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高齢者ケア国際シンポジウム
第1回(1990年) 不安なき高齢化社会をめざして


第3部 発表  各国の高齢者ケアの現状の問題点と将来の展望

厚生省大臣官房老人保健福祉部長
岡光序治



高齢者のケアの問題は、先進国共通の問題と基本認識をしている。
日本は、過去10数年間で平均寿命が著しく伸長し、いまや平均寿命80年という、世界で最長寿の国になってきている。出生率が低下する一方で、高齢者の余命が延びるという傾向が続いているわけである。そして現在、65歳以上の人口の全人口に占める割合は約11%であるが、2023年にはこれが23%になるという予想がされている。これからの30年間でわが国は世界一の超高齢社会を迎えるということが予想されているわけである。
特に、高齢化の動向について、75歳以上あるいは85歳以上の、いわゆる後期高齢者の増加が非常に著しいと見込まれている。後期高齢者はやはり身体的な諸機能が衰えてくるため、日常生活を支える介護が非常に重要な課題になってきていると認識している。
こうした状況を踏まえて、現在日本では、高齢者保健福祉推進10か年戦略を作成し、高齢者のケアを進める体制の整備、あるいは社会基盤づくりを進めているところである。この10か年戦略とは、財政的な裏づけをするということと、具体的な目標数値を掲げるということで、ある意味では新鮮味があろうかと考えているしだいである。
その考え方として、加齢に伴って身体的な機能が低下するが、体に残っている残存機能を引き出し、それを維持しようというところに重点をおいている。そして高齢者、特に70歳以上の人たちは、65歳までの人たちの延長ではない。高齢者というのは非常に特異であるという認識の下に、高齢者にふさわしい医療とケアを提供しようという考え方である。
基本的に、個々の疾病に焦点をあてるのではなく、体全体をとらえ、全人的な医療の対応をしてもらおうではないかという発想が1つである。
そして、患者と医師の信頼関係をベースにして、よくよく日常生活を含めた相談に重点をおくということにしている。
日常生活に当たっては、自らが自立をして生活が送れるようにということ。生活の質の確保を念頭におき、必要な日常生活の介護を行うという発想で考えている。
何よりも生きるための意欲づけ、生きる意欲というものが必要だと考えており、その生きる意欲づけにまた力を注ぐ考えである。
私たちは、医師会と協力して、老人医療ガイドラインを作成し、その結果を医療従事者、高齢者を含む国民全般、あるいは行政諸機関に提言としてまとめた。
その基本的な考え方として、高齢者の身体状況をいろいろな段階に分けている。第1に、健康な状態にあるときには、その健康状態を保持し、増進する。そして生きがいをもって社会参加をしていこうではないかという発想。
第2に、重症化を予防するための治療と健康管理を行う。1つ病気をもっている場合、その病気を重くしないようにしていく。そのための健康管理を十分していこうではないかという発想。
第3に、急性期の病気の治療についてである。先ほど述べたように、老人は一般的に生理的諸機能が低下している。したがって、検査の数値についても、若い人とは違い、高齢者にふさわしい正常値というものを考えなければいけない。また、手術を行う場合でも、手術が必要かどうか、あるいはそれが適切かどうかという手術の適用について、個々のお年寄りの全身状態を踏まえながら、慎重に決定されるべきである。
そして、可能な限り早期からリハビリテーションが実施されなければならないという発想。
次に長期のケア、慢性状態になった場合のケアについては、施設あるいは在宅における長期療養について、保健と医療と福祉を総合的に考えたうえで、必要なケアが提供されるという発想。
最後の段階の末期医療であるが、きめ細かな配慮をして、精神的な支援を行いながら、適切な末期ケアが提供できる体制をつくっていこう、という発想をしている。
こういうガイドラインを作成し、提言をして、できる限りこの方向で老人の医療、ケアが進められるようにというお願いをしているところである。
ケアを進めるに当たり、どのようなところに重点をおいているかについて述べたいと思う。
1つは、住民に最も身近な地方公共団体である市町村において、公的責任の下に計画的に必要なサービスが提供されるということを考えている。
提供されるサービスは、保健と医療と福祉を包括化し、かつ、必要に応じて継続されるということを狙っている。
そして、生活の質の確保という観点から、高齢者の自主性を尊重しつつ、在宅での生活を続けることができるように主眼をおいている。もちろん、在宅という場合にも、必要に応じて施設を利用することを考えているわけであるが、生活の質を考えた場合、在宅での生活の継続ということを特に考えなければいけないという発想である。
もう1つは、どこに行けば相談が受けられるか、どのようなサービスがどこで提供されるのか、という必要な情報が、高齢者、あるいは高齢者を支えている家族に適切に提供されることを考えている。
そして、効率性を考えると、公的なケア・サービスのほかに民間サイドからのケア・サービスの提供が必要になってくるため、民間のケア・サービスの育成も考えている。
次に、施策を進めるに当たっての課題と、今後の展望について述べる。
1つは、ケアの継続を図るために、施設体系を整える必要がある。まず、健康状態を維持するために、疾病の予防、あるいは健康診断、こういう予防体制を確立する必要がある。そして、いったん病気になった場合には救急体制を整え、急性医療の対応をする必要がある。状態が落ち着いた段階で自宅に帰るということであれば、必要なホーム・ケアが提供される。あるいは、慢性化した場合、長期医療の体制を整える。
