族が官僚主義の迷路をうまく通り抜けられるように、いろいろなことを知っている人の存在が必要である。
・プライマリケアは、プライマリケア担当のGPのチームとソーシャルケアの提供者であるホームヘルパー、身の回りの世話をする人、給食の宅配、一般ソーシャルワーカー、地域の心理療法士、訪問ボランティアなど、家庭を定期的に訪ねて世話をする人によって提供される。
・地域には、老人クラブやデイセンターがあり、老人が定期的に訪れることができ、その往復には交通手段が提供される。
・老年心理学の専門サービスは、地区の総合病院で行われることが多いが、地域社会での衛生センターが増えている。プライマリケアサービスを支え、助言を行うとともに、患者が家庭や地域社会での生活をできる限り長く続けることができ、かつ施設や病院への移送を避けるように努力する。
・しかし、特別病棟などの保護施設、ナーシングホーム、病院などの施設でのケアが、評価、介護者に休息を与えるためのショートステイのために必要となり、重篤な患者のためには長期入院が必要になる。

8.どのようにして
利用可能なサービスをすべてうまくかつ調和がとれた方法で機能させるには、チームワークが必要となる。チームは、良いリーダーをもち、コミュニケーションがよく、さらに関係者全員の研修を定期的にかつ最新のものとするため行わなければならない。

(1)モデル
イギリスのNHSのような制度では、老人性痴呆のケアについて数多くのかつ明らかに異なるサービスを提供しており、これらを適切に共働させ、組み合わせなければならない。
・地区の総合病院での老年心理学専門科は、病院と協力しているスタッフが勤務している衛生ユニットを地域社会においてもつ。
・地域社会で開業しているGP(契約医)が提供する一般医療サービス。
・病院や開業医ではなく、地方の自治体が雇っているソーシャルワーカー。
・その他、ボランティア団体、教会、自治会などのサービス。
・形態を問わず、1人の主たる人を決め、患者、介護者と利用できるサービスとの間を結ぶ役目を果たしてもらうことが大切である。GP、看護婦、あるいはソーシャルワーカーがなってもよい。
各地区は、介護者全員がかかわる明確なプロトコールと計画を展開するべきである。理想的には、専門家がケアの他のレベルを含む作業グループをつくり、プロトコールを作らせ、すべてのメンバーが密接に協力し、理解し合うようにするのが望ましい。
プロトコールには、マネージメント、病院やその他の場所への紹介、入所についての手順についての勧告などを含める。

(2)開業医との新しい契約
ケアの提供は通常地域社会で行われるが、イギリスのNHSでは、開業医がこれを行う。
1990年の新しい契約では、下記が含まれることによって、ケアの組織化が容易になった。
・医者または看護婦による75歳以上の人全員に対する毎年の検診で、身体的、社会的、精神的な機能を診る。
・家族や隣人の報告と単純な標準知的機能検査に基づき老人性痴呆の早期診断が可能となる。
・老人性痴呆症として診断された症例を登録し、訪問看護婦による定期的なコンタクトや報告を行う。
・専門ごとにケアのための実践プロトコールを作り、全員がこれに同意、従わなければならない。
・定期的な年間実施報告書と監査が必要となる。監査は、利用可能なサービスすべてのリストを含み、登録されている患者が利用可能なサービスをすべて受けており、その結果とのような利益を受けているかを調べなければならない。
以上、イギリスのNHSには、老人性痴呆のすべての段階で早期診断、監督、ケアを提供するための施設がある。サービスの質は地方のイニシアティブとリーダーシップによって異なるといわざるをえないだろう。

9.結論
老人性痴呆は、ヘルスケア制度がどのような人間的、道徳的、倫理的ケアを精神的、社会的、医療上の問題を抱えた不治の病人とその介護者に対して提供しているかを調べるのにより機会を提供する。
利用可能な医療サービス、ソーシャルサービス、ボランティアサービスを秩序ある協力体制下のもとに一体化するのはたいへん困難な仕事である。
各システムはそのモデルを自身でつくり出さなければならない。イギリスのNHSでは、最近行われた改革により、以下を用いた計画性のよい、系統だったシステムをつくり出す機会が得られた。
・すべてのサービスを含むチームワークとリーダーシップ。
・共同ケアと支援のための計画とプロトコールを作成。
・診断済みの患者の登録。
・個々の例についてケアの質と利用可能な資源を有効に利用する方法の調査および監査。
・多種多様なサービスが可能であるため、介護者、患者とその他のサービスとの連絡員となるキーパーソンが重要。





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