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高齢者ケア国際シンポジウム
第1回(1990年) 不安なき高齢化社会をめざして


第3部 発表  アメリカ合衆国における老人ケア−保健政策の見通し−

カリフォルニア大学サンフランシスコ校医療政策研究所・所長、社会医学教授
Philip R.Lee,M.D.



はじめに
いま世界のすべての人々は、老人ケアに大きな不安を抱いている。その理由の1つは、人口統計により明らかとなった、低出産率、低死亡率による高齢化現象に対して、どの国も過去にこのような状況に直面したことがないためである。このような急速な高齢化に対処するためには、これまでにない高度な国際協力が必要である。
また、世界計画の一環である高齢化に対する研究のための特別計画は、これまでよりはるかに多くの援助を必要とし、高齢化の社会的・行動的・経済的側面をより重視するべきであると思われる。さらに、高齢化に対する研究は、多くの研究課題が残されており、1つの研究領域にこだわらず、多くの分野から、東西の人々による研究が行われるべきであると考える。
本国際シンポジウムが施設間協力のネットワークの創生への重要な第一歩となり、研究や評価を推進し、私たちが直面している困難な社会問題の解決に貢献することを希望している。

1.危機を迎えるアメリカにおけるヘルス・ケア・システム
さて、アメリカにおける老人ケアは、しばしば65歳未満の人のケアとは別に考えられている。これは、老人への急性医療ケアが、部分的に連邦政府のメディケア制度を通じて公的資金によって賄われていることと、長期ケアが、部分的に連邦政府と州のメディケイド制度を通じて行われているためである。これら2つの制度については、後に述べる。
しかし、実際には、老人のケアを65歳未満の人のケアから切り離すことはできない。老人の急性医療ケアにも、65歳末満の場合と同じ医師や病院が携わっている。長期ケアでは、援助の必要性を申告している「非入院」者のうち、48.8%が老人である。障害者の51.2%が65歳末満で、12.4%が15歳未満である。老人が大多数を占めているのは、ナーシング・ホームでのケアの分野だけである。
アメリカにおける老人ケアを正しく説明するためには、まず第1に、アメリカのヘルス・ケア・システム全体を述べなければならない。
現在アメリカのヘルス・ケアは、コスト、アクセス、クォリティーという3つの観点から危機に直面している。
まず第1の問題であるコストについて、アメリカは国民総生産(6,000億ドル)のll.6%をヘルス・ケアに支出している。1人当たりの支出額では、1988年では、カナダより38%、フランスより85%、日本より124%、イギリスより170%多かった。
1人当たりヘルス・ケア支出を1人当たり国内総生産と比較すると、2つの事実が明らかになる。
?@GDPが上昇するとヘルス・ケア支出も上昇する。
?Aアメリカは他の国々よりはるかに支出が多い。
アメリカの支出がカナダと同程度であった場合、年間支出は1,000億ドルも少なくなるはずである。
医療支出が多いのはアメリカだけではなく、他の工業先進国でも、過去10年以上にわたって急速に上昇してきている。このコストを増大させている要因は、ケアの密度の上昇、テクノロジー、償還政策、一般的インフレーションをはるかに上回る薬価のインフレーション、財政的制度の断片化、および消費者の需要である。公共および民間の財政支出、償還、資本支出を統括する政策は、いまのところ存在していない。
コストの危機に対処するために、これまでにさまざまなアプローチが試みられている。
連邦政府レベルでは、メディケア制度での病院と医師への支払いを抑制することに重点がおかれていた。州レベルでは、メディケイドの受益者を減らすことにより、支出の増大を抑える努力が行われた。収入が完全に貧困水準に満たない者のうち、メディケイドの受益者は50%未満である。一部の州では、収入が貧困水準に満たない者のうち、15%しかメディケイドの受益者とされていない。
民間では、雇用主から被雇用者へのコスト移転に重点がおかれていた。大規模雇用主の側での自己保険(州の規制を回避できる)が普及した。健康維持団体など、各種の管理ケア・プランが採用された。保険会社は、しだいに健康保険料の地域社会料率をやめ、経験料定法を用いるようになった。その結果、病弱者は人規模雇用主に雇われていない限り、健康保険に加入できなくなった。
ほとんどの工業国では、全員加入、包括的給付、ならびに供給者への支払いの規制が政策となっているが、アメリカでは医療ケアにおける競争と市場原理が、これらと鋭く対立している。
第2の問題は、ケアのアクセスに関連している。アメリカには、健康保険に加入していない時期のあった人が3,500万人(人口の14%)もいる。国勢調査局が行った研究では、27か月の研究期間のいずれかの時点で無保険だった人が6,000万人(人口の25%)いた。健康保険に加入していない人々は、ケアを求めないことが多く、求めたとしても手遅れの時期のことが多い。給付に制限のある保険や消費者負担割合の高い保険に加入している人々を含めて、ケアヘのアクセスは悪化しつつある。
最後に、医療ケアおよび長期ケアのクォリティーが、深刻な問題になっている。アメリカは、他の国々に先駆けてこの問題の研究を開始した。研究結果によると、主要な処置の大部分について、25〜30%が不必要または不適切なケアであったことが示唆されている。頚動脈内膜切除術などの場合は、さらに深刻である。
アメリカ上院の「高齢化に関する特別委員会」の最近の報告は、問題点を次のように要約している。
「過去20年間を通じて、ヘルス・ケアの構造と提供は誤った誘因によって歪められ、その結果、サービスの過剰利用、非能率および無駄が生じた。」
長期ケアのクォリティーは、体系的に調査されていないが、ナーシング・ホームでの数多くの研究により、質の低いあるいはいかがわしいサービスの実態が明らかにされている。在宅ヘルス・サービスのクォリティーについては、さらに知られていない。
過去10年間のアメリカの公共政策の変化は、医師供給の増加、医師の裁量権が減っていること、地域病院の役割の変化、病院が第三者の費用負担で貧困者のケアを供給する能力の低下とともに、コロンビア大学のEli Ginzberg教授が唱えるヘルス・ケアの「不安定化」を引き起こした。この問題やヘルス・ケアの一般的な危機に対処するためには、連邦政府がリーダーシップを取り、明確な政策を打ち出すことが必要である。
このような危機を背景として、アメリカにおける老人ケアの進展を述べることとする。まず、現在みられる人口の変化を検討し、次に、老人の急性ケアならびに長期ケアの財政、組織および供給を考察する。