また、医療は必要ではないが、ほかの介護が必要であるという場合には、老人ホームあるいはリハビリテーション・センターなど、私たちが病院と自宅の間に存在しているという意味で中間施設といっているものを整える。さらに、ケアつき住宅も用意しなければならない。
そして、末期を考えるとき、ホスピス、あるいはついの住みかを整えるということが必要になってくる。そして穏やかな死を迎える。
こういうケアの継続が必要なため、施設体系を整えなければならないということである。
ここでの問題は、特にケアつき住宅を大量に確保しなければならないということ、そして、穏やかな死を迎えるということを考えた場合、ついの住みかというものをどこにするのか、という点である。倫理的な問題も絡んでくる可能性があるが、死の問題について正面から取り組む必要があるのではないだろうかと考えている。
いままで述べたような総合的な施設体系を整えるためには資金が必要である。この資金をいかに確保するかということが当面の重大な問題である。
また、施設と施設の間の連携を図る総合的な経営を行うため、ノウハウづくりをいま進めているところである。
2つ目の課題として、ケアの質の確保とケア・サービスを運営する場合の効率性の確保、あるいは弾力運用ということがある。
いずれにしても、高齢者が安心して生活を送るためには、まず安否の確認、緊急時の通報、そして種々の施策に対するアクセスをよくする、などが必要であると考えている。先述のとおり、市町村がこのような仕事を行うわけであるが、国はマニュアルを示し、必要な指導を行いたいと考えている。
ケアの質を確保するために、どのような評価機関をつくるかはいろいろと意見を集約しなければならないと思われるが、いずれにしても、評価機関をつくり、その質をチェックすることが必要だと考えている。
3つ目の課題は、ケアに要する費用の確保である。租税と社会保険料と受益者負担の三者のあり方について、国民的なコンセンサスをつくる必要があると考えている。特に、高齢化が進展するということは、いわゆる生産年齢人口、20〜64歳までの人たちの人口比率が減るということであるので、こういう若い人、壮年の人と、高齢者との間の負担の公平を図る必要がある。
財源調達としては、短期的な資金のほかに、年金を含めた長期的な資金を併用する必要があると思われる。わが国は現在、年金水準をいかに高めるかに重点をおいているが、もらった年金をどのように使えば、年金が価値をもって使われたことになるのかという問題については、検討が非常に遅れていると思われる。そういった意味で、これは1つの着眼点ではないだろうかと考えている。
そして、個人が所有している資産をいかに活用するかという問題もあると思われる。
また、公的サービスと私的サービスとを併用する。現在の日本の医療保険制度においては、公的サービスと私的サービスとのミックスということは原則的には認められていない。この考え方をもう少し柔軟にして、私的保険ともいうべき、私的サービスも上乗せできるようなシステムをいろいろと検討してみる必要があると思われる。これには、私的保険に加入できない人たちが非常に困るではないかなどいろいろな議論が出ると思われる。そういう議論について、十分内容を検討して、どの範囲まで併用を認めるかを十分煮詰める必要があると思われるが、いずれにしても、少し広い発想が必要になってきているのではないかと考えている。
4つ目の課題は、特に高齢者の介護、ケアを担う人たちの確保の問題である。日本のこれからの労働力の推移をみた場合、全体的には労働力不足といわれているが、そういう労働力不足のなかで、介護に従事する人の確保はたいへん難しい問題である。この人材確保のために種々の施策を講じなければならない。高齢者のケアという仕事はとてもすばらしく、そして従事すれば楽しい職場である。もちろん、処遇改善は必要である。また、参加しやすい勤務体系、あるいは安心して仕事ができるチーム方式や工夫が必要だと思っている。また、教育・訓練計画をつくり上げ、あるいは資格制度も活用し、そのほか、こういう仕事に携わる人たちの社会的な評価を高める努力も必要だと考えている。
また、ボランティアの組織化ということを考えて、人材について非常に厚みのある体制を構築する必要がある。
併せて、いわゆる介護機器、福祉機器を開発し、できる限り省力化を図っていくことも必要であると考えている。
次の課題は、国民の理解と参加を得るということである。
もう1つの課題は、こうした多額の投資に耐えられるような、持続的な経済成長を確保することである。
以上のようないろいろな課題があるが、個別問題としては、痴呆の問題がたいへん難しい問題として浮き上がってくると思われる。80歳以上の高齢になると、重度の痴呆状態になる発生率は急激に高まってくる。これにどう対応するかであるが、いままで述べたような施策に合わせて、まず相談体制を充実させる。そして緊急時の適切な対応、特に家庭では手に負えない状態になったとき、受入れ施設を整備するということがポイントではないだろうかと考えている。
いずれにしても、痴呆問題は痴呆の発生予防から、相談体制、あるいは緊急時の対応、家族の支援、そのほかを含め総合的な対策が必要だと考えており、非常に難しい問題であると認識している。
厚生省では1990年度から、この高齢者保健福祉推進10か年戦略の実施を始めたが、その進捗状況を把握しながら、計画の内容、あるいは具体的な実施方法を含めて、絶えざる改革を進め日本の高齢者ケアの充実により努めたいと考えている。





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