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高齢者ケア国際シンポジウム
第1回(1990年) 不安なき高齢化社会をめざして


第4部 分科会グループ報告  I.寝たきり高齢者への対策

東京大学医学部老年医学・教授
折茂肇



日本とアメリカのデータを比較したものをご紹介いただいた。パネルで感じたことは、この分野の研究が非常に後れているということである。したがって、まず医学の研究を十分に行い、それを医療に反映させることが大切ではないか。そしてそのための十分な研究費を出す必要がある。こういう要請がなされた。まったくそのとおりであると思う。
このような研究はまだ緒に就いたばかりであり、例数もあまり多くないため、もう少し多数例を使っての詳細な検討がこれから必要であると感じた。
リプシッツ先生のお話が終わり、本日の主題である寝たきり老人への対策という問題に焦点を絞って議論を行った。
欧米の先生には、この「寝たきり老人」という概念がぴんとこないため、最初に「寝たきり老人」がどういう状態であるかというスライドを示していただいた。先生方は非常に驚かれ、あてはまるものはないといわれた。
イギリス、オーストラリア、スウェーデンの各先生方も「寝たきり老人」という概念はないといわれたことから、これは日本だけの問題であるという感じを受けたしだいである。したがって、「寝たきり」というより「寝かせきり老人」、これはつくらされた状態というように考えたほうがよいのではないかという感じを非常に強くした。
日本の場合には、だいたい60万人の「寝かせきり老人」がいるといわれているが、このように寝たきりにならないためにはどうしたらよいのか。また、寝たきりになった場合、どのような方法でケアを行えばよいのかということが、老人医療において非常に大きな問題になっているわけである。
ほかの国にはいわゆる寝たきりがないため、各国の事情を聞いたほうが、日本がこの問題に対処するためのいちばん早道ではないかと考え、パネルの各先生のご意見を一人ひとりうかがった。
まずエバンス先生からイギリスの状況についてお聞きしたわけであるが、イギリスではいわゆる寝たきりというものはないということである。ナーシング・ホームに高齢者が入る場合、非常に条件が厳しく、身体的あるいは精神的な状態をよく調べてから入所させている。そして、入所させたら、帰宅できるかどうかをまず考え、できるだけ早く帰す。長期間滞在させるようなことはできる限り避けている。そのために、リハビリテーションのプログラムをまず考えるといわれた。
そして、なるべく薬を使わない。これは非常に大切なことだと思われる。先ほどの転倒も、向精神薬を使ったほうが非常に多い。特に、長時間作用するような薬はなるべく使わないようにしているといわれた。
また、ケアを行う場合には、看護婦さんの優しい接し方、いたわりをもって患者さんに接する態度が非常に大事ではないかということもいわれた。
イギリスのご婦人は目的のない活動をしたがらないということで、食事をする部屋や娯楽室などを別に設けて、できる限りそこに移動するようにするといわれた。これは住宅問題もかかわってくると思われるが、日本の場合には非常に狭いところで生活している。食事も同じ場所、排泄も同じ場所でということがある。イギリスの場合は、なるべく患者さんが移動するようにしている。とにかく、患者さんを動かすような環境をつくってあげているということである。
そして、患者さんの日常活動のパターンを考えてあげている。朝起きたらきょう1日、どういうことをするかという、日常の行動のパターンを考えてあげているということである。
このようにしてイギリスの場合、できる限り車いすに乗せて移動させているということで、寝たきりということが少なくなるわけである。このような行動を行うことにより、介護者だけではなく、患者サイドにもできる限り自分が動かなくてはいけないという意識が出てくる。そういうことも非常に大切ではないかと感じた。
ミラーさんにはオーストラリアの状態をお聞きしたわけであるが、オーストラリアでもやはり寝たきりという概念はないということである。高齢者は自分の家に住んで、独立したいという風潮が非常に強い。ケアの場合には、いわゆるホステル・ケアとコミュニティ・ケア、ナーシング・ホームの3つのケアのしかたがあるというシステムの問題をお話になった。そして最近ではコミュニティ・ケア、地域でのケアを重視する方向にあって、高齢者のQOLを高めることが最も重要な課題であるといわれた。
特に、マン・パワーが非常に不足しているのが問題であり、また、そういうケアを行う人のトレーニングが非常に大切である。そして、どのようなケアを受けるかをだれが決めるかということが、また非常に重要な問題であるということをいわれた。
サンドストロム先生はスウェーデンでは、やはり寝たきりをつくらないと話された。おそらく高齢者の0.5%ぐらいしかいわゆる寝たきりとしてはいないのではないか。多くは日中起きていて、車いすを使い、食事も別の部屋に行って食事をするということである。とにかく患者さんを移動させることを常に考えているといわれた。
つまり、ケアにおいて最も問題になるのがマン・パワーの問題で、これをどのように確保するかということが非常に大事な課題である。日本でも、外国人を雇っているところがやむを得ずあるという話もあった。
そして、できる限り薬を使わないということである。
もう1つ大事なことは、ハウジング、高齢者を取り巻く環境の問題である。できる限り広い部屋で、高齢者がいろいろ動けるような環境をつくることが非常に大切ではないかと述べられた。
以上のようなことから、日本の寝たきりを減らすために非常にいろいろ参考になったと考えられる。





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