2.老人の健康と福祉
まず、老人の健康と福祉について論じる。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の私の同僚、Dorothy Rice博士は、人口動態を次のように要約している。
「今日のアメリカ人は、これまでになく長生きしている。生活条件とライフスタイルの向上が、科学、医療技術、および薬物治療の進歩と相まって、感染症による死亡を極度に減少させ、平均余命を劇的に延ばし、老人の数を急激に増大させた。」
アメリカの高齢者人口は、今世紀の大半において、他の年齢層よりも急速に増大した。今世紀初頭、アメリカの老人は310万人、人口の4.0%であった。現在は3,100万人、人口の12%以上に達している。2030年までには、6,430万人、人口の20%になることが予測されている。
近年、85歳以上の人口が、特に大きな増大をみせている。いまでは65〜75歳が1,800万人、75〜84歳が1,030万人、85歳以上が330万人となっている。1980年から2030年までの50年間には、85歳以上の人口の増加が最も早くなり、老人の4%から14%に増加すると予測されている(図1)。



図1 アメリカにおける65歳以上および85歳以上の人口総数(1900〜2050年)

詳述は避けるが、全生涯の死亡率の低下と出生率の変化が、アメリカの65歳以上の人口比率の増加に寄与している。これと同様の変化は、本会議の出席国すべてで起こっている。
Carrol Estes教授は、私たちの社会に影響を及ぼしている人口動態について、次のような4つの重要な意見を述べた。
?@高齢化社会という現象は、非常に広範な意味と影響をもっているため、人口問題に個別にかつ十分に対処することは、1つの国や地域の能力を超えるものであろう。
?A死亡率の低下と平均余命の増加とが直ちに、健康の向上につながるのではない。すなわち、長寿は必ずしも健康な生活を意味しない。
?B社会の高齢化という現象に対処する際には、数十年にわたる研究が一貫して証明しているように、健康と社会経済的地位との間に強くかつ持続的な関連が存在していることを忘れてはならない。寿命、身体障害、慢性疾患などに、この関連が示されている。
?C若年期の健康状態から、老年期の健康状態が予測できる可能性が高い。人口の高齢化に関連した要因としては、人数のほかにもいくつか、老人ケア
において重要なものが存在している。

3.慢性疾患
慢性疾患の発生率と有病率は、年齢とともに増大し、医療ケアを必要とする身体障害の主要原因となる。今日、高齢と肉体的な健康の衰えとの間にみられる一般的な関係は、主として慢性関節炎、心臓病、聴力・視力障害、および高血圧が原因であるとされている。アルツハイマー病、うつ病、癌、アルコール中毒も大きな問題となっている。
老人の多くは、複数の慢性疾患や障害をもっている。日常生活を制限するような3つ以上の慢性疾患の罹患率は、17歳未満ではわずか3%だが、75歳以上では16%である。慢性疾患の数は年齢とともに増加するが、それに連れて、日常生活動作が制限される日数や寝たきりになる日数も増加している。
日常生活動作に制限のある人は、65歳以上の人口の40%を占めている。極度に制限のある慢性疾患患者の割合は、
45〜64歳 6.2%
65〜74歳 14.4%
85歳以上 33.0%
全体として、慢性疾患と身体障害の発生率は、高齢者ほど高く、とりわけ収入と教育レベルの低い女性と少数民族ほど、高くなっている。地方の老人もまた、1年当たりの活動制限日数が多いことが報告されている。地方の老人の収入と教育レベルが低いことをみれば、この知見は驚くにあたらない。
老人をナーシング・ホームに入れるかどうかを決定する際には、疾患と障害の重度に加えて、収入と社会的要因もまた重要である。ナーシング・ホームの居住者の3倍の人数が、同程度の機能障害をもちながら地域社会に住んでいる。機能障害をもつ老人の多くは、配偶者や成人した子など家族から在宅でケアを受けることが可能である。配偶者と死別した老人は、結婚している老人よりも施設に収容される確率が5倍も高く、未婚、離婚、別居した老人は、10倍も高い。
老人、親族、友人の間の社会的援助のネットワークは、患者の知力によい影響を与え、老人が衰弱したり施設に収容されるのを防ぐことが知られている。これらの知見は、家族、友人や組織的な地域社会サービスを通じて老人を社会的に援助するための基盤が必要なことを強調している。

4.ヘルス・ケア・システム
ヘルス・ケアの計画、規制、および財源に対して、政府の政策とプログラムは主要な役割を果たしている。ヘルス・ケアに関して政府が果たしている主要な機能は、民間のサービス、特に医師、病院、ナーシング・ホームのサービスを支援することである。市場が老人、障害者、貧困者(就業者を含む)のニーズを満たすことができないという欠陥を補うためには、政府の財政支出が必要である。
アメリカのヘルス・ケアおよび長期ケアの制度は、民間の占める部分が大きい。数千の非営利団体、公共の助成金および制度からの直接支出、連邦・州・地方行政の複数のプログラムおよび機関、2億3,800万人以上の消費者が、迷路のように交錯している。
保健事業従事者の数は、1988年には合計870万人であり、その内訳は看護婦が約163万人、医師が585,000人、薬剤師が156,000人、歯科医師が140,000人、その他のヘルスサービスおよび補助的分野の従事者が600万人以上である。このうち800万人以上が直接ヘルスサービスの提供に当たっている。現在、1,000人当たり37人がヘルスケア産業に雇用されている計算になるが、1990年代には最も成長の速い経済分野の1つになると予測されている。
アメリカには、非営利的の地域病院、公立病院(連邦、州、地方)、民間病院を含めて、約6,000の病院がある。地域病院の人口1,000人当たりのベッド数は、1980年の4.5床から、1988年の4.0床へと減少してきている。州ごとに顕著な格差があり、最高はコロンビア特別区(1,000人当たり7.6床)、最低はアラスカ州(1,000人当たり2.4床)とハワイ州(1,000人当たり2.5床)である。
1987年に病院から退院した患者数は、3,360万人であった。その大半は非営利的の地域病院(2,290万人)、ついで州・地方の公立病院(550万人)、民間病院(320万人)、連邦政府の病院(190万人)であった。平均入院期間は7.4日であった。したがって、病院が提供した入院ケアの延べ日数は、2億4,800万日以上であった。また、外来患者の診療は3億回以上であった。
ナーシング・ホームは18,000以上あり、老人を主とする160万人以上の患者にケアを提供している。1985年における老人のナーシング・ホーム利用パターンは、典型的であり、年齢の上昇とともに利用が増加していた。
通院ケアには、さまざまな種類がある。プライマリ・ケア医、専門医、診療所勤務の準専門医などを含む、個人開業医、小規模な共同開業、健康維持施設なども含む大規模・小規模の総合・単科グループ開業、地域の保健所、精神衛生センター、通例、政府資金の助成を受けている公共診療所、病院の外来、救急治療室、成人デイ・ケア・センター、その他さまざまである。これらすべてが、ヘルス・ケア・システムへの入口として機能している。
ヘルス・ケア・サービスの利用は、年齢とともに増大する、1985年のアメリカでは、施設に入っていない老人が医師を訪れた回数は、年間平均8.3回であった。これに対して45〜64歳の人々では、平均6.1回であった、1985年に老人の84%が、医師と接触をもったことになる。老人10人のうち9人が、定期的にケアを受けており、10人のうち8人が、1人の医師からケアを受けている。
老人は、他の世代に比べて入院やナーシング・ホームへの入所の確率が高い。入院した場合、老人のほうが期間が長くなるが、他の国と比較すると、著しく短い。1987年には、65〜74歳の人の平均入院期間は約8.2日、85歳以上の人は9.1日であった。
慢性疾患や障害をもった老人が、そうでない人よりも医療ケアや長期ケアを必要とする確率が高いことは、当然である。慢性疾患のため日常生活に不自由のある老人が1985年に医師を訪れた回数は8.7回、そうでない人は4.3回であった。日常生活に不自由のある老人の入院日数は100人当たり41.2日、そうでない人は14.8日であった。日常生活に不自由のある老人の46%が、受診者の63%、入院患者の71%、老人が病床についていた日数の82%を占めていた。

5.老人のためのヘルス・ケアと長期ケアの財政
現在老人のために行われているヘルス・ケアと社会サービス・プログラムの財政面には、すべてのレベルの行政と民間セクターが関与している。連邦政府レベルでは、メディケアによる健康保険で、65歳以上の大半の人々、特定の基準に合った65歳未満の障害者、および末期腎臓病患者のための病院と医師のサービスを賄っている。3,000万人の老人と300万人の障害者が、メディケアの受給資格をもっている。メディケア制度は、2つの部分に分かれている。病院保険を提供する社会保障プログラムと、医師によるサービスを提供するボランタリー・プログラムである。これは、一般歳入(75%)と受給者が支払う保険料(25%)によって賄われている。さらに、コペイメントと免責額があり、老人の自己負担額を大きくしている。
1989年のメディケアの支出総額(940億ドル)のうち、55%が病院サービス、27%が医師サービスのために支払われた。ナーシング・ホームヘの支出はわずかであり(1%未満)、在宅ヘルス・ケアヘの支出も3%未満である。在宅ヘルス・ケアは、支出に占める割合は小さいものの、メディケアの各種プログラムのなかで最も急速に成長しているサービスの1つである。1989年には、在宅ヘルス・サービスヘの支出が総額25億ドルに達した。85歳以上の老人は、65〜69歳の老人に比して、在宅ヘルス・サービスを利用する率が4倍以上も高い。
メディケアは、長期ケア、施設外投薬、歯科ケア、眼鏡、補聴器、その他の重要な老人保健サービスをカバーしていない。メディケイドは、連邦政府と州が共同で行っているプログラムで、低所得の老人、盲人、障害者、扶養子女のある家庭、および特定の妊婦、子供に医療援助を提供する。
老人がメディケイドの受給資格を得るためには、非常に厳しい所得基準を満たさなければならない。メディケイドは、次の2つの理由により、老人にとって重要である。
?@現在各州は、所得が貧困ラインよりも低い老人のためにメディケアを「買い埋め」しなくてはならない。
?Aメディケイドは、ナーシング・ホームでの老人ケアの主要財源となっている。1986年には、440億ドルのメディケイド支出のうち130億ドルが、ナーシング・ホームに対して行われた。メディケイドは、政府の「スぺンドダウン」基準を満たす老人のナーシング・ホーム・ケアの費用を支払う。基本的には、ほんとうに窮乏している人だけがメディケイドによるナーシング・ホーム・ケアを受けられる。
老人の個人的ヘルス・ケア支出を19〜64歳および19歳未満の場合と比較すると、鋭い対照がみられるが、これは特に財源の違いと施設内ケアヘの支出の割合が高いからである(図2)。


図2 年齢別個人のヘルスケア支出と財源(1987年,%)

1965〜1984年の老人1人当たりのヘルス・ケア支出の財源ごとの分布をみると、メディケアの制定以来の変化が如実である(図3)。


図3 老人1人当たりのヘルス・ケア支出の財源分布状況(1965〜1984年)

アメリカのヘルス・ケアの事情に通じていない人々が驚くのは、老人が自分の収入のかなりの部分を自己負担として支出しなくてはならないことである。1966年以来の傾向をみても、自己負担額は上昇しつつある(図4)。


図4 老人の平均収入に占めるヘルス・ケア自己負担額の割合

自己負担額を1人当たり所得の百分率として示すと、この問題はさらに明確になる(図5)。


図5 1人当たりの所得に占める老人の自己負担額の割合(1966〜1989年)

老人のための病院・医師サービスの支払いについては、連邦政府が支配的な役割を演じているため、その償還政策がコスト上昇の重要な要因となっている。
1965年にメディケイドが制定された際の、重要な政策目標の1つは、「人並み」の老人医療ケアヘのアクセスを保証することであった。この目標はほぼ達成されたが、費用は当初の予想よりもはるかに高くなった。
医療提供者の受入れを確実にするため、議会は、病院への支払いを、サービス提供後に確定したコストに基づいて行うことを義務づけた。医師への支払いは、「通常の、慣例による、妥当な」(UCR)料金に基づいて行われた。メディケア支出が消費者物価指数および国民総生産の上昇を大きく上回って上昇し続けたにもかかわらず、この政策は、20年近くにわたって実施された。
メディケアの直接的結果として、コストに重要な影響を及ぼしたものの1つが、短期入院による病院サービスの利用の急増である。入院率と入院期間の両方が増加した。短期入院は、1965年から1986年までの間に57%以上増加した。1985年以降、入院はやや減少したものの、1987年と1988年には再び増加した。1986年に短期入院から退院した老人患者は、1,070万人であり、すべての短期入院の31%以上を占めている。
外科手術の割合もまた、メディケアの制定以後、急激に上昇した。1965年には、65歳以上の老人100,000人につき6,554件の手術が行われたが、1975年には、15,483件となり、100%以上の増加であった。
老人100,000人当たりの入院および外科処置の数は急上昇したが、老人による病院外医師サービスの利用はあまり変化していない。貧しい老人による病院外医師サービスの利用は増加したが、裕福な老人については減少し、全体の平均は1965年から1978年までの間、毎年6.5回前後にとどまっている。
老人による病院サービスの利用増加と、老人人口の増加は、メディケアの支出を急速に押し上げる要因であった。しかし、これらの要因は、一般的なインフレや、それを上回る病院および医師の価格上昇、そして提供されるケアの複雑化に比べれば、比較的小さな要因であった。
メディケアの支出が急速に上昇したため、議会は1983年に病院支払いについての大幅な改革を実施し、コストに基づく事後払いではなく、診断群ごとに決定された症例当たり平均コストに基づく、先払い方法を決議した。先払い制度が制定された後、入院数、入院期間、入院患者支出の増加は鈍化したが、逆に外来患者の来院が急速に増加した。この増加の大半は、医療技術が進歩し続けたこと、病院での画像診断、臨床検査等の診断処置の増加によるものであった。
病院支払いの改革が行われた後、議会は医師報酬の見直しに着手した。1980年代中ごろに実施された一連の暫定措置に続いて、議会は1989年に、医師報酬再検討委員会の勧告に基づく包括的な改革を制定した。改革は、主として資源コストに基づき、コストの相対的評価尺度を用いたメディケア料金表や、医師による差額請求(メディケア料金表を上回る料金)の限度などが含められた。最後に議会は、メディケア支出の上昇を制限するための総額実績基準を設けた。翌年以降の医師報酬は、総額実績基準に達しない程度によって値上げが決定され、総額が基準を超過した場合は、値上げを減額することとなる。

6.長期ケア
メディケアは、1965年以降、老人ケアを提供する病院や医師の最も重要な財源となっているが、慢性疾患や障害をもった老人のニーズを満たすために必要な給付、償還政策の範囲には制限がある。老人の健康、個人的・社会的ニーズを満たすためのすべてのサービスを含むケアのコストは、民間(老人自身およびその家族を含む)と公共の両者によって負担され、公共のものは、補足保証所得(SSI)、メディケア、メディケイドが含まれている。地方レベルで非営利ボランティア団体を援助する社会サービス包括助成金とアメリカ老人法に基づくプログラムは、地域社会での長期ケア構想の重要な部分を占めているが、これらは厳密に医学的に定義された長期ケア・サービスに比べて、公的財源の補助が著しく少ない。
メディケイドおよび社会サービスに関する政策が分権化されているため、長期ケアの範囲、構成、および利用者の決定においては、州の政策が重要な要因となってきている。その結果、州の財政状態に応じてさまざまなアプローチが行われた。
1981〜1982年の不景気と、その後の景気回復の影響は、州によって実にさまざまであり、州レベルでの公的プログラムに利用できる資源は、州によって顕著に異なっている。
保健ケアと長期ケアのサービスを組織化し、慢性疾患や障害をもった老人のニーズを効果的に満たすためには、下記の3つの開発が非常に重要である。
?@地域社会における急性ケアと長期ケアをより密接に連携させ統合する必要。
?A病院やナーシング・ホームでのケアの比重を小さくするために通院ケア、地域社会でのサービス(成人デイケア、集団給食、老人センターなど)、および在宅サービスを強化する必要。
?B家族による援助や、老人のための様々な非営利的地域社会団体などによる社会的援助の利点(および限界)と潜在的役割を認識する必要。
より包括的かつ人間的な長期ケア政策を目指して、医療従事者および地域社会は、数々の積極的な努力(主として実証プロジェクト)が行われた。Koff(1982)は、施設でのサービスと地域社会でのサービスを統合し、「ケアの連続体」が適切に利用できるような長期ケア制度を構想した。この理想とは対照的に、施設入所の代替として出現した無数の保健・社会サービスの間に、体系的な連携は一般に存在しておらず、急性ケアと長期ケアのシステムの間にも、体系的な連携は存在していない。
効果的な老人ケアのためには、財政と組織の変化が必要であることに加えて、臨床レベルでの変化も求められている。臨床ケアは、医師、看護婦、歯科医、その他の保健従事者のいずれが提供するものであれ、老人の病気に寄与する生物学的・医学的要因ばかりでなく、社会的・行動的・経済的要因をも考慮に入れて行われなければならない。医師は、診療所や病院に閉じこもっていたのでは、老人患者のさまざまな社会的・感情的ニーズはもとより、医学的ニーズさえも満たすことはできなくなっている。
また、第1次治療、第2次治療、第3次治療というケアのレベルの間や、急性ケアと長期ケアの間にも、連携が必要である。急性ケアと長期ケアをより密接に統合するためのアプローチの1つは、健康医療団体(HM0)を拡大することである。HM0は、在宅ケア、通院ケア(成人デイ・ケア、集団給食を含む)、ナーシング・ホームでのケアなど、社会的・保健的ニーズ(および長期ケアのニーズ)の全体をカバーすることも可能であり、前払い人頭補助金方式によってコストを抑えることができる。このような、社会的健康医療団体(SHM0)と呼ばれる新種の前払いプランは、医療提供者のリスクを増やし、動機を変化させる(HM0と同様)ばかりでなく、長期ケアの提供と財政の両者を変化させる可能性もある。
もう1つ別の連携モデルが現れている。これは、医療・社会的サービスを最も必要としている人々に重点をおき、家庭と地域社会を中心とする包括的なサービスを提供するものである。このような、病気の、または非常に病弱な障害のある老人への総合的ケアのモデルの一例が、サンフランシスコの0n Lokである。ここでは、医療、看護、社会サービス、理学・作業・レクリエーション療法、カウンセリング、集団給食、住居、交通、ショート・ステイ、および在宅ケアが、単一の機関によって提供されている。300人以上の患者集団については、全員がナーシング・ホームヘの入所資格をもっている場合、人間的で思いやりのある、かつコスト効果的な方法で患者のニーズを満たすことが可能であった。これに携わる医師と保健従事者はすべてチームの構成員として活動し、それぞれの役割を患者のニーズに合わせて調節している。
病院での急性・長期ケアのモデルが現れている。これは、伝統的な入院サービスを、通院ケア、在宅ケア、およびナーシング・ホームでのケアを「縦向」に統合している。これが地域でのケアをさらに断片化するかどうか、また、これが地域社会の資源を最もコスト効果的に利用する方法であるかどうかは、まだ不明である。
保健ケアと長期ケアにおける変化を可能にするためには、医師、看護婦、薬剤師、および歯科医の教育に実質的な変化が必要である。今日、保健従事者になろうとする人々、特に医学生と看護学生は、職場のなかでその生活のますます多くの部分を老人患者の慢性疾患と障害の治療に費やすことになる。その仕事をやりこなすためには、教育と訓練において、慢性疾患、加齢、慢性障害の管理、予防・リハビリテーション、および健康と疾患の社会的・行動的要因をもっと重視しなくてはならない。
啓発された保健・高齢化政策の限界と可能性について、理解を深めるための研究が必要である。また、疾患の影響を心理学的・生物学的老化の影響から区別し、社会的・経済的・政治的な要因および影響力の作用から区別することも必要である。上述したように、健康の実現は、複雑に絡み合った生物学的、行動的、社会文化的、環境的要因に依存している。健康を決定する要因を認識した政策をつくり、健康な高齢化を促進することは、可能であり、また重要である。

7.要約
アメリカにおける老人ケアを簡単に概観した。老人に十分かつ適切なケアを提供するという問題を、アメリカのヘルス・ケアの危機を背景として検討した。その危機とは、コスト、アクセス、およびクオリティの危機である。過去10年間に、医師の供給の増加、市場原理の重視と民間・政府による医師の統制、地域社会秩序ではなく経験料率に基づいた保険料率設定、歯止めのない技術の普及、インフレを誘発する償還政策、地域病院の役割の変化、および、病院が第三者の費用負担によって貧困者にケアを提供する能力を失ったことにより、ヘルス・ケア制度は「不安定化」した。
連邦政府、特に議会が率先して、メディケア制度のなかで、老人に関するヘルス・ケアの危機に対処する政策を策定し、特に、病院を対象とした新しい先払い政策と、医師を対象とした料金表が、1992年1月1日をもって発足する。しかし、連邦政府のメディケア政策、州のメディケイド政策、および民間の方針の間に統合が欠けているため、問題は残されている。
アメリカは、高齢化しつつある国民のニーズを満たすために、健全な政策やプログラムを開発するに当たり、日本や他の諸国から学ぶべきことが多々ある。
費用負担者、医療提供者、および一般大衆のいずれの視点からみても、状況は危機的である。老人を含む国民のニーズにこたえるためには、国の資源を公平かつ有効に利用するためには、長期的な、複数の世代にわたる視点が必要である。保健政策に関して、世代間にわたる協議が必要である。私たちの資力の範囲内で国民の健康を向上させ続けられるよう、国の政策により、民間および公共の両者を含む枠組みを用意しなくてはならない。





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